Column 連載

言葉の魅力、再発見

自分らしい文章、どうしたら書ける?230人を「文体模写」したライターに聞く

太宰治にドストエフスキー、星野源、『POPEYE』……。文学者や著名人など、230人もの「文体模写」で綴られた『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら(以下、もしそば)』シリーズ。累計17万部を達成したベストセラーの著者は、それぞれ村上春樹の文体模写をしていたライターの神田桂一さんと菊池良さんです。そもそも書き手の「文体」とは、いったいどこから生まれるものなのでしょうか? 「村上春樹っぽい」文体のつくり方から、文体模写を経て考える、二人自身の文体のあり方まで、「文章の個性」をテーマに話を聞きました。

プロフィール

神田桂一
神田桂一

1978年生まれのライター、編集者。週刊誌『FLASH』記者、ニコニコニュース編集部記者を経てフリーに。『スペクテイター』『POPEYE』『ケトル』『DANRO』『yomyom』などに執筆。現在、台湾のサブカルチャーに関する単行本を執筆中。

https://note.mu/pokkee
菊池良
菊池良

1987年生まれのライター、WEB編集者。学生時代に制作したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり、書籍化、WEBドラマ化。WEB制作会社の株式会社LIG、ヤフー株式会社を経てフリーに。『ダ・ヴィンチ』『&Premium』『ケトル』などに寄稿。最新の著書は、歴代の芥川賞著作180作を読破して書き上げた『芥川賞全部読む』(宝島社)。

https://twitter.com/kossetsu

取材・文:原里実(CINRA) 撮影:丹野雄二(2019/10/23)

「おれ、いま村上春樹じゃないか?」みたいな。シンクロできる瞬間がすごい快感

—まずはそれぞれ、どういうきっかけで村上春樹の文体模写を始めたのか教えてください。

菊池:じゃあ、五十音順で神田さんから……。

—お願いします(笑)。

神田:ぼくの場合は、『ケトル』という雑誌の企画で編集長から無茶振りされました。

菊池:その前から、ずっと村上春樹は好きだったんですよね。

左から、神田桂一さん、菊池良さん

左から、神田桂一さん、菊池良さん

神田:そうですね、全部読んでました。それで村上春樹特集のときに、彼の文体でルポを書けと言われ、焦ったんですが意外に上手くできて。調子に乗っていろいろなところで村上春樹模写を書き散らしていたら、菊池くんと出会ったんです。

菊池:引き寄せられましたね。ぼくも村上春樹が好きで、長編は全部読んでて、Twitterとかで文体模写をやってました。村上春樹の文体って、なぜかみんなが知ってるんです。で、みんなが知っている文体で、予想外のことを書くとウケがいい。それに、村上春樹の模写って、やってて楽しいんですよ。

↑『もしそば』出版のきっかけとなった菊池さんのツイート

神田:楽しいよね。

菊池:作品のなかの「ぼく」になったかのような錯覚を起こすんです。

神田:村上春樹と、がっつり同化できる瞬間があって。「おれ、いま、村上春樹じゃねーか?」みたいな。シンクロできる瞬間がすごい快感ですよね。

村上春樹の文章って、汎用性があるのかもしれない

—お二人とも村上春樹の小説をよく読んでいたということですが、だからといってすぐに真似して書けるものなんでしょうか。

神田:その特集の原稿の締切が、取材の1日後だったんですよ。それで勢いに乗って書いたんですけど、意外と書けました。相性がよかったのかもしれない(笑)。

菊池:ぼくもわりとすぐ書けましたね。

神田:村上春樹の文章って、汎用性があるのかもしれない……。

菊池:汎用性はすごいありますね。

—どういう意味ですか。

神田:誰にでも真似できそう、みたいな感じです。平易な言葉を使っていたりとか。

菊池:特に初期の文体は、文章の構造もすごいシンプルですね。

—とはいえ、シンプルに書いたら村上春樹になるというわけでもないですよね。

神田:ないですね、これが。

—すると、シンプルで汎用性があるなかに、プラスアルファで村上春樹のエッセンスが入っている。

神田:入ってるんですよ。

菊池:よく使う、技法とかがあって。例えば同語反復。「ぼくはわからない」って言ったら、相手が「わからない」って相槌を打つとか。

神田:法則がいろいろあるんですよね。「わりに」って単語がやたら出てきたり。

菊池:そう、出てきますね。

神田:「いい」って言わずに「悪くない」って言ったり。この間の『文芸春秋』に、春樹がドイツにワーグナーの演奏を聴きにいくっていうレポートエッセイが載ってたんですよ(2019年10月号)。読んだら、「わりに」と「悪くない」両方書いてました(笑)。

菊池:決め台詞ですね。

神田:決め台詞はありますね。あと特徴的なのは、比喩ですね。「T型フォードのような昼下がり」だとか「なんとなく北極の天体観測所を想起させる」とか(「もし村上春樹がタイの風水師に2019年のタイを占ってもらったら」より)。

あとは、「スパゲッティはアルデンテに到達しようとしていた。僕は、この話を早く切り上げて、茹で上がったスパゲッティを次の工程に進める必要があった(スパゲッティを作るには全部で10の工程がある)。」みたいに、細かい数字を入れるとか。

菊池:年号を入れるとかね。

—そういうものをトッピングしていくことによって、村上春樹らしさが出てくると。

春樹にはおしゃれなイメージがあるけど、単なる「独身男性の自炊」なんですよ

菊池:でも面白いのが、あんまり細かくやっちゃうと、だんだん似てなくなってくるんですよ。

—それはなぜでしょうか。

菊池:みんながみんな、村上春樹作品を読んでるわけじゃないからです。読んでない人が感じる「村上春樹っぽさ」って、ちょっと……というかだいぶ、ずれてるんです。本当は。

例えば、「村上春樹の酒」といえば、ピニャ・コラーダを思い浮かべる人が多いんですけど、実際に作中でピニャ・コラーダを飲んでるのは『ダンス・ダンス・ダンス』だけなんですよ。他は、ビール。ワインはあんまり出てこない。でも春樹にビールのイメージがあるかというと、そうじゃないんです。

たとえば、「パスタ」って言わないとかもありますけど。

神田:「スパゲッティ」ですね。

菊池:そのスパゲッティも、店で食べてないんですよ。

神田:家で、自分でつくってる。

菊池:そう、単なる「独身男性の自炊」なんですよ。でもなぜか、おしゃれなイメージがあるっていう。

—なるほど。再現しているのは「村上春樹そのもの」ではなく、「世間一般に流布した、デフォルメされた村上春樹のイメージ」なんですね。

Next Page
重要な要素として、その人の「思想」を模写するっていうのがあるんです

バックナンバー