Interview 私としごと

人生を変えてくれた、インターネットの世界

株式会社サマリー
北村 慧太(取締役CTO / 最高技術責任者)

最終学歴は中卒。しかしながら、日本を代表するウェブクリエイター・中村勇吾氏とともに会社を設立するなど、驚くべき経歴を持つ北村慧太さん。同世代が学生生活を送っている間にも、ひたすらプログラマーとしてのキャリアを積み上げてきた彼は現在、今注目のウェブサービス「Sumally(サマリー)」を運営する株式会社サマリーにてCTO(最高技術責任者)を務めている。そんな彼にとって、常に情熱の源となってきたのは、広大で、自由で、可能性に満ちたインターネットの世界だった。現状に満足せず、より刺激的な環境を求めてチャレンジし続ける、北村さんの生き方に迫った。

プロフィール

北村 慧太

1983年生まれ。高校中退後、株式会社ビジネス・アーキテクツに入社。その後米国留学を経て2004年よりデザインスタジオ「tha ltd.」に設立メンバーとして参加。2007年から始めたイメージブックマークサービス「FFFFOUND!」は、デザイナー向けのコミュニティとして世界中のユーザーから圧倒的な支持を得た。2012年より株式会社サマリーにて取締役CTOを務める。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭、東京インタラクティブアドアワード、ARS Electronicaなど。

http://twitter.com/keita

20歳を前にして留学、帰国後tha ltd.立ち上げ

—それでbAには、長く在籍されたんでしょうか。

北村:いえ、そうでもないんです。仕事をしているうちに英語のサイトや、仕様書を読む機会が多くなって。でも、理解するのにすっごい時間が掛かるんですね。中・高で勉強していなかったツケがここで回ってきたなと。勇吾さんに英語どこで勉強したの? って聞いたら、俺は東大受験したからな、とかサラッと言われますし(笑)。それで、チマチマ駅前留学とかしてもしかたないと思って、頭をどっぷり英語に漬けようと渡米を決めました。やっぱり極端なので(笑)。

—なるほど(笑)。

北村 慧太

北村:留学先は、シアトルにしました。シアトルを選んだ理由は、当時IEが一番イケてるブラウザの実装をされていた時期で、それならMicrosoft社のお膝元にしようと、ただそれだけなんですが(笑)。あとは、ひとつの区切りとして20歳の前に、次のステップに動きたいな、って思いも重なって。

—早熟すぎます(笑)。アメリカに滞在してみて、英語スキル以外にどんな影響を受けましたか?

北村:アメリカの生活は自分にあってるかな、と思いましたね。日本人特有な行間を読むようなコミュニケーションは求められないし、非常にシンプルでわかりやすいというか。気候も日本なんかより全然良くて、このままアメリカで就職したいなとも思ったんですが、やっぱりそこのハードルは高くて。そんな時に勇吾さんに「起業するから戻ってきたら」と誘われたので、帰国してふたりでtha ltd.を立ち上げました。その後、8年ほど勤めることになります。

—それで中村勇吾さんと起業……。なんか凄い展開ですね。

北村:学歴は無いけど、なんとかここまで、うまくやってこれました(笑)。でも親とか同僚には、非常に恵まれていたなと思ってます。人間的にも、社会的にも、いろんな事を教えてもらったし、助けられましたし。thaのオフィスは北品川の倉庫の片隅にあったんですが、当時はざっくり言うと勇吾さんが企画やフロントエンドを、僕がバックエンドを担当するという体制で仕事をしていました。

—基本的には、お二人のみで、すべての仕事を進めていったわけですね。

北村:はい。ただ、そのぐらいの時期からエンジニアとして伸び悩みをうっすら感じるようになって。一度、コンピュータサイエンスの歴史や基本的なことを体系的に学びたいなと思っていたら、ちょうどアメリカのいくつかの大学が無償でネット上に講義の動画を公開しはじめて。僕は、仕事の仕方というのは周りの大人から学びましたが、技術という意味では人に教えてもらうというより、ネットで学んだことの方が大きいんです。ネットにリソースはいくらでもあるので、そこから伸びるか伸びないかは、自分の根性だけだと思っています(笑)。

自負する、人一倍のネット愛

—英語もできて、最新知識も得て、ますます成長していったと。

北村:どの仕事も毎回違うような技術が求められ、やりがいもあって楽しかったです。ただ、殆どが広告の案件で。そうなると、開発しても、公開後は1〜2週間でプロモーションが収束していくという、蝉が地上で鳴く期間のように、一瞬しか日の目を見ないのを、少しばかり残念に感じる自分もいて。

—より長い期間、評価されるものを手がけてみたい、という思いが芽生えてきた?

