「メディアの顔」は編集長じゃなくていい。新生BuzzFeedのリーダー論
- 2019/07/16
- SERIES
創刊から3年余りで急成長してきたメディアが、なぜいま体制を変えたのか。そして、それぞれが思い描く「必要とされる編集者像」とは。
「何をするかより、誰とするか」を重要視するクリエイターたちに焦点を当てる連載の第2回。新編集長の伊藤大地さん、小林明子さんにお話をうかがうと、目的や想いを共有しながら働くことの大切さが見えてきた。
- 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
- 撮影:きくちよしみ
- 編集:吉田真也(CINRA)
メディアの成長を見据えた組織改編。「トップ3人体制」になった理由
—BuzzFeedでは2019年6月に、創刊編集長の古田大輔さんが退任。編集部門にトップの3人を立てる体制へと移行したそうですね。
伊藤:1年前に編集部員が60名まで増え、1人の編集長が統括するのは難しい規模になってきました。また、今後メディアとしてさらに成長するには、一人ひとりの専門スキルもより上げていく必要があると思ったんです。
そこで今回、「オリジナル」「ニュース」「動画」の3つの部門をつくり、それぞれに編集長(動画は統括部長)を置くことに。私がオリジナル記事、小林がニュース、福原伸治が動画のトップになりました。
新体制として正式に発足したのは2019年の6月からですが、じつはその半年ほど前からこの体制で動き始めていたんです。ですから、編集長という肩書がついただけで、仕事の内容が変わった感覚はありませんね。スムーズに移行できるよう、古田が入念に準備をしてくれたのが大きかったと思います。
—新編集長として、具体的にどのような業務を行っているのでしょうか?
伊藤:「世の中にポジティブなインパクトを与える」というミッションは、何も変わっていません。そこを確認したうえで、「今月はこういうテーマや切り口を試したい」といった大枠を決めています。これまで読まれてきたテイストの記事はしっかり継続しつつ、新しいことにもチャレンジする。メディアとしてその両面を、バランスよく発信していくことが大事だと思っています。どちらかに偏らないよう調整するのが、ぼくの仕事ですね。
編集長が「メディアの顔」になる必要はない。それぞれが描くリーダー像とは
—記事の内容やクオリティーのチェックも、伊藤さんがされていますか?
伊藤:いえ、そこまではしていません。うちには優秀な記者やクリエイターが揃っていますから、一つひとつのコンテンツを面白くすることに関しては、もはやぼくの力は必要ないと思っています。
ぼくに求められているのは、やろうとしていることがメディアのビジョンと合致しているか、表現方法が誰かを傷つけていないかなどのジャッジ。ですから、問題なくうまくいっているときは何かを言う必要もなくて、「いいね、頑張ってるね!」だけでいいと思っています。基本はノータッチです。自分の手柄にしたくなるのをぐっと堪えてね(笑)。
小林:そこは私も伊藤とほぼ同じですね。肩書は編集長ですが、主にやっていることは裏方の調整役です。編集長だからといって、前に出ていく必要はないと私は思っています。チームのみんなを信頼し、仕事を任せることも編集長の仕事だと思っているので。
—BuzzFeedの顔だった古田さんとは、また違ったタイプの編集長像ですね。
小林:そうですね。古田もそうですし、私が以前に所属していた『AERA』で上司だった浜田敬子さん(現・Business Insider Japan編集長)も、「メディアの顔」になれるタイプの編集長です。2人のことは尊敬していますし、編集長のあり方として素晴らしいと思います。でも、私はキャラクターも違いますし、なかなか同じようにはできないと感じています。
実際、会社が私に期待しているのも、古田や浜田さんとは違うやり方なのではないかと思います。こうしてインタビューに応えるのも、必ずしも私である必要はなくて、テーマによってはそれが得意な記者に出てもらいたい。私はその記者が得意な分野についてコメントできる知識や能力をつけられるようサポートするなど、一人ひとりが発信力を身に着けるためのサポートをしたいです。
