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「クリエイターのアイデンティティを売る」会社

株式会社アイデアスケッチ

アートとビジネス。この2つは、水と油のようなものだと言われるが、それを融合してしまっているのがアイデアスケッチ社だ。ニュースアプリ「Gunosy」のプレゼン演出から、椎名林檎ファンサイトの制作、映像、空間演出、プロダクトまで、デザインや広告ビジネスを展開しながら、代表の山口真人氏は現代アーティストとして、海外のアートフェアにも出展している。 アーティストにして経営者。この成り立ちに、アイデアスケッチの他にはない「何か」が隠されているのかもしれない。「クリエイターのアイデンティティをビジネスにしたい」と語る彼らの真意とは? 代表の山口氏とプロジェクトマネージャーの池田周平氏、デザイナーの阿久津望氏に話を伺った。

取材・文:宮崎智之 撮影:永峰拓也(2015/03/27)

アートをやるため。経済学部にいった理由とは?

まずは、アイデアスケッチ代表の山口氏のアーティストとしての側面を見ていただきたい。この動画は、彼の作品「Plastic Painting」の紹介ムービーだ。

“Plastic Painting 2015, Masato Yamaguchi”

 
この作品についての話しは後で山口氏に伺うとして、次に見ていただきたいのは彼らの「ビジネス」の側面。同社の最近の仕事でもある、キュレーションアプリ「Gunosy」のプレゼン演出で制作されたムービーがこちら。

“Gunosy”

 
なぜ、アートとビジネスを共存させているのか、それがどうして可能なのか、なぞは尽きないが、まずは代表の山口氏のバックグランドから探っていこう。

山口氏がアートに目覚めたのは中学3年生の時、フリッパーズ・ギターのアルバム『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』を聴いたことがきっかけだった。既存の楽曲を引用するサンプリング手法やアートワークに感銘を受けたという。そこからアメリカのポップアーティスト、アンディ・ウォーホルを知り、「アートはコンセプチュアルなもの」という思いを強くしていった。

その後高校に入学してからは、すでにはっきりと「アーティストになる」と決めていたという。だが、山口氏が選んだ進路は、経済を学ぶことだった。なぜ、美術大学でなく、一般の大学を選択したのだろうか?

山口:美大に進学しなかった理由は二つあります。一つは美大に行かなくてもアートは大好きなので自分で学べるのではないかと思ったこと。今思えば若気の至りというか、根拠のない自信というやつですが(笑)。
もう一つは、アートをするにもビジネス的な視点が必要だと思っていたこと。やっぱりアートと経済の両方の感覚があったほうが、ダイナミックなことができるんじゃないかと思って。それで経済学部に入って、経済の勉強をしたんです。今思うとその考え方は、ウォーホルに強く影響を受けた部分なんだと思います。

デザイン仕事とアーティスト活動の併走

大学に入ってからはバンド活動に没頭する一方、独学でアートを学び、シュルレアリスムやダダなどに影響を受けていった山口氏。ちょうどこの頃、デザイナーとしてのキャリアもスタートした。

株式会社アイデアスケッチ 代表取締役 山口 真人さん

株式会社アイデアスケッチ 代表取締役 山口 真人さん

山口:大学生のときから、ソフトウェア会社でアルバイトするようになりました。立派なオフィスで働けると思ったら、実はそこは間借りのオフィスで社員は社長だけ。デザイナーの僕とブログラマーの学生と3人で、いつの間にか創業メンバーのような扱いになっていて(笑)。
でも結果的にそれが良かったんです。出勤の初日から最前線でデザインをさせてもらって、アルバイトなのに、お金の流れとか、デザインが商品になっていく過程も学べて、デザインだけでなくビジネスの基礎も叩き込んでもらうことができました。

大学卒業後は、新聞社のWEB制作を請け負う会社に就職し、NIKKEI.NET(現 日経電子版)のインターフェイスデザインに携わり、改めてデザイナーとしてのスキルを身につけることになった。その間も山口氏は、アーティスト活動を並行していた。その頃の映像作品はフランスのアニメーション映画祭『アヌシー』で入選したり、ベルリンのアートデザイン系出版社『ゲシュタルテン』が発行する書籍にデザイン作品が掲載されるなど、実績も残していった。「デザイナーとして会社員をしながらも、アーティスト活動を行う二重生活をしていました」と当時を振り返る。

アートとビジネスは表裏一体?