北村:はい。そんなことを考えていたとき、自社でサービスを作ろうという企画が上がったんです。2007年当時、画像をブックマークできたら面白いかも、という案が出て、それがもとになり、「FFFFOUND!」というサービスを開発して公開したらけっこうな反響がありました。今までの広告案件とは違い、機能を追加するとPVが伸びたり、効果が数字に反映されたりするのが面白くて。これに本気で取り組めば、もっとうまくできるんじゃないかな、という思いも芽生えました。

—サービス開発に注力していきたいという思いが、どんどん育っていったんですね。

北村 慧太

北村:それから数年経って、サマリーを受託で開発してくれないか、という話がthaに来たんです。2011年の9月にサービスをローンチさせ、さらに開発を進めていくうち、だんだん愛着が湧いてきて(笑)。勇吾さんとは7、8年も仕事をしてきて、居心地も良かったのですが、いつまでもおんぶにだっこしているわけにも……と思ったのと、30歳を手前に次のアクションを起こしたかったので、サマリーへの転職を決めました。

—現在、北村さんは、開発チームのまとめ役である、CTO(最高技術責任者)という立場ですね。

北村:サマリーに移ってから一年は、ひたすらコードを書いていたのですが、このままでは開発のスピードが頭打ちになってしまうな、と思って。最近はもっとプロジェクトをどう効率的に進めていくかや、複数のメンバーでうまく開発を進められるような枠組みを考えています。チームとしての力をより発揮できるような環境づくりというか。開発チームもまだ少なくて僕を含めて4人なので。

—今は、それまでのプレイヤーだけではない、チームをまとめる立場になったんですね。

北村:そうですね。これから10人、20人とデザイナーやエンジニアを採用していくためにも、気になる人がいたら自分からも積極的に声をかけて採用活動もしてます。ネットで面白そうなことやっている人を見かけたら、即メールしてアポイントを取ってみたり。何より自分が興味ある人と会話をしてみたいなと。でも本当は、面識のない相手とコミュニケーションを取ることに、すごい恐怖心があって苦手なんですけどね。こういう(インタビューの)経験を通してなんとか克服していきたいなと(笑)。

—北村さんが仕事をする上でのモチベーションの核になっているのって、どんなことなんでしょう?

北村:「焦り」ですかね……。なんか常に焦ってますね(笑)。ネットで情報収集をしていて、どこかの会社とかエンジニアが良い感じのサービスを出したとかのニュースを見ると、すごく不安になってくるんですよ。果たして自分はそういった成果をあげられているだろうか、と自問自答しちゃって。ネットは大好きなんですけど、外の世界を見れば見るほど、常に高い壁だらけだなと。だから、それが原動力になっているのかもしれません。なんかあまり健全ではないモチベーションですけど(笑)。

—(笑)。でも目線は常に、世界トップレベル、というわけですね。では最後に、今後の目標は?

北村:今はやはりサマリーをサービスとしても、会社としても成長させて多くの方に使ってもらえるモノにすることが目下の目標です。僕は、インターネットが日本に登場し始めたぐらいの頃から、数々のサービスの変遷を指をくわえながら見てきました。そこには大きく成功をおさめたものや、成功したと思いきや見事にコケたものなどいろいろとありましたが、今度は自分がその当事者になってひとつのサービスを創り、完成に近づけたいです。ネットへの愛情は人より強いと思っているので、やるからには誰にも負けられません(笑)。

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北村 慧太
横浜家系「侍」渋谷店
週に1度は会社帰りに行っている、明治通りにあるラーメン屋です。同僚から教えてもらって通い始めたんですが、味に中毒性があるんですよ。店が推奨している、僕が好きな食べ方があって。まずはラーメンの海苔増しと半ライスを注文します。そして、半ライスにきゅうりのキューちゃんを乗せて、豆板醤をまぶします。つぎに海苔をラーメンのスープにつけて、ライスに巻いて食べる。ここ半年でこれより美味しい食べ物に出逢えていません。身体には悪いと思いますが(笑)。

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