- 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
- 撮影:朝山啓司
- 編集:立花桂子(CINRA)
「個人商店の集まり」では意味がない。仲間と助け合い、身も心もヘルシーに
―酒井さんは、従来の広告映像制作の進め方に違和感を感じていたそうですね。
酒井:はい。広告映像制作は始まりから終わりまでのプロセスが長いんですよ。中小の制作会社では、見積もりからスケジュール作成、企画構成、映像編集までをひとりのクリエイターが一貫して行うパターンが一般的でした。当然、すべてをひとりで担うとなると相当な激務になってしまう。そこで、クライアントとやり取りをする窓口業務と制作を分業する必要性を感じたのです。
酒井:もちろん、コストや納期、人手の都合で「分業化したくてもできない」会社側の事情もありますし、できる人が「ひとりでやる方が早い」と仕事を抱え込んでしまうこともある。ですが、この状況が続くと、やがてクリエイターは自分の仕事以外に関心を示さなくなり、会社が「個人商店の集まり」になってしまうんです。
―そうなると、会社に所属している意味がないですね。
酒井:そのとおりです。会社として集まっているからには、仲間と助け合い、刺激し合い、「会社にいる意味」を感じられる環境を整える必要があります。最近は案件や予算を安定して確保できるようになり、ようやく分業化を進められるフェーズに入りました。
ぼくたちが最も大事にしたいのは「グッドフィーリング」、つまり働いている全員が精神的にクリーンでいること。誰かひとりに負担が偏る状態は好ましくありません。分業化を進めることで、一人ひとりが仲間と助け合い、ヘルシーに働けるようになる。会社としても、プロデューサーならクライアント窓口、ディレクターなら制作と、「適材適所」の業務に集中できる環境は、作品の質がよくなることにもつながると考えています。
楽しい会社づくりは朝から始まる。日課は全員でのラジオ体操
―先ほど仕事風景を拝見しましたが、代表の酒井さんと社員の方が気軽に声を掛け合うなど、とてもいい雰囲気でした。
酒井:ありがとうございます。精神的にクリーンでいるためにも、「この会社で働くことが楽しい」と全員が思えるムードづくりやコミュニケーションを大切にしているんですよ。これは、福利厚生といった「制度」以上に重視すべきなのではないでしょうか。そのための取り組みのひとつが、仕事を始める前に全員でラジオ体操をすることです。
―制作会社とラジオ体操というのは、意外な取り合わせですね。
酒井:たしかに、映像制作会社では珍しいかもしれません。でも、意外といいんですよ(笑)。オフとオンの切り替えになり、単純に体を動かす気持ちよさもある。それに、みんなで体操をすると「同じ釜の飯を食う」ことに似た連帯感が生まれる気がします。
朝は、若手社員に「自分が好きなこと、得意なこと」をテーマに話してもらい、みんなで共有する時間も設けています。だいたい15分くらいですが、それぞれのパーソナリティーを理解したり、興味を持ったりするための大事な習慣になっていますね。若手の渡辺や加藤にも、それぞれのテーマで発表してもらっています。
―渡辺さんはどんなテーマでお話しされたのですか?
渡辺:私はクリスチャンなので、「お祈り」をしました。みなさんに「みんなでやろうよ」と言っていただき、やることになったのです。週に一度の「お祈り」の時間は、私の性格やライフスタイルに溶け込んだ大切なもの。それを一緒に働くメンバーに知ってもらい、認めてもらえたのは嬉しかったですね。仕事に関係のないパーソナルな一面を共有でき、汲み取ってくれる会社ってあまりないんじゃないかと思います。
加藤:私はロンドンに留学していたこともあって、「英語」をテーマに発表しました。たとえば、好きな海外ドラマの映像を見てもらいながら、セリフを紹介する、という感じです。
加藤:私の場合、「自分のことを知ってもらう」というよりは、コミュニケーションに役立っていると思います。自分から話しかけられない性格なので、入社当初は先輩への質問すらもためらっていました。
それが、最近は少しずつ変わってきたように感じます。朝の発表をきっかけに、仕事以外の会話が生まれ始めたんです。すると、好きなことや興味のあることを、喜んで話してくれる人が多いということもわかってきて、仕事のことも気軽に質問できるようになりました。
会社も学校と同じ。「個性を認めてもらえない環境はつまらない」
―会社や職種によっては、同僚の趣味やパーソナリティーをあまりよく知らないケースも多いでしょう。その点、「朝の発表」のような試みは、社員同士の自然なコミュニケーションを促すきっかけになりますね。
酒井:そうですね。いちばんよくないのは、会社に来ているのに誰とも会話しない、接しないこと。映像制作会社は、下手したらそれが成立してしまうんです。でも、それなら会社に来る意味がない。学校と同じですよね。「会社に行くのが楽しい」と思えるためには、自分を偽らず、堂々と個性を発揮できる雰囲気をつくることがいちばん重要だと思います。
―親密なコミュニケーションや雰囲気が苦手なクリエイターもいるのでは?
