Interview 私としごと

「自分はこれ」を決めつけないことの強さ

株式会社ワンパク
桑原 翔(デザイナー)

デザイン科出身の両親の影響で、幼いころからゴッホやエッシャーの画集を見て育った桑原さん。現在は株式会社ワンパク(1PAC.INC.)にてデザイナーとして活躍中。しかし、決して一直線に今のデザインの道に向かって突き進んできたわけではない。中学ではテニス、高校ではギター、大学では自主映画制作、卒業後にはメディアアートの分野で様々な才能を輩出したことで知られる情報科学芸術大学院大学(通称:IAMAS)に進学するなど、次々に新しいものに興味を持ち自分の視野を広げてきた。「常に色々なものをインプットすることが自分のモチベーションに繋がっている」と語る桑原さん。様々なことに興味を持ち、まずはなんでも自分でやってみるという、いわばその節操のなさこそが、彼の最大の強み。桑原さんの、一つの枠にとらわれないチャレンジングな経歴と、その柔軟な思考について伺った。

プロフィール

桑原 翔

1985年生まれ。静岡県浜松市出身。少年時代から、絵画や音楽、映画など興味を持ったことに次々とチャレンジしてきた。大学時代から自身の作品作りを始め、徐々に自身の将来の方向性を「WEBデザイン」に定めていく。その後、ゼミの教授の薦めでIAMAS(情報科学芸術大学院大学)に進学。在学中に参加した「ガングプロジェクト2」として出展した「Make: Tokyo Meeting」の会場で、現代表と出会い、卒業後の2010年に入社。

インタビュー・テキスト:たろちん 撮影:すがわらよしみ(2012/7/25)

シュールレアリスムの画集を読んで育った幼少時代

―子供の頃はどんなお子さんだったんですか?

桑原 翔

桑原:どちらかというと、休み時間は「外でサッカー」というよりは教室でひたすら漫画を描いているようなタイプでしたね(笑)。両親が2人とも高校からデザイン科の出身で、父親は東京造形大学に進んで、母親はファッション系雑誌の撮影アシスタントをやったりという家庭に育ったので、小さい頃からゴッホの画集なんかを絵本がわりに読んだりと、自然と絵を描いたりすることに興味が向いたのかもしれません。特に『シュールレアリスムの巨匠たち展』という展示のカタログが好きで、子供心に「なんだこの変わった絵は!?」って思ってましたね。

—幼少期からシュールレアリスム(笑)。ずいぶん早熟ですね。

桑原:もちろんコロコロコミックを読んだり、ミニ四駆にもハマったりしてましたよ(笑)。画集を読んでも意味は全然わかってないので、絵本を読むように直感的に眺めていただけですけど、それがビジュアルでの表現に関心が生まれるきっかけだったのかなと思います。休み時間にエッシャーの真似をして描いた漫画を友達に見せたり、図工の授業が好きなど、自分は「モノを作ること」が好きなんだなという自覚は、その頃から既にあったように思います。

―他にはどんなことに興味があったんですか?

桑原:中学で始めた軟式テニスには、比較的真面目に取り組んでいました。高校からはギターを始めて、浜松の駅前で弾き語りをやったりと……。今思えば青春ですね(笑)。その他にも映画もよく観ていましたし、興味の赴くままに、色々なことに節操無く手を出していたように思います。

考え込んじゃうと動けなくなるから、まずはやってみる

―大学入学後も、それまで興味のあった絵画や映画に対する欲求というのもどこかで発散していたんですか?

桑原:映画サークルに入って自主制作映画を作っていました。当時は石井克人さんの作品のような、日常を淡々と描画するものに惹かれていて、自分でも脚本や監督、撮影などをやって作ってみたんです。今観ると「なんだろう… このストーリーは?」って感じですけど(笑)。学業のほうは留学から帰ってきて、主に前衛芸術を研究対象とするゼミに入った3年時から本腰が入った感じですね。

―「前衛芸術」と聞くとマニアックな感じがしますね(笑)。そのゼミを選んだのは留学中の体験がきっかけに?

桑原:いえいえ。もともと画集に載っているコラムなんかに興味があった部分が大きいので、直接留学が関係しているわけではないですね。留学先はカリフォルニア大学で、語学研修が基本プログラムだったのですが、英語の学習そのものであれば、きっと日本でもできることだろうと思っちゃって。それで折角ならメインキャンパスの授業を、現地の学生と一緒に受けたいなって思い、ビジュアルデザインやゴスペルを歌う授業なんかを履修したりして…。

—ゴスペルの授業まで(笑)。そこまで守備範囲が広いのは、なぜでしょうか?

桑原 翔

桑原:やっぱり好きだからですかね。僕はあんまり世間体とか義務感で行動するほうではなくて、単純に好きなものに手が出てしまうタイプだと思っています。なんとなく興味を持って、まずやってみたら楽しさがわかって、続けていく。考え込んじゃうと動けなくなるタイプなので、自分がやりたいと思ったらまずはやってみるといいますか。勉強や訓練だと考えると難しく思ってしまう太刀なので、自分がやりたい、好きだって気持ちを大切にしています。

—では、WEB制作に興味を持ったのはいつごろだったんですか?

桑原:インターネットとの最初の出会いは中学生のときです。技術の授業でHTMLを学んだんですけど、英数字や記号だけで構成された文字の羅列がIE5で開いた瞬間、その画面では全く違うビジュアルになって表れて、「これはおもしろいなぁ!」ってハマりました。パソコンで情報処理をやる楽しみを最初に体験したのがそのときで、家にあったWindows 98でHTMLを組んでみたり、高校に入ってからは携帯の待ち受けや着うたのようなものを自分で作っていたり。

—携帯の方にも……。

桑原:やっぱり思春期ですから、携帯電話は必需品じゃないですか(笑)。自分の好きな待ち受け画像を作ったりする中で、トライアンドエラーで拡張子や画像圧縮の仕組みなんかを学んでいきました。だけど途中で家のパソコンが壊れてしまい、何年かパソコンというものを全く触らない時期が続きました。その後、WEBへの興味がピークになったのは、大学に入って自分のパソコンを手にしてからでしょうね。

—それは何かきっかけになる出来事があったんですか?

桑原:僕が大学生だった当時は、Flashによるバリバリのインタラクティブコンテンツが表現として台頭し、圧倒していた時期だったと思います。いつも国内外の様々な格好いいサイトを巡回している中で、特に印象的だったのが「FORESTS FOREVER」というフルFlashのサイト。これは世界中の森の写真をアーカイブで閲覧できるサイトで、美しい写真を惹き立てるための優れたインタラクションやサウンドが備わっていて、触ってるだけでとてもワクワクして「うわぁ、何だこれ!?」って衝撃を受けましたね。その頃から「WEB上での表現」というものに関心が生まれて、徐々に「自分でもやってみたいな」という方向に気持ちがシフトしていったのだと思います。

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