CINRA

今なぜ「ブランドデザイン」が必要か?

K.K.H.K-brand design(株式会社ヒロユキコマツ)は、「ブランドデザイン」の会社だ。アディダスジャパンでクリエイティブディレクター兼ブランドマネージャーを務めた小松裕行代表によって設立され、現在も同ブランドほか多くのグローバルなクライアントのクリエイティブに関わる。同時に、東京・馬喰町の自社オフィス階下でカフェ兼定食屋「フクモリ」を営むなど、自社プロジェクトも展開。彼らの言う「ブランドをデザインする」とは一体どういうことなのか。その活動と思想を小松さんに伺った。

グローバルなスポーツメーカーから、街の定食屋まで

今回、アディダスジャパンでクリエイティブディレクター兼ブランドマネージャーを務めていた人物の取材と聞いて向かった先は、意外にも東京の東側・馬喰町だった。繊維問屋がたち並ぶ街の一角に、ウッディな内装の心地良い定食屋風カフェがある。その上階が、ヒロユキコマツ社のオフィスだ。代表の小松裕行さんいわく、1階のお店「フクモリ」も、アディダスジャパンを退社して起業をしたタイミングで始まった自社プロジェクトなのだという。彼らにとってはこうした飲食店経営も、アディダス、リーボックといった歴々たる人気メーカーの「ブランドデザイン」と同じ活動だというのだ。その本質とは何なのか? 小松さんがたどってきた来歴に、ヒントがあった。

株式会社ヒロユキコマツ代表取締役 小松 裕行さん

株式会社ヒロユキコマツ代表取締役 小松 裕行さん

小松:僕は大学でテキスタイルデザインを勉強して、まず大手繊維メーカーに就職しました。そこではマイクロファイバー(日本は世界有数の技術を持つ)の形や組み合わせを工夫して、着心地や速乾性、吸収性などに長けた繊維を開発していて、僕はそれをどう織り地にするかを考える仕事に就いたんです。まあマニアックな仕事です(苦笑)。でも、誰もが着る衣類のもとになる仕事。そこで続けていくうちに疑問が生まれてきました。これだけ高い技術で多彩な製品をつくり、広く使われているものなのに、その凄さが専門分野以外に伝わっていないのでは、と。そこでまず製品全体に、独自のコンセプトとネーミングを与え、社内外に向けブランディングしましょうと提案したんです。

製品そのものの価値創造を行うこと。その発想に賛同者も集まり、後に著名なクリエイティブディレクターとなる若き日の水野学氏ら、外部クリエイターも巻き込んでの展示会を企画するなど、コトは動きだした。ただ最終的には、上層部の全面賛同を得る難しさに突き当たったという。

小松:歴史ある会社だからこそ、新しいことの実現は社内で一定の地位に昇らないと難しい、と痛感しました。ただ、評価してくれた人もたくさんいて、こういう思考は正しいはずだとの想いも強くしました。

消費されるための広告ではなく、生きる広告を。

結局、小松さんはその繊維メーカーに丸5年勤務後、アディダスジャパンのクリエイティブセクションに入社。実力主義の環境で、ブランドデザインを実践していく。アディダスは前職とは対照的に、すでに確固としたブランド観が成立していた。なかでも象徴的なのが、6大ブランドバリューとされる「本物であること」「革新的であること」「真摯に取り組むこと」「情熱的であること」「創造的であること」「誠実であること」。これをもとに、CMでインパクトを与えた有名なメッセージ「Impossible is Nothing」なども生まれている。

K.K.H.K brand design works : adidas 勝負靴

小松:新たに入社したぼくにとって、すでに確立されているブランドイメージをあえて逸脱する表現手法をとることでターゲットを惹き付ける方法も、もちろんあります。でもそれって実は安易で、少し時間が経てば忘れられてしまうものです。それよりも「ブランドデザイン」の次のステージのために、ある意味で既存の制限された枠組みの中でも、よりロイヤルティ(親密性・信頼性)を得ていくかが重要だと考えました。その後、本国ドイツとも密にやりとりしながら、契約アスリートを起用したCM、広告ポスター、各種グラフィックなどマスなものから、店舗デザイン、空間演出、イベントなど、10年にわたりあらゆるものに関わりました。結果、表面的なデザインだけでなく、ビジネスが動く現場を体感しながら総合的に関われたのは大きかったです。

実績を積み、やがてブランドマネージャーとなった小松さんのもとには、営業や開発など各部門から相談が持ち込まれた。サッカー、テニス、キッズ……と細分化されたジャンルの部署の壁を越え、必要な策を予算投入バランスもふくめて総合的に決定していく。これは小松さんに、ビジネスの実情をふまえつつ、それらを俯瞰してクリエイティブの判断を行う、という新たな力をもたらした。

小松:クライアントのビジネスモデルを理解した上で、必要な客観性も持ちつつ一緒に戦える体制をつくる。他の成功例にならうのではなく、そのブランドがあるべき姿として、何をしたらいいか? を徹底的に考え、可視化することが大切。アディダスの場合は特に、消費されるための広告じゃなく、生きる広告を目指さなきゃいけない。だから一緒に働く外部クリエイターにも、ブランドを可能な限り理解して協働してほしくて、実際そうしてきました。そして、独立して仕事を受ける側になった今も、そう努力しています。

なぜ、アディダスを離れて独立したのか?