酒井:もちろん、わずらわしく感じる人もいると思います。「ひとりでものづくりに没頭したい、周りの人は関係ない」という考えも一理あるでしょう。でも、会社である前に人が集まる場所として、それは健全でないように思います。少なくとも、ぼくは楽しくない。自分の個性を周りに認めてもらえない環境って、つまらないじゃないですか。
いくら尖ったクリエイターが揃っていて、素晴らしい作品をつくれたとしても、内部がギスギスしていたら居心地が悪いですよね。そんな会社には絶対にしたくないんです。余裕のない人や暴走している人がいたら、周囲が「大丈夫?」と声をかけられる、いい意味で家族のような温かい会社でありたい。そういうカルチャーは一朝一夕ではなく、日々の積み重ねによって培われるものだと思います。
―渡辺さんは、酒井さんの考えをどのようにとらえていますか?
渡辺:私自身は、酒井さんと考えが似ていると思います。もともと「ビジネスライク」という言葉に違和感があって、仕事での接し方と、プライベートでの接し方を分けたくないと思っていました。最低限の礼儀は必要ですが、会社のメンバーはもちろん、クライアントとも、気軽に会話ができる友人同士に近い関係性をつくれたらいいな、と。
渡辺:クライアントから見ても、どうせなら「気が合う」とか、「親身になって話を聞いてくれる」とか、そういう会社と仕事がしたいんじゃないかなと思うんです。クライアントとフランクな関係でいるためにも、まずは社内から心地いい関係性をつくっていきたい。他愛ない会話を交わせる環境があるのは嬉しいことです。
- Next Page
- 研修旅行で飛行機が欠航。ハプニングさえ、結束を深めるきっかけに
研修旅行で飛行機が欠航。ハプニングさえ、結束を深めるきっかけに
―温かい会社であるために、ほかに取り組んでいることはありますか?
酒井:18年前に会社を設立して以来、社員全員参加の研修旅行を毎年行っています。ただの旅行ではなく、「達成感を共有する」という大きな目的をもって、「ひとりではできないこと」にみんなでチャレンジするのです。2017年は沖縄で、現地の子どもたちに映像の楽しさを伝えるワークショップを開催しました。
酒井:じつは当初は式根島に行く予定でしたが、当日のトラブルで飛行機が欠航になってしまい、急きょ沖縄に変更したんです。一度空港から会社に戻って沖縄行きのチケットを取り直し、現地の会場を確保。到着したその日の朝にワークショップのチラシを配って、午後に開催するという超弾丸スケジュールでした(笑)。
―急きょ行先を変更し、事前準備もないまま実施まで進める行動力はすごいですね。
酒井:あくまで目的は「研修」ですからね。正直、普通の慰安旅行であれば、会社ではなく個人で行ったほうが楽しいじゃないですか。だからこそ、研修旅行では会社のメンバーと一緒だからこそ体験できることにこだわりたい。ハプニングはつきものですが、みんなで乗り越え、達成感を共有することで結束が深まるのだと思います。
クリエイターの「表現欲」を尊重したい。自社メディアは福利厚生?
―社員のみなさんを大切にしていることが伝わってきます。自社メディアの『Inspire』も、社員のために立ち上げられたそうですね。
酒井:はい。『Inspire』はクライアントから依頼を受けて制作する映像とはべつに、社員それぞれがつくりたい映像をつくるドキュメンタリーメディアです。利益を得るためではなく、社員への福利厚生のような意味合いで始めました。
取材費用は会社が持ち、各々が会いたい人、興味がある人に密着して掘り下げていく。クライアントワークでは制約があって難しい作品も自社メディアでならつくれますし、ディレクターとして自分の名前もクレジットされます。
酒井:実際、『Inspire』をきっかけに「会社に入りたい」と言ってくださる方もいるなど、かなりの反響がありました。『Inspire』の作品をクライアントが見てくださったことから、仕事につながったケースもあります。
―『Inspire』には職種を問わず参加できるのでしょうか?
酒井:はい。全社員が『Inspire』のメンバーなので、手を挙げてもらえればOKです。
―渡辺さんと加藤さんは、『Inspire』でつくってみたい映像はありますか?
