外での経験がビジネスの新たなエンジンに。「出戻り」社員が会社に与えるバリューとは? / FabCafe LLP COO 川井敏昌
- 2017/05/09
- SERIES
起業すること、独立すること、会社員として働くこと。それぞれの良さを見つめ直しながら、多様な会社員のあり方を見出し「会社と個人の幸せな関係」と向き合うための連載企画です。
Profile
江口晋太朗
編集者、ジャーナリスト。1984年生。福岡県出身。TOKYObeta Ltd.代表取締役。メディア、ジャーナリズム、情報社会の未来、ソーシャルイノベーション、参加型市民社会などをテーマに企画プロデュース、リサーチ、執筆活動などを行う。「マチノコト」共同編集、NPO法人マチノコト理事、アートプロジェクトを推進するNPO法人インビジブル理事、インディーズ作家支援のNPO法人日本独立作家同盟理事などを務める。Open Knowledge Japan、Code for Japanメンバーとしても活動。著書に『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)『ICTことば辞典』(三省堂)『パブリックシフトネット選挙から始まる「私たち」の政治』(ミニッツブック)ほか。
一度出た会社に再就職する「出戻り」スタイルが生んだ成功
2006年に株式会社ロフトワーク入社後、2009年に退社して東南アジア諸国でデジタルプロモーションなどの広告関連の経験を積み、2012年にFabCafe立ち上げのために再びロフトワークに入社した、いわば「出戻り」社員の川井敏昌さん。現在はFabCafe LLPのCOO(最高執行責任者)として、FabCafeを世界8拠点に展開する規模にまで成長させ、カフェだけに留まらないものづくりのコミュニティを形成しています。一度外に出たからこそ、還元できたビジネスノウハウとは? 川井さんが考える企業と会社員の関係性について伺いました。
人材紹介からクリエイティブの世界へ。ロフトワークとの最初の出逢い
江口:まずは、川井さんが最初にロフトワークに加わった時のことを教えてください。
川井:ロフトワークに入る前は、クリエイティブ人材に特化した外資系の人材紹介会社で働いていました。あるとき、某大手メーカーから「新商品のコンセプト作りに力を貸してくれ」と相談があったんです。そこで知人のクリエイターを紹介して、社内外のチームでゼロからプロジェクトを作って商品発表までたどりつけました。それが、僕が関わった最初のクリエイティブプロジェクトでした。そこから、本格的にクリエイティブに携わる仕事をしようとロフトワークに加わりました。今でこそロフトワークは100人規模の会社ですが、僕が入った頃は社員がまだ20人いるかいないかくらいでしたね。
江口:ベンチャーのロフトワークをどうやって見つけ、そして入社するきっかけは何だったのですか?
川井:学生の頃から、「人の集まるハブを作りたい」という想いがありました。それまでは、人材紹介の形で自分がハブとなる働き方をしていたのですが、何か違う形でハブを実現できる会社を探していて、そのとき見つけたのがロフトワークが運営するクリエイティブのポートフォリオサイト「loftwork.com」でした。これを見たときに「オンラインのハブだな」と思ったんです。そこから入社し、ロフトワークのWEBディレクターとして3年半くらい働いていました。
江口:新しい形のハブを探すなかで転職に至ったんですね。そこから3年半ほどで一度出たのは、何か転機があったのですか?
川井:ある時、色んなご縁でシンガポールに渡るチャンスがあったんです。当時自分のやりたいことを模索しながら、ロフトワークのシンガポール拠点をつくろうと動いていたのですが、何のコネクションもないし当時は全然英語が喋れなかったのでまったくビジネスにならなくて。半年くらい、ロフトワークからこれまでの半分の給料をもらいビジネスの種を探りながら、自分のやりたいことをする生活をしていました。でも、ロフトワークに対して何も還元できていないし、この状況をずっと続けていても良くないので、ロフトワークとの関係を一回解消することにしたんです。
江口:海外で暮らすようになって、一度ロフトワークを離れた後はどのように過ごしていたのですか?
川井:シンガポールで知ったクリエイティブエージェンシーで1年ちょっと働き、その後は広告代理店のシンガポール支社に転職しました。そこではデジタルコミュニケーションに携わったのですが、このときも、人の集まる場所をつくりたいという「ハブ」への想いがありました。
江口:海外のクリエイティブシーンに触れるなかで、日本との違いなどありましたか?
川井:シンガポールなどでのマーケティングは、ちょっとしたオフラインでのプロモーションがすごく効いたんです。例えばカメラの新モデル発表会で「ノベルティを配ります」とアナウンスすると、たくさんの人が集まってくる。そこでリアルな場の面白さを実感しました。でも、当時の仕事では広告が軸になってしまう。もっと違う形で場作りに関わりたい、と思いました。
江口:現地の慣習や常識を目の当たりにすると、日本との違いを肌で実感しますよね。
川井:他にも、当時の東南アジアでは日本よりもSNSの実名登録が根付いていました。「トピック」ではなく「人」に紐付いたオンラインのコミュニケーションが成立していたんです。けれども、アジアのデジタルコミュニケーションに関わる中で、マーケットの小ささも実感していて。これ以上東南アジアでやっていくのもなあ……と思っていたとき、たまたまロフトワーク代表の諏訪から「今、カフェをやろうと思っている」という話を聞いたんです。実は、僕もその時ちょうどシンガポールでバリスタのトレーニングを受けていたんですよ。
江口:それは絶妙なタイミングですね。それにしても、なぜバリスタの練習をしていたんですか?
