Interview 私としごと

ネタとカネは、社内に落ちていない

株式会社双葉社
安東 嵩史(編集者)

安東嵩史さんは老舗出版社・双葉社の編集者。週刊誌やファッション誌の編集部に属しながら、単行本をつくったり、他媒体で連載記事を持ったりとフットワークは軽い。「ほとんど会社にいることはない」と語る安東さんは、会社員ながらも自由に働くフリーランスのようにも見える。一体、安東さんはどのようにして現在のようなポジションを得るに至ったのだろうか。その軌跡と編集者としての信条を伺った。

プロフィール

安東 嵩史

1981年大分県生まれ。2004年神戸大学卒業後、双葉社に新卒入社。週刊誌、ファッション誌などに携わる。都築響一、宮沢和史らの書籍も企画。この春からはいくつかの新規プロジェクトを立ち上げ中。東日本大震災の際には支援プロジェクト「Todoke!」を主宰し、京都精華大学の講師や『STUDIOVOICE』はじめ他媒体での執筆も行なうなど多方面で活動している。

都築響一に学んだ、「ストリートにこそ真実がある」

—それで1年間の広告営業を経験した後、念願の編集者になったわけですが、どのような仕事を任されたのでしょうか?

安東:『週刊大衆』という週刊誌の配属になり、スポーツや政治、災害など、わりと堅めの記事を任されました。でも、そのうちやっぱり余計なことをやりたくなるもので、単行本を作ろうと思って。自分で企画から取材、宣伝、プロモーションまでできるというのはすごく魅力的だったんです。雑誌だとどうしても責任も権限も分散されてしまって、自分ですべてを仕切るということができないので。

—でも、週刊誌の編集者といえば、自分の仕事だけでもかなり多忙なのでは?

安東 嵩史

安東:確かに楽な仕事ではないけど、曜日ごとにやることが明確に決まっているので、スケジュールが立てやすいんですよね。校了後は少し落ち着くとか、1週間の流れが見えたら自分でコントロールできるようになるとか。それに自分のやりたいことをやって忙しくなることは本望だと思っていました。それで最初に作ったのは都築響一さんの『巡礼~珍日本超老伝』という本(現在はちくま文庫から発売中)で。その後も地方に一緒に取材に行ったり、外国の珍スポットの取材をしたりといろいろとご一緒させていただいた経験は、自分の編集者としてのスタンスに大きく影響しましたね。

—と、いいますと?

安東:都築さんは、常に「○○業界」の外の人なんです。アートの本質を愛していればこそ、美術業界とは距離を置く。メディアが持ち上げるものより、誰にも見向きもされなくても「これが好きだ!」という情熱の純度だけで作り上げたものに美しさを感じる。そんなスタンスで仕事をされる方です。ぼくも自分でいいと思ったものしか信じないタチなので、いつも「ストリートにこそ真実がある」という意識で、とにかく自分の足で動けるだけ動いてアイデアやヒントを養うようにしています。だから僕、基本的に会社にいないんですよ。「仕事のネタとカネは社内に落ちていない」といつも思っているので。

—なるほど。安東さんのように会社に属しながら自由に働ける環境に憧れる人もいると思うのですが、現在のようなポジションはどのように確立していったのですか?

安東:例えば僕は、部署間のセクショナリズムとか凄くくだらないと思っていて。自分のプラスになることで、それが会社にとってプラスになるならまずやってみようという感じで動いています。週刊誌の部署にいながら文芸誌でページを持ったり、大学の講師をやらせていただいたりもしましたね。「自分はこの編集部にいるから」とか「会社員だから」と決めつけて自分でリミッターをかけるのは、やっぱり自分の本心に対して嘘をつくみたいで苦手なのかもしれません。もちろん本業を疎かにしてはいけないですが、やりたいことがあるのであれば、まずは行動してみればいい。そうやって自分の領域は広げていくものだし、限られたことしか出来ないのはもったいないと思っています。

会社員としてのプロフェッショナル

—『週刊大衆』で4年半ほど編集を担当した後、女性ファッション誌『JILLE』へ異動になったと伺いました。男性向け週刊誌から女性向けファッション雑誌に担当が変わることで何か変化はありましたか?

