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リスナーの心を1グラムでも軽くする

「心が1グラムでも軽くなるような番組を作りたい」------幼い頃からJ-WAVEのラジオを聞いて育ち、さまざまな縁に導かれるようにしてJ-WAVE MUSICへ入社した蛇草さんは、自身のリスナーとしての経験を踏まえて、理想のラジオ像をこのように語る。番組スタッフに女性はひとりだけという環境で行われる蛇草さんの仕事は、屈強な男性陣に負けないパワーが必要に思われがちだが、その実は女性ならではの視点が自然体で活かされている。男性社会のなかをしなやかに羽ばたき、真摯な姿勢でリスナーとの距離感を縮めていく姿は、なんとも魅力的だ。

Profile

蛇草 有里子

1983年生まれ。東京都小金井市出身。日本女子大学文学部卒業後、2006年に新卒でJ-WAVE MUSICに入社。制作デスクを経て、ADおよびディレクターとして『J-WAVE ARCHIVES』や『MUSIC PLUS』、『MUSIC WONDERLAND』などを担当し、現在は『HELLO WORLD』のプロデューサーとして番組の統括するかたわら、木曜日の構成作家も兼任。同番組唯一の女性スタッフとして活躍するJ-WAVE MUSIC期待のホープ。

人前に出ることが苦痛だった

―蛇草さんはいつ頃からラジオを聞いていたんですか?

蛇草:小学校の頃から週末は父の運転する車でよく出かけていたんですけど、そのときに必ずラジオが流れていたんです。日曜日に車に乗ったら、『TOKIO HOT 100』(1988年に放送開始したJ-WAVEの王道番組)を聞くのが習慣になっていて。

—小さな頃からラジオを聞いていたんですね。ではこのような仕事をしたいと思うようになったきっかけは?

蛇草 有里子

蛇草:もともと将来こういうメディアで、何かを作るんだっていう漠然とした思い込みはあったんです(笑)。小さい頃から、誰かの誕生日はやたら気合いを入れて祝ったり、体育会系のクラブなのに合宿の出しものでやる劇の台本を書いたりと、なんとなく今につながる流れはありました。

―では昔から聞いていたラジオはずっとJ-WAVEだったんですか?

蛇草:実はJ-WAVE以外ずっと聞いたことなくて……。だから縁があったんでしょうね。でも、本格的にラジオとの距離がグっと近くなったのは、高校時代に友達と恵比寿ガーデンプレイスに映画を見にいったときに、たまたまやっていた公開生放送を見てからなんです。それまではちょっとオシャレっぽいし、いろんな音楽も聞けるから、なんとなくラジオをつけておこうって感じだったんですけど、「ラジオってこういうふうに作ってるんだ!」っていうのを生で見て、自分がメディアで働くということがイメージできた瞬間といいますか。

―実際の就職活動でも、そのまま一直線に今の業界へ?

蛇草:いえいえ。大学3年で就活を始めたときに、やっぱり自分に何が向いているのかわからなくて。マスコミ業界の雰囲気を知れると良いなと思ったのと、人と話すことが苦手だったっていうのもあって、テレビ局がやってるアナウンススクールに行ってみたんです。そうしたらまわりは、すっごいやる気のある子ばかりでビックリして(笑)。私も一緒になって「あめんぼあかいな」みたいなのを読んでたんですけど、それが全然向いてないのが身を染みて感じて(笑)。人前に出ること自体が苦痛というか、もうドキドキしちゃって。まわりの子たちに流されて、一応テレビ局を受けてみたんですけど、やっぱり何か違うなと思って、一旦就活をやめたんです。

―メディアに関わる仕事はしたかったけど、人前には出たくなかったんですね。

蛇草:そうなんです。だから、大学院に行って、もう少し勉強しようかなと思って、大学4年の春を迎えたんですけど、「制作の仕事をやりたいんだったら」というところで、知り合いの方に今の会社の方をご紹介いただいたんです。ここでもまた縁があって。

―といいますと?

蛇草:大学時代にスターバックスでバイトをしていたんですけど、当時のバイトの同僚に左京泰明さん(現シブヤ大学学長)がいて、私がハタチのときに、立花隆さんの『二十歳のころ』という本を教えてくれたんです。東大の教養学部の授業で、学生がいろんな人にハタチのときの話を聞きに行ったものをまとめた本で、読んでみたらめちゃくちゃ面白くて。この本のラジオ版みたいな番組があったら面白いだろうな、と思っていました。そうしたら、J-WAVEで『20歳のころ』という番組が始まって。

―いろいろ導かれてますね。

蛇草:だから、面接のときに「私の企画取られちゃって」みたいな話を面接官にしたら、「それ、うちの会社が作ってる番組だよ」って(笑)。そんな縁も重なって、内定をいただいたんです。

「今」をつくってくれた、下積み時代

―入社後、最初のお仕事は?

