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アートは意外と体力勝負。「スパイラル」ギャラリーの知られざるお仕事

東京・青山の「スパイラル」は、「生活とアートの融合」をテーマにした複合文化施設。ここでは展覧会、舞台公演、コンサート、シンポジウムなどがジャンルを横断して開催されている。螺旋状のスロープが特徴的な1階「スパイラルガーデン」で開催される催事の企画・提案から運営までをすべて担うのが、スパイラルに所属するギャラリースタッフだ。彼らは優れたキュレーターであり、プロデューサーであり、現場監督でなければならない。国内外のアーティストやクライアントと密にやりとりをする一方で、ときには脚立を担ぎ、自ら設営に臨むこともあるという。
ギャラリー担当チーフ / キュレーターの加藤育子さんに「仕事の流儀」をうかがい、ギャラリースタッフの大津海人さんにスパイラルならではの働く醍醐味を聞いた。
  • 取材・文:村上広大
  • 撮影:有坂政晴(STUH) 
  • 編集:立花桂子(CINRA)

脚立を担ぎ、ビスを打つ。プロデュースから力仕事まで、業務は多彩

―スパイラルは青山のランドマークともいえますね。外観はもちろん、内観も特徴的な構造をしています。

加藤:建築家の槇文彦さんが設計した、日本のポストモダン建築を代表する建物です。アートの展示などを行う1階のギャラリーは、「スパイラルガーデン」という名前です。美術館のような「ホワイトキューブ」ではなく、螺旋スロープのある吹き抜け構造で、カフェも隣接しています。

株式会社ワコールアートセンター ギャラリー担当チーフ / キュレーターの加藤育子さん

株式会社ワコールアートセンター ギャラリー担当チーフ / キュレーターの加藤育子さん

加藤:建物自体が自社ビルなので、ほかのフロアと連動した展覧会を開催することもできます。たとえば、スパイラルカフェとギャラリーの機能を逆転して展示を行ったり、エントランスや3階にあるスパイラルホールもあわせて使用したり、といった具合です。

―ギャラリースタッフの仕事は、具体的にどのようなものですか?

加藤:おもに1階のスパイラルガーデンで、展覧会やイベントの企画・制作、運営を担当します。利用用途は大きく分けて3つ。自分たちでゼロから企画・制作する自主企画、海外文化機関や自治体といったパートナーと協力して行うプロデュース、企業や美術大学などへの会場レンタルです。

プロデューサーや現場監督の役割も担うことになるので、いわゆる「学芸員」のイメージとはギャップがあるかもしれません。テレビ局でいうADのような役割をすることも多いですよ(笑)。自分で脚立を担ぎ、ワイヤーをかけたりビスを打ったりといった簡単な施工も当たり前にやります。

螺旋状のスロープが特徴的なスパイラルガーデン。吹き抜け構造のため開放感があり、周囲の音を心地よく感じながらアートを鑑賞することができる(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

螺旋状のスロープが特徴的なスパイラルガーデン。吹き抜け構造のため開放感があり、周囲の音を心地よく感じながらアートを鑑賞することができる(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

展覧会の企画・運営は料理と同じ。「レシピを考えるだけではダメ」なのはなぜ?

―企画だけではなく、現場での仕事も多いのですね。

加藤:スパイラルでは、制作や運営まで動かせて一人前です。「企画」を料理でたとえると、レシピを考えて食材を発注することだと思っている方も多いでしょう。

けれど実際は、調理をして、できあがったものを食べてもらい、食器や調理道具を片づけるところまでが「料理」ですよね。これは私たちの仕事でも同じ。実際に手を動かすことはもちろん、足を運んでくれたお客さまの表情を見たり、片づけの効率性を考えたりと、最後の届け先まで考えてこその「企画」です。何より、このスキルがないとアーティストやクライアントと信頼関係が築けません。

3階にあるスパイラルホール。展示会、ファッションショー、記者発表、演劇、パーティなど、さまざまなジャンルの催事が日々行われている(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

3階にあるスパイラルホール。展示会、ファッションショー、記者発表、演劇、パーティなど、さまざまなジャンルの催事が日々行われている(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

加藤:アーティストやクライアントの「これをやりたい」というご要望に「できません」のひと言で終わってしまうのか、「それはできないけど、こういうやり方なら実現できます」と別案を提案し、ディスカッションするのか。後者のような関係を築くためには、「運営」まで知っている必要があるのです。

―なぜそこまでの仕事が求められるのでしょうか?

加藤:そもそもスパイラルは「生活とアートの融合」をテーマに掲げていて、「文化の事業化」を目指しているんですね。だから自主企画で予算を使うだけではなく、売上を立ててお金を稼がなければいけない。この両軸がスパイラルの大きな特徴です。

ですので、ギャラリー担当は「会場を貸し出すことで得られる利益がどれくらいか」「年に一度のアートフェアでどのくらい作品を販売すればいいのか」といったところまで考える必要があるのです。

とはいえ数字を追うだけではダメで、スパイラルのブランドも守らなければいけない。会場レンタルの場合は、企業などからお問い合わせをいただく段階で、使用用途が私たちの思想にフィットするかをきちんと確認しています。

空間も機能も独特ですので、スパイラルのノウハウを提供することで、win-winの関係づくりを目指しています。

スタッフは少数精鋭。ときにはひとりで企画を動かすことも

―現在、ギャラリー担当スタッフは何名いらっしゃるんですか?

