WEBマガジンの新しい生存方法を探る。NEUT Magazine・平山潤さん
- 2021/03/25
- SERIES
先入観に縛られないニュートラルな視点で、WEBにとどまらず、リアルイベントや雑誌の発刊なども実施しているNEUT。若年層を中心に多くのファンを獲得しているメディアだが、難解になりがちなテーマを多くの若者に届けるために、どんなことを意識しているのだろうか。また、メディアの継続に欠かせないマネタイズへの考え方とは? 平山氏の編集長と経営者、両方の視点から語ってもらった。
- 取材・文:宇治田エリ
- 撮影:北原優
- 編集:服部桃子(CINRA)
Profile
平山 潤
1992年神奈川県相模原市生まれ。成蹊大学卒。WEBメディア「Be inspired!」編集長を経て、現在は「NEUT Magazine」創刊編集長を務める。同メディアでは、「既存の価値観に縛られずに生きるための選択肢」をコンセプトに、先入観に縛られない視点を届けられるよう活動中。
順調だったメディアをリニューアル。NEUT の名前に込められた思いとは?
―「NEUT Magazine」の編集長であり、「NEUT MEDIA株式会社」の経営者でもある平山さんは、同メディアの前身の「Be inspired!」時代から編集長を務めています。最初に編集長になった経緯から教えていただけますか?
平山:Be inspired!は、2015年の1月に「HEAPS Magazine」というWEBマガジンから派生して立ち上がった媒体でした。ぼくは当時大学4年生で、Be inspired!のライターインターンとして入り、同年の4月、大学卒業後にBe inspired!副編集長として運営会社に入社しました。入社直後、Be inspired!の創刊編集長が海外留学へ行ったことで、未経験ながら現場を任され、1年後には編集長としてBe inspired!に関わることになったんです。
最初のコンセプトづくりや、読者獲得やライター・フォトグラファーのネットワークづくり、その先の事業化もすべて自分が責任者としてやることになって(笑)。社会人1年目からウェブメディアの事業化の大変さを痛感しました。
そのまま3年間、編集長としてやっていくなかでチームも少しずつでき上がっていき、自分がやりたいコンセプトも育まれていきました。順調に読者も増えていたのですが、Be inspired!という名前だけは、ずっと違和感を感じていたんです。
―なぜですか?
平山:Be inspiredって、受動態じゃないですか。自分たちは、日本に根づく社会問題をクリエイティブな方法で解決するアイデアやアウトプットを増やすことを目的に、関連する記事を積極的につくっていました。だから、受け身なニュアンスは自分たちがやっていることを体現してないなと思って。名前を変えることでぼくらの想いがより読者に伝わって、共感してくれる人も増えるかもしれない。多くのファンを獲得できれば、おのずとマネタイズにもつながってくるはずだと考えました。
同時に、編集長として経営面にももっと責任感を持つべきだなと感じ始めていた時期でもありました。WEBにとらわれない取り組みなども、もっと自由に挑戦していきたい気持ちがあったので、収益は絶対に必要になる。ですから、経営の知識や知見も、実践のなかで身につけていきたいなと。そこで、メディアのリニューアルに合わせて、「経営者という立場で、NEUTを事業化、成長をさせたい」と代表に相談したら「子会社化にしよう」となり、NEUT Magazineを運営する会社「NEUT MEDIA株式会社」を立ち上げることになったんです。
―NEUT Magazineという名前には、どのような思いが込められているのでしょうか?
平山:「新しい価値観」「新しい人」という「NEW」がキーワードで上がっていたのですが、意味がすぐわかるキーワードを媒体名に入れると、そこにバイアスがかかってしまう。だから意味のわからない造語のほうがニュートラルに受け止められるのではと思って、「NEUT(ニュート)」にしました。先入観に縛られない「ニュートラル」な視点という意味合いも込めて、世の中にはびこる生きづらさやタブーについて、もっとみんなで考えられるような切り口を探っていくメディアとして再出発しました。
編集者は2名。少数精鋭で質の高い記事をつくるには?
