第7回:Wieden+Kennedyのクリエイティブ増強プログラム「ケネディーズ」が日本上陸
- 2017/07/13
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Profile
山本直子(ヤマモトナオコ)
フリーランスライター。日本、中国、マレーシア、シンガポールで証券アナリストや記者を経て、2004年よりオランダ在住。オランダの育児・生活情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、中国株関連書籍の製作にも携わる。
世界的にも知られる広告会社「Wieden+Kennedy」が、各国で取り組んでいるプログラムがある。クリエイティブ・プログラム「The Kennedys」はオランダ・アムステルダムオフィスから始まったものだが、インターンシップでもなければ、学校でもない。7か月間、プロのクリエイターのサポートの下で、実際のクライアントのために作品を作る実践的な課程となっている。2011年以降、ロンドン、上海、サンパウロでも実施されてきた。今夏、初めて日本に上陸も上陸が決定! あらゆる分野のクリエイターに道は開かれている。その内容とビジョンをご紹介したい。
集まれクリエイティブ魂
ケネディーズはWieden+Kennedy内の独立したグループとして活動する。Wieden+Kennedyのクリエイティブスタッフのサポートの下、締め切りや予算を伴う実際のクライアントの課題に取り組み、作品を生み出す。この過程では、参加メンバーが率先して行動することが最も重要視される。参加者はまた、あらゆるメディアを駆使し、キャンペーンを構築する技術を身につけるほか、ゲストスピーカーの話を聞き、優れた才能に触れる機会も与えられる。要求されるレベルは高く、ハードワークが求められるが、忘れ難く、貴重な経験になること請け合いだ。
今回、日本でケネディーズを募集することについてWieden+Kennedy Tokyoエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの長谷川踏太氏は、「素晴らしいクリエイティブな才能を持った若い人たちの中には、その才能を生かし切れないまま諦めたり、妥協したりして、あまりやりたくない仕事に就いている人もいると思います。しかし、自分の能力を一度でも実践、実験できる場があれば、その才能で生きていこうという自信になるのではという考えの下、日本でもそういう機会を提供しようとケネディーズを始めることにしました」と語っている。
応募資格は「クリエイティビティに取りつかれたすべての人」。デザイン、ライティング、コーディング、フォトグラフィー、音楽、ゲーム、ファッション、クッキング……クリエイティビティの種類は問わないほか、広告業界での経験も必要なし。応募方法は、WEBサイトに掲載された10の質問に自由に答えるだけだ。「一文字で『偏った愛情』を示す新しい漢字を発明してください」「無人島で直線を引くための方法を教えてください」「『それなら喜んで』とみんなが思う新しい税金は何税」「2017年度のサラリーマン川柳でビリになるやつを発表してください」など、すでにクリエイティブ魂をくすぐられる面白い質問ばかりだ。
日本のプログラムで選抜されるのは5人。2017年9月1日から3月31日まで東京・中目黒のオフィスに7か月通い、最低賃金が支給される。オフィス内ではケネディーズ専用のスペースが用意される。PCとソフトウェアも支給され、Wieden+Kennedy Tokyo内すべての設備を利用できる。プログラムでは主に日本語が使用されるが、英語を使えれば、より多くの刺激を受けるための利点となるという。
ケネディーズ創設者・クリエイティブディレクターのアルヴァロ・ソトマヨール氏からは「ボールを持った子犬のように、未知にアプローチせよ」、アートディレクターのジョン・フィリぺ氏からは「あなたのハートに従って。他の誰かのではなく」と、クリエイターへのエールの声が聞こえる。
このプログラムのアイデアは、クリエイティブ・ディレクターのアルヴァロ・ソトマヨール氏がマイアミのアートスクールでゲスト講師として教鞭をとっているときに生み出された。
「自分たちの学校を作ったらどうかな、と思ったんだ。本物のクライアントのための本物のプロジェクトに取り組むようなシリアスなやつをね。」
ビジネスの現場では、クリエイティブの現場よりもプロジェクトに時間がかかり、ソトマヨール氏はそのプロセスをもっと早くできないかと考え、「産業とクリエイティブがニュートラルな場所で出会うようなシステム」を考えついた。しかも、それは「若い才能を育成し、オフィスに呼び寄せる素晴らしい方法」だったのだ。
「ケネディーズ」の名前は、1982年にWieden+Kennedyを設立したデビッド・ケネディ氏に敬意を表してつけられた。ケネディ氏はアートディレクターで、彫刻家で、慈善活動家で、思想家。広告業界のルールや慣行を気にすることなく、アイデアの純粋さのみに基づいて広告業界で驚くべきキャリアを築いた人物だ。
