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カメラの裏で役者の心を守る仕事。日本初の男性インティマシー・コーディネーター多賀公英が語る

日本のドラマや映画の制作現場で、インティマシー・コーディネーター(以下、IC)が導入されるようになったのは2020年のこと。それから4年が経ち、ついに日本初となる男性ICが誕生した。

その人物が、多賀公英さんだ。もともと映像監督としてキャリアをスタートさせた多賀さんは、ICのライセンスが日本で取得可能になったことを機に、昨年8月に資格を取得した。

今回、多賀さんにICとしての仕事内容やそのやりがい、資格取得までの道のりについて話をうかがった。彼の言葉からは、いままさに変革期にある日本の映像制作が垣間見えた。

  • 取材・テキスト:ISO
  • 撮影:丹野雄二
  • 編集:吉田薫

Profile

多賀公英

1990年 東京都出身。2014年 New York Film Academy 卒業。帰国後は広告、MV、映画の現場でバイリンガルの助監督として経験を積み、現在は日本を拠点に監督として活動している。2019年に脚本、監督、編集を担当したWeb Movie 『ティーンズ・エンパワメント・プロジェクト』がTCC新人賞を受賞。2021年には短編映画『ナムネス』がShort Shorts Film Festival & Asia 2021 『Cinematic Tokyo』プログラムにノミネートされる。

映画を学びにニューヨークへ——現場経験から本格的な修行時代

—現在はICとして活躍されている多賀さんですが、もとは海外で映画を学び、監督として活動していたとうかがいました。非常に興味深いですが、まずはこれまでのキャリアからうかがえますでしょうか?

多賀公英(以下、多賀):もともと映画が好きで、高校を卒業した頃から映像関係の仕事はしたいと考えていたんです。

はじめて映画製作の現場に入った作品は『クローズEXPLODE』(2014)。知人に紹介してもらって、3か月くらい制作部として参加したんです。そのときに助監督にならないかとチームに誘っていただいたんですが、そもそも映画製作のことを全然知らなかったので、まずは勉強してから映画業界に入りたいなと思ってニューヨークフィルムアカデミーに入学しました。

—そこでニューヨークの学校を選ぶのはすごいですね。

多賀:留学経験があり英語が話せたのと、その学校が1年間でギュッと学べる場所だったんです。脚本の書き方から、照明や録音、演技まであらゆることをカバーしてくれて。

卒業後は一度日本の広告制作会社のバイトを経て、広告の助監督の仕事を始めました。助監督を7年くらい続けて、コロナ禍のタイミングで是枝裕和さんが率いる映像制作集団・分福の助手面接を受けたんです。そのときは落ちたんですが、「何か企画があれば見せて」と言ってもらえて。それから現在は所属という形になりました。

—監督として現在手掛けている作品があればぜひ教えてください。

多賀:現在進行形で進めているものはなくて、企画と脚本とかアイデアをどんどんつくっている段階です。直近だと昨年初めて地上波ドラマ『離婚後夜』(ABCテレビ)を、分福の佐藤快磨監督と川和田恵真監督と一緒に演出させてもらいました。

インティマシー・コーディネーターとの出会い。資格取得のためのトレーニング内容とは?

—ICという仕事はどのようなきっかけで知ったんですか?

多賀:ICという仕事については何かの記事で読んで知っていました。そのときは特に深掘りもしなかったのですが、自分がインティマシーシーンのある短編映画を撮ろうとしてリサーチしたときに浅田さん(浅田智穂。日本初のインティマシー・コーディネーター)のことを知って、調べ始めました。

ただ当時はまだ日本では資格を取れなかったんです。挑戦してみたいけど円安だしな……と思っていたらその3、4か月後に浅田さんが日本でICを育成することを発表されて。それで縁を感じて応募することにしました。選考に通り、受講することができました。

—ICの資格を取得するためにどのようなトレーニングを受けたのか、企業秘密に触れない程度で教えてください。

多賀:オンラインで4時間の授業を十数回受けて、最後に俳優の方に来ていただき対面の実践練習を行いました。座学では同意の大切さから現場でのパワーバランス、ハラスメントやセクシャリティ、ジェンダーについてなどを学び、実践では俳優と模擬面談や疑似性行為の振付、さまざまなインティマシーシーンを例に「この体勢が続くと膝が痛いからこのアイテムを使う」といったようなことを学びました。

—いつ頃からICの仕事を始めたんでしょうか?