安東:社内の異動とはいえ、ほぼ転職に近いですね(笑)。男性週刊誌から女性ファッション誌への異動って。仕事の作法も言語もまったく違う。例えば、女性ファッション誌ってすべてが「かわいい」で完結してしまうことが多いんですよ。でも、個人的には、「“おしゃれ”や“かわいい”は当然で、人に薦めるからにはその理由を説明できなければいけない」と思っているんです。なぜこの情報を取り上げているのか、その意図が人に届かないとそれは編集者の仕事とはいえない。だから自分のページで「かわいい」「おしゃれ」という言葉はなるべく使わないようにしてました。あとは僕自身、これまで社内外でいろんな仕事をしてきたので、ここの編集部になかったような経験を持ちこもうと「出すべき異物感は出していこう」という意識も強かったです。

—例えばファッション誌だと撮影なども多いと思うのですが、制作面での変化はありましたか?

安東:そうですね。やっぱりスタイリスト、カメラマン、ヘアメイクなど、それぞれのプロフェッショナルが集まってひとつのモノをつくっていく課程はとても面白いなと思いましたね。チームといえど基本的には独立したクリエイターの集まりなので、一人一人がこれは譲れない! といったポリシーを持った人たち。僕も一人で動くことが多い分、フリーランスである彼らの心意気が凄くフィットしたんです。一人では何もできない人たちが集まる群れは気持ち悪いけど、一人でやれる人が集まって、それぞれ自分の色を持ちよってクオリティを高めていく感じはすごく気持ちいいんですよね。

—逆に、そんなプロフェッショナルと仕事を共にする難しさはあったんでしょうか?

安東 嵩史

安東:そういう人たちと、どう分け隔てなく渡り合うかは考えましたね。単純にいえば、僕は会社に守られている立場で本当の意味でリスクを負っていない。だからと言って彼らを相手にしたときに、編集部として注文するべきことはありつつも「クライアント(編集部)の言う通りにしろ!」みたいなことはとても失礼だなと思っていて。基本的に、スタイリストやカメラマンなどはフリーランス。自分ひとりの腕で、自分の力で仕事をしている人たちです。「名前が出るから変なものは作れない」という緊張感や自分の仕事に対するプライドがあるからこそクオリティも高まるし、そのぶつかり合いだからこそ面白いんですよね。いずれにせよ、みんなで作ったものだからこそ、その結果がよかろうが悪かろうが、僕は“誰かのせい”にしないということは心掛けていました。結果はすべて自分が負うべきものなので。

—それで惜しくも『JILLE』は休刊が決まって、安東さんは次のステップを踏む段階だと思うのですが、現在の率直な気持ちを聞かせてください。

安東:残念な気持ちや、やり残したことは大いにあるんですが、情緒的な悲しさはあまりなくて、どちらかというと「これから忙しくなるな」という気持ちの方が強かったです。JILLEにいる間にやりたいこともどんどん増えていってたので、それをやるいい機会だな、と。それに、もともと編集者をやりたいと思った原点は「自分の好きな人と一緒にものをつくりたい」というところにあったんです。そうして築いてきたものづくりの場所がひとつなくなるというのであれば、そこに集まってくれた人たちの新しい居場所をつくるしかない。悲しんだり戸惑ったりしてる暇はないので、どんどん新しい企画を進めているといった感じです。

—常に先のことで頭がいっぱいなのでしょうね。では最後に、今後の目標などをお聞かせください。

安東:そのうち独立しようかなと思うこともあるのですが、今はこの会社でまだやれることは沢山あるなと思っていて。なんというか、会社って使いようだと思うんです。感覚がわかってる人達と仕事をするのは、やりやすいし、ぶつかり合っても面白い。だけど、もっと上の世代や会社全体を巻き込んで新しいことをやることに、今は意味を感じていて。ありがたいことに会社には放し飼いにしてもらってるので、今まで時間がなくてやれなかったことをどんどんやっていこうかと思います。決まっていることでいえば、5月からインターネット時代のスピード感や新しいカルチャーのあり方に光を当てていくような書籍とWEBのレーベル『YOUR BOOKS』を立ち上げます。まだ詳しいことは言えないんですが、それ以外にもいくつかのプロジェクトが進んでいて。とにかく、やりたいことが無限に出てきて困ってしまうくらいが自分はちょうどいいと思っているので、それをひとつひとつ、形にしていきたいと思っています。

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安東 嵩史
『世界はうつくしいと』長田 弘
長田弘さんの詩集『世界はうつくしいと』です。今まで話していた内容と矛盾してしまうかもしれないんですが、新しいことをやり続けたり、自分の可能性を広げたりするのって、けっこう大変なんですよね(笑)。ときどき自分が何者かわからなくなるし、生活が慌ただしすぎてて自分のペースが守れなくなることもある。そういうときに、素の自分に戻ることができる言葉が並んでいます。ある意味、ひとりで自然を相手に過ごしていた子供の頃に戻れるというか、自分のなかのベーシックな部分を再認識できる本ですね。

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