―エディトリアルチームは現在何人体制なのでしょうか?
平山:しばらく3人体制でしたが、昨年1人抜けて2人体制になっています。ぼくと、副編集長のNoemiですね。
―更新頻度はどのくらいに設定しているのでしょうか?
平山:タイアップの記事が入ると変動しますが、基本的に毎月4本でウィークリー更新です。Be inspired!のときは、月20本を更新していたこともありますが、結局1つの記事にあまり時間がかけられなくなるし、読者も記事が100本あったところで、全部は読まない。実際、方針を切り替えてからは読了率も上がり、読者も丁寧に記事を読んでくれていると感じています。
―とはいえ、2人体制で回すのは大変だと思いますが、どのように連携していますか?
平山:ぼくは最終的なチェックや企画を担当していて、実際に編集として手を動かしているのは副編集長の場合が多いです。また、取材や執筆は外部のライターさんに頼んでいます。NEUTの記事制作で求めていることは、ガイドラインにまとめているので、それに基づいてつくってもらっていますね。こちらの意図を事前にしっかり伝えることで、表現面での修正が発生しないように工夫しています。
ーインタビュー記事がほとんどだと思いますが、どのように取材対象者を見つけているのですか?
平山:お互いに面白さを感じていて、リスペクトがある相手を選ぶようにしています。そうじゃないと、話せることも限られてくるというか。ぶっちゃけたことは信頼していない人に話せないじゃないですか。セックスや性に関するセンシティブな内容とかは特にそうです。
ー企画はどのように生まれるのでしょうか?
平山:基本的に、出会った人たちと会話をするなかで、「最近は、こんな取り組みをしているよ」みたいな話が聞けたら、「じゃあ、こういう記事をつくってみようか」となり、あらためてヒアリングして記事にまとめる。そうすることで、「ヒアリングしたけど、面白くないから記事化できない」ということも防げます。
ー企画を先行して、いざヒアリングをすると記事にするには情報が足りないことってたしかにありますね。
平山:ヒアリングはインタビューの前段階なので記事化に向かう一歩を踏み出している状態なんです。それなのに、記事化できませんでした、となったら、せっかく時間を確保していただいた相手に失礼ですよね。
インタビュー記事を読んだりSNSの発信を見たりしてアサインするメディアもあると思いますし、NEUTもそういう場合もありますが、ぼくは基本的に、SNSやネットの情報はあまり信用していません。記事化するくらい面白い人かをたしかめるには、やっぱり直接会って話してみるしかなくて、そうじゃないとNEUTとして胸を張って記事を出せない。もしネットで言っていることと、実際にやっていることが違う人ばかりを取り上げていたら、読者もNEUTを信用できなくなってしまうと思うので。
ーほかにも、「これはしない」と決めていることはありますか?
平山:あくまで、社会課題について「考えるきっかけになる情報」を発信しているメディアなので、政治のみとか、ジェンダーだけとか、「特定のカテゴリーやトピックを発信しているメディア」という印象はつけたくなくて。
だから、記事のタイトルにも特定のイメージをつけるような言葉を使わないようにしています。例えば、「エコ」とか「フェミニズム」といったワードを軸にしたタイトルだったら、そこに興味がある人は見るけれど、特に関心がない人やその言葉に苦手意識のある人はきっとクリックしないですよね。これまでそれでもあえてそういうキーワードをタイトルに入れることもあったけど、基本的には幅広い読者に自分ごと化してもらえる表現を心がけています。読んでみてはじめて「ああ、こういうことが言いたかったのか」と感じてもらえればいいと思うので。
ーターゲットは、平山さんと同じくらいのミレニアル世代だと思いますが、彼らへ届けるために、記事づくりで気をつけていることはありますか?