蛇草:内定をいただいてからは、どうやってラジオが作られているのか、早く知っておいたほうがいいということで、大学を卒業するまでADとしてバイトさせてもらったんです。でも、入社してから1年間は、現場ではなく制作デスクを任されていました。まずはいろんな流れを知りなさいっていうことだったんですけど、番組制作には全然タッチできない状況で。ホームページに載せる写真を加工したり、毎週1本ライブに行ってホームページ用にレポートを書いたり。あとは請求書の処理で、番組のお金がどう流れているのか教えてもらったり。

―いい社員教育ですね。

蛇草:当時は「私、番組をつくりたいのに……」みたいな感じだったんですけどね(笑)。でも今思うと、本当にいい経験をさせてもらっていたんだなって。例えば、週1本ライブを必ず見るって、今はなかなかできないですし。

—入社してみて、思い描いていた理想と違っていたことはありました?

蛇草 有里子

蛇草:そんなにビックリしたことはなかったんですけど、強いていえば思ったよりオシャレじゃなかった(笑)。やっぱりスタジオもオフィスも六本木ヒルズにあるし、『プラダを着た悪魔』みたいな世界が広がってるのかなって思ってたんですけど、みんなスニーカーにTシャツにデニム(笑)。それと、私は小学校から大学までずっと女子校で、男性と机を並べたことがなかったので、「隣に男の人がいる!」みたいなカルチャーショックはありましたね。

—メディアの仕事って結構ハードなイメージがあると思うんですけど、そういう大変さはありました?

蛇草:1年目はまったくありませんでした。デスクなので定時を超えることもほとんどないし、アフター5も友達と会えるし、社会人って楽しいな、と思っていたんですけど(笑)、2年目からは修行でしたね。2年目の時に『J-WAVE ARCHIVES』という過去のチャートを3時間で40曲かける番組が1年限定で始まって、月曜日から木曜日まで1人1曜日担当するんですけど、その1日を担当することになったんです。

—どんなところが修行だったと?

蛇草:上司からは、昔の曲を40曲聞けるのは勉強になるし、自分で編集して、完パケ作業をスタジオでして、検聴して搬入するって流れで、番組作りが覚えられるからって。それでまず40曲、CDを探し出すところから始めるんですよ。それで最初から最後まで全部聞いて、どこでナレーションを乗せるか、どこでCMを入れるか、どうやって曲をつなげるかとか考えて……。しかも、今はみんなパソコンを使って編集するんですけど、「君にはまだ早い」って言われてまずMDで編集しろって言われて(笑)。

—この時代にMDって(笑)。

蛇草:ですよね(笑)。まずはすべての機材を使えるように、ということでした。3時間番組をつくるので、検聴も相当時間がかかるから、徹夜続きで、土日も出勤して。それでようやく必死な思いで作り上げることが出来ても、また次の放送日は来てしまう……。これは本当に大変な仕事だと思いましたね。当時のプロデューサーに、「今は大変かもしれないけど、後々僕に感謝する日が来るから」って言われていたんですけど、「絶対そんな日なんて来ないし!」って心で思ってました(笑)。でも、当時は必死でそんなこと考える余裕もなかったですけど、そういう経験があるから、今は後輩にも下積みの大切さを話せるようになるわけで。上の人が武勇伝語るのってこういうことかって思いましたね(笑)。

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女性の私だからからこそできること

女性の私だからからこそできること

—現在は『HELLO WORLD』のプロデューサーを務められてますが、プロデューサーはいつから?

蛇草:今年の10月からですね。今3年目の番組で、始まった当初はアシスタントプロデューサーとして、プロデューサーを務める先輩の下でやっていたんですけど、ひとりでやるようになってからは、「やっぱり、大変だったんだなぁ」って思いました。

—それはどういったところが?

蛇草 有里子

蛇草:今までは何かあったら先輩に聞けばよかったんですけど、当然だけど今は、最終的な判断は自分でしなければいけない。ちょっと言いにくいこともあるじゃないですか。ナビゲーターに対しても、スタッフに対しても、営業に対しても。みんなキャリアがあって、一線で活躍されてる方なので。
だからみんなが気持ちよく仕事できて、かつ完成品がリスナーに対していいものであるように、うまく連携を取って進めていくことは、簡単ではないなって思いますね。

—現在はプロデューサーに加えて、構成作家も兼任されてますね。ラジオの構成作家といいますと?

蛇草:これは『HELLO WORLD』の場合ですけど、ディレクターは、オンエア曲を決めて、サブ(副調整室)で曲を出したりとか、タイムキープとか、どこでどんなBGMを入れるかとか、演出面を調整する仕事ですね。構成作家は、どういうテーマをピックアップして、どういう流れで紹介していくか、どういうゲストを入れるか、どこに取材に行くかとか、全体の構成を決めて、台本を書いて、ナビゲーターと一緒に番組の中身自体を作っていくっていう棲み分けになってます。

—今の番組スタッフは全部で何人いるんですか?

