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技術は、「面白さ」を作るためにある

幼い頃から好きだったテレビの世界で、音声の仕事を担当している石堂遼子さん。彼女は、「面白いテレビを作りたい」という熱い思いを持つことが、技術職にとっても必要だと語る。では、視聴者からは見えづらい、すぐれた番組作りにとって欠かせない「音声」の仕事とは、いったいどんなものなのだろう?
大変だけれど、やりがいも大きいテレビ業界で生きる彼女に、この仕事ならではの楽しさを語っていただいた。

Profile

石堂 遼子

1983年、東京都出身。慶應義塾大学 大学院理工学研究科卒業後、株式会社TBSテレビ入社。現在は、技術局 制作技術部にて、音声技術のミキシング業務等を行う。おもな担当番組に『有田とマツコと男と女』、『火曜曲!』、『ライブB』などがある。

テレビの魅力を知った『水曜どうでしょう』

―石堂さんは、幼い頃からテレビ好きだったんですか?

石堂:そうですね。ただ小学生ぐらいまでは、親が厳しくて21時には寝かしつけられていたんです。そのため話題のドラマも見られなかったりして、逆にテレビに対する「飢え」を持つようになりました。そんなふうに育った私にとって、決定的な出会いになったのが『水曜どうでしょう』という番組でした。

—北海道のローカル番組としてスタートし、全国区に人気が広がっていったんですよね。出会ったきっかけはなんだったのでしょう?
石堂 遼子
石堂 遼子

石堂:父親が、単身赴任で札幌に行っていたときに観ていたようで、東京に帰ってきてからもテレビ神奈川でやっていた再放送をチェックしていて。リビングのテレビで観ているところへ、たまたま私が通りかかって「面白そうだな」と思って観始めたのがきっかけです。その後、大学生になってからはどっぷりハマっちゃって。ファンクラブに入ったり、北海道に行ってイベントに参加したりもしていましたね。

―北海道のイベントまで……(笑)。ただ大学では理工学部に進んでいらっしゃいますよね。テレビの仕事とはちょっと縁が遠いようにも思えますが、どんな学生生活だったんでしょうか?

石堂:パソコンも好きだったので、情報工学を勉強しようと思い理系の学部に進んだんですが、性格的には完全に文系でしたね。システムや論理に還元しきれないような「面白いもの」が好きでした。大学時代に特に打ち込んでいたのは、「矢上祭」という文化祭の実行委員としての活動でしたね。大学が駅から遠く、さらに理系のキャンパスだったために雰囲気も質素で、集客するのがなかなか難しかったんです。そこで、キャンパスまでの道のりを飾り付ける装飾局を新たに設置したり、広報局長という立場から、集客を増やすために練ったいろんな戦略を実行していました。

―「文化祭」というイベントを、より魅力的にする工夫をと。

石堂:そうですね。いま振り返れば、文化祭以外にもアカペラサークルでライブを企画したり、高校生の頃も演劇部で部長をしていたりと、面白いコンテンツやイベントづくりを裏方の立場から支えることに、ずっと興味を持ち続けてきたんだと思います。今の仕事も、そういった活動の延長線上にあるものだと思っています。

「音声」は、収録現場のすべての音を録る

―そしてTBSテレビに入社した石堂さんですが、「技術職」での採用だったんですね。

石堂:もともとは、バラエティ番組を作りたいと思っていたので制作希望だったんですが、そっちでは受からなくて。でもTBSは制作のほうで落ちても、技術職を志望できたので、制作の視点を持った技術を目指そうというふうに気持ちを切り替えました。現在は「技術局 制作技術部」の音声班で仕事をしています。

―お仕事の内容は、どんなものなんでしょうか?

石堂:現場のありとあらゆる音を録り、放送で流す仕事です。出演者の声から、客席の拍手や笑い声、また料理でお肉が焼ける音だったり、スポーツ番組であれば歓声や競技の音、歌番組ならアーティストの歌声や楽器の音など、ありとあらゆる音を録ります。似た職種に、録ったものへ新たに音を加える「音響効果」があるんですが、それとは別の仕事ですね。

―音声担当として入社すると、どのような順番で仕事を覚えていくのでしょう?

