第3回:世界の舞台で生き残るための作法
- 2014/07/31
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島田流3つのポイントをご紹介します。
Profile
島田 久仁彦
1975年大阪府生まれ。国際ネゴシエーター。(株)KS International Strategies CEO、環境省参与。2000年米アマースト大学卒。2002年ジョンズ・ホプキンズ大学大学院国際学修士(紛争解決・国際経済学)。 1998年より国連紛争調停官として紛争調停に携わる。2005〜10年まで環境省国際調整官として日本政府代表団で環境交渉における首席交渉官や議題別議長を歴任。 2011年以降は、国内外、官民問わず交渉・調停のアドバイザーを務めるほか、環境・エネルギー問題や安全保障問題からみた国際情勢の解説にあたる。2012年世界経済フォーラム(WEF)ヤンググローバルリーダー(YGL)に選出。 著者に『最強交渉人のNOを必ずYESに変える技術』(かんき出版)、『交渉プロフェッショナル:国際調停の修羅場から』(NHK出版)など。
起業するための条件が大いに緩和され、またITを用いたビジネス・スタートアップが成功を収める中、最近では、税制上の優遇措置も理由の一つにあるかとは思いますが、アジアへのビジネス展開を視野に、本社をシンガポールなどに移す企業も多くなってきました。
また、ミャンマーといった新興国の発展も著しく、本社を日本国外に移さないまでも、ミャンマーやインドネシア、マレーシアなどアジア市場への進出を行うベンチャー企業も増えています。
そこに拍車をかけているのが、アジアマーケットからの日本のクリエイティブ業界への熱い視線です。アニメはもちろん、音楽や映像、そして非常に精巧なデザインなど、日本のクリエイティブにはアジアのみならず世界から非常に注目を集めています。
「今こそ、自分のクリエイティビティを活かして、世界に!」と意気込まれる方もいらっしゃるかと思いますが、同時に言葉も文化も違い、商慣習や法律なども異なる「異国の市場」に切り込んでいくのにためらわれることもあるかと思います。私からすると、「悩んでいる時間があれば、思い切って飛び出してみましょう!」と言いたいところですが、もうひと押し、背中を押すきっかけがほしい! という皆さんのために、私の経験上の「海外進出のコツ」をお話しでできればと思います。これまでのコラムで書いてきた「交渉」とは少し趣向を変えて、「心得」のようなものになりますが、大まかにまとめると以下の3点になります。
■海外でビジネス展開するうえで大切なこと
■言葉や文化的背景が違う中で、人とのやり取りで気を付けたいこと
■トラブルが発生した時の対処法
1. 海外でビジネスをするうえで大切なこと
とにかく相手を知る!
国際舞台で活躍する、そして海外に進出するにあたり、最初に大事なことは、ごく当たり前に聞こえるかもしれませんが、「とにかく相手(相手の国)のことを知ること」に努めるということです。
どのような国民性があり、何を尊び、何をタブーとするか。そしてどのような言葉を話し、宗教的なバックグラウンドは何で、気候はどのような感じで、どのような服装(ファッション)が「良し」とされるのか。こういった情報をまず事前に知っておく必要があります。
場所によっては、その国のタブーを知らず知らずのうちに冒してしまうことで、下手すると命の危険に晒されることもありますが、これらの「必要最低限の情報」のほとんどは、今ではインターネットでも調べることが出来ます。その上で、「どういったことが今、ニーズとしてあるのか?」、「どのようなデザインが好まれるか」など、クリエイターとしての経験と感性を以て分析することが、まず大切です。
相手の文化を尊重する!
その上で、私が本当にお勧めしたいのは、ご自分が関心を持たれている土地を実際に訪れ、肌で、五感で感じ、学んでいただきたいということです。
このご時世、ほとんどの情報はインターネットベースでも調べられますが、やはりご自分で感じられるものには敵いません。私も紛争調停官時代に、最近まで国連事務総長特別代表をされていたブラヒミ氏からよく「休暇でもなんでもいい。ある国に行ったら、いつかこの国の人たちと交渉をすることもあるかもしれないと思って、いろんなことを感じ、見聞きし、自分なりの判断軸を作っておきなさい」と言われていました。
結果、それを実践したおかげで、私自身が交渉や調停を行う際の判断基準を自分なりに持てた気がします。これまでに150か国を超える国々を訪ね、仕事をしていますが、今でもこの教えは守っています。「百聞は一見に如かず」、やはりこれに尽きます。
あいさつくらいは現地の言葉で!