多賀:資格を取ったのが去年の8月末で、初めて浅田さんの助手として現場に入ったのが9月ごろだったかな。一番最初の現場は複数の男性に前貼りを装着するサポート要員として入りました。助手で入る時は、浅田さんと「この作品ではここが大変そうだからどうしようか」と一緒に考えながら仕事をしますが、最近は1人で現場に行くことが増えてきました。いまのところ、関わった作品は全部で7〜8本くらいです。

—これまでどんな作品を手掛けられたんですか?

多賀:まだ情報解禁されていないものばかりで詳しくお話ができなくて……。映画やドラマがメインですが、リアリティショーにも参加したことがあります。台本がなく出演者の行動が読めないなかでどうやって同意を取るか、浅田さんと一緒に考えて試行錯誤しながら進めていきました。

—リアリティショーにICが! 確かに出演者の負担が大きいコンテンツですし、素晴らしい試みですね。情報公開を楽しみにしています。

男性ICが関わることで変わる現場の風景

—ICは予定の調整がかなり大変だと聞いたことがあります。そういった部分も含め、仕事としてICのここが大変だと感じた部分を教えてもらえますか?

多賀:撮影スケジュールは、天候にも左右されますし、撮りきれずに別の日に持ち越しなど、様々な理由で変更になることがあるので、突然仕事が入ってきたり調整に苦労することはありますね。スケジュール面以外で個人的に大変なのは現場のアウェイ感ですかね。皆さん良い方ばかりなんですが、すでに撮影隊の関係が出来上がったところに参加して、はっきり物事を言って……というのは面白くもあり大変でもあります。

ただ僕が広告の助監督をしていた頃も、仕事当日に初めて会う監督のところに行き、アウェイな空気のなか仕事をすることが多かったので、そういう意味では昔の経験がいまの仕事に活きているのかなと思います。

—特に映画は「〇〇組」というように、監督を中心としたチームが出来あがっているイメージがあります。

多賀:だから大事なのは現場に入って、撮影に入るまでの数時間でどれだけ皆さんと良い関係性をつくれるかということ。もちろんすり合わせや同意を得る際に俳優や監督とはお会いしているんですが、久々だったりするし、ほとんどのスタッフの方は初対面ですから。撮影前にいろんな人との距離を詰めて、スムーズにチームに溶け込めるよう頑張っています。もしかするとその数時間が一番緊張してるかもしれません。

—相当なコミュニケーション能力と視野の広さが求められそうな仕事ですね。

多賀:たしかに、大事な要素だと思います。

—映画・ドラマの撮影はライブ感のあるものですし、都度の判断力や対応力も必要になりそう。

多賀:担当した作品はまだ少ないんですが、やっぱりどこの現場も違うと思います。その状況や俳優の方の性格によってもやり方は変わってきますし、そこは臨機応変に対応していかなきゃならない。

たとえば現場には毎回いろんなグッズを持っていくようにしていて、体勢がキツそうなときはクッションになるものをスッと入れたり。近くにいるのですぐ判断して動くようにしています。

—日本初の男性ICということで、仕事現場や周囲での反響はいかがですか?

多賀:現場でお会いする方々も「男性は初めてなんですよね」と知ってくれていたり「すごい! 頑張って」と応援してくれたり、皆さん温かい反応をしてくれて嬉しいです。ただどうしても男性に言いづらいこともあると思うので、その場合は近くの女性スタッフに話してくださいねとお声がけもしています。逆に言うと、男性の俳優は女性のICには言いづらいこともあったかと思うので、男性であることで、うまく役割を見つけて皆さんに貢献することができればなと思います。

—現場で言われて嬉しかった反応はありますか?

多賀:やっぱり「助かりました」と言ってもらえるのは嬉しいです。俳優の方だけでなく、これまで前貼りの仕事を任されていたメイクさんなど、スタッフの方からも言ってもらえたり。

—えっ、前貼りはメイクさんの担当だったんですか⁉︎ それはメイクさん側としても戸惑いますよね。

多賀:それが日本の映像業界の常識にはなってはいましたが、メイクさんたちはヘアメイクに集中したいと思います。既製品もないので自分たちで試行錯誤しながらつくっていたようで、かなり大変だったと思います。そういう手間も省けて本来の仕事に集中できるということで、感謝されることも多いです。

—これまで担当されたのは男性のインティマシーシーンが多いんでしょうか?