平山:世代のターゲットはそこまで意識していなかったのですが、いまは10代から20代が読者の大半を占めているので、Z世代 / ミレニアル世代といわれる方々に多く読んでもらえていますね。
ファッションやアート、映画、音楽などを好きな方たちにも届けたいので、興味を持ってもらうために、ファッション誌やカルチャー誌のようなスタイルで写真を撮ることを意識しています。ビジュアルは言語よりも読者層をしぼるものだと考えているので。
文章は、専門用語などの難しい言葉が出てきたらキャプションを絶対入れるとか、そもそも難しい言葉を使わないようにして、離脱しにくい文章を心がけています。内容も、答えを押しつけるのではなく、自分と向き合い、何ができるのか考えられるように、問いを投げかけるようにしていて。あとは、だれもが排除されない記事を目指して、物事の断言は避け、包括的な表現になるようにしています。完璧に包括的にすることは難しいですが、そういう意識を持って校正校閲をすることで、読み手を傷つけない記事になってくると思います。
ターゲットが明確だから、不用意な炎上も避けられる
ー「読み手を傷つけない」ことは、炎上しない理由にもつながりそうです。ほかにも、炎上しないための工夫などはありますか?
平山:一般的に、ぼくたちが取り上げるようなテーマは、深掘りすると目を背けたくなる現実が浮かび上がることもあるので、敏感に反応する人はどうしても出てくるでしょう。例えば有名ユーチューバーが、ぼくたちと同じ話題を雑に取り上げたら、アンチコメントもたくさん来ると思います。
でも現状のNEUTはメディアの目的を理解してくれている人たちが主な読者層だから、センシティブなテーマを扱っても不用意に批判されることが少ないと思います。
あとは、宣伝の方法もあるかもしれません。ぼくらはビジュアル面を重視しているので、告知もTwitterよりInstagramで行っているのですが、これがTwitterだったらまた違ったと思います。Instagramって拡散しづらいツールでもあるので、NEUTのターゲットではない人に届きづらい。一方で、ビジュアル面で訴求できるので、見た目でピンと来た人には興味を持ってもらえやすいというメリットがあります。
ーそもそも、なぜカルチャーやファッションを好きな人たちに届けたいと思うのでしょうか。
平山:すべてはゆるやかにつながっているからです。例えば、サーフィンが大好きな人はきれいな海を望むだろうけど、そのためには環境を守る必要があるし、本格的に海洋のきれいさを維持するには政治的な力も必要になる。でも、現状そこに気づきにくいと思います。自分が大事にしたいことを守るためには何が必要で、どんなことが問題視されているかなど、気づいてもらうためのきっかけをNEUTで提供したいと考えています。
ー読者に気づいてもらうために、コンテンツづくりで意識していることはありますか?
平山:NEUTとして、「これは大きな塊にして届ける必要がある」と感じたときは、雑誌のように特集企画を組んでいます。一つひとつの記事単位では届けきれなかったことも、大きな枠組みをつくることで、読者はそのテーマを受け取りやすくなり、深く考えてもらえるかもしれない、と。
例えば、2019年は「流動するセクシュアリティ」や「ゴミとファッション」「広告のなかに潜む女性へのプレッシャー」などの特集を掲載しましたし、2020年には「MATTER OF CORONA(コロナに関すること)」という特集を掲げました。結果として反響は大きく、いろいろな企業さんにも声をかけてもらいました。「環境問題をこんなふうに見せられるんだ」とか、NEUTの新たな可能性を見出してもらえましたね。
WEBと紙、双方のメリットを活かしてあらたなコンテンツをつくる
ーNEUT Magazineは、WEBの枠を飛び越えて雑誌を制作することもありますよね。 なぜ雑誌を発行するのでしょうか?