また、私がとても大事なことだと考えるのは、相手の言葉を、本当に片言でも、あいさつ程度でも良いので覚えておくことです。実際の交渉や商談は英語などで行う、もしくは通訳を入れても、あいさつや「ありがとう」程度は現地語でされると一気に場が和みますし、相手に対し「私はあなたやあなたの文化に関心があります」というポジティブなメッセージを送ることができます(これも実証済みです)。
実際にコソボに赴いた際にも、会議の冒頭のあいさつで、調停の相手側に対してSerbo-Croatian(セルビア/クロアチア語)で挨拶をすると、「お前、どこで覚えたんだ?」と、非常に張りつめた空気が一気に和み、その後の話し合いもポジティブな雰囲気のまま進めることが出来ました(また、後日、そういう評価をいただきました)。
また、東ティモールやアンゴラ、スリランカ、そしてイラクといった場でも同じ試みを通じてアプローチをしました。総じて言われたことは、「クニ(私です)は、自分たちの文化を尊重してくれる」というイメージを与え続けたとのことです。交渉や調停においては、お互いの信頼は不可欠な要素ですので、話し合いの入り口で相手の心をつかむコツは試されるといいかと思います。
つまり「相手のことを知る」というスタンスを徹底しておくと、実際にビジネスや商談で海外に赴かれる際にも、また活動拠点の移動の際にも、割にスムーズに入っていくことができると思います。
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- 2.言葉や文化的背景が違う中で、人とのやり取りで気を付けるべきこと
2.言葉や文化的背景が違う中で、人とのやり取りで気を付けるべきこと
わからないことはプロに任せるべき!
次に海外でのビジネスをする上でお勧めしたいのは、「わからないことは、プロに任せる」ということです。
これは国内外を問わず、当たり前と言われれば当たり前なのですが、海外に出たら経験を積むためにも、いろいろと自分(たち)でもがいてしまいがちです。国内なら、言葉も問題も文化の違いもほとんどないと仮定できますから、それでも何とかなるのですが、これが他国となると話は違います。言葉の違いもあるでしょうし、商慣習も文化も異なります。契約に関する法規・法律も違います。実際に私が今、関わっているビジネス調停案件は、『契約』のベースになっている法律を、当事者間が確認しないまま、それぞれの解釈をしてしまったがゆえに、私が介入した際にはとてもややこしいことになっており、国際仲裁にかけられています。このように、同じ国の人同士しかわからない“何か”が存在することは確かなのです。
その“何か”は、地縁だったり、同じ学校の出身だったりとなかなか外からはわからない縁が、最終的には決め手となる、というケースも多くあるようです。そういった時には、その“何か”を持っている方に任せないと動きません。
契約法については、やはりその国の契約文化に造詣が深く、かつ何度も事務的な作業から複雑な案件まで手掛けた方に頼むほうが、お金はかかりますが、一定のフィー(報酬)を払うだけで、時間的にもエネルギー的にも、自分で何もかもやるときに比べると、大いに節約になるでしょう。
地元の『専門家』は、現地の言葉はもちろん、文化的なバックグラウンドも持っていますし、何よりもその地での信用があります。
パートナーこそすべて!
では、どうすればそのような人を探せるのか? とお聞きになる方もいらっしゃるかと思います。自分たちよりも先にその地でビジネスを行っている人がいれば、その人から紹介してもらえばいいですし、もしくは相手国への進出を生業にされている方もいらっしゃれば(日本人で)、その方にお願いするもの一つの方法です。
逆にそんな先達がいない場合は、日本の在外機関(JETROなど)に行くもよし、現地で調べるのも一つです。現地に行ってから案外使えるのは、ホテルの部屋に置いてある電話帳です。そこで何件かピックアップして、フィー(報酬)やこれまでの経験などを調べる・聞いてみるといいかと思います。
あとは「この人は(この会社は)信用できるか」、自分の直感がものをいうところです。もし信用できるなら、恐らく、今後、その国や街にビジネスを持っていく際に、貴重な現地のパートナーを得ることとなります。私も、かつての紛争調停官の時代にも、また現在の様にビジネスの海外進出をお手伝いする際にも、この現地のパートナーを持っているか否かで、うまくいくかどうかが決まるといってもいいほどです。
そして海外で仕事をするにあたって、「言葉が……」と臆される方もいらっしゃいますが、私が思うに、言葉はあくまでもできたら便利なツールで、まだ自信の度合いが十分でないなら、その道のプロである通訳をお願いすればいいのです。大事なことは、伝える内容=コンテンツだということを忘れてはいけません。コンテンツがあるなら、そして、伝えたい何かがあるなら、思い切って海外のパートナーを探しに行きましょう。
「具体性」と「視覚化」が明暗を分ける!
では、この人なら(この会社なら)と思うことが出来る相手が見つかった場合、パートナーとして誘う際に、どのようにアプローチをするべきでしょうか?
