地図づくりは究極の編集職? 知られざる地図の魅力をゼンリンに聞いてきた
- 2019/09/02
- SERIES
日本最大級の地図情報会社であるゼンリンに直撃取材を敢行し、地図のつくり方や、地図のクリエイティブな魅力を聞いてきた。浮かび上がってきたのは、何とも意外な事実。「地図づくりは、デザインより編集に近いかもしれません」。その真意とは?
- 取材・文・編集:立花桂子(CINRA)
- 撮影:丹野雄二
地図から機能性をなくしたら? 社員の衝動から生まれた文具シリーズ
—今日は「地図のデザイン」という切り口でお話をうかがいにまいりました! ゼンリンさんは地図柄のグッズ『mati mati(マチマチ)』シリーズも制作されていますよね。
長縄:実用的な地図はつくり方がシステマチックに決まっているので、「もっと新しいもの、おもしろいものをつくりたい!」と前々から感じていました。そんななか、実用的なだけではなく、「人を笑顔にして懐かしさや思い出を共有できる、コミュニケーションツールとしての地図がつくれないか」という声があがり、地図を柄として使う発想が生まれました。
最初は「47都道府県のクリップをつくろう」というアイデアもあったのですが、ゼンリンの強みを活かすにはやはり詳細な地図だろう、と。地図は「目的地にたどり着く」などの目的をもつ機能的なものですが、『mati mati』は違う。いままでにない地図がつくれておもしろかったですね。
—『mati mati』でデザインとして使われている地図と、「目的地にたどり着く」ための地図との違いは何ですか?
長縄:実用性がないところですかね(笑)。ないわけではないのですが、社員からすると「これ、ホントに地図って呼んでいいの?」というくらい違います。ずっと実用的な地図をつくってきたので、ぼくの心の奥底にはずっと「地図の機能性をなくしてみたい」という衝動があったんですよ(笑)。ですが、「地図とはこういうもの」という既成概念がある社員も多く、「柄として見る」という感覚を共有するのが少し大変でした。
長縄:とはいえ、地図というからには最低限の「情報」は必要だということになり、それぞれの街の特徴をテーマ化して、アイコンで示しています。難波ならグリコの看板など撮影スポットになる大きなオブジェ、金沢なら和菓子屋さん、といったように。文字は入っていないのですが、最終的にはなんとなくの機能性も持たせることにしました(笑)。
—よく見ると、建物の色も違いますね。
長縄:ランダムに着色しているように見えて、じつはきちんと地図データに基づいた色分けにしています。難波でいうと、黄色は商業施設、グレーは駅ですね。ベースの色は、街の雰囲気やテーマによって決めています。難波の街は活気があって、色とりどりの看板やオブジェがあるので、華やかな配色ですね。
—てっきり、デザイン的な意味での色分けかと思っていました。実際の地図と見比べてみるとおもしろそうですね!
長縄:クリアファイルの地図柄は3つのレイヤーを重ねてつくっているのですが、じつはこれ、実用地図と同じつくり方なんですよ。
—どういうことでしょう?
長縄:ゼンリンでは、地図をつくるために建物の名前、道路、地名などいろいろな情報を収集しています。それをカテゴリ別のレイヤーに整理していくのですが、データを全部集めると1000レイヤーくらいあるんですね。そのなかから、さまざまな地図の用途にあわせて必要なレイヤーを選び、重ねていきます。たとえばカーナビに提供するなら、道路情報と地名と目標物と……といったように。
『mati mati』のクリアファイルはこうした「地図のレイヤー構造」がわかるように、道のレイヤー、建物のレイヤー、スポットのレイヤーを3枚に簡略化してつくっています。
住宅地図には建物の階数も載っている。実地調査(!)で更新し続けて70年
—そもそも、地図はどのようにつくられるのですか?
長縄:国土地理院提供の測量情報や都市計画をベースにして、必要な情報を乗せていくイメージですね。最初に提供されるのは、道や建造物のかたちはあるものの、ほぼ文字情報がない図面。ゼンリンの調査員はその地域を歩きながら実地調査し、「間違いなくこういうかたちの住居がある」とか「新しい建物ができている」といった情報を集め、図面に追加していきます。
—まさかの実地調査!
