デザイン会社よ、編集集団となれ!
- 2012/11/30
- FEATURE
PR
- 取材・文:内田伸一
- 撮影:菱沼勇夫
いま、なぜ「編集」なのか
デザインだけする時代ではない
ここで、同社の成り立ちを伺った。
岡村:以前は会社案内などコーポレートツールの制作業務に就いていたんです。デザイナーとして入社し、やがてクリエイティブディレクターやコピーライティングも兼任しながら5年在籍しました。これは僕の財産になりましたが、その中で、紙メディア中心の表現だけでなく、より幅広いかたちで企業ブランディングをお手伝いしたいと思い、独立を決めました。
前職では約1000社の経営者・経営企画担当者と会い、約200社の仕事を手がけたという。その中でも、多様化するメディアをどう使ってブランディングを行うかに悩む人々に多く出会った。コーポレートサイトなどの自社メディア、他メディアへの広告展開、さらにソーシャルメディアを加えた「トリプルメディア」で各社が工夫を競い合うなか、広告やPRのアプローチも進化を求められている。
そんななか、宣伝や広報といった専門部署を持たない企業でも、コンサルティングから制作までワンストップで依頼できるような頼れる存在——それがアートアンドサイエンスの目指すデザインプロダクションの形だ。
岡村:たとえば、ブランディングマネジメントの分野を切り拓いたといえる佐藤可士和さんのお仕事も、デザインだけでなく対象企業の経営戦略や経営理念にも強く関わるものですよね。まさに時代を代表するスターと呼べるような抜きんでたクリエイティブディレクターたちの活躍が、そうした仕事のやり方を広く知らしめたのではないかと思います。僕たちは、コミュニケーションの重要性や複雑化が認知されるようになった時代において、大企業ばかりではなく中小企業のお手伝いもできたら、と考えています。そのことで、社会全体のコミュニケーションのリテラシー向上に貢献できれば嬉しいです。
誰もが情報発信でき、その技術も日々進歩する今、あらゆるコミュニケーションにおける受け手の感度も高まっている。また、メディアやチャネルが変われば同じクリエイティブを用意しても最適な効果は得られない。こうした課題に応えるべく岡村さんが重視するのが「編集力」。そしてその力を企業広報に活かしたいなら「知人のクリエイターに頼んでチョチョイとやってもらうとかではなく、プロの力が必要」という確信が岡村さんにはあった。いくら「総編集者時代」といっても、そこにはスキルが必須だ。
岡村:デザイン会社がデザインだけやっていればよい、という時代ではもうないことは、今や誰もが感じていることです。クライアント企業の本質を、ときにはまだ眠っている部分も含めて引き出すこと。また、それを興味が湧くコンテンツとして表現して、最適な経路で必要な人々に届けること。そのためには、まず彼らと「自分たちはどんな存在となりたいのか」「どのような状況をつくりたいのか」という目的を共有し、そのために「何をどう伝えるか」「誰にどうなってもらうか」を設計することが重要です。そしてそのうえで「その商品・サービスに、あるいは企業そのものに、まだ眠ったままの潜在的なコンテンツがあるのではないか」を粘り強く取材検討すること。それはすなわち、「編集」という行為だと僕は考えています。
編集的ものづくり
「部外者視点」が真の魅力を掘り起こす
実際に、彼らの「編集力」が発揮された例を見ていこう。旅のガイド本「MAPPLE」と地図で知られる昭文社をクライアントとした、幅広い仕事ぶりはその代表的なものだ。始まりは、コーポレートサイトのリニューアル。コンペに参加した岡村さんたちは、まさにクライアントが「どうなりたいのか」をつかんだ的確な提案で勝ち残り、同社との二人三脚がスタートした。
岡村:当初、昭文社さんのサイトは法人向けサービスの部分が突出した構成だったんですね。つまりリニューアルの前提としては、個人ユーザーも含めどのように多様なユーザー層と向き合えるかが課題でした。そこで僕らは、企業向けのB to B、個人向けのB to C、そして海外向けコミュニケーション、それぞれの発信を切り分けて提案したんです。それが評価されて、採用して頂きました。
B to B / B to Cで統一すべきテイストを確認した上で、個別に最適化すべき部分は徹底した。サイトロゴも両パターンを作成し、B to Cサイトではユニークな社員を紹介するコラムなども取材・制作。「温泉博士」「地図の達人」など名物社員が登場する連載記事など、「内側にずっといると気付かない部分にこそ、魅力的なコンテンツが眠っている」と岡村さんは語る。
