Interview 私としごと

大手企業から、サイゾー編集部へ。

株式会社サイゾー
げんさん(Business Journal 編集部 / サイゾー編集部)

大手企業に就職して営業をしていた「げんさん」は30歳の時、安定した道を全て捨て、かつてからの憧れであった編集者の道を歩き始めた。入社したのはメディアの中でも鋭い切り口の情報発信で知られる株式会社サイゾー。世間一般的には、冒険とも思われる転職だが、そんな彼を動かしたのは一体なんだったのだろうか。サイゾーといえば、どんなとんでもない人が働いているか? と思いきや、げんさんの視点は驚くほど現実的だ。「楽しいことをきちんとやって、ビジネスを成立させたい」と語るげんさんが、夢と現実の間で持つべき冷静な視点について語ってくれた。

プロフィール

げんさん

1981年7月3日生まれ。大手企業で営業として7年を過ごすが、30歳になることをきっかけにかねてから憧れていた編集者になるためサイゾーに転職。「サラリーマンだったから、ビジネスサイトを運営できるだろう」という“安易な”理由で、WEBサイト「Business Journal」に立ち上げから関わり、現在も編集を担当している。

※「げんさん」はニックネームです。本名を掲載すると業務に支障をきたす可能性があるとのことで、ニックネームでのご登場となりました。

インタビュー・テキスト:たろちん 撮影:すがわらよしみ(2012/10/4)

大手メーカーでの安定を捨てる

―今日は顔出しNGなんですよね……?

げんさん:そうなんです。いろいろワケがあって……すみません(笑)。

—了解しました(笑)。げんさんは30歳から編集者になるという、珍しいケースだと思うんですが、そもそもの経緯を聞かせていただけますか?

げんさん

げんさん:大学生のときは漠然と、新聞記者や編集者になりたいなっていう憧れはあったんですけど、あくまでなんとなくでした。マスコミ系の就活をしている人ってもう2年生くらいの段階から準備してる人がほとんどなんですよね。僕は大学で映画研究会に入っていて、自主制作映画を撮ったりするのに夢中で、気がついた時にはもう出遅れていたんです。その頃は就職の超氷河期だったので、自分はとてもじゃないけど、そっち側にはいけないだろうって。それで、当時興味を持っていたメーカーや金融系の企業を中心に就活していました。

―氷河期となると、就活はやっぱり大変だったんですか?

げんさん:毎日休みなく2、3社受けたりしていましたね。僕、東京で就職できずに田舎へ帰るのだけは絶対嫌だったんで、それこそ焦りを感じながらも「こっちで就職しないと生きていけないぞ」と思って、頑張ってました。

―それで見事、大手企業に就職できたんですね。

げんさん:そうです、そこではシステムの営業として働いていました。お客さんが構築したいシステムがあった時に「ウチはこういうことができますよ」と提案して他の会社とコンペをして、うまくいけば受注するというような営業の仕事ですね。

―その会社での仕事に、何か不満などがあったんですか?

げんさん:今思うと大企業なりの、「古い仕組み」というか嫌な部分はありましたね。なんというか社内のことに異常に気を遣うんです。「こうすれば受注できる」とわかっていても、会社の理不尽な理由でそれを実現できず、なくなく契約を逃すこともあったり。また、結構ヤクザな文化も残っていたので、いつもフロアにエラい人たちの怒号が飛び交ってもいましたね。

―すごく体育会系な会社だった、と。

げんさん:大企業って出世しないとキツいみたいなところがあるんですけど、出世するためには社内での「出世活動」みたいなものも必要なんですよ(笑)。言い方は悪いですけど、上司にゴマをすったりするようなこともしなきゃいけないし、当然成績も出していかなくちゃいけない。僕は下っ端で、正直そんなに優秀な営業というわけでもなかったし、出世することもさることながら、そもそもその仕組みには適応できないなって。

―それでも7年間は働いていたんですよね? 転職をすると決意したきっかけはなんだったんでしょうか?

げんさん:もちろんやりがいはあったんですけど、その反面、自分のやってることが時代遅れなんじゃないか? という思いもあったんですよね。なんというか、何年か後にはこの仕事なくなるんじゃないか、っていう。入社当時は土日も深夜まで働いたりすごく忙しくて、あまりそういうことも考えられなかったんですけど、30歳を前にしてぼちぼち同僚が主任になったり責任のある立場につき始めてきて、辞めるならそうなる前だろうと思ってきたんです。それで前から好きな雑誌だった「サイゾー」宛に履歴書を送りました。独身で、あまり結婚して子供を作ろうというような将来のビジョンもなかったので、アクションを起こしやすかったというのもありますね。

すごく健全な光景だと思った

―では、編集という仕事に憧れたきっかけは何だったんですか?

げんさん

げんさん:昔から雑誌が大好きだったんです。休日とかもあまり外に出るタイプじゃなくて、家にこもって雑誌を読んでるのが一番幸せだった。それだけ好きならこれを仕事にするのが一番幸せなんじゃないかなって単純に思ったんです。

―シンプルですね。でも30歳から編集者になったというような人は珍しいですよね?

げんさん:異業種から来るというのはほとんどないでしょうね。どこの出版社も未経験から編集者の中途採用というのは珍しいですし、あるとしても他の出版社で編集やライターをしていたという人。そういう事情があるというのはわかっていました。

—そのときは編集の仕事に転職できないかもっていう不安はなかったんですか?

げんさん:普通なら無理ですよね。だから、そこは開き直ったような感じで(笑)。僕は元々サイゾーが大好きだったので、採用募集はしてなかったんですけど、とりあえず履歴書を送ってみたんです。当然反応はなかったんですけど、諦めずにもう一回送ってみたら社長からメールがあって「そんなに言うなら、とりあえず何か書いて送ってください」と返事が来たんです。あとから聞いた話だと、「何度も履歴書送ってきて気持ち悪いから、反応しないと危ないことになるんじゃないか」って思われてたみたいです(笑)。

—流れはともかく熱意は伝わったんですね(笑)。

げんさん:それでいきなり転職するは無理だけど、お手伝いをするようになって。そうこう続けていくうちに社長と話す機会を持って、徐々に入社する形でまとまっていきました。

—憧れの会社に辿り着いたと。実際に仕事をするようになってからの、会社の印象とかはどうでした?

げんさん:あんまり会社っぽくない、って言ったら怒られちゃいますけど、初めてこの会社に来たときはびっくりしましたね。夏場とかだと普通にアロハシャツにサンダルで出勤してたり、昼の3時くらいに牛丼食べてそのまま席で昼寝してる人がいたり、ここは本当に会社なのか? って(笑)。でも、やっぱりみんなものすごく働いてるんですよ。前の会社だとすごく忙しい人もいれば、余剰人員であんまり働いてない人とかもいた。それに比べるとこの光景はすごく健全だなと思いました。

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