会社員とフリーランサーのいいとこ取りが、フェアな雇用環境を実現する / ゼロベース株式会社 代表取締役 石橋秀仁
- 2017/08/22
- SERIES
起業すること、独立すること、会社員として働くこと。それぞれの良さを見つめ直しながら、多様な会社員のあり方を見出し「会社と個人の幸せな関係」と向き合うための連載企画です。
Profile
江口晋太朗
編集者、ジャーナリスト。1984年生。福岡県出身。TOKYObeta Ltd.代表取締役。メディア、ジャーナリズム、情報社会の未来、ソーシャルイノベーション、参加型市民社会などをテーマに企画プロデュース、リサーチ、執筆活動などを行う。「マチノコト」共同編集、NPO法人マチノコト理事、アートプロジェクトを推進するNPO法人インビジブル理事、インディーズ作家支援のNPO法人日本独立作家同盟理事などを務める。Open Knowledge Japan、Code for Japanメンバーとしても活動。著書に『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)『ICTことば辞典』(三省堂)『パブリックシフトネット選挙から始まる「私たち」の政治』(ミニッツブック)ほか。
新たな働き方が実現する「黒字社員」創出の会社経営
サイバネティクスと制御工学を学んだのち、WEBサービス開発者、エンジニアとしての独立を経験。その後、2004年にゼロベースを創業した石橋秀仁さん。経営者としての悩みに直面した中で考え出した「セルフマネジメントテクノロジーZa(以下、『Za』)」によるユニークな経営手法が注目を集め、現在ではこのノウハウを活かして他社のアドバイザーも務めています。『Za』が可能にする、プロフェッショナルな「黒字社員」創出の方法とは? 石橋さんが考える、新時代の会社と社員の形を伺いました。
「普通の社長でいるのが幸せなの?」プロの助言に目が醒めた
江口:ゼロベースの経営スタイルである『Za』の仕組みがとても興味深く、具体的にどう運用されているのか、一度ちゃんと聞いてみたかったんです。改めて、『Za』について教えてください。
石橋:一番の特徴は「社内外取引制」です。ゼロベースでは、社員が仕事上で関わる人々を、社内外関係なく「取引相手」と考え、社内での仕事の依頼であっても「見積〜発注」という契約プロセスを導入しています。社員同士であっても「価格交渉」が起こることもあり、それぞれに「取引の自由」が保障されているのです(「契約自由の原則」)。それらの取引を記帳し、集計していくことで個人の報酬が決まる「完全成果報酬型」の仕組みになっています。その上で、一人ひとりが経営者のように自分で年間の予算を立て、自律的に働いています。
江口:一般的には、従業員が仕事をする上で「上司」や「部下」の関係があり、社外の「顧客」や「外注先」などの考えをもとに仕事をしています。また、社内では上司や部下、同僚とともにチームがある程度固定された中で仕事をしています。そうしたなか、ゼロベースでは社内の仕事の進め方に市場メカニズムを導入しているのはとても興味深いです。
石橋:はい。そうすることで、『Za』は全従業員がプロフェッショナルな「黒字社員」という、強い企業を実現するためのセルフマネジメントが実現できています。
江口:「黒字社員」とは具体的にどういうことですか?
石橋:自分の生み出した付加価値が、黒字ライン(固定給に見合った付加価値の水準)を上回っている社員のことです。ゼロベースは完全成果報酬型と先ほど言いましたが、毎月一定の固定給もあります。そこで、以下の考え方で個々の社員の成果に応じた決算賞与が決まるのです。
付加価値 − 本部費 = 総報酬
※本部費=会社の運営費(年間60万円の均等割と、付加価値の20%分の所得割)
※総報酬=給与、賞与、会社負担分の社会保険料、現物支給等の合計
このように付加価値から計算する「総報酬の発生額」が、固定給から逆算する「総報酬の実支給額」を上回る人を、ゼロベースでは「黒字社員」と呼んでいます(※)。いわゆる「給料分以上のはたらきをしている人」ということです。現在は、ウチの社員全員がこの「黒字社員」なんです。
(※黒字社員は、総報酬の発生額と実支給額の差額を「決算賞与」として受け取ることができます。つまり、発生額と実支給額が一致するように運用しています。それで「完全成果報酬制」になっています。)
個々の裁量を自由化し、社員同士の「市場メカニズム」を成立させる
江口:そもそも、この経営手法はどのようにして誕生したのですか?
石橋:2004年の起業当初は、一般的なWEB制作会社と同じような形で順調に売上も社員も増えていました。ところが、2008年に危機的な状況に直面してしまって……。半年間で当時の社員の半分が辞めてしまったんです。
江口:そこから『Za』が生まれるまでは、具体的にどういうプロセスが?