多賀:最初に担当したお仕事は高校生の男性同士が抱き合うシーンのある作品でした。ICの初仕事として一人で担当させていただいたので、とても印象に残っています。男性のみのシーンとしては今はそれくらいです。

—以前浅田さんにインタビューさせていただいたことがあるのですが、「インティマシーシーンで困るのは実は男性の俳優」とお話しされていたのが記憶に残っています。

多賀:やっぱりみなさん女性に対し、すごく気を遣われていますね。以前参加した作品で、男性俳優が相手のことを気遣って「ICを入れてください」とリクエストされたと聞きました。

あと以前、インティマシーシーンで男性の俳優に対し「とりあえずやってみてください」という即興的なことが起こりそうになりました。すかさず「どういう体勢、ポジションで始めるか決めましょう」と間に入りましたが、男性に関してはそこまでケアしなくて大丈夫だろうというつくり手側の感覚もまだあるのかもしれません。

日本の映像業界におけるLGBTQ+の表象、変化の兆し

—多賀さんはゲイであることを公表されていることから、オープンリーのLGBTQ+としても初のICですね。以前実施した東海林毅さんと加藤綾佳さんへの取材でも、まだ日本の映画業界ではLGBTQ+が活躍しづらい状況にあるとうかがったのですが、業界内で働く当事者として現状どのように感じられていますか?

多賀:Blanket(2023年に設立された株式会社。浅田智穂が代表を務め、インティマシーコーディネーターの育成・エージェンシーを担う)のウェブサイトにもオープンリーゲイであることは載せる予定で、所属している分福でもクィアについての脚本を書いたときに、自分のセクシャリティについて話して公表しています。周りの方が理解があるので、個人的には働きづらさは感じていません。

ただ全体を見ていると、LGBTQ+であることを公表して不利益を被ったり、働きづらい風潮は根強くあると思います。もちろん仕事をするうえで公表するかは人それぞれですが、たとえ公表していても傷つけられたり働きづらさを感じない環境へと変化していくことを望みますし、ICとして環境が変わっていくためのお手伝いをしていきたいですね。

—初めて担当した作品で男性同士が抱き合うシーンがあったとのことですが、クィア映画やドラマに参加されたことは?

多賀:この夏に参加予定です。ICを受講するときに浅田さんが「最近はクィア作品が増えているから、当事者のICの存在も重要になる」というお話もされていましたし、今後増えていくんじゃないかなと思います。

—たしかに日本でもLGBTQ+を描く作品は増えている印象があります。その表象についても、差別や偏見を生まないように変えていこうという流れが徐々にできてきているように感じますが、多賀さんは日本の映像業界におけるLGBTQ+の表象についてはどのように見られていますか?

多賀:実はあまり最近の日本のクィア作品には詳しくなくて。ただ橋口亮輔監督の作品や松永大司監督の『エゴイスト』は拝見しましたし、当事者の心情に寄り添った作品は増えてきているんじゃないかなと思います。それはLGBTQ+インクルーシブディレクターのミヤタ廉さんのような方が頑張ってくれていることが大きいと思いますし、僕も将来監督としてそういう作品がつくれたら良いなと思っています。

—Blanketはオフィシャルサイトで「LGBTQ+のアライとして活動することも私たちの役割です」という文言を記載しており、さきほど名前が挙がったミヤタ廉さんも所属されていますね。ICがLGBTQ+の当事者 / アライであることを明言する重要性を改めておうかがいできますか?

多賀:たとえばゲイの主人公をヘテロセクシュアルの俳優が演じる際に、疑問や偏見があった場合にはすぐ対応できるようにしておく必要があります。撮影現場にどんなセクシュアリティの人がいるかもわからないので、誰かが嫌な思いをしないようにするためにもつねにアンテナを広げて、知識を深めて、きちんと寄り添うことが大事なのかなと。そのためにも考え方はアップデートし続けていかないとなと思っています。

ICが担う重要な役割とは? 現場での調和と理解を深めるコミュニケーション

—プロデューサーの意向でICとして入ったけど監督は歓迎していなかったりだとか、現場で邪魔者のように扱われることもあるという話も聞いたことがあるのですが、実際にICとして働き始めて現場での働きやすさはいかがですか?

