Interview 私としごと

アートと鑑賞者の架け橋を目指して

株式会社ワコールアートセンター
髙橋 牧子(複合文化施設「スパイラル」 ギャラリー担当)

「生活とアートの融合」をテーマに掲げる複合文化施設「スパイラル」で働く高橋牧子さんは、「仕事でもプライベートでもアートのことばかり考えている」と話すが、もともとは慶應義塾大学総合政策学部という畑違いの大学に入学。その後、アートを学べる文学部への編入、イギリス留学、オークション会社への就職など紆余曲折を経ながら自身の見識を広めてきた。さまざまな角度からアートに接してきた高橋さんだからこそ行き着いた、意識の先とは?

プロフィール

髙橋 牧子

1981年生まれ。2000年に慶應義塾大学総合政策学部入学。その後、美術に興味を持つようになり、同大学の文学部美学美術史学専攻に編入し、卒業後はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに留学した。オークション会社を退社し、ワコールアートセンターに入社。現在は、ギャラリー担当としてスパイラルガーデン(スパイラル1階)で自主企画展覧会の企画・制作やスペースレンタル対応などを手掛けている。

インタビュー・テキスト:宮崎智之(プレスラボ) 撮影:すがわらよしみ(2012/11/8)

国際政治とアートが繋がる意外な接点

―オークション会社から「スパイラル」に転職して4年目だと伺っています。幼い頃からアートに興味があったのでしょうか?

髙橋:美術の授業は好きでしたけど、美大を目指したり、アートを仕事にしたいと思ったことはなかったですね。どちらかというとスポーツ少女で小学校からバスケットボールに熱中していました。

—経歴からしてもの凄い文化系だと思っていたので、ちょっと意外です(笑)。大学では、どのようなことを学んでいたんですか?

髙橋 牧子

髙橋:はじめは慶應のSFC(総合政策学部)に通っていて、国際政治を勉強していました。私が中学生の時、初めての海外でロンドンに行ったんです。その時にいろいろな人種や言葉が混ざり合っている文化に衝撃を受けて、単純だけど日本以外のことに興味を持つようになったんですね。

―では、そこからアートに興味を持ち始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

髙橋:南條史生さんが慶應で授業を持っていて、海外や国内のアートを紹介してくれたことがきっかけですね。さらに、授業内で「横浜トリエンナーレ」のボランティアを募集していて参加したことも大きかったと思います。

―その「横浜トリエンナーレ」ではどのようなことを?

髙橋:草間彌生さんのミラーボールの部屋で監視する係でした(笑)。それから美術への興味が広がっていって、大学1年の春休みには1か月かけて、イギリス、フランス、ドイツ、スイスなどヨーロッパの美術館を巡りました。向こうには無料で入館できる美術館がたくさんあり、本でしか見たことがない作品が目の前にたくさん飾ってあって本当に圧巻でしたね。

―それで徐々に今の道につながっていく訳ですね。

髙橋:そうかもしれませんね。ヨーロッパ旅行から帰ってきた後くらいから、本気で美術を学びたいと思うようになり、一年後に文学部に編入することにしたんです。

―そこには迷いなどなかったんでしょうか?

髙橋:そうですね……。1年間、じっくり自分の気持ちが揺るがないか確かめていました。でも、最終的には自分のやりたいことを勉強するのが、自分のためにも一番だと思ったんです。そのときの編入試験の面接官にも「SFCの方が就職に有利ですよ」と言われましたがね(笑)。

―その二つの学部だと、学ぶこともだいぶ違ってきそうですね。

髙橋:そうかもしれませんが、「国際政治」と「アート」の繋がりはよく語られていることです。もともとは、政治や経済を通して、その国の文化を知りたいと思って総合政策学部を選んだのですが、アートを選んだ理由も根底では同じような動機です。とくに、現代美術は「社会のカナリア」といわれるように、その時の社会情勢を反映した作品が多いので、美術作品を通して文化や時代背景を知れたりすることが凄く面白いんですよね。結局は、一つの物事をどういう方向で見るかという違いでしかないと思っています。

イギリス留学、高額作品が飛び交うオークション会社へ

―そして、卒業後にはイギリス留学へと。

髙橋:はい。ロンドンにある大学に進学しました。英語は得意科目でしたが、やっぱり英語で喋ることは苦手だったので、はじめは現地でだいぶ苦労しましたね。その場の空気で言いたいことを察してくれる日本と違い、自分の主張をしっかり言わなければいけない文化ですし。留学当初は母国語ではない英語で自分の思いを説明することは、本当に大変だった記憶があります。

―留学先ではどのようなことを学んでいたんですか?

髙橋 牧子

髙橋:私が選んだのは、ミュージアムスタディーズといって、美術館・博物館について総合的に学ぶコースでした。当時は、日本の美術館・博物館が独立採算でやっていくアメリカ型か、国がビジョンを持って助成していくイギリス型のどちらになるべきかという議論が盛んで、そのことに私自身も関心を持っていたんです。また、日本で受けていた南條さんの授業でも、「日本には素晴らしいアーティストもたくさんいるし、美術館などの設備なども揃っているんだけど、それが鑑賞者と繋がっていない。これからは、アートと鑑賞者の架け橋になる人が重要になる」と仰っていて。その二つの視点が重なって、ミュージアムスタディーズを選びました。

—特に印象に残っている出来事はなんですか?

髙橋:やっぱり、インターンシップでの経験ですね。私が所属したコースではインターンシップが必修だったのですが、運良く大英博物館に派遣されることになったんです。

—大英博物館でインターンシップ! それはすごいですね。

髙橋:それで大英博物館ではラーニング&インフォメーションという課に配属され、ビジターリサーチを担当しました。来場者にアンケートとして、「ストーンヘンジ(イギリスにある石の遺跡)についてなにを知っているか?」などと訪館者に口頭でインタビューをしていました。それで分かったことは、出身国などによって興味がバラバラだし、人によって本当に知識に差があるということ。だからそれを世界中から人が集まる大英博物館の展示に反映して、出していくってことは……、本当に大変なことなんだなって。その時は、現場の声から色々と学びましたね。

—その他、例えばアートにおいて、イギリスと日本での差は感じましたか?

髙橋:国内作家への扱いが違うとは感じましたね。イギリスは美術館や博物館は有名ですが、イギリス人作家は国際的に見てそこまでメジャーではない人も多い。でも、国内作家の展覧会があれば企業のスポンサーがついて、大々的に宣伝されるんです。一方、日本では「ゴッホやセザンヌが来れば人が並ぶ」みたいに、海外の偉大な作家の作品を紹介することがセオリーになっています。最近では日本にも国内作家を盛り上げる気運が高まってきていますが、当時はイギリスの方が自国の作家に誇りを持って、意識的に取り上げていたように感じましたね。

—なるほど。それで大学院を修了した後に、そのままイギリスで働こうとは思わなかったのでしょうか?

髙橋:当時のイギリスは深刻な不況で。ただでさえ人文系の大学を卒業して就職するのは難しいのに、さらに私は外国人。まずはイギリス人の就職が最優先で、次はEU圏の人という順序があり、日本人の私が就職するのは困難だと判断しました。それで、日本で美術系の仕事を探して辿りついたのがオークション会社だったんです。

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