第9回:140ヶ国超から社員が集うブッキング・ドットコムで働いて分かった「日本人の強み・弱み」
- 2018/02/09
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Profile
行武温
フリーランス翻訳者/ライター/写真家。主な分野はビジネス、テクノロジー、音楽。横浜国立大学経営学部を卒業後、制作会社に入社。その後金融機関での勤務を経て、2016年より現職。2012年よりオランダ在住。コーヒー専門誌Standart Japan制作統括、TechCrunch Japan翻訳者、ITmedia等へ定期寄稿。写真家としては主にライブ、アーティストの宣材写真などを撮影。
世界200ヶ国以上からの移民が居住すると言われているオランダ。それを体現するかのように、同国に本社を置くオンライン旅行予約サイトのBooking.comを運営しているブッキング・ドットコムには140以上(オランダ本社だけでも100以上)もの国籍の人々が勤めている。
古くは鎖国時代、唯一の貿易相手国として日本と特別な関係にあったオランダは、2014年末から2016年末にかけ、日本人が労働許可(就労ビザ)なしで自由に働ける、海外移住先としてハードルが低い国としても日本で話題になった。
そんな多様性に富むオランダのブッキング・ドットコム本社で働く小淵麻衣さんに、多国籍企業で働くなかで感じたこと、そこから見えてきた「日本人の強み・弱み」について話を伺った。
平等主義的、オランダ発の「超フラットな組織」
オランダは国内市場の規模が小さいこともあり、昔から外国と積極的に交流を行ってきた。そんな背景もあり、相手を理解する上では部下と上司の関係であろうと常に「対話」が重んじられている。
そんなオランダの首都、アムステルダムにあるブッキング・ドットコムの本社でユーザーエクスペリエンス・コピーライターとして働くため、小淵さんがオランダに移住してきたのは約1年前のことだった。
もともとブッキング・ドットコムの日本オフィスに勤務していた彼女。以前から海外勤務に興味を持っていたこともあり、オランダ本社のポジションに空きが出たタイミングで転籍を志願。晴れてオランダの地に移住することになった。
「カルチャーショック」は、ブッキング・ドットコムの日本オフィスで働き始めた時点からすでに感じたという。特に上司と部下の関係性について。
「Booking.comに入社する前は日本のIT企業で働いていたんですが、直属の上司の上司とは同じフロアにいるにもかかわらず直接会話をする機会はほとんどありませんでした。話を上げるときは上長のチームリーダーを通して、というのが暗黙のルール。話を上げても、内容によってはチームリーダーで情報が止められてしまうことさえありました。
でも、ブッキング・ドットコムの日本オフィスに転職してからは真逆。普段上海にいるマネージャーは、期に1、2回しか日本を訪れることがないのに、毎回社員と1対1で話す時間を設けて、私たちの意見を汲み取ろうとしてくれました。」
衝撃……上司にこんなことまで言っていいの!?
日本オフィス在籍時、小淵さんは国内のパートナー企業やユーザー向けシステムのユーザーインターフェイスの翻訳を手がけていた。そのためチームメンバーは全員が日本人。オランダ本社に移ってからはさらなるカルチャーショックを受けたという。
「日本企業での習慣から、上司に何か相談するときは事前にセルフフィルタリングをして、話すべき内容とそうでない内容を分けて考えていました。でもオランダに来て様々な国から来た同僚たちを見ていると、それが普通じゃないと気づかされました。
例えば、他の人が上司に対して『あなたの意見には完全に反対(I totally disagree with you.)』と言っているのを聞いたことがあります。正直最初は、『え、上司にそんな言い方して大丈夫?』とヒヤヒヤしていました。」
この “無礼講” について、小淵さんの上司であるアメリカ出身のJonathan Stephensさんは次のように話す。
「僕もブッキング・ドットコムへの入社を機にオランダに移住してきたんですが、当初はオランダのコミュニケーションのダイレクトさに少し驚きました。でもしばらくするうちに、これだけ文化やバックグラウンドが異なる人たちが集まっているんだから、自分のコミュニケーションの仕方を変えていかなきゃいけないと気づいたんです。」
多様な人種が集うアメリカとはいえ、アメリカ国内で生まれ育った人たち同士であれば「ここまでは言わなくても伝わっているだろう」と、日本人と同じように空気を読むことも確か。
しかし、その違いに気づいたStephensさんは思い込みを捨て去り、対話を通して相手を理解することの大切さを学んだという。
外国人がとまどう日本人の特徴「ハイコンテクスト」
