客室乗務員から、ペンキも塗るギャラリストへ。

アッシュ・ペー・フランス株式会社 櫻井 史恵(hpgrp GALLERY TOKYO アシスタント)

気になる

Share :

ギャラリーで働いていると聞くと、美大を卒業したアーティスト気質な人物を想像するが、櫻井さんはhpgrp GALLERY TOKYOに入社するまで「ペンキ塗りのローラーも持ったことがない」ほど創作と無縁の世界で生きていた。大学もアートとは一見関係ないように思われる商学部を卒業し、一度は航空会社に客室乗務員として入社。そんな彼女が、なぜ表参道にあるギャラリーに勤めることになったのか。一般には馴染みの薄いギャラリストという仕事の魅力と共に、櫻井さんが考えるアートとの「一生ものの関わり方」について伺った。
  • インタビュー・テキスト:宮崎智之(プレスラボ)
  • 撮影:すがわらよしみ
  • Profile

    櫻井史恵

    1984年、福島県生まれ。2007年に早稲田大学商学部を卒業後、ANAの客室乗務員として2年間勤務。2010年2月からは、H.P.FRANCE株式会社に入社し、hpgrp GALLERY TOKYOのギャラリーアシスタントとして、hpgrp GALLERY TOKYO、H.P.FRANCE WINDOW GALLERYを中心にギャラリー運営の業務全般にあたっている。

アートを仕事にすることは想像ができなかった

―櫻井さんはいつ頃からアートに興味を持ち始めたのでしょうか?

櫻井史恵

櫻井:意外と遅いかもしれませんが、大学に入学してからです。地元の福島県には鑑賞する場所も少なく、コンテンポラリーアートに触れる機会はあまりありませんでした。それで東京に出てきてから、コンテンポラリーを扱う美術館やギャラリーが沢山あることを知って、興味を持ち始めました。直接的なきっかけになったのは、2005年に原美術館で開催されていたオラファー・エリアソンの展覧会や森美術館で開催されていた杉本博司さんの展覧会を観た事です。彼らの明確なコンセプトや制作方法が面白くて、その後作品が展示されている金沢21世紀美術館まで足を運んだりして。それらを掘り下げていくうちにアートにどんどんハマっていったという流れです。

—大学ではどのような事を学んでいたのですか?

櫻井:母校の早稲田大学は懐の深い大学で、入学してから学ぶことを選べる自由な制度と校風があって、商学部なのに社会学のゼミに所属していました。

―商学部にも社会学のゼミがあるんですね。

櫻井:珍しいかもしれませんね。私が所属していたゼミは先生が国際教養学部に転部してしまったため、もうなくなってしまいましたが、他にも社会学のゼミはまだあるようです。先生の専門は複雑系で、ゼミでは都市論と芸術を結びつける研究をしていました。簡単に言うと、「東京の街の形成に関して芸術文化が果たしている役割を分析する」といった内容です。

―あまり簡単そうではないですが(笑)、少しずつ現在の仕事に近づいてきたように思えます。でも、就職活動では、アート系の職業を目指さなかったんですよね?

櫻井:はい。その時期は、自分が何をやりたいか迷っていて。アートは大好きでしたけど、それが仕事と結びつくということまでは想像ができなくて。本が好きだったので出版社は受けましたが、本当に好きな会社を数社受けた程度でした。それで就職か大学院進学か迷った末、やりたいことを探すにしても社会人経験を積む期間が必要だと考え、ギリギリでANAにエントリーして客室乗務員になりました。

華の客室乗務員からギャラリストへの道

―ANAの客室乗務員と言えば人気職種で、そう簡単に受かるものではないように思うのですが…(笑)。

櫻井:運が良かったんだと思います(笑)。ANAには、熱意を持って仕事をされている方が沢山いらっしゃり、とても勉強になりました。会社としての教育制度もしっかりしているので、短期間ながら社会人のイロハを学ぶことができたと思います。

―華々しい仕事でやりがいもあったと思うのですが、なぜ転職を考えたのですか?