長縄:日本全国でやっています(笑)。キリがないのでは……と思う方もいらっしゃると思うのですが、地図に記載されている建物の情報が「変わっていない」ことを確認するのも重要な仕事です。
データは逐次更新していきますが、都内は建物や施設も多いので、書籍の住宅地図で出版できるのは年に1回が最短。ですが、カーナビの場合、高速道路の開通情報などはリアルタイムで情報更新されなければ困りますよね。そういうときは、開通する際に行われる事前走行会であらかじめ調査して、開通と同時に地図を更新することもあります。
地図をつくること自体は正直、「がんばればできる」領域にも見えるかもしれませんが、重要なのはそれを「更新し続ける」こと。コストもノウハウも必要なので、更新し続けるのは想像以上に大変です。ゼンリンは70年以上更新を続けているので、精度や情報収集などのノウハウには自信があります!
—住宅地図の情報量はすさまじいですね。よく見ると、建物の階数情報も載っています。
長縄:そうなんですよ。ものすごく努力してつくっているデータなのですが、なかなかみなさんに知っていただく機会がなくて(笑)。
—これだけの情報量を目で見て確認する労力、計り知れません……! ところで、地図づくりにルールはあるのでしょうか?
長縄:あるのはあくまで、ゼンリン流の「編集基準」です。誰がつくっても同じ規格の地図にする必要があるので、「文字を横置きにする」ですとか「文字数が多いときはこう避ける」といった細かいルールはいっぱいあります。ただ地図の表現の仕方に限っていえば、ぼくは「こうつくらなきゃ地図じゃない」というルールはないと思っているんですよ。
—と、言いますと?
長縄:地図は情報を伝える手段のひとつです。たとえば「AからBにたどり着く」という目的さえ達成できれば、どんな伝え方でもいいと思うんです。極端な話、地図をつくらず、言葉だけで伝えてもいい。地図を使う人の目的も「目的地にたどり着く」だけではなく、「これから行く場所の情報収集」や「知らない土地の地図を眺めて想像に浸る」など、いろいろです。それらの目的を考えると、表現方法はひとつではないはずなんですよ。
—なるほど、目的によって必要な情報は違うから、「これがないと地図ではない」というルールはないということですね。
長縄:「地図を使う人の目的」が叶うのであれば、どんなかたちでもいいと思っています。その人にとっては必ずしも北を上にする必要はないかもしれませんし、地図の下にあるスケールも、いらない人にはいらないですよね(笑)。ただ、「病院のアイコンは赤や緑ではダメ」といった決まりはもちろんあります。これは赤十字や緑十字との間違いを防ぐため。何より大切なのは、「間違った解釈をさせないこと」です。
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- 日本の地図はクレイジー! 江戸時代から続く、細やかな地図づくり
日本の地図はクレイジー! 江戸時代から続く、細やかな地図づくり
—誤解がないように伝えたい情報を伝える、というのはクリエイティブの本質かもしれませんね。広告やメディアも同じです。
長縄:たとえば住宅地図に「田中さん」のお宅を表記するとしても、使う人が「田口さん」に見間違えるようではダメ。一見当たり前のように感じるかもしれませんが、ときには緊急時にもご活用いただいていることを考えると、いかにわかりやすく、見間違えづらくなっているかなども重要なんです。とても気を使う仕事ですね。
なんせレイヤーが1000もあるくらいですから、地図の情報量はものすごく多い。必要なものをある程度絞ったとしても、情報をそのまま盛り込もうとするとゴチャゴチャで何も見えなくなってしまいます。そういうときは、アイコンやフォントのかたち、大きさ、色などで識別してもらう工夫をしています。
—具体的には、どのような工夫ですか?
