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多様性は楽じゃないーー「マンガ大賞」発起人・吉田アナが語る『ヒロアカ』が描いたこと

8月5日の『週刊少年ジャンプ』にて10年におよぶ連載に幕を下ろした『僕のヒーローアカデミア』。その人気は国内にとどまらず、完結が発表された際はXで「ヒロアカ」が世界トレンド1位になるほどだった。

今回は、そんな『ヒロアカ』がどうしてここまで人を惹きつけるのか、漫画としてどういった点が優れているのかを、ニッポン放送アナウンサーで、「マンガ大賞」を立ち上げるほどの漫画好きである吉田尚記さんにお話しいただいた。聞き手はCINRAのビデオディレクターであり、自身のPodcast番組『ぜったい大丈夫だよラジオ』で漫画やアニメへの愛を語っている野中愛さん。

インタビューでは、ヒロアカの根幹にあるテーマや、主人公・緑谷出久の「日本人らしい」魅力など、大量のエンタメ作品を受容・分析してきた吉田さんならではの視点でお話しいただいた。私たちが『ヒロアカ』から受け取ったもの、感じたことを紐解くインタビューになったように思う。

  • 取材:野中愛
  • テキスト:吉田薫
  • 撮影:前田立

『ヒロアカ』の作画は、漫画の進化の頂点にある

ーまずは吉田さんにとってヒロアカとはどういう漫画なのかというのを、おうかがいできればと思います。

吉田:現代の漫画ってすごい進歩しているじゃないですか。『ヒロアカ』はその進化の頂点にあると思っています。先日宇野常寛さん(評論家、編集者)とお話ししていたんですけれども、日本のポップカルチャーの面白いところは、1番実験的な表現を1番メジャーな場所がやっていることなんですよね。『(週刊少年)ジャンプ』って全然保守的じゃない。

吉田尚記さん。ニッポン放送アナウンサー。アナウンサーとして多数のラジオ番組、Podcast番組を担当し、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。『マンガ大賞』の立ち上げ・運営、V Tuber「一翔剣」の「上司」でもある。2025年4月から東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程・社会情報学コースに入学予定。主な著書に『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)、『没頭力「なんかつまらない」を解決する技術』(太田出版)など多数

ーどういう部分が最先端だと感じられますか?

吉田:堀越先生にはお会いしたことがなくて、詳しくはわからないのですが、たぶん、デジタル作画ですよね。

ーYouTube番組『ジャンプチャンネル』で堀越先生の作画動画を見たところ、ペン入れまでアナログ、着色をデジタルでやっているのかなと思いました。

吉田:なるほど。最後の処理はデジタルなんですかね。漫画家さんにお話しを聞くラジオ番組をやっていて思うんですけど、人によって漫画の描き方って全然違うんです。アナログがあり、デジタルもあり。アシスタントさんを使わないで1人で描けてしまう人もいる時代になっていると。

『ヒロアカ』はアシスタントというシステムや、アナログ / デジタルといった技術など、漫画制作のハウツーすべてを飲み込んで密度の高い画面をつくっている、コストの高い漫画だと思います。

吉田さんが持ってきてくださった愛用の「YOGA Book 9i」。家で電子書籍を読む際に使用しているとのこと。「電子書籍だと見開きが楽しめないという問題も解決できるし、繊細な絵もズームで隅々まで楽しむことができる」とお話ししてくださった

ー3年ほど前に森美術館で開催された『僕のヒーローアカデミア展 DRAWING SMASH』を見たのですが、1枚の原画に対する魂のかけ方というか、カロリーがすごいですよね。

吉田:かなり前の話なんですけど、いまは政治家になられた赤松健さんが『魔法先生ネギま!』を描いていたころ、赤松スタジオでは「コストの高いものを提供する」が社是としてあったそうです。いまって、大体どんな作業も「コストを低くしろ」って言われるじゃないですか。でも、こと漫画に関して言うとコストをかけただけ読者にとってはお得だから、可能な限りコストをかける、というのが赤松さんの信条だったそうです。で、結果どうなったかというと、『ネギま!』は漫画に登場する学園を丸ごとCAD(図面作成ツール)でつくっていたそうなんです。まだデジタルが台頭する前だったので、CADのデータを出力して原稿に貼っていたために、赤松さんの原稿は他の作家さんに比べて重かったらしいですね。

いまは重さで量ったりはできないでしょうけど、『ヒロアカ』の作画にかけるコストはすごいものがあります。それだけのコストをかけながら読んでいる人に対しては読むスキルを要求しないのもすごいと思います。

「多様性ではなく『個性』と表現したことが、1番の発明」

ー『ヒロアカ』の作画について語り出したらキリがないですよね。テーマについてもおうかがいしたいのですが、普遍的なテーマでありながら社会課題を反映したようなエピソードもあります。そういった内容に関しても最先端を感じられましたか?

