Column 連載

その仕事、やめる?やめない?

後悔ない決断をするには?芥川賞作家・滝口悠生が語る、安定に頼らない生き方

「見方によっては、『安定』ってすごく不確かなもの。そのために、楽しさや充実、心の自由を犠牲にしたら、やっぱり後悔が生まれてしまうと思います」。そう語るのは、芥川賞作家の滝口悠生さん。高校卒業後、フリーターを経て23歳で大学生になり、その後中退。会社員と作家の両立、そして専業作家へと、世間の「普通」とは違う道を歩んできたなかで、人生を決定づける重要な選択をどうやって決めてきたのか? 好きなことと仕事のどちらを取るかで悩むすべての人に贈る連載、「その仕事、やめる?やめない?」の第二回目。話を聞くと、人と違うことを恐れないことの大切さが見えてきた。

プロフィール

滝口 悠生(たきぐち ゆうしょう)

1982年、東京都生まれ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞受賞。2016年、『死んでいない者』で芥川龍之介賞受賞。他の著作に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』などがある。

ついに二足のわらじを脱却。「あ、なんかどうにかなりそうじゃん、って」

そうした葛藤の日々を送りながらも、順調に作を重ね、実績を積んでいった滝口さん。2014年には、デビュー作を収録した最初の単行本『寝相』が、次いで同年末には、のちに野間文芸新人賞を受賞する『愛と人生』が出版される。こうしたなかで、だんだん小説と会社との両立に困難を覚えるようになっていった。

滝口:いちばんは、本を読んだり映画を見たりといった、インプットの時間がとれなくなってしまったのが辛かった。この状態を続けていくと、いずれ空っぽになって、アウトプットできるものがなくなってしまうという危機感がありました。かといって、小説の仕事をセーブすることはしたくなかったし、自分がそれをできないこともわかってました。それで、じゃあ会社をやめるしかないなと決心がついたんです。

奇しくも、会社に辞職の意向を伝えた直後、『新潮』に掲載された小説『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』が芥川賞にノミネートされる。2015年、32歳のときだった。惜しくも受賞は逃したものの、その経験は小説家を続けていくうえで大きな励みになったという。

滝口:駆け出しの小説家なんて、何の保証もないんですよ。自分が次の一作を書き上げられるかどうかすらわからないし、書き上げたってそれが世に出るかどうかもわからないわけですから。そんななかで、会社やめることにしたのとほぼ同時に芥川賞という重要な賞にノミネートされたことが「まあどうにかなるんじゃないか」という自信を与えてくれたことは間違いありません。

もう一つ、仕事をやめるきっかけになったのが、一本の映画だったという。カルト的な人気を誇るアメリカのギタリスト、ジョン・フェイヒーのドキュメンタリー映画『ブラインド・ジョー・デスを探して ジョン・フェイヒーの物語』だ。

滝口:ジョン・フェイヒーはもともととても好きなミュージシャンで。若いときにはレコードを出したりテレビに出たりと表立った活動をしていたのですが、晩年は半分行方不明みたいな状態で、たまにふらっと人前に現れては演奏して、モーテルを車で転々とするような生活を送っていたそうです。

幸せかはわからないけど、彼は最後までギターを弾いていた。会社をやめようかどうかまだ迷っていた時期にたまたまその映画を見て、「あ、なんか俺もどうにかなりそうじゃん」って気が大きくなって(笑)。

帰り道、一緒に映画を見た妻に「仕事やめて、小説だけでやってこうかと思ってるんだけど」と初めて相談したんです。そしたら、「いいじゃん、いいじゃん」って背中を押してくれて。だから、映画にも妻にも感謝してます。

後悔しないためにできるのは、「ひたすら考えること」だけ

専業作家となった翌年の2016年、『文學界』に発表した『死んでいない者』で芥川賞を受賞。以降、『茄子の輝き』『高架線』とコンスタントに良作を発表、ファンを増やし続けている。高校卒業以降、要所でベストな決断を続けてきているように見える彼に、最後に「いま、仕事とやりたいことのどちらを取るかで悩んでいる人がいたら、どんなアドバイスをする?」という質問をぶつけてみた。

滝口:月並みな答えになっちゃいますけど、「後悔しないように、自分で考える」ということじゃないでしょうか。どの道を進んだら後悔するかは、究極的には「考えればわかる」と思うんです。例えば「やりたいことがある、でも経済的に厳しい」という場合は、「やりたい」が第一にあり「お金」がネックになっている。もしここでやりたいことを我慢したら、絶対後悔するでしょう。

でも、どちらかを選んだ結果、あとで「ああ、こんなことなら別な道を選んでおけば!」となることはないだろうか。

滝口:「こっちが後悔しない道で、そっちが後悔する道」というのは、ルートとして決まっているものではないと思うんですよ。岐路にいるときにとことん自分で考えて決めれば、どちらを選択しようが、そしてその後失敗しようが成功しようがきっと後悔はない。

後悔するのは、ちゃんと考えずに、予断や甘えで決めてしまった場合。だから、いくら考えてもすっきりしないときには、「まだ決めない」、先延ばしにするという選択肢もあると思います。

もちろん、間違いや後悔のまったくない人生を歩む人なんていないわけで、甘い選択や行動の先で後悔する局面もあると思う。でも、そこから立て直すにも結局自分で考えてもと来た道を戻るとか、軌道修正する道を探すしかないわけで、そこでも結局できることは「自分で考えて自分で決める」ということなのではないでしょうか。

とはいえ、安定を捨てて、先行きの見えない世界に身を投じるのは勇気が要ることも確か。実際、その不安から堅実な「安定」の道をついつい選択してしまうという人も少なくないはずだ。

滝口:でも、見方によっては、「安定」ってすごく不確かなものだと思うんです。会社に属して毎月決まったお給金が入ってくるのはありがたいですが、それはいずれ「当たり前」になってしまったりする。もしそのために、楽しさや充実や心の自由、そういったものを犠牲にしていたとしたら、やっぱり後悔が生まれてしまうと思います。

社会的な「安定」って、会社とか他人が与えてくれるものに過ぎない。だからぼく自身は、「安定」というものをまったくアテにしていないんです。手段として使うことはあるけど、アテにはしない。何かを決断するときの材料にもしない。

人によってはギャンブルのような生き方に見えるかもしれません。でも、「自分で考える」っていうのはなにかを信じるのと逆で、自分がいいと思うことを疑って疑ってさらに疑い続けるということだと思う。だから、ほんとはすごい慎重なんですよ。

その疑いの先に、わずかに残るものがあれば、それは信用できる。そうやってこれまで「やりたい」と思う方向に進み続けてきて、成功してるか失敗してるかはわからないけど、後悔したことはない。そういうやり方で、これからもやっていくんだろうなと思います。

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