蛇草:基本は各日、プロデューサー、ディレクター、AD、作家、ナビゲーター、ミキサーの6人ですね。『HELLO WORLD』の木曜は私が二役やってるので5人になります。HELLO WORLDの番組スタッフとしては、女性は私ひとりだけですね。

—そうなんですね。そんな紅一点として番組に反映したいことは?

蛇草:今の番組は男性スタッフが多い分、男性が好きなものに寄りがちなんですけど、そのなかで男性も楽しめるけど、女性のためにもなるような見せ方ができるといいなといつも思っていますね。あと、逆に女性の大変さみたいな部分を男性がおもしろく知れるような企画。以前、「ブラジャー」というテーマを取り上げたんですけど、それは女性からも「すごい勉強になった」とか反響があったし、男性も「ブラって奥深いんだね」みたいな声もいただいて。番組中では生着替えなんかも入れたりして。

—ラジオで生着替えって(笑)。

蛇草:「あ、寄りましたね!」みたいな(笑)。そのブラの回は、スタジオを生中継しているUSTREAMの視聴者数もすごく上がって、かなり反響がありましたね。意外とみんな正しいブラの付け方を知らなくて、だけど普段話すこともないから、ちょっとした共通認識が生まれたんですよね。例えば食い込んで痛いとか、薄着だと段ができちゃうとか、この色の組み合わせは透けにくいとか(笑)。そういう企画は今の環境だからこそ、私にできたことなのかなと思います。

今は与えられていることをまっとうしたい

—では蛇草さんの考えるラジオの魅力は?

蛇草:やっぱりリスナーさんとの距離が「近い」というのは感じますね。先日も「ツイッタークイズ大会」という企画をやっていたんですけど、こちらが出したクイズに対して、リスナーのみなさんがツイッターですぐに反応してくれて、それをまたすぐに番組で紹介して。テレビも最近そういうことをやってますけど、ラジオのほうが映像がない不完全なメディアな分、より親近感が湧くんじゃないかと思うんです。イベントとかすると、リスナーさんが来てくださって、「あ、〇〇ですー」って、ラジオネームやツイッターのアカウントを言ってきてくれて、「あ〜、いつもありがとうございます!」みたいな。

—今後はどういう番組を作っていきたいですか?

蛇草:今の『HELLO WORLD』は夜の番組なので、リスナーがその日一日、嫌なことがあっても、また明日からがんばってみようかなと思ってもらえるような番組が作りたいなって。私自身がリスナーのとき、そうだったので、なんかホッとしてもらえたりとか、そこまで大きなものじゃなくても、なんとなく心が1グラムでも軽くなるみたいな番組をつくっていきたいですね。

—個人としての目標はあったりしますか?

蛇草:う〜ん。月並みですけど、私自身はまだまだ修行中の身なので、イチ社会人、イチ制作者として、あの人とだったら一緒に仕事してみたいと思ってもらえるようになりたいです。後はやっぱり人とのつながりが大切な業界だなって思うんです。何年も前にお会いした人が、「あー、ここでまたつながりましたね!」みたいなこともしばしばあるので。例えば、就活していたときにOB訪問した編集者の方にお仕事でばったり再会して、すっごく嬉しかったし、本当にそういうことが多いんです。だからひとつひとつの出会いを大切にしつつ、真摯に仕事をしていれば、自ずと進むべき道も出てくるのかなと。

—なるほど。例えば、生涯現役じゃないですけど、ずっと現場に立ち続けたいみたいな願望はあったりしますか?

蛇草 有里子

蛇草:今はいろんな方とお会いして、話を聞いて、少しでもリスナーさんの役に立てることが楽しいので、そういう立場を与えていただけてることに感謝してます。まぁ、大変なときもけっこうあるので、泣き言を言ったりもするんですけど(笑)。でも違う業界で仕事をしてる友達と話したりすると、私の仕事に対して、「なかなかできることじゃないんだよ」ってみんなが言ってくれるんですよ。

—客観的に見た時に、自分の仕事の大きさを感じるというか。

蛇草:そんな時にふと思いますね。だから今は、与えられていることをまっとうしたいなと。長期スパンで考えると今後どうなっていくのかわからないですけど、別に私は出世したいとか、そういうのはないんですよね。もしかしたらそこは男の人と違うところかもしれないし、これからも私は私らしくやっていきたいですね。

Favorite item

星野 源 / 夢の外へ

星野源さんの『夢の外へ』っていうCDが大好きで。これ、(『HELLO WORLD』の放送作家も務める)寺坂直毅さんの言ったことが発端になって、星野さんが書いた曲なんですけど、本当に素敵な曲なんです。よく企画をどうしようとか、原稿で行き詰まったりしたときに、デスクでこれを3回くらいループで聞いて、元気をもらって、気持ちを切り替えて、「よし、がんばろう!」みたいな感じです。その寺坂さんの言葉が「夢の中で由紀さおりさんと手を繋いだり、デートしたりできる」というものなんですけど(笑)、歌詞もいいし、メロディーもいいし、途中で3拍子が入ったりリズムもおもしろくて、2日に1回は聞いてますね。
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