石橋:一般的に、会社が大きくなる過程で複数の社員が急に辞めてしまう事態は「成長痛」としてよくぶつかる問題です。普通の企業だったら、経営者がここでマネジメントの改革を行いますよね。僕もはじめはそれを試みて、コンサルタントや人事の専門家に相談していました。そこで、信頼していた専門家の2人から同じことを言われたんです。「石橋さん個人にとって、普通の企業の社長としてやっていくのが幸せなの?」って。要するに、彼らには僕の心を見抜かれていたんですよね。そこで目が醒めて「普通のやり方じゃダメだ」と思い、根本的な人間理解からやり直すために、それまで読んでこなかった社会学や経済学、政治学、哲学などの人文系の本を読み漁りました。そこで、「国家」について語られている政治や哲学を「会社」に当てはめたらどうか、と考えついたんです。
江口:経営上の問題にぶつかったからこそ、今のゼロベースがあると言うことですね。高専出身でエンジニアリングの知識を学んできた石橋さんが、そこで人文系の本を手に取ったのは面白いです。詳しく教えてください。
石橋:まず、個々の社員を「民間企業」、会社の本部機能を「政府」と見立てました。そして、政府が民間企業の活動をコントロールしなくても市場経済が成り立つ、要するに社員同士で「市場原理」が働くようなシステムの可能性を考えることができると思ったわけです。このような考えの背景には、共産主義経済システムの崩壊という歴史があります。かつての共産主義国家は、人々が「いかに役人の目を盗んでサボるか」を追究してしまったことで崩壊したんですから。でもよく考えてみれば、それって現在の日本の多くの会社も同じ構造だと思うんです。だから、実際に世の中ではモラルハザードが起こっている。では、社員が自分で仕事に値段をつけて利益を創出し、見合った報酬を手に入れることができる「市場メカニズム」のような組織原理をつくることはできないか。いわば「自由主義経済システム」のような組織制度をつくれないか、そう考えました。
江口:なるほど。会社組織と国の構造は相似であると見立てたんですね。仕組みが変わって働き方や仕事に対する向き合い方も一変したと思います。見積もりや受発注という行為ができる人材もいれば、不得意な人もいるはずです。誰もがディレクター的な振舞いをすることによる大変さや、実質的な利益を出さない営業的な人材は値付けが難しいかもしれません。現在のゼロベースでは全員が「黒字社員」として個々に利益を出しているとおっしゃっていましたが、この状況に至るまでにはどのような工夫がありましたか? また、石橋さん自身や本部はどういう仕事をしているんですか?
石橋:会社全体の経営に携わる本部は、利益を出せず苦労している社員にコーチングをしたり、クライアントを紹介したりといったサポートをしています。また、社員の中には営業に特化した人がいて、他の社員に仕事を振ったりもしています。なので、ゼロベースのメンバーは「何が得意で、どんな仕事をしたいか」を僕や営業担当の社員に日々伝えることで仕事が獲得しやすくなります。いわば、フリーランサーが行うようなパーソナルブランディングに近いことを社内に向けて発信しているような形ですね。もちろん、そういった売り込みが苦手な社員のフォローも本部では行います。
会社員とフリーランサーのいいとこ取りを実現することで、離職者ゼロに
江口:社内外、つまり社員同士で交渉をしながら仕事を進めるなかで、一般的に社員同士のやりとりでは起こり得ない価格交渉なども発生しますよね。互いの信頼をどう築き、中長期的な視野で見たときの組織内における社員同士の関係性を円滑にする振る舞い方も重要になってくるように思います。
石橋:そうですね。もちろん短納期だから価格を高く見積もるなんてことも起こりますが、相手の足元を見て短期的な利害にとらわれすぎると次から仕事をもらえなくなってしまう。そうしたことも含めて、実はみんなが自然と短期的な視点ではなく中長期的な視点における合理的な行動をするようになってきます。社内ではよく「自営」という言葉を用いるのですが、そのように価格交渉や自分に仕事が回ってくるような振る舞いも含めて、自分で収益を上げていく力を「自営力」と呼んでいます。本部で行うサポートは、この「自営力」を上げていくためだともいえます。
江口:社員同士のやりとりや信頼関係の構築も、合理的に考えた上で信用が形成されるのは面白いです。しかし、「自営力」を身に着け、自由に仕事を選んで働くことができるのであれば、独立したいと思う社員も出てくるのでは?