石堂 遼子

石堂:最初は機材の名前を覚えるので精一杯でした。マイクの種類はとてもたくさんあるんですが、型番で呼ぶ習慣があるので、とても覚えにくいんです。「MKH416」というマイクは「41(ヨンイチ)」と呼ぶんですが、それとは別の「414」というマイクも同じ呼び方をする時があって、すごく紛らわしくって。ほかにも「33609」と5ケタで呼ぶ機材があったり……。

―暗号みたいですね(笑)。では、実際の担当業務とは?

石堂:まずはスタジオでマイクをセッティングしたり、出演者にピンマイクをつけたりするフロア業務から始めます。チーフになると調整室に入って、音量や音質の調節を行うミキシング業務が中心になりますね。私は、今ではチーフとしてミキシングを担当する番組が多いです。

—ちなみに音声さんといえば、男性スタッフが多そうなイメージがあるんですが……。
 
石堂:そうですね。女性も増えてきていますが、男性は多いです。でも、私はもともと理系出身なので、周りが男性ばかりという環境には慣れており、むしろ働きやすいですね。すごく溶け込んでしまっているので、もうちょっと女性扱いしてほしいなと思うこともありますが(笑)。

—(笑)。あと、テレビ業界といえば良く耳にする話ですが、結構徹夜続きになることもあるんですか?

石堂:音声の仕事は、まずセッティングをして、本番で音を録り、そして撤収作業という流れなので、収録や生放送とその前後に業務が集中しているんですね。そのため制作スタッフのように、毎日寝不足になるようなことはあまりないです。ただドラマの収録などでは、朝まで現場が続いたりといったこともあると思いますが、スタジオであれば遅くなるにも限度がありますから。私が担当しているのは、スタジオで収録する番組が中心なので、比較的気持ちの余裕を持って仕事に取り組むことができています。

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アーティストの気持ちに寄り添えた瞬間

アーティストの気持ちに寄り添えた瞬間

—スタジオ収録が中心とお伺いしましたが、石堂さんはどんな番組を担当されているのでしょう?

石堂:バラエティや音楽番組が中心ですね。音声の仕事は、制作にくらべると早い段階で一人立ちするんですが、私が入社2年目の冬に初めてチーフになり、ミキシングも任された番組が『有田とマツコと男と女』です。演者さんたちはもちろん、50人ほどのお客さんがランダムにしゃべる声を拾わなければならないハードな現場だったんですが、番組の立ち上げからチーフを任せてもらっているので、とても良い経験になっています。他には、深夜に月に一回放送している『ライブB』、毎週火曜日に放送中の『火曜曲!』といった音楽番組などを担当しています。

—では、これまでで特に印象的だったエピソードなど教えていただけますか?

石堂 遼子

石堂:印象的となると、テレビ業界を志すきっかけにもなった『水曜どうでしょう』の大泉洋さんとお仕事をさせていただいたことですかね。ずっと憧れていた大泉さんとご一緒したいと周囲にアピールしていたんですが(笑)、ある時「石堂、仕事取ってきたよ」と先輩から言われたんです。そして大泉さんが声優をなさっている、「レイトン教授」というゲームとタイアップした特番のナレーション収録を担当できることになりました。

—大ファンだった方と仕事ができるのは、嬉しいものですよね。

石堂:前の晩から「明日は何を話そう……」って、すごくドキドキしていたんですが、結局「おはようございます」と「おつかれさまでした」という、たった二言しか発せなくて(笑)。

—でも、大泉さんのナレーションを石堂さんの手で世に送り出すことは、出来たと(笑)。

石堂:はい(笑)。音声を担当していて良かった、と思える瞬間でしたね。あと最近も、とても嬉しい出来事があって。『ライブB』でベッキー♪♯さんの「MY FRIEND 〜ありがとう〜」という曲を収録したとき、ミキシングをしながら、その曲と私の気持ちがぴったりシンクロした瞬間があったんです。アーティストの表現と、自分の感性が響き合ったというか、これって言葉ではあまり伝わらないかもしれないんですが、私にとって凄く嬉しい体験でした。

—まさに、ミキサー冥利につきる瞬間というか。

石堂:とはいえ、私がミックスした音とアーティスト自身が気に入ってくれる音は、もちろんイコールではありません。でも「こういう気持ちを伝えたいんじゃないかな」という想像をしながら作るのは、とても楽しいことですね。アーティストの気持ちに寄り添って、できるだけそれを汲み取って伝えていける音声担当になれればと思います。

