Interview 私としごと

アーティストの一番のファンとして、残る音楽を作り続けたい

EMI RECORDS
今村 圭介(第2制作本部 / スーパーバイザー)

CDが売れない。そんな音楽産業に対するネガティブな言葉を何度も耳にしてきた。確かにセールス的に厳しい状況は依然として続いている。でも、心を揺さぶる音楽を届けてくれるアーティストはいつの時代も変わらずにいる。今村圭介さんはアーティストを原石の状態から発掘して、彼らの魅力を世の中に伝えるために、その戦略とアイデアを練り続ける制作ディレクターだ。幼い頃から人と違う環境を選んできた今村さんは、なぜレコード会社で闘い続けることを決めたのか。その半生とともに、仕事のポリシーを語ってもらった。

プロフィール

今村 圭介

1977年生まれ、神奈川県横浜市出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。新卒で東芝イーエムアイ株式会社に入社。宣伝を経て制作ディレクターに転身。ナンバーガールプロジェクトのアシスタントを経て、フジファブリック、現在はBase Ball Bear、9mm Parabellum Bullet、The SALOVERS、ザ・チャレンジなどを担当。

フジファブリックのメジャーデビューに掛けた想い

—担当するアーティストはどのように決まっていくんですか?

今村:大きく分けて2つです。自らアプローチしてそのままディレクターとして担当するケース。もう一つは誰かの紹介から担当を受けるケース。どちらも素晴らしいことなのですが、僕は異動した当初、断ることが仕事だと思っていたこともあって、自分にリンクしないアーティストの担当は全部断っていたんですよね(笑)。

—すごいですね。断るのも勇気がいる行動です。

今村 圭介

今村:生意気ながら、自分の道は自分で作らなきゃという覚悟もあったので。そんなときに、たまたま新人発掘の担当に教えてもらってフジファブリックを知ったんです。僕は彼らの音源にすごく惹かれて、翌日には会いに行ってました。

—すぐに打ち解けたんですか?

今村:他に担当アーティストもいなかったし、仕事が暇だった僕は、とにかく彼らと毎日一緒にいました。仲良くなっていくと他のレーベルの人たちが声を掛けにくるときも、メンバーに混ざって僕が一緒にいるような感じで(笑)。地方でライブをするときには僕が運転して一緒に行ったりもしました。

—自然な流れで関係が深まっていったんですね。

今村:彼らの故郷である山梨にも行って、富士山の見える景色や、昭和なスナックが残る通りを見たり、楽曲の根底にあるものをできるだけ体感しようと思っていました。同棲してみて結婚するみたいに、何かの作業を共にする中で合うか合わないかは判断できると思うんです。フジファブリックの場合は、幸いなことにそれがうまく転がっていって、結果的にメジャーデビューの話を進められました。僕はアーティストに一番愛情のある人、つまり一番のファンがそばにいた方がいいと思っているんです。たまに、「どうしてこのアーティストはこんな風になってしまったんだろう」と思うことってありませんか?

—突然の路線変更に、戸惑うことも確かにあります。

今村:そういう時、一番のファンだったら絶対に文句を言うだろうし、アーティストも自分たちのことを客観的に見ることができると思うんです。リスナーに発信する前に、一番のファンに意見を聞けるというのはいい関係だと思っていて。僕は彼らが何十年と活動していきたいならば、それを支えていきたいですし、そのためには厳しいことだって言います。いい音楽であれば何世代にも渡って受け継がれていくので、そうやって続いていくものをアーティストと一緒に作っていきたい。そういう信念でフジファブリックに関われたのは大きかったです。

—では、レーベル移籍はかなりショックだったのでは……?

今村:担当しようと決める時って、その人達の人生に片足をつっこむ覚悟で契約するんですよね。フジファブリックだけではなく、どのアーティストであっても、担当がこの気持ちを持って関わっていればショックに変わりはありません。きっと、これはアーティストにとっても同じこと。環境を変えながらでも常に新しいものを作って行かなければならないですし。ただ、関わり方は変わってもファンなので(笑)、応援したい気持ちは変わりませんし、今でもライブに遊びに行かせて貰ってます。

Base Ball Bearが駆け上がったブレイクの階段

—現在担当しているBase Ball Bearとはどのように出会ったのですか?