伊藤:ぼくも同感です。ぼくらの仕事はメディアを成功させることです。ぼくが話すべきときはそうしますが、より適任な人がいれば、その人が話せばいい。でしゃばらず、そして責任から逃げもしない。いつでも、そういう姿勢でいたいですね。
—古田さんとやり方は違えど、頼もしいリーダーだと思います。
小林:ただ、こう思えるようになったのも、悩んだ末のことです。以前は、古田や浜田さんみたいになりたくても絶対になれないと、苦しんでいた時期もありましたから。
でも、そんなときにとあるメディアの編集長が、「編集部のメンバーに多様性が必要なのと同じように、リーダーにも多様性が必要」とおっしゃっていたんです。本当にそのとおりだなと。「編集長だからこうあるべき」みたいなこだわりを持たず、私なりのリーダーのかたちを示せればいいのかなと、いまは思っています。
BuzzFeedに入りたいというよりは、「この人たちと働いてみたい」と思った
—古田さんが編集長を退任される際、伊藤さんは「彼のことが大好きだからこそ、いまの仕事をやっている」と、盟友への熱い思いをツイートされていましたね。
伊藤:これは、たぶん酔っていたんでしょう(笑)。でも、実際に古田の存在はすごく大きかったです。初めて会ったのは7年くらい前。古田が朝日新聞デジタルに、私がハフィントンポスト日本版にいたときに勉強会で話をして、飲みに行くようになりました。
最初は飲み仲間だったので、仕事での接触はなかったんです。ただ、飲むといつも「デジタルメディアの未来」について延々と2人で語っていました。古田の思いに共感していましたし、彼と働くのは面白そうだなと思っていました。
そして、2015年の8月に古田から「BuzzFeedの日本版を創刊することになったから、一緒にやろうよ」と言われ、副編集長として11月に入社しました。仕事を一緒にしたことがなくても、この人と一緒にビジョンを実現したいと思えた。誘われた時点で即決でしたね。
—小林さんも、古田さんとは創刊以前からのお知り合いだったそうですね。
小林:古田とは同じ1977年生まれで、「77年生まれの会」という集まりで顔を会わせるようになりました。伊藤が言ったように、当時からネットメディアについて熱く語る姿が印象的でしたね。ただ、当時は顔見知りというくらいの間柄で、そこまで深く知っているわけではありませんでした。
古田と一緒に仕事をしたいと思ったのは、私がBuzzFeedの面接を受けたときです。古田と伊藤、そして現・SmartNewsにいる山口亮さんが面接官だったのですが、仕事について楽しそうに語る3人の姿が印象的でした。また、このメディアをどうするかは自分たち次第だという強い覚悟も感じました。BuzzFeedに入りたいというよりは、「この人たちと働いてみたい」と思ったんです。
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- 信頼が深まると、コンテンツの質も良くなる。「誰とするか」が重要なワケ
信頼が深まると、コンテンツの質も良くなる。「誰とするか」が重要なワケ
—伊藤さんも小林さんも、一緒に働く人に魅力を感じてBuzzfeedに入ったんですね。
伊藤:ぼくの経験上、いちいち説明しなくても「その仕事をする目的や価値」を理解し合える相手と仕事したほうが断然やりやすいんです。
良質なコンテンツを発信し続けるには、内部で議論を重ねる必要があります。そのためには議論の強度と速度、両方が欠かせません。その際、目的が共有できていると、わずかな時間でも良い話し合いができる。だから、「誰とやるか」は大事だと思うんです。
—古田さんとは、メディアに対する視座がぴったり合っていたんですね。
伊藤:5分も話せば、お互いに考えていることがわかりました。最後の1年くらいはほとんど打ち合わせをしなくても、問題なく仕事が回るようになっていましたね。
打ち合わせが短くなれば、そのぶん記事制作に時間をかけられる。信頼が深まるにつれ、チームもコンテンツも良くなっていった実感があります。
—その当時、編集長の古田さんと副編集長の伊藤さんのご関係は、小林さんの目から見てどのように映りましたか?