小松さんはこうした仕事を10年にわたり、最前線で担ってきた。そうして「アディダスにブランドデザインの多くを学んだ」という彼が、あえて同社を離れて独立したのはなぜだろう? 入社9年目、新たな組織編成に伴って、新設ファッション部門のマーケティングディレクターへ異動を求められたのがきっかけだった。力量を買われてのこととはいえ、今の役割を離れることは考えられなかったという。

小松:いま自分が外れたら、この仕事を他に誰がやれるのか、今後の「ブランドデザイン」はどうなるのか、という想いがありました。それを率直に告げて経営陣とよく話し合った結果、最終的に僕は独立しました。しかしアディダスジャパンでの仕事にも引き続き関わるというかたちになったんです。

つまり、同じ仕事を続けるためにその会社を辞め、独立をしたということだ。この選択には小松さんの強烈な自負を感じるが、同時に「ブランドとは樹木のようなもの」という彼の哲学・信念もあった。いわく樹木を育てるには、多くの時間と苦労が必要とされる。しかし、ひとたびそのありようを勘違いして異なる花や実をつけようとすれば、幹から朽ちていくような取り返しのつかない失敗も起こり得る、というものだ。

株式会社ヒロユキコマツ代表取締役 小松 裕行さん

小松:アディダスは間違いなく僕らが死んだ後でも残っていくブランド。ですからブランドデザインをしていくためには、何かを生み出すだけではなく、いかに継承されるかがすごく重要です。たとえばBMWって、どの時代を切り取っても一目で「BMW」とわかりますよね。それは創設時のブランドデザインがしっかりしていて、それを大切にしてきたからこそです。アップルのように、ジョブズのような独裁的とさえ言えるトップが率いることで、うまくいくケースもある。そういう人が自ら聖域的な権力をもって独創性を見せるとき、ブランドに強い力が宿るからだと思います。

力強いブランドをつくるために戦略を重ね、必要なあらゆる要素を「デザイン」すること。そこで大切なのは目に見えるデザイン(カタチ)だけではなく、ビジネスとのバランスも必要な視座となる。小松さんにとってこの独立・起業は新しい出発であると同時に、自ら手がけてきたアディダスジャパンというブランドの価値を継承していくための、彼流の解決策だったのだ。

Next Page
カフェを、街をブランディングする

カフェを、街をブランディングする

2009年のヒロユキコマツ社設立後、小松さんはスタッフたちと共に、アディダスジャパン、リーボック、リーバイスなどグローバルブランドをクライアントに、その「樹木」をクリエイティブの力で育てる仕事を続けている。そして、この考え方に基づいて自分たち独自のブランドも育て始めた。そのひとつが、冒頭でも述べたオフィス階下の飲食店「フクモリ」だ 。

K.K.H.K brand : フクモリ 馬喰町店

小松:独立を決めた際、オフィスはアディダスジャパンの中に置けばいいのでは、という話も頂いたんですが、やはり自分の城が欲しいなと(笑)。それで物件を探していて、この東神田エリアは面白いと思ったんです。当時目立っていた空きビルなどの不動産を活かし、この街を新たに価値付けしていく流れが始まっていました。そのムーブメントを牽引していた「東京R不動産」がこの物件を紹介してくれて。ただ、オーナーからの条件が「1階はカフェにすること」だと聞いて、最初は諦めたんです。でも、その後もこの場所がやっぱり気になる(笑)。それで最終的に「じゃあ1階でお店、2階を事務所にするビジネスモデルを考えよう」と考え方を切り替え、そこから始まったのが「フクモリ」です。

飲食業はもちろん未経験だったが、かねて付き合いのあった山形の3旅館(湯の浜「亀や」、天童温泉「滝の湯」、かみのやま温泉「葉山舘」)の協力を得て、同地の食材を活かしたカフェ兼定食屋としてオープン。以来、近くに展開するアートギャラリー群などと共に、馬喰町の新しい顔をとして愛されるようになった。そして「フクモリ」は、新たに自分たちのブランドを育てる営みでもあるという。