多賀:予算も時間もない撮影のなか、特にインティマシーシーンはみんな神経質になりますし、現場入りするときにピリッとしていることは確かに多いです。ただ撮影が終わって監督やスタッフに挨拶すると、みんな緊張から解き放たれて気持ちよくやり取りしてくれるので、邪険に扱われているわけではないというのはすごく感じます。インティマシーコーディネーターは作品の邪魔をするために参加しているのではなく、作品を良くするために参加しているという認識が広まると嬉しいです。

面談で「このシーンはどういう意図ですか?」と掘り下げて聞いていくと、「そ、そういう意図はなくて……」というふうに取り調べのような雰囲気になっちゃうこともあって(笑)。そうなると上手く意思伝達もできなくなって、監督のビジョンが見えづらくなるので、こちらから楽しく働きやすい雰囲気づくりを意識するのが大切だなと思いますね。

—ICとして働き始めて、改めて感じた日本映画界の課題はありますか?

多賀:難しいですが予算の少なさかもしれません。予算が少ないと撮影期間も準備期間もかなり短くなるので、自ずとICのスケジュールもタイトになり、俳優や監督との面談を撮影前のあまり時間がないなかやらないといけない。そうなると双方にとって心の準備をする時間も限られてきます。だから一番は映画業界の環境改善のために、国から援助金というかたちでサポートがもっとあればなと思います。ただ制度を変えるのには時間がかかるとも思うので、予算や時間がなくとも気持ちに余裕を持たせる方法はないのかは考えるようにしています。

現状「予算がないから」と相談する前から、作品にICを入れることを諦める方も多いと思うんです。でも僕たちはどんな予算、サイズの作品でもまずは相談してほしいと思っています。どうしても入ることが難しい作品もあるとは思うんですが、いろいろ策を巡らせて参加することができれば、労働環境の改善や作品の質向上につながっていくと思うので。

—ICがいることで俳優も演技に集中できるし、作品の質が上がるというのはもっとみんなに知ってもらいたいですよね。

多賀:やはり事前に内容を伝えて、自分が納得したうえで同意ができるということで、撮影前から仕事に安心感が乗っかると思うんです。「撮影直前でもNOと言ってもいい」というお話はつねにさせていただいていますし、それが皆さんのパフォーマンスの向上につながっていると嬉しいです。

あと俳優だけでなく、インティマシーシーンの専門職がいることで助監督やメイクの方が本来の仕事だけに集中できたり、スタッフにとっても小さなところで手助けできるんじゃないかなと思います。監督目線で考えても、そうやってサポートしてくれる人がいたらすごく助かります。

—話を聞いているとかなり大変そうなICという仕事ですが、どういう部分に魅力を感じられていますか?

多賀:まだできて数年しか経っていない職業で、日本では明確なルールがない仕事です。だから自分で考えて、試行錯誤して、臨機応変にやっていかないといけない。とても大変で難しいですが、それがこの仕事の面白さであり魅力だと思います。

—ICという仕事に興味がある人もたくさんいると思うのですが、どういう人がICに向いているかご意見を聞かせてください。

多賀:コミュニケーションと想像力が求められる仕事だと思うので、人と関わることや、人の気持ちを考えること、脚本を読んで「こういうシーンかな」と想像することが好きであれば向いていると思います。あとアウェイの場所に入っても笑顔で楽しく仕事できる、というのも大事な要素だと思います。

—最後にICとして、映画監督として、今後の展望を教えてもらえますか?

多賀:ICとしては、まだ経験の少ないクィア作品をどんどんやっていけたらと思います。英語を喋れるので海外作品のお手伝いもできたら嬉しいです。あとは映画やドラマ以外にも必要に応じてフィールドを広げていければと思っています。たとえば浅田さんは舞台でもICとしてお仕事されていますし、高嶋政伸さんの朗読劇にも参加されています。個人的にはスチール撮影の現場とかMVとか、つくるなかで不安要素が少しでもあればぜひお声がけいただければと思います。

監督業もまだまだこれからという段階ですが……いま一番の目標は国内外の脚本や企画のコンペに応募して、数年以内に長編映画を撮ることです。

—ICとしての活動は監督業にも活きてきそうですよね。ICと監督、両方で大活躍されることを楽しみにしてます!

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