吉田:この作品は「多様性」が明確なテーマですよね。『ヒロアカ』は2014年にスタートしていますが、多様性が謳われだす少し前に作品に落とし込めたのは、漫画家としてすごいことだと思います。

多様性って、ここ10年でみんなの意識にあがってきたと思うんです。でも正直、消化しきれないものがあるじゃないですか。そこに真正面から向き合って最後まで貫き通したというのが、時代性としてテーマの選び方のセンスが抜群にいい。

『ジャンプ』の能力バトルものって、僕が小学生のころまで遡ると、『キン肉マン』とか『ジョジョの奇妙な冒険』とかが流れとしてあるわけですよ。『キン肉マン』は「超人」、『ジョジョ』は「スタンド」って特殊な能力を呼んでいますが、『ヒロアカ』は「個性」といったところに抜群の工夫とポイントがある。

作品の根底には「多様性」があるのだけれども、多様性ではなく「個性」と表現したことが、1番の発明だったと思いますね。

「なぜヤンキーがもてるのか」は永遠の謎

ー『ヒロアカ』はヒーローサイドだけでなく、ヴィランサイドにもフューチャーしますよね。吉田さんはどちらに感情をのせながら読むんですか?

吉田:ストレートにヒーローサイドです。僕、何度か『ヒロアカ』アニメでお仕事をしたんですけど、その度に僕はしおしお状態の「オールマイト」に似ていると言われていて(笑)。それもあってなのか、オールマイトが好きですね。

ー王道をいかれてますね。

吉田:そうなんですかね? 爆轟(勝己 / かっちゃん)とかが人気じゃないですか。10代、20代の少年にはオールマイトの味はわからないのではないかと(笑)。

彼は中間管理職的なところがあるじゃないですか。なので僕みたいな年になってくると雄英高校の先生サイドに感情移入しちゃいます。「そうだよね、若者ってこうなっちゃうよな」みたいな。普通に爆轟くんとかかわいいと思いますが、苦手ですね(笑)。

ー私のまわりにはかっちゃんのファンが多いです(笑)。

吉田:ね、そうでしょう。あれ、オタク男子からすると「なんでヤンキーがモテるのかわからない」という永遠の謎がちゃんと描かれているんですよ。

ーいいところばっか持っていきますもんね。

吉田:いいところ全部持っていきますよねぇ。あんなに好き勝手やっていて粗暴なのに、結局女子に人気高いのってなんでなんだろうなって思っちゃいますね。(笑)

主人公・デクは「生産的」で「ブリコラージュ」なオタク

ーオタクというキーワードが出てきたんですけど、主人公のデク(緑谷出久)ってめちゃくちゃオタクじゃないですか。吉田さんの漫画やアイドル、アニメなどへの追いかけっぷりを拝見して、かなりオタク気質だと思ったのですが。

吉田:そうですね、カルチャーオタクです。

ーオタク視点からみてデクはどういうキャラクターに見えますか?

吉田:生産的なオタクですよね。『プロジェクトX』的な精神を感じる。かっこよく言うと、非常にブリコラージュな人なんですよ。ブリコラージュって主には文化人類学の言葉なんですけど。我々は欲しいものがあると、必要なものを集めたりつくったりするじゃないですか。そうではなくて、「あるものでなんとかする」のがブリコラージュのやり方です。デクも「これがあればよかったのに」ではなく、自分の持っている力で何とかする。わりと日本の技術者っぽいですよね。

なのでデクは、めちゃくちゃ日本人的な主人公だと思います。クラフトマンシップ的なオタクっぽさが突破力になるというのは、日本人はすごく好みなんじゃないかな。アメリカはやっぱり『トップガン』みたいに登場した瞬間から全部持っている主人公、って感じが多い気がします。『スパイダーマン』とかはちょっと違いますけどね。

吉田:最近、ウェルビーイング研究で大変有名な大石繁宏先生の本を読んでいたところ、「アメリカに行っていたとき、アメリカ人はすごく励ましてくる」とおっしゃっていたんですよね。「おまえは特別なんだ、必ずできる」というふうに言われると。調べてみたところ、アメリカのいわゆるエリート大学を出ている人たちの8割程度が、自分のことを特別だと思っているそうなんです。一方、京大生は8割が「自分のことを普通だと思う」と答えたと。この結果から、ウェルビーイングのあり方は国や地域によって違うよねってことが言えるらしいんですけど、とにかく、日本人は自分のことを特別だと思っていない。

ーたしかに、デクが「無個性」だったからこそ皆んなが惹きつけられたのはあるのかな、と思います。感情移入がしやすいというか。デクが最後にヒーローの力を失って無個性に戻るのも象徴的だと思いました。

吉田:そうですね。世界には立身出世の物語が多いんですよ。何かを成し遂げて偉くなりました、財宝を手に入れて王様になりました、という類のストーリーです。でも日本は、いろいろと頑張った結果、最後は元に戻ってきましたという物語が結構ある。ゼロに戻ってくることを良しとする感性があるんでしょうね。『ヒロアカ』は極めて日本的な物語を展開していると思います。

エンタメ作品を無意識に対立構造で楽しむこと

ー分解していくと日本人に響く要素が盛り込まれていることがわかりますね..!