櫻井:当時、まとまった休みが1年に2回あったので、その期間を使ってパリやスペインなどの美術館巡りをしていたんです。それで本当に自分が何をやりたいのかを考えていくと、やっぱり「大学時代から大好きだったアートと共に歩む生き方がしたいな」と思うようになっていきました。その時には「ギャラリーで働く」というビジョンがあったわけではないですし、通信教育で学芸員の勉強をしてはいましたが、どういう関わり方がいいのか見えてもいなくて。でも、とにかくアートの世界に飛び込んでみようと思い、退職を決意しました。

櫻井史恵

—そのとき、周りには止められませんでした?

櫻井:ありがたいことに逆に周りからは応援していただいたりしましたね。自分のやりたい事だからって。それで退職後に青山の複合文化施設「スパイラル」で開催されていたアートフェア「ULTRA」でインターンを経験し、さまざまなギャラリーの方にお話を伺う機会を得ることができました。そこで、今のディレクターである戸塚と出会い、hpgrp GALLERY TOKYOに入社することになったんです。

—なぜ、数あるギャラリーの中で、hpgrp GALLERY TOKYOを選んだのですか?

櫻井:企業運営のギャラリーというと、自社のCSR活動やブランドイメージのPRのために資金を提供してアートを支援したり、ギャラリーを運営してアーティストに場所を提供する所が多いと思うのですが、当社の場合はあくまでもビジネスとして成立する仕組み作りに力を入れています。そういうところが面白いと考え、入社したいと思ったんです。

—いわゆるメセナ的な活動とは違うといいますか。

櫻井:そうですね。企業がただ金銭的な負担をしているだけでは、アーティストも育たないし、企業側も運営を持続することが難しくなってしまいます。アートそのものがお金を生み出す仕組みをつくらなければ、意味がないんです。アートをビジネスとして成功させることが、一番の支援になるということ。今の日本にはアートの市場がほとんどないという状況なんですけど、市場そのものを作るのが私たちの仕事だと思っています。
例えば、アートを買うという価値観を皆さんに知ってもらうとか、既存のものとは異なるタイプのアートフェアを主催したり、企業向けのアートイベントを企画したりと、さまざまな角度からアートをビジネスにしていこうとしています。多くの個人ギャラリーのように、じっくりと作家さんやお客様と付き合い、一対一で販売していくスタイルも魅力的だしとても大切だと思いますが、当社の場合はもう少し大きな枠組みで社会のシステムや、人の価値観を変えることに取り組もうとしている会社だと思います。そしてそういう社会を実現してこそ、人とアートが一生一緒に歩んでいけるのかなと考えています。

Next Page
鑑賞者としての直感を信じる

鑑賞者としての直感を信じる

—では具体的に、どのようなお仕事をされているのでしょうか?

櫻井:担当しているのは表参道のhpgrp GALLERY TOKYOと丸ビルにあるH.P.FRANCE WINDOW GALLERYの運営全般が中心です。作家さんと展示の打ち合わせから始まり、プレスリリースを作って告知をしたり、展示のコンセプトを決めて搬入や設置を手伝ったり、実際にお客様の対応をしたり、アートフェアがあればブースに立ったりと、ギャラリーの運営に関することならなんでもやります。

—2010年に入社したとのことですが、勤めてみてイメージと違った部分はありましたか?

櫻井史恵

櫻井:まずは「何からなにまで自分たちでやる」ということでしょうか。そもそも当社はとてもDIY精神に溢れていて、DMなどの発行物や店舗デザインも外注する訳ではなく、自分たちですべて作ってしまうような会社なんです。
例えばギャラリーでは展示ごとに壁のペンキを塗るのですが、それも自分たちでやります。入社するまでは創作と無縁の世界で生きてきたので、ペンキを塗るローラーも持ったことがありませんでした。そのほか、展示に必要なこまごまとしたものも、可能な限り自分たちで作ってしまうのですが、私は本当に手が不器用なので、初めは戸惑いましたね(笑)。

—(笑)。やはり未経験からの転職となると、いろいろご苦労もされたのではないでしょうか?

櫻井:そうですね。先程もお話ししたとおり、私はものづくりをしてきた人間ではないので、作家さんと一緒に展示プランを考えているときに、彼らが頭で描いているイメージをどこまで想像できているのかと不安になることがあります。
でも、だからと言って何も発言しなければ、私がいる意味はなくなってしまいますし、こちらが意見を言わなければ作家さんも応えてくれません。ですから、たくさん話を聞いたり、アトリエに行って制作現場を見せてもらったり、少しでも作家さんのイメージに近づくための努力を怠らないようにしています。そして、最後には「鑑賞者」としての直感を信じて、自分のプランを伝えるようにしています。

—具体的に、どんなことを心掛けて話しを聞いていますか?