長縄:たとえば、とある会社に地図情報を提供した際は、「文字だらけだけど、いちばんハッキリ見せたいのは駅の名前」というリクエストをいただきました。とはいえフォントサイズを大きくするだけでは埋もれてしまう。そこで「駅名だけをあえてひらがなで表記する」という表現を提案してみました。こうすることで、駅名だけが浮き上がって見えてくるんです。
このような試行錯誤は、デザインというか編集職に近いかもしれませんね。辞書づくりに似ています。正確でなければいけませんし、更新し続けることが大変だという意味でも。
—確かに、「何を載せ、何を載せないか」という考え方は編集職に通ずるところがありますね。
長縄:まずは用途を考えないと、何をそぎ落とすべきの判断もできません。たとえば住宅地図にの場合、膨大な地図データベースのなかから必要な情報を抽出し、建物の名前や番地、道路の形状などを見やすく表現する工夫をしています。必ずしも「情報がたくさん載っている」ことがいい地図の条件とは限りません。シンプルだけどシンプルすぎない……必要な情報が網羅されており、かつ見やすい地図が理想ですね。地図の用途によってカスタマイズしているので、いろいろな地図で同じ地区を見比べてみるのもおもしろいと思います!
—ゼンリンさんの地図の自慢といえば、やはり正確性になるのでしょうか?
長縄:そうですね。品質と網羅性、更新力には自信があります。日本って、極度に地図が発達しているんですよね。先日、国際地図学会議の定期大会が開催されたのですが、約50か国から地図のプロフェッショナルが集まる場でも「日本の地図はこんなにも細かいのか! クレイジーだ!」と言われました(笑)。海外だと、地図が少し間違っていたとしても、日本ほど話題にならないかもしれません。
地図をつくり始めた江戸時代から、すでに「ここに建物の入り口があるから、こういう方向で文字を入れたほうがわかりやすいな」といったように、使う人のことを考えた細かな配慮があったそうですよ。日本の精密な地図には、そういう文化が受け継がれているのかもしれませんね。
ゼンリン社員が最近ハマり中の「推し地図」は?
—いろいろとお話をうかがってきましたが、「ここに注目すると地図はもっとおもしろい!」というおすすめポイントはありますか?
長縄:これはゼンリンにいるからこそわかるおもしろさなんですが……地図づくりを仕事にしていると、何も情報が載っていないまっさらな地図を見ることができるんです。それを見ていると、「土地や道のかたちっておもしろいな」と思えてきます。
—まっさらな地図を見られるのは、ゼンリン社員ならではですね(笑)。
長縄:「この地区の道は等高線に沿ってできてるんだな」とか、「街を碁盤の目状にしようとしてるけど、途中からちょっと崩れてきてるな。何か要因があったんだろうな」とか(笑)。地名もおもしろいですよね。ゼンリンでは地名もデータとして収集しているんですけど、弊社で制作している市販の年賀状でもよく活用しています。
—「目的地を探す」という用途を離れると、デザイナーや編集者にとってもいろいろな発見がありそうです。
長縄:そうですね。先ほどもお話ししましたが、地図づくりはデザインというより編集に近いので、地図に関わるデザイナーって意外と少ないんですよ。でもデータを触っていると、地図にはいろいろな「表情」があるということがわかる。もっと地図のおもしろさをクリエイティブに落とせるデザイナーがいてもいいのに、と思っています(笑)。
—まさに『mati mati』シリーズのような発想ですね。
長縄:じつは「地図デザイン」を活用して、企業のノベルティーや商品なども制作しています。たとえばスターフライヤーさんのグッズでは、離発着する空港付近の地図を、すべて線画でデザインしました。3Dや航空写真ではよく見ますが、線画はいままでになく新鮮ですよね。こんなの、手で描こうとは思わないですし(笑)。好きなエリアでつくれるので、不動産紹介のノベルティーなどに使っていただくこともあります。
—情報としての価値だけではなく、デザインとしての可能性も広がりますね。ちなみに長縄さん的に「ここの地図がアツい!」という「推し地図」はありますか?
長縄:じつは最近、とある場所の線画レイヤーを切り出すのが趣味になってまして……。
—それはどこでしょう……?
長縄:コンビナートです。キレイな丸が並んでいるところに「萌え」があって(笑)。じつは住宅地図上に、正円ってほとんどないんですよ。でもコンビナートには、円や幾何学模様がきれいに整列している。推しは川崎コンビナートです(笑)。
—確かにこれはすごい!
長縄:プラモデル的な魅力がありますよね。実用性だけではなく、「見る」楽しみがあるのも地図。地図そのもののおもしろさも、どんどん伝えていきたいと思っています!
—地図のおもしろさ、実感できました。ありがとうございました!