岡村:MAPPLEの編集者さんたちって、本当に個性的なんです。「オタクは宝」というのは昭文社の社長のお言葉なんですが、まさにその通り(笑)。ものすごい知識量だし、地図に旅にと、好きなことにはとことんこだわる。それを会社の魅力として紹介しない手はないなと思ったんですね。彼らにしてみれば普通なことが、僕ら外部の人間から見たらものすごく面白いことはたくさんある。ユーザー視点も含め、そういう外部からの目線は「編集」において重要だと思っています。
これらが評価され、岡村さんたちは昭文社の広告クリエイティブや、営業ツール制作にまで関わるようになった。昭文社全体の立ち位置を改めて伝えようと、各地に「行ってらっしゃい。」をキーワードにした広告ビジュアルを展開。また、観光ガイドブック「MAPPLE」の年間キャンペーンでも、四季のライフシーンに合わせたPRを計画した。
岡村:「行ってらっしゃい。」のブランディングキャンペーンには、旅立つユーザーを手助けする昭文社さんの社会的役割を伝える狙いがありました。時期は人々の「お出かけ感度」が高いGWやお盆前にし、ビジュアルの設置は空港や高速パーキングエリアにするなど、TPOを絞ったコミュニケーションも重視したことです。いっぽうMAPPLEのキャンペーンでは、出会いの多い春に「恋とMAPPLE」、長期休暇のある夏は「冒険とMAPPLE」と、季節ごとにテーマを設定しました。駅ホームや電車内への出広と、書店での販促ツールも連動させています。
秋には第三弾「紅葉とMAPPLE」キャンペーンが行われ、すでに年末年始に向けて第四弾の「HAPPYとMAPPLE」キャンペーンが始まっている。WEBサイトとFacebookを連携させたフォトコンテストなど、多くのユーザーが参加する恒例キャンペーンになっている。
岡村:映像制作にたとえるなら、ミュージッククリップや風景紹介的な見た目に気持ちいい番組より、毎回そのクライアント企業をテーマにして特集番組をつくる感覚ですね。「このテーマは、どんな時間帯に、どんな語り方で伝えたら効果的か」なども含め、内容やその切り口を「編集」していく。そういう考え方って、実は企業のPRにもすごく役立つんです。
地方の町づくりから、自社サイトまで
現在では昭文社と年間契約を結び、経営戦略にもつながるような働きを見せている。たとえば、事業部ごとの営業パンフを統一ビジュアルでリニューアルする仕事を通じ、そこから逆に「地図とガイドのノウハウの総合力で、観光地の魅力を発信する」全事業部連携の新サービスが生まれたこともあるという。
岡村:さらにこの事例もヒントになって、企業だけでなく、地方行政や町づくりなどにも、僕らのスキルでコミュニケーションをお手伝いできる場所があると思うようになりました。テレビCMを打つまでの予算はなくても、独自の魅力や強み、ポテンシャルを持つ地域は多い。今後はそうした可能性も積極的に探っていきたいですね。
ちなみに、こうした企画アイデアを含めた「編集力」は、日々のトライアルの積み重ねのたまものでもある。実験場はもちろん、アートアンドサイエンス社そのものの公式サイトやソーシャルメディア。コーポレートサイトには手がける仕事の実績と共に、やはりコラムという形でプロジェクトの経緯・進行や、スタッフの最近気になるモノまでが(ブログや日記ではなく「記事」として!)紹介されている。まさに「日々これ編集」といった感じだろうか。
同社の表現を「編み集める」スタッフたち
「気まぐれECサイト」にも挑戦?
ここでスタッフにもお話を聞いてみた。アシスタントプロデューサーの高岸梓さんはデザイナー出身で、岡村さんいわく「僕にはない、デジタルネイティブ世代ならではの感覚を持ち込んでくれる人」。昭文社の仕事で担当するFacebookページでは、SNSの特性に合わせた記事展開によって、1年間でユーザーが800人から6万人近くに。新たに手がけた台湾版も先日オープンした。並行して、彼女がリーダーとなる自社企画もあるという。輸入雑貨を扱うちょっと変わったネットショップが、年末のオープンに向け制作中だ。
高岸:いわゆるセレクトショップですが、お店にアイテムが並んだ瞬間の値段が一番安く、迷っていると日々だんだん値上がりしていきます。やや風変わりで高飛車かもしれませんが(苦笑)、「お客さまは神様です!」という店ばかりでなく、こんな切り口のサービスもあっていいかなと思って。私自身、かなりネットを利用しますが、最近、どれもレベルが向上した一方、面白いものが減ったとも感じていたんです。だったら自分で作ってみようと提案したところ、やらせてもらえることになりました。
これを見守る岡村さんは「不親切だけど不愉快ではない。むしろそのめんどくささが愛着に繋がる。そういうECサイトがあってもいいかなと。まあ、甘くない世界なのは確かですけどね(苦笑)」と言及しつつ、近々買い付けにも自ら出かける予定の高岸さんは「会社が大きく前進している時期なので、その中で責任ある仕事や挑戦ができるのは、やりがいがあります」と語ってくれた。