櫻井:作家さんの人柄を含め、作品のコンセプトが生まれた背景から理解しようとすることでしょうか。もともと、大学生時代にアートが好きになったのも、作家さんの人間像に迫ることが好きだったからなんです。現在も活躍されている作家さんでしたら、雑誌のインタビューも読めるし、講演会も聞きに行くことができる。私は作家さん自身を深掘りしていくことが、昔から好きなのだと思います。

—それは、ギャラリストにとって大切な資質ですよね?

櫻井:そうともいえるかもしれません。でもこれはあくまで私感なんですが、才能のあるギャラリストの方は作家さん自身というよりは、作品自体を見て善し悪しを判断できる目利きのような人なのだと思います。そういう意味では、自分のアプローチは、どちらかと言うと鑑賞者寄りだと思っています。

“文化祭”のような夜の語らい

—作家さんを深く知ろうとするのは、手間ひまがかかる作業でしょうね。

櫻井:確かに、時間はかかりますが、そこが一番楽しい時間なんです。それをギャラリーの展示という形で表現できた時が、一番充実感がある瞬間ですね。
特にワクワクするのが、展示前に作家さんと一緒に作品を設置している時だったりします。当社は丸ビル内のお店のショーウィンドースペースもギャラリーとして運営しているのですが、丸の内ビルの運用上、深夜しか搬入・設置作業ができないので、いつも夜中から朝方までの時間帯を使って作業をするんです。その時は、作家さんから深い話が聞ける絶好のチャンス。話をしながら設置を終えると朝になっているので、もうクタクタなんですが、文化祭の準備をしている時みたいに、達成感と高揚感が溢れてきて、疲れも吹き飛ぶ思いですね。

—文化祭、いいですね(笑) 。今後の目標はありますか?

櫻井史恵

櫻井:まず前提としては、仕事と家庭を上手に両立させることでしょうか。仕事ではイチからディレクションした展覧会を開くことが当面の目標です。また、作家さんにインタビューをして、その人の人物像や作品の文脈を知ってもらう取り組みもしたいと思っています。インタビュー集になるのか、WEBでの展開になるのかは分かりませんが、ギャラリーに足を運んでくださったお客様に、作品だけを鑑賞するのではなく、作家さんの思いを知ってもらえるようなものを作りたいです。

—それは、素晴らしい取り組みですね。インタビューしている相手から、「インタビューしたい」という言葉が出るとは思いませんでした(笑) 。

櫻井:はい(笑)。やっぱり、作家さんの思いや考えというのを知っていただいて、作品を見て欲しい、という思いがありますね。

—なるほど。では最後に、これから櫻井さんのようなお仕事を目指す方にアドバイスをなどございますか?

櫻井:そうですね…。興味を持ったらすぐに行動にするとか、どこかに足を運んでみるといったことが、結構大事かなと思います。一人で考えていたり、本を読んでいたりしても何も始まりません。勇気を出して足を踏み入れることで、一気に視界が開けたり、新しいアイディアが浮かんできたりするものです。自分がギャラリーで働くことになった経緯を考えても、やっぱりそれが大切だったのではないかと思います。また、実際に働いてからも、そういう好奇心を持ち続けることが何よりも重要。本当に楽しい仕事だと思うので、興味がある方は、ぜひ行動に移してみて欲しいですね。

  • Favorite item

    Astier de Villatteのマグカップとノートとシャープペンシル

    文房具や雑貨など日用品を制作するフランスの2人組「Astier de Villatte(アスティエ・ド・ヴィラット)」の作品。陶器のマグカップには、19世紀のインスピレーションが入れ込まれていて、細部のデザインに遊びごころが満載です。いつも、このマグカップでお水を飲んでいます。ノートは、モロッコの道路に敷かれたタイルからインスピレーションを得たデザイン。一つ一つを丁寧な手刷りで仕上げています。打ち合わせでたくさんメモを取らなければいけない時には、コンビニでも売っている一般的なノートを使っていますが、このノートは迷いながらじっくり自分の気持ちを整理して書く時に利用しています。