言わなければ伝わらない--しかし、「自己表現が苦手」とよく言われるのが日本人。小淵さんもオランダで働き始めた当初は、自分の意見を表明するのに苦労した。
日々の仕事で上司や同僚からのサポートが必要であれば、「これが必要」と伝えなければならない。何も口にしない=「問題ないもの」として扱われてしまう。
何か指示を受けたときも、「はい、はい」と素直に聞いているだけでは、「ほんとにそれで良いと思っているの?」と納得度を確認されることさえある。常に自分の意見を聞かれる環境だ。
一方で、きちんと声を挙げれば、同僚は仕事の途中であっても手を止めて協力してくれたり、ときには他の人を巻き込んで助けたりもしてくれる。
前出のStephensさんは、過去に小淵さん以外にも日本人の部下を持ったことがあるという。日本人のコミュニケーションスタイルについて、次のようにも語った。
「一般化はできませんが、日本人スタッフが何か言ったときは、本当に言葉を字面どおり受け取っていいのか迷ったり、文脈を読まなければいけないことがあったり、『ハイコンテクスト』だと感じることが多いです。コミュニケーションの仕方や話し方を観察しながら、その人が何を意図しているのか、空気を読むようにしています。
かたやオランダなど多くの国は、日本に比べれば『ローコンテクスト』。特にBooking.comのような多国籍企業では、仕事に対する考え方やコミュニケーションのあり方、プロフェッショナルとは何かに至るまで、決まった定義はありません。だからこそ、お互いの前提を捨てて、歩み寄らなければいけないんです。」
外国人から見た日本人の強み「やり抜く力」と「推し量る力」
逆に、日本人の強みは何だろうか。Stephensさんに上司としての視点から、という前置きで尋ねたところ、まず「やり抜く力」を挙げてくれた。
小淵さんもこれには納得。現在の職場はプロジェクトの大きな方向性が決まっていたとしても締切の管理が甘かったり、タスクを分解して定期的に進捗を確認したりすることが苦手だという。
さらにStephensさんは「他人の気持ちを推し量る」という点においても、日本人スタッフの力を評価している。
「例えば、ミーティング中に僕が使った言葉に対して誰かが苛立っていたとしても、自分ではあまり気づかないことが多い。そんなときでもある日本人スタッフがそれに気づいて、後で『あの言い方はあまり良くなかったと思うよ』と教えてくれるので、そこからチームメンバーについてもっと理解を深めることができます。」
日本人が得意な「根回し」が活かされることも
小淵さんいわく、ときには日本風の「根回し」が有効な場面もあるそう。
彼女が所属するSoftware Development部は、ブッキング・ドットコムにとってパートナー企業である世界中のホテルが利用するシステムを管理している。
チームメンバーはそれぞれの国のコピーライティングを担当しており、何かプロジェクトが発生すると、チーム内だけでなくインフラ部分を担当する他部署にも協力を仰がなければいけない。
「プロジェクト開始時点では、この部署とあの部署だけで解決しそうだなと思っていても、プロジェクトを進めていくと、実はまた別の部署が関係している、ということがあります。ならば、少しでも関係しそうな人に事前に『今こういうことをしようとしていて』と話をしておくだけでも、その後の仕事がスムーズに進みます。根回しというか、最初からまわりを巻き込もうとするスタンスは大事だと感じました。」
「郷に入っては郷に従え」の先へ
このように、日本人的なコミュニケーションのあり方が海外では活かされることもあると小淵さんは感じている。
「周囲のヨーロッパ人は相手の話もそこそこに自分の意見を主張し、議論の収集がつかなくなることもあります。その自信満々な姿に以前は圧倒されていましたが、徐々にそれだけではダメなんじゃないかと思うようになりました。
日本だと誰かが話しているときに割り込んで自分の意見を伝えるってあまりないですよね。自分の意見を言うことで議論をより良いものにするというのはもちろん大切ですが、オーバーラップして、自分をアピールしてなんぼ、という考え方には違和感を覚えます。ちゃんと最後まで相手の話を聞こうよ、と(笑)。」
こう気づけたのも、小淵さんが最初の1年間はそれまでのやり方や自分の中の「べき論」のようなものを一旦忘れて仕事に打ち込もうと心がけていたからだろう。
「この1年間は『郷に入っては郷に従え』という気持ちで、オランダ、そしてBooking.comのやり方をひたすら学んできました。ただ、そのなかで自分のスタイルに合わなかったり、正直このやり方は非効率的だなと思うこともあって。今後は日本で学んだことも活用しながら、自分の色を出していけたらなと思っています。」
郷に入っては郷に従え、の「その先へ」。日本人の強みは今後、多国籍のチームワークでさらに活きていくのだろう。
[取材・文]行武温 [編集]岡徳之(Livit)