加藤:私を含めて5名です。私の上にスペースチームの課長、下に3名の専属スタッフとエデュケーション担当が1名います。プロジェクトの大小に応じて、ひとりで担当することもあれば、チームを組んで動くこともありますね。

3階のスパイラルホールは独立したフロアなのですが、1階のスパイラルガーデンはオープンスペースで、お客さまが無料で出入りできる。スタッフが気をつけるべき部分もそれぞれ違うんですよ。

昨年まで3階を担当していた大津というスタッフは、4月から1階がメインになり、いまは会場の使い方や注意点を学んでもらっている最中です。

TOPIC:ギャラリースタッフが語るスパイラルの魅力は?

3階のスパイラルホールを経て、現在は1階のスパイラルガーデンで経験を積んでいるという大津さんに、スパイラルならではの「働く醍醐味」を聞いた。

ギャラリー担当の大津海人さんは、もともとものづくりに携わっていたそう。「ものをつくる側から場を提供する側に回りたいと思い、アルバイトとして働いたあと、正式に社員になりました」

ギャラリー担当の大津海人さんは、もともとものづくりに携わっていたそう。「ものをつくる側から場を提供する側に回りたいと思い、アルバイトとして働いたあと、正式に社員になりました」

大津:スパイラルの醍醐味は何でもチャレンジできるところです。わからないことやできないことがあっても、先輩や上司が手を貸してくれる。ぼくもいまは運営や制作を学んでいる最中ですが、やりたい企画のネタはたくさん持っています(笑)。なかなか会えないような著名人やアーティストと、一緒に仕事ができるのも魅力ですね。

向いているのは、元気で自分の意見を持っている人。それからアートに限らず、さまざまなジャンルに興味を持ち、アンテナを張っている人ではないでしょうか。旅行やグルメ、ファッション……異なるジャンルとアートを掛け合わせることで、化学反応が起きる可能性もありますから。

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自由な発想に触れることで、自分自身の信念も見えてくる。アートを仕事にする魅力とは?

何より大切なのは、「やりたいこと」を最後まで自分の力でやりきること

―入社してからは、どのようなステップを踏めるのですか?

加藤:1年目は先輩の下につき、「サブ担当」としてひととおりの仕事を学びます。得意・不得意が見えてきた2年目は、さらに経験を積んでもらうために、ときにはあえて苦手な仕事に挑戦してもらうこともありますね。そして3年目からは、規模の小さなプロジェクトを自分ひとりで動かしてもらいたい。とはいえこれらは目安でしかないので、成長度合いによって任せられる範囲は変わってきます。

体系化された教育プログラムがあるというよりは、現場で学んでいただくことが多いです。泳ぎ方にたとえると、まずは浅瀬で泳いでもらって、その泳ぎ方なら次はこういう風に泳いでみようか、といった感じ。もちろん先輩がサポートしますが、海にポンと出されるようなものなので、体力は必要です(笑)。

展覧会の設営風景。ギャラリースタッフ立ち会いのもと、閉館後に作業を行うのだとか(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

展覧会の設営風景。ギャラリースタッフ立ち会いのもと、閉館後に作業を行うのだとか(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

―2、3年で企画を任されることもあるのですね。

加藤:そうですね。本人が「やりたい」と言ったことをやらせてくれるのがスパイラルの特徴ですが、それを最後までやりきらないと次のチャンスは巡ってきません。

―チャレンジしやすい一方、「最後までやりきれるかどうか」が重要だ、と。

加藤:特にギャラリー担当は、つねに複数の案件を担当します。展覧会は開催3か月前に決まることもあれば、3年かけてつくり上げることもある。企画によって流れがまったく違うので、自分でスケジュールをコントロールしながら動けるかどうかはすごく重要ですね。

アーティストと接することで、自分自身の信念や覚悟も見えてくる

―ちなみに加藤さんは、どのような経歴で現在のポジションに就かれたのでしょうか?

加藤:私は大学院でアートプロジェクトを研究し、新卒として入社しました。最初はギャラリー担当として5年間ほど働き、最後の2年はチーフとしてチームをまとめていました。その後、結婚・出産のタイミングで館外の企画をメインに行うチームに異動し、そこで5年ほど働いた後、ギャラリーに戻ってきたという経緯です。

展覧会に訪れた来場者の高揚感を高めるため、エントランスに作品を設置するなど、さまざまな演出が行なわれている(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

展覧会に訪れた来場者の高揚感を高めるため、エントランスに作品を設置するなど、さまざまな演出が行なわれている(画像提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター)

―同じギャラリースタッフでも、プレイヤーとマネージャー、両方の立場を経験されているのですね。

加藤:プレイヤーのときは「自分がやりたいこと」、あるいは「アーティストやクライアントがやりたいこと」をどう実現させるかに集中していました。それがマネージャーになると、「スパイラルとして何が最善なのか」「スタッフをどう育てるのか」を考える視点が加わったと思います。

扱うテーマはファッションから教育まで幅広いので、いかに自分がハブとなり、アーティストやクライアントとネットワークを築くかを考える必要がありました。

―アートを仕事にすることで、得られるものは何ですか?

