Column 連載

好きなことにこそ、愚直であれ!

第4回:憧れを仕事にする!

寺坂 直毅(放送作家)

放送作家として知られる寺坂直毅さんは、デパート、紅白歌合戦、徹子の部屋など、とてもピンポイントなモノやコトに膨大な知識を持つ、その分野の“博士”。いわゆる“マニア”だ。今回のコラムは、現在の寺坂さんのメインのお仕事である「ラジオ」の仕事を手にするまで。好きなことを仕事にするためには、いったい何が必要なのか?

プロフィール

寺坂 直毅
寺坂 直毅

1980年宮崎生まれ。 放送作家として、テレビ、ラジオ番組の構成を担当。 家から徒歩圏内にデパートが何軒も乱立する環境で幼少期を過ごし、 魅力に憑りつかれたために日本全国のデパートを行脚した 「胸騒ぎのデパート」(東京書籍)を刊行。 紅白歌合戦、黒柳徹子研究などの趣味を持つ。

http://twitter.com/terasakanaoki

ラジオの仕事に出会うまで

さてこのコラムのテーマが「自分の好きなものを、仕事にする」という事なのですが、僕にとってラジオのお仕事も、それに当てはまるかもしれません。

『今田耕司と東野幸治のカモンファンキーリップス』に毎週ハガキを投稿するようになり、夢中になって放送を聴いていた高校時代。そのとき、放送内で一緒に笑う職業に憧れるようになりました。放送作家です。   

そういうわけで、夜間高校を卒業後に上京し、放送系の専門学校に入学。放送作家を目指します。就職活動ということで「放送作家募集」の求人票を見てテレビの制作会社へ行ったのですが、そこの社長に「すぐに作家になれるわけねぇだろ!」と言われ、アシスタントディレクターとしてキャリアをスタートしました。

そこで4年ほど下積みをした後、先輩に放送作家になりたい思いを伝え、リサーチ(番組の下調べ)という仕事から始め、テレビのお仕事をいただくようになりました。

しかしテレビをやりながらも、いつかは大好きなラジオをやりたいという夢がありました。

紅白とデパートと同期が、僕をラジオへ導いてくれた

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私がラジオの仕事をいただくようになったのは、実に不思議な縁でした。J-WAVEで、アンジャッシュの渡部建さんが「PLATOn(プラトン)」という番組を、月~金の夜10時から生放送でやっていました。日替わりで「哲学をする」という番組で、毎日様々な特集をする番組です。

そこで、2007年の12月に、「紅白歌合戦」の哲学を特集するらしく、ゲストを探していたのだそうです。その時、当時J-WAVEでお昼の番組を担当していた、同じ放送系の専門学校で学んだ女性放送作家が、当時のPLATOnのディレクターに、「寺坂っていう紅白マニアがいる!」と話したのです。それで、生放送に呼ばれ、「PLATOn」で紅白の哲学を話させて貰いました。その後も、別で「デパートの哲学」で呼ばれるようになり、年に2度ほど、J-WAVEへ行くようになったのです。

ちなみに知らない人にご説明しますと、J-WAVEは六本木ヒルズの33階にあります。スタジオやオフィスは、古い表現ですが、月9の世界(トレンディ)です。テーブルから照明から椅子から、全部J-WAVE仕様の特注。働いているディレクターもみんなシュッとしています。女性ADも何故かかわいい子が多いのです。当時そこに自分が行くと、異世界で、違和感を抱きコンプレックスを感じて局を後にしたものでした。
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初めてJ-WAVEに行った時は、自分の容姿とJ-WAVEで働いている人のシュッとした感じのコンプレックスで吐き気がしたので、慌てて、六本木駅近くの吉野家へ入ったのです。すると、そこでシュッとして働いていたディレクターが牛丼に卵をかき混ぜて、グチャグチャにしてガッツいたのです。それを見て「あ……心は我々と同じなんだ」と、ホッとしたのを覚えています。

そして、2年後の2009年11月頃、そのディレクターから「深夜番組の企画を考えない?」という電話がありました。その打ち合わせの会議室にいたのは、ディレクターと先ほどの女性放送作家です。同期とそういう場所で出会うのは照れくさく、しかし何とも言えない嬉しさがあるのです。

色々ネタを出したのですが、同期が「放送作家が自ら体を張って調査し、アーティストに自分でレポートする深夜番組」というのを紙に書いて提案していました。当時、私たちは、テレビ東京でお金がないので、「スタッフが自ら情報を調べる」というコンセプトの番組を担当しており、色んな調査をしていました。

例えば「沖縄の成人式の実態を探る」「森進一の“こんばんは 森進一”ですを最初に言い始めた人を探す」という内容などなど。

その中で、「日本人でオッパイを出して働いている人は何人いるのか?」という企画があり、そこで私が「刑事」として、実際にソープランドや、風俗情報誌編集部、警察庁、アダルトビデオ会社、アダルトビデオ販売店などへ行き、数を調べるという事をしました。その結果は、どれもドラマがあり、感動があり、知られざる事実がありました。

こういう事をラジオでも出来たらどうかと思い、案が通り、スタートしました。その番組のタイトルは「RADIPEDIA」。ディレクターは、この番組でプロデューサーになり、同期と共に、2010年1月にスタートする事になりました。

そして、数えきれないほどのラジオの「作る側」の面白さを知ることになったのです。それはまた次回。

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