グラフィックデザイナーの植竹裕さんは、ポスター、WEB、書店販促ツールほか、全方位のグラフィックデザインに携わる。岡村さんの前職時代の同僚で、彼の新たなビジョンに共感して合流した。
植竹:当時からCI(コーポレートアイデンティティ)や企業ロゴなどに関わってきました。今は、例えばオフィス家具店の店舗ブランディング等も担当していて、デザインする対象も、用いるメディアも多彩なのが面白いですね。いずれにおいても、企画づくりからビジュアルの見せ方・書体選びまで、総合的な伝え方を大切にできるのがこの会社の強みかと思います。僕自身はカフェのメニューやコースターなどの店鋪ツールにも興味があって、将来そういった領域も手がけてみたいと思っています。
なお、植竹さんの趣味はレコード収集でとくにヒップホップが好きだそう。ご自身にとっての「編集」について聞くとその事を教えてくれ、このジャンルの重要な要素でもある「サンプリング」=「編集性」にも魅力を感じるとのことだった。その他、印刷技術も大好きで、変わった素材や加工法の組み合わせに目がないという。そんな彼の視点や好奇心も、同社の表現力を支えている。
目指すのはプロデューサー集団
いかに「面白がるか」が、キーワード。
岡村さんはアートアンドサイエンスの将来について、組織的には「プロデューサー集団にしたい」と語ってくれた。現在は彼が営業・プロデューサー・コピーライター・アートディレクターなどを幅広く兼任している。
岡村:でも今後は、たとえばブランディング系なら僕、キャンペーン系ならあの人、採用系ならあの人、みたいなプロデューサーチームになりたいんです。そして、写真家やイラストレーターといった外部パートナーは各々のネットワークでそれぞれが育てつつ、共有もしていく。得意分野で企画を立てられる力も、「このテーマなら写真はあの人、スタイリングはあの人」とスタッフの組み合わせで新たな魅力を引き出す力も、やはり根本は「編集」なんですよね。デザイナーたちにも、そういう気質は持ってほしいと願っています。
ただ、こうした仕事をしていれば、知らない分野や興味のなかった領域に向き合うべき場面も多いのでは? その際、一緒に働く仲間には「面白がり力」を大切にしてほしいという。
岡村:何かを「自分のセンスに合わない」とさけてしまうのは簡単ですが、僕らの仕事は、「ではそこからどうやったら面白くできるのか」、ですから。対象を掘り下げ理解していく、その楽しさと大切さを知ってほしい。アウトプットのセンスにしっかり自信があるなら、眠っている意外な魅力を見つけ出してそれを発信するほうが楽しくないですか?
他にも、「編集力」を支える要素として「インプット力」が挙がった。得意分野での吸収力はもちろんだが、アンテナはより大きく広げておく、ということだ。
岡村:例えば入社希望の方々に、旅行ガイドのアイデアを出してもらうような課題をお願いすることもあるんですね。届いた案を見ると「テレビやネットから得られる情報だけじゃなく、最低限の経済ニュースなども見ていれば、もっといろんな事をつなげて良い企画が出せそうだな……」と思うことがよくあります。特にプロデューサー志望の人は、そういった経済の流れにも目を向けることが、すごく大切だと思います。
あとは、できるだけ真っ直ぐに考えること。先の例だと、旅行ガイドはまず旅行に行こうと思っている人に手にとってもらうためのもの。ところが「旅行に興味がない人に買ってもらうための奇抜なプラン」を優先に考えてしまったりする。奇抜なアイデアより、真っ直ぐにアイデアを考える方が難しいし、より知性が要求される。まずはそこに挑戦して欲しいですね。
かつてブログの誕生時には「総ライター時代」「総評論家時代」といわれたこともあったが、今では「総編集者時代」といったワードもしばしば聞かれる。情報過多ともいえるこの世界で、選りすぐった素材を「編み集める」ことの価値が、かつてないほど増したということなのだろうか?
「本が売れなくなったとは聞くものの、WEBサイトはもちろんメールやSNSも含めれば、今は人類の歴史で最も文字が読まれている時代なのは確かですよね」と語るのは、アートアンドサイエンス社のプロデューサー・岡村忠征さん。同社の設立者であり、代表取締役も務める。にこやかな笑顔と知的な佇まいは、いかにも「編集するクリエイター」を思わせる人物だ。
同社は、「言葉とデザイン」によるコミュニケーション領域で、クライアントの課題を解決するプロフェッショナル集団。まだ設立2年目ながら、多岐に渡るメディアを自在に使って、毎回、成果を上げてきた。
そしてそこにはやはり「編集視点」によるアプローチがある。例えば、屋外広告や公式サイト、ソーシャルメディアまでを駆使した、ブランディング案の企画と制作。または、クライアント企業の新サービスにつながるメディア提案を行うことさえある。岡村さんは、前職で培った経験からの発展形を目指す気持ちが、こうした仕事による独立起業につながったという。