川井:色んな場作りに触れるなかで、いつかは自分自身のコーヒーの店をやりたいと思っていました。シンガポールのお気に入りの店にバリスタ養成プログラムがあったので、それを受けていたんです。そんなこともあって、代表の諏訪に「コーヒーくらいは淹れられますよ」と話したことがきっかけで、ロフトワークのカフェ運営に関わることになったんです。
前と同じ職種じゃ戻らなかった。外で学んだノウハウが会社の「新しいエンジン」になる
江口:ということは、FabCafeを立ち上げるタイミングで「出戻り」社員となったんですね。
川井:はい。日本に帰ってきたのは、カフェのオープン2週間前頃でした。今でこそ笑い話かもしれませんが、オープン間近なのにまだメニューもなにも決まっていない状態で(笑)。急ピッチでゼロから準備を進め、FabCafeをオープンさせました。
江口:それまでクリエイティブの世界にいたとはいえ、カフェ経営とデジタルファブリケーションという「プロダクト」のものづくり分野の立ち上げに苦労はなかったのですか?
川井:実は、人材紹介時代にプロダクトデザイナーをヘッドハンティングして紹介する仕事もしていたんです。紹介だけでなく企業のサポートに入って製品の量産プロジェクトも経験していたし、東南アジアにいたときはプロダクトのプロモーションにも関わっていたので、ほかのロフトワークメンバーより経験はありました。正直言うと、自分としてはカフェができれば何でもいいやくらいの気持ちでしたけど(笑)。
江口:ロフトワークとしては、カフェ経営というこれまでにはない事業をスタートさせていて、会社としても川井さんがかつて所属していた時代と違って社員数も増えています。今でこそFabCafeのコミュニティも世界に広がってきていますが、事業を軌道に乗せた要因ってなんですか?
川井: カフェやファブリケーション(レーザーカッターの使用料など)の売上は、客単価や店舗の席数、設備の稼働率でほぼほぼ決まってしまい、物理的な要因でスケールに限界があるんです。一方、現在のFabCafeの事業売上の半分以上を占めるコンサルティングの仕事やプロジェクトワークは、いくらでも伸びしろがある。FabCafeの運営自体はそもそもコスト高なので、そこを伸ばさないと活路がないと思いました。そこで、僕がロフトワークを出てからやってきたセールスの経験を活かして、さまざまな企業からのプロジェクトに対してクリエイターのネットワークをつなげてビジネスを進めていく部分に力を入れたんです。
あと、実はFabCafeはロフトワークの事業の中で初めて別会社化した組織なんです。だからロフトワークへの影響が少ないこともあって、失敗を恐れず「こうしたらいいんじゃないか」と思ったことをとにかく実践してきました。その中で、FabCafeが現在も行っているワークショップなどのイベント活動を維持していくことで自然と参加者やリピーターが増え、コミュニティが出来ていったんです。定期的に開催するイベントでコミュニティが育っていくと、クリエイターから「何か一緒にやりたい」「FabCafeを使いたい」と声があがってくるようになりました。
江口:それってすごく新しいですね。川井さんが戻ってきてFabCafeを始めたことによって、新しいビジネスが生まれるきっかけができたんですから。
川井:「出戻り」なので、まったく新しい人を雇うよりもはじめから信頼して任せてもらえていた部分が大きいのかもしれません。僕は、FabCafeをロフトワークの「マーケティングエンジン」と呼んでいます。FabCafeがあるからこその案件がロフトワークに来たり、僕らが新しいクライアントと関係性を作ってから、彼らをロフトワークとつないだりすることができる。
江口:一回目の社歴も踏まえると、川井さんとロフトワークとの関係性は10年以上とかなり長いですよね。FabCafeを通じてロフトワークに新しい風を入れたことが面白く、ロフトワークにとっては売上以上の価値があるように感じます。
川井:FabCafeの経営のうえで最もこだわったことのひとつに、グローバル展開があります。というのも、シンガポールにいたときに、ビジネスは多様なミックスカルチャーの中においてダイナミズムや熱量が増すと感じて。それで、FabCafeの拠点を増やすのであれば一店舗目は絶対に海外に作ると決めていたんです。
江口:渋谷を拠点にしているクリエイティブ企業としては、そうしたFabCafeの海外展開が企業全体のブランディングにもつながってきますよね。
川井:ロフトワークも会社として成熟してきて、FabCafeが海外にチャレンジすることにすごくポジティブなタイミングだったんです。FabCafeが海外に出ていくことで、ロフトワーク自体もFabCafeを媒介に海外展開のきっかけを作ることができました。
江口:ところで、「出戻り」で会社に入るのは、新入社員や普通に転職するのとは違った感覚ですか?