自らの作品や製品に対する情熱や自信が必要であることは言うまでもないことですが、一番重要だと考えられるのでは、パートナーを納得させる「具体性」です。
例えば「パートナーに何を具体的に依頼し、それに対してどのような条件を提示するのか」といった内容から、ご自分が売り込もうもしくは紹介されようとしているクリエイティブな製品やアイデアの具体的な内容を、相手にもわかりやすく説明する必要があります。
言い換えれば、パートナーとなる人や会社が、あなたの代わりに、あなたのアイデアや製品を説明できるレベルまで理解してもらうことが必要となります。
その際、ビジュアルや五感に訴えかけるもの、それをサポートするデータなどを用意し、聞いて楽しい、もしくはワクワクするようなストーリーを提供することが大切になります。
私がよく交渉や調停においてパートナーを獲得する際には、これから自分たちが取り組もうとしている案件やアイデアが、どのような未来を生みえるのかという「未来を見据えたストーリー」をイメージできるように話を組み立て、「そこに一緒に進む」というイメージを相手にも描いてもらうように努力します。
その際にも特に気を付けるのは、「具体性」と「視覚化」ができているかというポイントです。
3.トラブルが発生した時の対処法
法的な問題には冷静な対処を!
最後は、国際的に打って出る際に覚えておくべきことですが、何もかも「違って当たり前」という心構えです。すでに書きましたが、文化も言葉も異なり、また商慣習も法律も異なる土地でビジネスを行うのですから、必然的にさまざまな問題が次から次へと起こります。恐らく、共通していることは、「同じ人間だ」ということと「それぞれビジネスはうまくやりたい」ということくらいでしょうか。
それらを一つ一つ重く受け止めて立ち止まっていたら、恐らくビジネスでは通用しないでしょう。原因を分析することは必要ですが、もし理由が多くの「違い」ならば、すでに述べたとおり、その「違い」を埋めてくれる現地のパートナーを投入すればいいのです。
ただし、訴訟や権利侵害など、法的な問題が絡んでくるケースに巻き込まれたときは、対応には少しコツが必要になってきます。結論から言いますと、「専門家に頼りましょう」となりますが、すべてを任せ切ることも実はできないことが多いように思います。
その場合にまずやっておかないといけないことは、相手の意見を把握することです。明らかに100%こちらサイドに過失があった場合は、交渉しようとしてはいけません。あくまでも謝罪に徹し、その上で「どうすれば状況を回復し、また信頼を回復できるか」について、ひたすら相手の意見を聞くことがとても重要です。
しかし、明らかにこちらの過失でないなら、まずは「何が問題なのか」、相手サイドの話を黙って聞くべきです。そこで少しでもわからないことがあれば、話が切れたときにすかさずわからない内容について確認の質問をし、相手側の主張のポイントはきちんと理解しておきましょう。
ここで大事なことは、まず相手にしゃべらせて、こちらは逐一それに反論しない、ということです。あくまでも相手側の主張をひたすら聞き取り、ポイントごとに「なぜそれが問題なのか?」と質問をしておいてください。
一通りそのプロセスが終われば、今度はこちら側からのポイント整理を行います。その際、もし相手側が逐一反論してきたら、そのポイントはキチンと記録しておきましょう。話し合いで問題が解決してくれればいいのですが、交渉が揉めた場合は、こちら側の代理をしてくれるパートナー(法律および制度に精通している人)を付け、その上で、問題に対処することです。
裁判の場合は、相手に抑止力を働かせよ!
もし裁判沙汰は避けられないところまで来てしまったら、そしてそれを理不尽だと感じるなら、以下の様に対応することをお勧めします。
まず、「問題が起きている国」「本国(日本)」での対応に加え、第3国での「仲裁裁判」を申し立てます。相手国については、その国の法律で審査されますので、もしかしたら不利なこともありますが、形式上、その問題で審査をする記録を残すことは必要です。
次に「本国」でも裁判を起こしておく必要性は、自分のホームグラウンドということもありますし(すでに海外移転している場合を除く)、他社が相手国に進出を考えている場合の警告を送ることができます。これは相手国にとってはあまりありがたくないことなので、抑止力が働くことが大いにあります。
ほとんどの場合は、ここで何らかの決着が、相手国内で図られます。しかし、もしここでもまだ争う気が双方にあるなら、第3国での国際仲裁を申し立てることが出来ます。面倒ではありますが、一旦手続きに乗せてしまえば、相手に対しての抑止力にもなりますので、これは有効です。これ以上は、国際法の手続きのお話になりますので、詳説はせずにこのあたりで止めておこうと思いますが、もしもの際には、こういったことが可能ですよ、ということを意識いただければよいかと思います。