—そう考えると音声の仕事って、すごく奥が深そうですね。

石堂:あまり目立つ仕事ではないんですが、「音」って視聴者の深層心理に訴えていると思います。ライブのミキシング作業にしても、素人が行うのと、ベテランのミキサーが行うのとでは、テレビに映っている「空間」のイメージまで変わってくるほど違いが出るんですよ。実際の会場が狭かろうと、すごく広い空間に見せることもできる。さらには暑そう、寒そうといった気温の感触まで伝えられるんじゃないかと思っています。視聴者の方は、あまり意識して聴いていないかもしれませんが、「こういう空間なんだろうな」と無意識に感じている印象って、じつは音声が作っていると思うんです。

家族の誰もが楽しめるテレビ番組を

—音声をふくめ、普段見るテレビ番組にはそういった工夫が、たくさん詰まってできあがっているんでしょうね。

石堂:今後はインターネットなどのメディアがさらに台頭してくるのでしょうが、テレビ局が持つ面白い番組を作り続けてきたノウハウは、これからも求められると思うんです。そういった「コンテンツを作る力」はもっともっと活かしていくべきだと思いますね。

—テレビ局が制作した番組が、インターネットなどのいろんな媒体で観られる機会も増えていきそうです。

石堂:ただ、やっぱり私にとっては、一家が集まってお茶の間でテレビを観る、という環境が理想的なんですね。その番組が放送されているときだけは、なんとなくリビングに集まってしまう、そんな番組を作りたいとずっと思い続けています。それは個人的な体験からくる思いもあって。昔、私の家族は、あまり仲が良くなかった時期があったんですが、『水曜どうでしょう』を放送している時間帯はみんなが自然に集まってきて、大笑いしながら観ていたんです。それが私にとっては、ものすごくホッとする時間だったんですよ。

—テレビが家族の絆を深めていたと。

石堂:ああ、お茶の間って、こういうことなんだな、って。そういう思いを抱かせてくれるのが、私が好きなテレビ番組に共通している「良さ」なんです。若い世代も、母親も、サラリーマンも、みんなそろって楽しめるという。今でも、仕事をしていて迷ったときは『水曜どうでしょう』のことを思い出します。すると、テレビにとって大事なものは何なのか、という「本質」のようなものを、もう一度捉え直すことができるんです。

—その「本質」と言いますと?

石堂 遼子

石堂:テレビは面白いかどうかが一番大事だと私は思っていて、面白いものを作るためには、切り捨ててもいい要素もある。その選択をするうえで、『水曜どうでしょう』は基準になるような番組だと思っています。たとえば、この番組には音声スタッフがいませんので、演者さんの声が聞こえづらいこともあるんですが、その際はセリフを字幕スーパーに出して処理したりしてしまいます。でも、面白ければそれで問題ないんです。それを、音声が聞こえないような撮り方はできない、などとこだわってしまうと、かえって面白い場面を逃してしまう危険性もあるんじゃないかと。

—技術ばかりを追い求めると、「面白いものを作る」という、本来の目的を見失ってしまうと。

石堂:もちろん技術的なクオリティを高めることも大事ですし、プロとして恥ずかしくない、良質な音声に仕上げることを心がけていますが、そこだけが本質ではないと思うんです。たとえば、番組の予算が限られていた場合に、音声班でお金を使ってしまうことで他の何か大事な要素に予算が回らなくなるのは意味がないでしょうし。技術スタッフは、私だけでなくみんなが、そういう考えを持っていると思いますよ。

—そうした面白い番組を作っていこうという気持ちが、支えていると。

石堂:もちろん、キツいときもありますけどね。でも、大学のとき一緒にアカペラサークルにいて、他のテレビ局に入社した友達が、「テレビの仕事ってライブの準備の100倍大変だけど、10,000倍面白いよ!」って言っていたんですよ。いまでもその言葉は、「まさに!」って思うし、大変かもしれないけど、そのぶん楽しいことが待っているから、頑張ることができるのかな。

—では今の石堂さんにとって、仕事とはどんな存在でしょうか?

石堂:完璧に人生そのものになっていますね。番組作りは面白いですし、先輩も楽しい方ばかりなので、飽きることがないんです。楽しいと思える仕事で、お金をもらえているなんて、私ってラッキーだなって思いますよ。なので、そんな現状に感謝しつつ、これからも頑張っていきたいですね。

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