加藤:世界中のさまざまなアーティストと接するなかで、固定概念にとらわれない自由な発想に触れることができます。スパイラル自体も寛容な組織ですから、マイノリティーやマジョリティーを気にすることがありません。アーティストは信念を持って活動をしている方ばかりなので、彼らと接することで自分自身の信念や覚悟も見えてくると思います。

取材時は、『Espace de Réflexion ージャン=リュック・ヴィルムートが伝えつづけた愛と学びー』が開催されていた。過去作品の展示をはじめ、パフォーマンスやワークショップなどプログラムは多彩だ

取材時は、『Espace de Réflexion ージャン=リュック・ヴィルムートが伝えつづけた愛と学びー』が開催されていた。過去作品の展示をはじめ、パフォーマンスやワークショップなどプログラムは多彩だ

スパイラルは全館がサービス業。目的はあくまで「お客さまに届ける」こと

―ギャラリー担当は、これまでアートに関わったことがない人でも務まるのでしょうか?

加藤:可能性は十分にあります。スパイラルの活動テーマである「生活とアートの融合」を基準に考えて、「こういうことがやってみたい」と意欲的に動ける方であればウェルカム。

ただ、「なんとなくアートが好き」という方だと、数年後に「これから何で食べていけばいいんだろう」と足が止まってしまうかもしれませんね。入社時点ではうっすらとしたものでも構いませんが、将来のビジョンをしっかりと見据えるためにも、軸足を見つけてほしいです。

―さまざまなテーマを取り上げるなかで、知識や得意分野が生まれてくるのですね。

加藤:そうですね。アートやカルチャーに興味があることは前提として、サービス業としての視点も大切です。

私たちの目的は、あくまでお客さまにアートを届けること。独りよがりな企画ではお客さまを置いてきぼりにしてしまいますし、「美術史的には価値があるけれど、理解されづらい」といった企画はやりません。ショップや飲食だけではなく、スパイラルガーデンも含めたスパイラル全館がサービス業だととらえています。

求む、未来のスパイラルを担う原動力。自立した文化施設を目指して

―社員のフォローやサポートは、どのように行っているのですか?

加藤:社員の素質や進むべき道について、リーダーはかなり真剣に考えています。社員のやりたいことを応援する風土も根づいていますし、定期的に話を聞いて、半年後、1年後のビジョンや「ゆくゆくはやりたいこと」を聞くようにしています。

スパイラルは風通しがよく、他社さまから「兄弟姉妹みたいだね」と言われることもあるんですよ(笑)。普段から、思っていることや悩んでいることを言い合う関係ができています。組織という側面でも、気風は自由。美術館というより、デザインやファッション、建築といった業界に近いかもしれません。

―新しくジョインする人に、期待していることは何ですか?

加藤:組織に新しい風を吹かせてほしいですね。特にスパイラルガーデンは、会社の中核を担うエンジンのような場所。これからのスパイラルを担う原動力となっていただけるように、私たちも全力でサポートしたいと考えています。

―それでは最後に、スパイラルが目指すビジョンを教えてください。

加藤:「生活とアートの融合」を掲げて35年、いまは運営母体である株式会社ワコールの支援を受けていますが、今後は自立した生態系をつくっていきたいと考えています。世界的に見ても、経済的に自立している文化施設はほとんど存在しません。だからこそ、自分たちで利益をあげ、自分たちで発表をして、自分たちで道を歩んでいきたい。

作品をつくるアーティスト、彼らの作品を世に広める私たち、そして作品を受け取るお客さまとで「体験」を循環させ、「文化の事業化」を目指していきたいと思っています。

加藤さんが「思っていることや悩んでいることを言い合う関係ができている」と語っていたとおり、撮影は和気あいあいとした雰囲気で進行。何気ない会話でも仕事やアートの話題が尽きず、ポジションを問わず「アートと生活の融合」を目指す確かな情熱が垣間見えた

加藤さんが「思っていることや悩んでいることを言い合う関係ができている」と語っていたとおり、撮影は和気あいあいとした雰囲気で進行。何気ない会話でも仕事やアートの話題が尽きず、ポジションを問わず「アートと生活の融合」を目指す確かな情熱が垣間見えた

Profile

株式会社ワコールアートセンター

株式会社ワコールアートセンターは、株式会社ワコールの100%出資会社として、1985年10月に東京・青山にオープンした複合文化施設『スパイラル』の事業運営管理を行っています。

スパイラルはギャラリーと多目的ホールを中心に、カフェ、レストラン・バー、生活雑貨ショップ、トータル・ビューティ・サロンなどで構成されています。「生活とアートの融合」をテーマに活動し、現代美術やデザインの展覧会、演劇やダンスなどの舞台公演、シンポジウムといった同時代性が高く、そしてジャンルを横断するようなアートイベントを数多く開催しています。

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