小松:正直な所、他人のブランドの仕事をずっとしてきたこともあり、いつか自分でもブランドを持ちたいという想いはありました。そのいい機会として、この店を地域のプロモーションに貢献するブランドにできないか、と考えたんです。だからこれはプロジェクトであり、ブランドでもあります。僕自身クリエイティブディレクターとして、ブランドのアイデンティティをゼロから作りたかったんです。

社内風景

社内風景

現在は近隣に、ブックカフェ「イズマイ」、イタリアンレストラン「Renea」も経営。そこには、ブランディングとは価値創造であり、ゆえに課題さえ明確なら、「ブランドデザイン」のノウハウは幅広い領域で活かせるはずだという想いがある。

小松:もともと「フクモリ」で山形の食材を使うことにしたのは、現地の魅力的な方々とお付き合いがあったことから実現したアイデアでした。ただこれも、いま地方が抱えている課題の解決法を「フクモリ」というブランドで探っていくことにつながり得ると思っています。また、同じく独立後には企業コンサル的な仕事も増えています。これらもまた、「ブランドデザイン」を通じて得た「自分たちにできること」の延長線上にあります。

デザインだけで解決する時代ではない

こうした経緯を経て、現在同社は元々のクリエイティブエージェンシー、飲食店などの自社プロジェクト、そして企業コンサルティングの3本柱で経営している。小松さんは自社のネクストステージとして、これまで自分が中心に担ってきた領域を各スタッフに分解しつつ、さらに力のあるチームを育てたいという。同社のクリエイティブは先鋭的なものから、親しみやすさ重視のものまで硬軟自在な印象。小松さんはスタッフに小手先の表現力よりも「考える力」を期待したいようだ。新規スタッフも募集予定とのことで、思い描くイメージを聞いてみた。

小松 裕行さん

小松:グラフィックやストーリー作りなどの仕事をバランスよく分担できる体制にしたいんです。そこでは表現欲みたいなものだけでなく、ブランドの根本の部分から考えられる人かどうかが大切。90年代の広告には、ビジュアル重視、ブランドロゴは小さく載せるだけのものが流行りましたよね。でも僕は、じゃあそのロゴを隠したら、どのブランドにも使えるんじゃない? と感じていました。むしろ80年代に言葉の力で引っ張っていた広告の流れのほうが、多くの人の心にささる力があったと思う。ただ目を引くだけのビジュアルや、打ち上げ花火的な表現が横行する時代は、もう続かないのでしょうし、デザインは結果でしかない。そう考えると、デザインだけでソリューションをする時代は終わったとも思います。

さらに小松さんは「クライアントのビジネスモデルを理解しないと生き残れない時代になる」とも話す。

小松:ブランドを育てるという意味では、アディダスの仕事も飲食業も全く変わりはないんです。こうブランド、ブランドって強調していると、周りから「ブランド主義」なんて言われることもありますが(笑)。もちろん僕も、数字でとらえる業績評価などを絡めた提案も案件ごとに取り入れます。ただ、そういうデータではとらえられない最たるものが、ブランディングなのも事実。価値づくりという仕事においては、そうした広い視点をもって臨んでいくべきだと思っています。

最後に「サラリーマンじゃなくなったから、“自分のブランド”も見ていかなきゃ」と小松さんは笑った。そう、人間ひとり一人もまた、ブランドだということだろう。自分がどんな存在であり続け、またどう成長していくのか。周囲にどう接し、どう関わっていくのか。それを考え、実行するのも「ブランドデザイン」だと言える。そこから生まれるものの本質は対外的な権威ではなく、志や信条に根ざした価値だろう。そうとらえれば、小松さんたちのいう「樹木」のたとえも、それを仕事にする彼らのプロフェッショナリズムも実感できるはずだ。

Profile

株式会社ヒロユキコマツ

私たちは、「ブランド」を作る会社です。

ブランドを作るということは、その場限りに注目を集める一過性の広告やデザインを量産することではありません。

ブランドは、「なぜ自分たちが存在しているのか?」「何をすべきで、何をすべきでないか」について全員が同じ応えを持てる羅針盤のようなものです。

ブランドは、一朝一夕ではできません。木の幹が時間をかけてじっくりとできあがるのと同じように、作られ、浸透するのに時間がかかります。

ブランドを作っていくことは、時間がかかりますが、将来的な売上や組織力に必ず貢献するものです。

言い換えれば、継続していくことでこそそのブランドのロイヤリティが生まれるのです。

私たちが行っているのは、広告のデザインという目に見えるものだけでなく、そういった「ブランド」自体をデザインすることです。

今回募集するのは、そんな私たちの新たなパートナーとして、共に考え、共に成長できる人。

既存の職種名で簡単に説明できる仕事内容ではありませんが様々な角度から「ブランディング」を考えたいという方からの積極的なご応募をお待ちしています。

株式会社ヒロユキコマツ

気になる

Pick up
Company

PR