2005年にはフリーのグラフィックデザイナーとして独立し、2008年にはアイデアスケッチを設立した山口氏。経営者になってからも、そのスタンスに変化はない。数々のクライアントワークを手掛ける一方、現代アーティストとしての活動も継続し、ニューヨークやマイアミのアートフェア『スコープアートフェア』に出展するなど、むしろ活動の幅は広がっているともいえる。山口氏は、なぜデザイン会社を経営する傍ら、自身もアーティストとして活動し続ける道を選んだのだろうか。

山口:当然ですが、アート活動を継続していくためには、経済的な基盤や、一緒に考えたり、サポートしてくれるスタッフも含めて、環境を整える必要があると思っていました。もちろん将来的には、アート活動で大きな利益を得られるようにしたいと考えています。
また、アートとデザインはよく対比して語られますが、僕はそもそも比較するものではないだろう? と思っていて。デザインって、手法や思考方法など技術的なことだと思うのです。だから、クライアントワークで身につけたデザインの技術は、アートの制作にもそのまま使えると思うんです。

そしてデザインだけでなく、アートにも多分にビジネスの要素は含まれていると考えている。 

社内風景

社内風景

山口:社会の状況とアートは必然性があると思ってて。アートの歴史を振り返ってみても、宗教絵画にはじまり貴族の肖像画、産業革命後に生まれた印象派、2つの対戦の間に生まれたシュルレアリスム、戦後の消費社会を投影したポップアートなど、社会の状況を投影してシーンが形成されていきました。
そう捉えると、今は頑張れば誰でも自由に作れて売ったり買ったり取引ができる時代。良くも悪くもアートがコモディティ化しているんだと思います。そういう時代だから特にアートとビジネスって、表裏一体だと思うんですよね。だからアイデアスケッチはベンチャー企業的なノリでアートに挑戦するのもいいかなって思ってます。

どんなにカッコいいデザインでも、コンセプトの筋がしっかり通っていて、意味の伸びしろがあるデザインをつくる能力は、アートを通して身につけられるもの。だからこそ彼らは、アートの世界でも、広告の世界でも戦っていけるのだ。

ボーダーを無くす時代が来る。「Plastic Painting」とは?

冒頭に観ていただいたアート作品「Plastic Painting(プラスチック・ペインティング)」について、山口氏はこの作品のコンセプトを「歴史や文化、地理的なボーダーをなくすこと」と語る。

Plastic Painting

Plastic Painting

山口:「Plastic Painting」では、オリジナルの枠を超えて、どんどんつながりだけが先行していく世界観を表現しています。インターネットが普及した21世紀は、そういう時代だと思っていて。プラスチックという言葉は、英語で「嘘くさい」ものの形容詞みたいに使われています。だから、「Plastic Painting」は「嘘くさい絵」という意味なんです。ただ表面的にいろんなものが寄せ集めになっているだけで、オリジナリティがない。見た目はキレイだけど、本質的にはバックグラウンドがちゃんとつながっていない。まさに、「嘘くさい絵」です。

「それっぽさ」だけが先行してそれがどんどんアメーバのように広がっていく社会。そんなイメージなのだろうか?

山口:たとえばグラフィティの例で挙げると、グラフィティは、もともとアメリカのストリートカルチャーから出てきたものですが、イラクにはアメリカみたいなストリートアートが生まれるような歴史的な背景はありません。でも、突発的にグラフィティのムーブメントが出てきてしまっているんです。まったくその場所の文化とは関係がないのに、表層のかっこよさだけで流行ってしまっている。つまり、現在の文化は歴史と地理の文脈がぐちゃぐちゃになってきているんです。その現象を肯定するような作品を作りたいと思ったのが「Plastic Painting」でした。

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