石橋:まさにそのとおりです。だからこそ、社員に「独立する」と言われないための方法を考え続けています。社員に「フリーランサーよりも有利」と思ってもらわなくてはいけません。そこで、会社員とフリーランサーのいいとこ取りをする仕組みを意識しています。
江口:ゼロベースというコミュニティによって、個人の付加価値向上をアシストしているわけですね。
石橋:また、ゼロベースの環境があるからこそ、フリーランサーでいるよりも時間単価を上げられる、つまり「稼げる」という状態にしたいと思っています。そのための仕組みを整備し続けていきます。大事なのは、「付加価値の高い仕事」の量を増やし、時間あたりの付加価値を上げることです。しかし、日々の作業を振り返ってみると、時給1500円の人でもできる雑務の処理などを、高給取りの人でも結構やっているんです。だったら会社がアシスタントを用意したらいい。もちろん、そのアシスタントも将来は高給取りになれるよう育てていく。若い人を育てながら、キャリアのある社員の雑務を減らしていく。そのようにして稼ぎやすい環境を実現していきたいと思っています。
江口:ちなみに、『Za』を導入してから離職した人っているんですか?
石橋:ありがたいことにこの仕組みを導入してから、辞めた社員は一人もいないんです。今後は組織規模が20人、30人と増えていく「スケールアップ」と、他社にこの『Za』を導入していく「スケールアウト」という2つのチャレンジが控えていますので、それに向けた施策の準備もしているところですね。
『Za』は社員を正当に評価する世の中のための新しいマネジメントシステム
江口:『Za』のシステムは他社にも適用できるように設計していると聞きましたが、実際にニーズを感じますか?
石橋:企業から講師として呼んでもらうこともあり、「その考え方はなかった」という反応から手応えは感じていますね。『Za』は、ゼロベースのように完全成果報酬型にしなくとも、部分的にモジュールとして導入できるようになっています。社員マネジメントの自由度をあげるためのテクノロジーとして、リモートワークにしたり、休暇が取れる仕組みにしたり、報酬制度に活用したり…。また、人事評価の参考データとして、稼いだ付加価値を視覚化していく際にも有効です。これは僕が普段感じていることなのですが、世の中で働く半分以上の人が「自分は正当に評価されていない」と思っているはずで、そんなときに自身の成果が実際にどれだけ会社の利益に貢献しているのか、自分の時間あたりの成果を考えるきっかけとして、『Za』は価値を発揮できると思っています。
江口:社員の働きを正当に評価するとは、どういうことでしょうか?
石橋:『Za』は、「上司」という人間の恣意的な判断をなくした仕組みづくりにこだわっています。人間の感情や不確かな事実認識に基づく曖昧な判断を、上司による部下への評価に影響させないためです。かわりに、取引価格という具体的な数字が取引相手への評価を表しています。上司による恣意的な人事評価制度を排除することで、誰にとってもフェアな評価制度となるんです。今、働き方改革などで言及されている「リモートワーカーと通勤ワーカーの格差」や、「産休育休にまつわるトラブル」などの背景には、「アイツだけずるい!」という不公平感(フェアネス)の問題がありますよね。また、個人を成果によって評価することができない人事制度の問題もあります。『Za』では、個人の成果が「付加価値」という分かりやすい数字で可視化されるので、「自分は正当に評価されていない」といった社員の不満を解消するひとつの切り札になるはずです。
江口:システムに基づいたフェアな判断が正当評価につながるということですね。たしかに、これなら「ずるい!」という考えは生まれないかもしれません。
石橋:『Za』では、社内での「取引の自由」(契約自由の原則)により、社内のマーケットと社外のマーケットとが地続きでつながっていることになります。そこで個々人が自分の「市場価値」を知る機会を得ることで、その会社以外でも自分がどんな付加価値を提供できるかの「相場観」を身につけられるともいえます。
江口:たとえば、『Za』のような仕組みを通じて正当な評価をされた社員が、自分の付加価値を正しく把握した上で転職先に採用条件を提示する。そうすることで、雇用する側と働く側とのミスマッチがなくなりそうです。最後に、この連載のテーマでもある「会社と個人との関係」をどういう風に捉えるかを教えてください。それぞれの幸せなあり方について、石橋さんはどう考えていますか?
石橋:会社として、経営者として、社員が会社で働くことにどんな意味があるかを問い直し続け、ズレないように点検し、ズレたら修正することが重要だと考えています。ゼロベースでは、社員のニーズや願望に本部としてどのように対応していくか。会社と個人の関係性も常に問い直して、適応し続けています。組織というものは固定化されたものではなく、コミュニケーションしながら、やり方を状況に応じて変えていくことが必要です。社員一人ひとり考えていることは全然違うからこそ、みんなで共有できるゼロベースとしての最大公約数(「コモンウェルス」と呼んでいます)を保つようにすることで、会社と個人の良い関係が持続できるのではないでしょうか。
江口:今回のインタビューで、経営者でありながら、社会工学的な視点から新しい仕組みをつくるエンジニア気質な部分に石橋さんらしさを感じます。今後は、フリーランサーだけでなく、会社員にも個人としての価値をより強く意識することが求められています。そのなかで、『Za』の考え方や仕組みが、新しい組織づくりの一つの参考になるかもしれません。
(構成:山越栞 撮影:萬崎友子)