小林:野球のバッテリーのような関係に見えました。古田が投げるどんな剛速球も、伊藤が受けとめる。たまに飛んでくる、とんでもないボール球もジャンプして食らいつく。守備範囲が半端じゃないんです、伊藤は(笑)。
伊藤:ぼくと古田は信頼関係を築いているので何を考えているのかわかります。その分、社員のフォローに回ることが多かった気がします(笑)。古田は想いが熱い分、言葉が強くてストレート。わかりやすい反面、人によっては傷ついてしまうこともあるんです。でも、そこが彼の良さでもあるので、本人にはそのスタイルを変えなくていい、変えてほしくないと言っていました。
だから、その裏でスタッフをフォローするのがぼくの役割だと考えていました。チームをうまく機能させるに、必要なことですから。
—古田さんにとっても、伊藤さんは欠かせないパートナーだったんでしょうね。
伊藤:どうですかね。そうであったら嬉しいですけどね。
いつもと違うメンバーと働くことで得る学び。BuzzFeedが実践する「社内交換留学」
—新体制になって目指す方向性やビジョンを教えていただけますか?
伊藤:部門が独立したことで、各領域に注力できる体制が整いました。ニュース、エンタメ、動画の3つで読者層がまったく異なるので、まずはそれぞれのオーディエンスに刺さる記事づくりをより強化していきたいです。
—3つの部門が連携していくこともあるのでしょうか?
小林:動画チームとニュースチームで一緒に番組をつくるなど、横の連携はスムーズにできていると思います。あとは、チーム間を横断したメンバーと組むプロジェクトも積極的にやっていきたいと考えています。
伊藤:弊社では以前から、「社内交換留学」という取り組みを行っています。一定期間だけ別のチームの仕事を経験してもらうんです。違う部署のコンテンツのつくり方や会議のやり方などを吸収し、自分のチームに持ち帰ってもらうのが目的ですね。
たとえば、ニュース部門やエンタメ部門から広告の制作チームに行き、クライアントワークについて学んでくるといった具合です。すると、記者に戻ったときに取材先とのつき合い方がより丁寧になるなど、とてもポジティブな効果があるんですよ。
また、いつもと違うメンバーと一緒に仕事をすると新たな発見や学びがたくさんありますよね。そういった機会があれば、記者としても人としても成長できると思うので、もっと増やしていきたいですね。
取材や執筆のスキルだけではない。編集長の2人が考える「理想の編集者」とは
—編集長として、どういう編集者、クリエイターがチームにいてほしいですか?
伊藤:ぼくが担当するのはエンターテイメント系のコンテンツなので、オン・オフ問わずいろんなことにトライして、遊んで、それを仕事に活かせる人です。「遊び半分」というと語弊があるかもしれませんが、実際に仕事もプライベートも楽しめるメンバーが集まっていると思います。
また、3年後、5年後がどうなっているか予想もつかない世の中なので、柔軟なマインドセットを持っている人だとなおいいですね。
—小林さんはいかがですか? ニュース担当となると、やはり取材力の高さや、執筆のスキルなどが大事なのでしょうか?
小林:もちろん、それも大事です。しかし、それ以上に「伝え方のアイデア」を持っている人と一緒に働きたいです。私自身、新聞と雑誌を長くやってきて、BuzzFeedに入るまではテキストでしか記事を表現したことがありませんでした。でも、ひとつの表現方法だけだと届く人が限定されてしまうんですよね。
—たしかにBuzzFeedの記事は、ニュースひとつとっても表現方法が多彩ですよね。
小林:ひとつのテーマで特集をするとき、テキストだけでなく、動画や番組、写真やイラスト仕立て、あるいはクイズやSNSを使った仕掛けなど、見せ方の切り口はさまざまです。切り口を変えることで、いままでそのテーマに関心がなかった人にも届けられる。
それは私がここへ来て感動したことのひとつです。今後、もっとニュースの伝え方も多角的、立体的になっていくべきでしょう。クオリティーが高い記事なのに、読者に届かないのはもったいないですから。「どうすれば多くの人に届けられるか」をとことん考えられる人と仕事したいですね。