川井:僕が抜けた後に入社した人たちからすると「優秀だから戻ってきたんでしょ?」と、普通とは違った目で見られますよね。そうした意味で、戻ってきたからこそ失敗できないというプレッシャーはありました。でも「カフェ」というフィールドなら、今の自分なりの強みを活かせると思い戻る決意をしたんです。
個人と会社の成長スピードは同じにできない。出入りしやすい会社と個人の関係性が相乗効果を生む
江口:かつて自分がロフトワークにいた頃の文脈を踏まえた上で、戻った時に新しいバリューが発揮できたということですよね。一般的に、会社に「出戻り」した人はまだあまり多くはないような気がします。さらに、普通は以前と同じ部署やスキルを期待されるところを、前とは違った経験を活かして会社で活躍するのは大変なことだと思うんです。
川井:僕は、人は何年か同じ会社で同じポジションにいると転職したいって気持ちが生まれると考えていて、それを僕自身は全然止めないんです。ただ、その人が「戻ってきたい」と思ったときに、戻りやすい環境にしておくことを心がけています。
江口:3年くらいで転職するケースも最近では一般的になりつつありますが、戻ってくる人のことを考えている会社は少ないように思えます。具体的にはどういうことですか?
川井:例えば、FabCafeを辞めた人に「戻りたい」と思わせるには、FabCafeが成長し続けていないといけません。外に出たことで個人に力がついて、「今度はこういうことにチャレンジしてみたい」と思えるならぜひ戻ってきてチャレンジしてほしいですしね。会社から一度離れたことで、会社のことも自分自身のこともある程度客観的に考えることができるので、いろんなキャリアを見直す機会にもなるんです。転職を悩んでいるスタッフには「じゃあ一回出てみるといいよ」と送り出しつつも、「次に戻ってくるときにはこういうスキルがあったり、こういう機会があったらもっと仕事が楽しくなるよね」と話す環境にしたいと考えています。
江口:最近では、二枚目の名刺のように本業以外でも活躍する場や、留職プログラムなどに代表される人材育成を行う「越境学習」と呼ばれる取り組みも出てきました。社員をそれまでと違ったフィールドに送ることでさまざまな経験を積み、今までとは違った視点で社内を見ることで価値の棚卸しや新規事業、新商品が生まれる種を作る。会社の外に出ることで、自分がいた組織の棚卸しができると思うんです。
川井:そうですね。会社を辞めなくても、自分のスキルを活かして外につながりを持つことも大事だと思います。FabCafeもロフトワークのメンバーだけではなく、あえて外にいるチームと新しい取り組みをすることもあります。例えば、「THE OYATSU」というフードプロジェクトは、クリエイティブチームの301(サンマルイチ)とFabCafeが組んで、「ものづくりの視点から食を考える」をコンセプトにスタートしたもの。これがきっかけとなって、最近はロフトワークと301でも仕事のつながりができているんです。
江口:「出戻り」に限らず、会社の外で学んだことを活かして社内で新しいプロジェクトを作り、結果それが会社にいいフィードバックを起こして事業を成長させる。それって、イノベーションとは少し違うかもしれないけど、会社に「違う形のエンジン」が組み込まれることだと思います。まさにさきほどおっしゃった「マーケティングエンジン」というお話にも通じます。川井さんのような「出戻った人」が社内改革のリーダーになることが、実はすごくスムーズだったりするのかもしれませんね。最後に、川井さんは会社と個人の関係性をどういう風に考えていますか?
川井:僕は、FabCafeのスタッフにいつも「もっと会社を利用しなよ」と言っています。会社に属することは会社に利用されることではなくて、今いる会社にあるものをどれだけ利用できるかを考えればいい。FabCafeでは、スタッフそれぞれがやりたいことをやれる環境を常に作っていきたい。自分のやりたいことの幅を広げるために転職する選択もあるし、辞めなくても会社の外に自分の仕事スキルを発揮できるコミュニティを持てば可能性が広がるかもしれない。そもそも、個人と会社の成長スピードが完全にリンクするのは難しいですよね。会社がそれぞれの個人のスピードに合わせることはできないので、そこでやむを得ず生じるズレのようなものを、個人が外のコミュニティで発散していけばいいんです。そういう意味では、FabCafeにはクリエイターのスキルを本業の仕事以外でも発揮できるコミュニティをこれまで以上に作っていきたいと考えています。
江口:出戻った時に外での知見を会社にフィードバックするのと似ていて、普段から会社の外で自分のスキルを活かせるコミュニティを持つことで、ある種、擬似的に外に出ることができる。それによって自分がこれまでやってきたことを客観的に見られるし、日々成長しながら会社にもフィードバックすることができる。
そう考えると、会社はもっと出たり入ったりしやすい環境をつくれるといいのかもしれませんね。「戻りたいと思える会社であるために、会社も時代に合わせて成長していく必要がある」といった川井さんの考えに気付きをもらえました。
(構成:山越栞 撮影:萬崎友子)