渡辺:もちろんあります。ただ、密着したい人がたくさんいるので、誰にしようか迷っています(笑)。
加藤:私も取材してみたい人はいるんですけど、実写映像をつくったことがないので、つくるとしたらアニメーションかなと考えています。『Inspire』ではないですが、いま、同僚と一緒にモーショングラフィックの研究をしていて、会社のInstagramに短い映像を投稿しています。ゆくゆくは案件につながると嬉しいですね。
酒井:渡辺も加藤も、それぞれつくりたいものや世界観があるんです。誰かに強要されるのではなく、自主的にやりたい気持ちを応援したいし、会社として可能な範囲でサポートしたい。個々の活動が仕事につながるかもしれませんしね。
何より、つくってみたい作品を誰かの畑でつくるのではなく、自分たちで種をまいて育てていく作業って、楽しいんですよ。かたちにすることで実績や自信にもつながるので、クリエイターの表現欲は大切にしていきたいです。
「『いつ働いているんですか?』と言われるくらいがちょうどいい」
―お話をうかがっていると、まさに会社名でもある「グッドフィーリング」を大切にされていることがわかります。
酒井:映像制作って、言ってしまえばフリーランスでもできる仕事なんです。あえて会社に所属するからには、少しでも居心地のいい環境で、気持ちよく働けることが大事ですよね。良好な人間関係、心地よいコミュニケーション、ヘルシーな働き方。それらがあってこそ、社員がいつでも「グッドフィーリング」でいられると思うんです。
酒井:映像業界には命を削るように働く人も多いですが、血を流しながらストイックにつくった映像は痛々しく感じられて、個人的にはあまり好きではないんです。素敵な映像は精神的なゆとりから生まれると思いますし、特にぼくたちに求められる商業デザインをつくるなら、柔らかい心を持つクリエイターのほうが向いている。
それに、そもそも命を削ってまで働く必要はありませんからね。じつはぼく自身、そんなに働くのが好きなほうじゃないんですよ(笑)。ご飯が食べられて、住む家があればそれでいいと思っているくらいで。
だから、社員にも自分の時間やスタイルを大切にしてほしいんです。ぼくのなかでは「ひとりでガツガツやる」時代は終わっていて、そうでない会社のあり方に挑戦したい。もちろん裏で真摯に制作に取り組み、クライアントと信頼関係を築くことが前提ですが、いつも遊んでいるように見えて「いつ働いているんですか?」と言われるくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。
Profile
〈私たちはつながりを大切にする映像制作会社です〉
グッドフィーリングの基本コンセプト、それはお客さまのグッドフィーリングなパートナーであることはもちろん、映像を見る人にとってのグッドフィーリングを大切にすることです。そして映像をつくる私たちもグッドフィーリングなライフワークを実現していく。そんな映像でつながる心地よい関係からグッドフィーリングな未来を実現していきたいと考えています。
〈よく働き、よく遊ぶ、ヘルシーに働ける環境こそがすべての基本〉
創業時からつねにヘルシーな働き方も続けています。ベースの勤務時間は10:00から19:00。21:00以降まで働くことはほとんどありません。土日はお休みが基本、代休も有給も気兼ねすることなくしっかり使えます。よく働き、よく休み、よく遊ぶ。何よりもまずは心身ともに健康であることが基本です。現在のグッドフィーリングは毎朝10:00にオンライン朝会を実施し、その日の実務内容を確認。業務のやりとりなどはslackを使ってやりとりをしています。全体会議やシフト会議、グループ会議を定期的に実施しています。
〈個人に負荷がかからないようバランスを大切にした制作体制づくり〉
Goodfeelingな仕事をするためにプロデュース(営業)とディレクション(制作)を分業する制作スタイルを取り入れています。個人商店的なかたちではなく、メンバー各々が自分の役割に集中できる体制は個の負担を最小化しつつ、それぞれの強みを最大限に発揮できます。各プロジェクトに対する制作シフトの見直しを順次行なっていくので、メンバー1人に仕事が集中しすぎてしまうこともありません。メンバー全員で力を合わせ、皆が適切なバランスで働ける体制づくりを目指しています。それが結果的にいい仕事につながり、映像のクオリティを高めることにも関係してくると思っています。
【世の中に必要とされるグッドフィーリングな映像をつくる】
私たちは「グッドフィーリング」を合言葉に、良質なコンテンツをつくり続けていきたいと思っています。映像制作とライフワークバランスの関わり方を見直し、新たな領域であなたの力を存分に発揮してください!
〈弊社社員(プロデューサー)からのコメント〉
プロデューサーはクライアントとの距離が一番近いためプレッシャーもありますが、その分喜んでくれるクライアントの反応も一番感じることができることや、やり切ったときの達成感がやりがいにつながります。
また、社員同士の仲も良いため、穏やかな環境で、仲間と協力しながら仕事をすることが魅力の会社です!