「『ヘイ、デビッド、学校に君の名前をつけたいんだけど』って聞いたら、『うーん……』って、謙遜していたよ。」
ケネディーズ創設者でコーディレクター兼プロデューサーのジャッド・キャラウェイ氏は、米ポートランドのオフィスでケネディ氏に相談したときのことを楽しそうに語った。
キャラウェイ氏によれば、このプログラムは決して利益を目的としたものではない。ただ、参加者への渡航費や賃金などのコストはかかるため、代金を支払ってくれるクライアントと一緒に仕事をして、損益分岐点に持って行く。
「ほかのビジネスと同様、最終的には損益を報告しなくちゃならない。『損益トントンだ』っていう堅実なビジネスケースを作りたいんだ。」
同プログラムではグローバル企業のみならず、NGOなどの地域に根差した小さなプロジェクトも取り扱うという。
このプログラムで一番大事なのは、若い才能を発掘するということ。毎年選ばれたケネディーズは、オフィスに新風をもらたすそうだ。キャラウェイ氏は次のように語る。
「ケネディーズは、一種のクレイジーなエネルギーをオフィスにもたらすんだ。毎年、みんながケネディーズを大好きになるのが面白い。彼らが入ってくると、興奮が巻き起こる。」
プログラムの最初の週は、参加者がオフィス全体に自己紹介することから始まる。自分についての3分間プレゼンテーション。「純粋なコメディーだね」とキャラウェイ氏。刺激的で楽しいオフィスの様子が目に浮かぶようだ。
ケネディーズ参加者36人のうち、14人がそのままスタッフに
毎年、若い才能を探すのは難しいことではないだろうか。そんな懸念に対し、キャラウェイ氏はこう答えた。
「特に難しいと感じたことはないね。素晴らしい才能を持った人はたくさんいて、私たちと一緒に働いてくれる。それがケネディーズをユニークな存在にしているから。」
誰もプログラムのことを知らなかった初年度は、応募者が答えるべき質問はひとつだけだった――「未来はどんな風に見える?」。この年の応募数は900人に達したという。
キャラウェイ氏によれば、申し込み締め切りまでの時間などが年によって違うため、毎年応募数にはばらつきがあるが、平均的に300人程度。各審査員が個人的に回答をレビューした後、15人が「スカイプ」を通じた面接に招待される。リラックスしたスカイプでの会話では、主に「パーソナリティやフィーリング」が重視され、そこで最終的にケネディーズの参加者が選ばれる。
選考の基準は毎年ほとんど変わらず。企画されているプロジェクトの内容や顧客の志向もときには考慮されるが、「究極的に才能が最優先」と、ソトマヨール氏。キャラウェイ氏も「『ワオ、これってすごい回答』ということだけに基づいて採用する」のだそうだ。また、毎年大体ライター、フォトグラファー、デザイナー、ディレクター、建築家が選ばれるが、デザイナーが2人の年もディレクターが4人の年もあった。そして、まったくクリエイティブと関係ないと思われるような「ワイルドカード」的な人も選ぶようにしているという。なかには心理学の博士号を取った人を採用したこともそうだ。
▼過去に選出された候補者の作品『Camille Herren – 2011』
ソトマヨール氏は次のように語る。
「ベストな方法で、とにかく自分を表現したものを見せてほしい。質問の回答は過去の学校のプロジェクトでもいいし、前職のものでも構わない」
▼過去に選出された候補者の作品『Quentin van den Bossche – 2013』
2011年にアムステルダムでケネディーズが開始されて以来、これまでに36人が同プログラムに参加し、このうち14人が現在もWieden+Kennedyのフルタイムスタッフとして働いている。今年9月からはいよいよ東京オフィスでのケネディーズがスタート。東京という土地やそのカルチャーを反映し、アムステルダムとはまた違った独自のプログラムになる予定だ。プログラムの終了後には、スタッフとして採用されるチャンスもあるという。
長谷川氏は日本のクリエイターにこう投げかける。
「これはこうだとか、ああだとか、こうしなきゃいけないとか決めつけて、自分の考え、感性を固定化しないこと。すでにある世の中のグリッドに無理に自分をハメようとしないこと。そして、考える前に動き、動きながら考えることが大事だと思ってます。」
[取材・文]山本直子、岡徳之(Livit)
<岡徳之>
編集者・ライター。株式会社Livit代表。慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。得意分野は、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ、企業のオウンドメディアの企画制作にも従事。2013年にシンガポール、2015年にオランダへと拠点を拡大。現在はオランダを拠点に、欧州・アジア各国をまわりながらLivitの運営とコンテンツの企画制作を行う。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア30媒体以上を担当。http://livit.media/