平山:ぼくはもともと、紙とWEBどっちの手段がいいとかではなく、自分たちの目的に最適な発信手段を選び取ればいいと考えていました。
NEUTが最初にWEBという形態を選んだのも、「より多くの人に小さな声を届けられるフォーマット」だったから。一方で、紙にしかできない表現があることもわかっていて。それなら、WEBマガジンをやってきたからこそできる、紙を使った表現にチャレンジしてみようと考えたんです。
そのひとつとして、NEUTが1周年目を迎えたときに、1周年WEB特集と渋谷TSUTAYAの展示と連動したかたちで、2016年から2019年のWEBの記事を一冊にまとめた400ページの本『PRINTED WEB MAGAZINE』を展示用に10部限定でつくりました。
ーオレンジ色の表紙が印象的な『PRINTED WEB MAGAZINE』ですが、(果物の)オレンジの匂いをつけたそうですね。
平山:はい。匂いもそうだし、重さや色、形状、記録のあり方と、手に取った人しかわからない仕掛けやこだわりがいくつも詰まっています。記録については、本の中身はすべて写真とQRの連続となっていて、写真の下にあるQRコードを読み込むことで、はじめて記事がオンラインで読めるという仕掛けにしました。
ーつくってみたことで、どんな発見がありましたか?
平山:ぼくらとしても初めての試みが多くて、ものをつくることのよさをあらためて感じました。写真も、紙に落とし込まれるといきいきとしたイメージになって、スマホサイズでは得られないよさを感じましたね。フィジカルで伝えられる紙のよさを再認識しました。
ー先日2周年記念として、『NEUT Magazine ISSUE 2020』を1,000部限定で発売。2021年2月には、渋谷PARCOでポップアップも行われて話題になりました。同誌では、どのような狙いがあったのでしょうか?
平山:WEB記事は何人でも読むことができるけれど、雑誌は1000部しか刷らなかったら、その人数にしか届かない。そういう制限の違いがあると思うんですけど、「どっちも良さがあるよね」と思ってもらえる一冊をつくりたかったんです。1周年のイベントのときに500人は来てくれていたので、もっとNEUTを広げていきたいという思いで1,000部にしました。
ー『NEUT Magazine ISSUE 2020』の内容も、「Black lives matter」や新型コロナウイルスの話題など、2020年の出来事が色濃く映し出されていましたね。
平山:2020年の自粛中に、過去に発刊された『WIRED』『relax』とかいろんな雑誌を読み返していたのですが、10年前や20年前の雑誌でも、いまも通じる普遍的な話や記事づくりのアイデアがたくさんあったんです。掃除をしたときにたまたまある雑誌を手にとって、「こんな人たちいたな」とか、「こんなファッション流行したな」とか。そういう記憶が想起されるのは物ならではだし、情報が勝手に入ってくるSNSとは違って、「所持する」とか「捨てる」とか、雑誌(=情報)の取捨選択ができるのもウェブマガジンにはない感覚なのでいいなと思いました。
2030年になって、10年前のWEBの記事をわざわざ遡って読み返すことはほぼないと思うんですよ。2020年は、みんなにとって大変で、忘れられない年だったからこそ、流れていかない物質として、雑誌を残せてよかったと思います。
持続するWEBメディアを目指して。「大多数に広める」より大切なこと
ー今後は、NEUT Magazineをどのようにしていきたいと考えますか?
平山:NEUTのKPIはPVではなく、読者から意見をもらえて、コミュニケーションが生まれるメディアになること。もちろん読者の数は増やしたいですけど、みだりに増やすのではなく、共感してもらえることを重視したいです。
ただ、NEUTで取り上げている内容が理解できない人たちを、どうすれば仲間にしていけるかも考えていきたい。段階を踏みつつ、メディアを成長させたいです。
ー最後に、経営者としていま考えていることを教えてください。
平山:一番に考えているのは、NEUT Magazineを継続させるための収益化です。売上が上回る月が増えてきたものの、全体で見るとまだまだ黒字にはなっていません。ですから最近の施策としては、ブランドとのタイアップ連載企画など、長期的にできる案件を増やそうとしています。
でも、無闇に案件を増やしたいわけではなくて。質を重視してくれて、「NEUTとやりたい」方と取り組みたいと考えています。実際にいくつかお声がけいただいていて、現在は環境問題に関するスポンサードの連載をネスレさんと行っています。
あとは、Z世代 / ミレニアル世代向けのイベント企画や、撮影のディレクションやキャスティングなどのお仕事もしているので、そこから新たなビジネスモデルを考えられるかもと思っています。いろいろ戦略を立てながら、運用を続けていきたいですね。