今村:たまたまフジファブリックのときと同じ新人発掘の担当が、Base Ball Bearを紹介してくれて。当時の彼らのライブを観に行っても、全然お客さんがいない状態で、何回観に行っても20人ぐらいで。だけど、それって新しいことをやっているから、それをお客さんが理解できていないだけなんじゃないかと思っていました。この業界では人と違うものでしか1位にはなれないと思っていたので、むしろ自信はありました。

—彼らとはどうやって関係を深めていったんですか?

今村 圭介

今村:『HIGH COLOR TIMES』というアルバムからレコーディングに遊びに行くようになって、実際にどうやっているのかを見るようになりました。メジャーでリリースするにはどの曲がいいかな、という想像をしながら。デモ音源にあった、「ELECTRIC SUMMER」という曲は絶対に多くの人に響くと思ったんですが、メジャーデビューの最初の作品がこれでいいのかという疑問がずっと残っていたんです。ディレクターそれぞれの考え方がありますけど、メジャーの1st作品って、そのアーティストがずっと背負っていかなければいけない曲じゃないですか。

—なるほど。

今村:「ELECTRIC SUMMER」は、ライブにお客さんが少ない中でも、みんなが共感して盛り上がれる曲だなとは思ったけど、バンドそのものを体現しているとは思えなかったんです。そこで「これがBase Ball Bearだ!」と言える曲を作ってほしいというリクエストから出来た曲がメジャーデビュー曲の「GIRL FRIEND」なんです。その次に、彼らが上る階段を見据えて「ELECTRIC SUMMER」をリリースしました。Base Ball Bearというバンドを打ち出した後に、キャッチーな楽曲で駆け上がっていく。その後に控えている夏フェスやアルバム発売までの盛り上がりも、すごくリアルに想像できたんです。

—まさに、制作のディレクターらしいお仕事ぶりですね! では最後に、突然大きな話しになっちゃいますが、これからの音楽業界には、どんなビジョンを描いていますか?

今村:残る音楽を作りたい。以前ほどCDが売れなくなってきているのは確かだけど、売れる売れないはいつの時代もあると思うんです。まだ誰も聴いたことのない音楽の欠片がスタジオで生まれて、それに心を動かされる。それを半年、1年後に何万人もの人たちが共有して、その人たちの人生の一部になる瞬間が来るわけじゃないですか。30年経っても50年経ってもその当時を思い出す。そのくらいの力を音楽は持っているので、そのつもりでアーティストとも楽曲とも向き合っていきたいですね。

—個々のアーティストと向き合いながら、今後も新しい才能をどんどん発掘していくのでしょうか?

今村:そうですね。今もBase Ball Bear、9mm Parabellum Bullet、The SALOVERSを担当しながら、ザ・チャレンジという新人を来春デビューさせます。尊敬する上司からはずっと、「歌は世につれ、世は歌につれるほど甘いものじゃない」と言われていて。時代とか世の中が変わるからこそ、それに合った新しい音楽もどんどん生まれて行くと思うんです。アーティストから溢れる変わらぬ想いと変わって行く世の中をどこでどう繋げるのか。変わって行く世の中が敷かれたレールだとすれば、埋もれず残り続ける音楽であるためにはどこに新しい要素が必要なのか。小さい頃からずっと考え続けた少しだけ違うこと、を相も変わらずやり続けられたらなって思います(笑)。

いまこれがオススメ

今村 圭介
『アイデアが枯れない頭のつくり方』
自動的にアイデアを生み出せる、という本。どうしても何も浮かばないときはこれに頼っています(笑)。言葉の掛け算でアイデアを生み出すという手法があって、例えば、アイドル×メタル=BABYMETAL、チャット×スタンプ=LINEとか。そういう組み合わせで何も考えずに30分で100個くらい浮かべるんです。その中で一つくらいは何かハマるものがあるはずで、仕事で煮詰まったときの参考にしようと、いつもカバンに入れています。

この業界で人材を募集中の企業