吉田:そうですね。あと、昔から僕が面白いと思っていることの一つに、エンターテイメントや芸能で人気がでる作品 / 人には、同時代の作品や人同士の対立構造があると思っているんです。『ヒロアカ』と『呪術廻戦』がまさしくそうだなと。

『ヒロアカ』は圧倒的に「善」の物語なんですよね。「ワン・フォー・オール」という善良な人から善良な人へ引き継がれていく力を主人公が受け継ぐ。対して、『呪術廻戦』は両面宿儺というマジで邪悪なものから力を借りています。だから虎杖(悠仁)は常に少し暗い部分がある。デクは、大変な経験をしてはいるけれども、常に幸福な主人公なんです。『ヒロアカ』と『呪術廻戦』は「善」と「悪」という対の構造を持った作品だと思います。

この2つの作品が同時に同じ場所で連載されていた、というのは私たちが作品を楽しむうえでも、作品の広がりとしても重要だったと思うんです。僕らはエンターテイメントを楽しむときに、無意識レベルでいろいろな作品を横軸で見比べながら楽しんでているんだろうなと思います。

「多様性は楽じゃない」。『ヒロアカ』が描いた多様性の先にあるもの

ーそう聞くと漫画の楽しみ方が広がりますね。吉田さんはラジオなどで、「作者はこういう人柄かな」と想像しながら漫画を読まれているとおっしゃっていたことがあったと思うのですが、堀越先生はどういう人だと想像されますか?

吉田:まずはいい人なんだろうな、と思いますね。

ーそうですよね。『ヒロアカ』は圧倒的な光としてヒーローを描きながら、悪を悪として描ききらない作品だと思っていて。生まれた場所や環境によって、誰しもが悪になる可能性がある、という表現をされている点に優しさというか、堀越先生の目線を感じます。

吉田:先ほどもちょっと言いましたけど、多様性に真正面から向き合っていますよね。「多様性は真正面から向き合うと楽な世界ではないぞ」ということにちゃんと気づいて、それを42巻かけて描いたんだろうなと。

ー多様性の「楽じゃない部分」って言葉にするとどういったものでしょうか?

吉田:僕の経験のお話しすると、東京オリンピックのときレポーターとして1か月、会場に取材に行っていたんですよ。当時はコロナ禍でしたから、開会式も試合もお客さんがいなかった。だから本当に、無国籍な状態になったんですよ。で、何が起きたかというと、各国のメディアの方々がものすごい自分勝手に行動しちゃってたんです。面白いくらいに。

その背景にあるのは、「豊かさ」に対する価値観だと思います。例えば、オリンピックの昔の選手団入場を見ると、全員整列してピシッと入場してきているんです。いまは、みんなスマホ片手に手を振りながら歩くのが普通ですよね。昔は、全員に同じものを提供できるのが豊かさだった時代で、今は自由に何でもできることが豊かさという時代。その豊かさが世界中に浸透した結果、みんな自分勝手に、規律関係なく動いていたんですよね。

ーちなみに吉田さんは東京オリンピックでどういった経験をされたのでしょう?

吉田:例えば、オリンピックって表彰式になると勝った人の国の国歌を流すんですけど、そのとき「全員起立してください」というアナウンスが流れるんです。でも、ある人は、自分の国が表彰されているとき以外は無視して客席でPCで仕事をしていたり、携帯をいじっていたりするんですよ。日本人の感覚としては「駄目だろ」「礼儀がない」と思うし腹もたつんだけれども、そういう彼らも認めないと多様性ではないんです。

多様性がある世界は生きやすくなるとみんな思っているけれど、考えている以上に大変じゃないですか? 『ヒロアカ』でも多種多様な「個性」が発現してからの世界の混乱ぶりはすごかったですよね。「個性」が一般化してもなお、その大変さは続いている。

東京大学の稲見先生と話していたときに、先生が「多様性というのは寛容とセットでなければいけない」とおっしゃられていて。『ヒロアカ』も、「こうしなければいけない」「こうでなくては駄目だ」とは言わないですよね。

ーたしかに、「こうしなければ」とは言わないし、相手のことを理解しようと努力しますよね。相手をわかったうえで価値観や考えが重ならなかったとしても、もっといい未来のために自分たちはどうすればいいのかを問いかけてくる作品だなと思います。

吉田:そうですね。多様性を描いた先で……というか、多様性を描いたからこそ「寛容」の大切さや大変さもちゃんと描ききった作品が『ヒロアカ』であり、堀越先生のすごさだと思います。

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