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「辞める理由」をハッキリ言う人が増えれば社会は変わる? COTEN・深井龍之介や山口周、田口一成が語った資本主義の未来

「まっすぐ社会の役に立つ仕事を通して、より良い未来を創る」。そんなキャリアについて考える『SOCIAL CAREER FES 2024』が、2024年3月下旬にTokyo Innovation Base(丸の内)にて開催された。

会場には様々な社会課題に取り組む50名以上の起業家・事業家と、50社の注目企業・NPOが集結。昼から夕方にかけて行なわれた17のトークセッションには、社会を良くするために活動するキーマンが代わる代わる登壇した。そのなかから、株式会社COTENの深井龍之介氏や経営コンサルタントの山口周氏、株式会社ボーダレス・ジャパンの田口一成氏が登壇し、イベントのラストを締め括った「資本主義の未来〜意義ある事業へのシフトとこれからのキャリア〜」の模様をレポートする。

  • 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
  • 編集:生田綾

仕事を通じて未来を創る50人のキーマンが集結

ソーシャルビジネスやソーシャルキャリアに関心を持つ、およそ500人が来場した『SOCIAL CAREER FES 2024』。社会課題解決のキーマンによるトークセッションでは企業やNPOで働くリアルを知ることができるとあって、どのブースも満席の盛況ぶりだった。

たとえば、「まだ見ぬ新しい市場を生み出すことはできるのか? ソーシャルインパクトから市場を生み出せ」と題されたセッションには、佐野貴氏(株式会社TALENT)、本庄翔多氏(株式会社HQ Head of Talent Acquisition & Onboarding)、杉浦太一氏(株式会社Inspire High)という、いままさにソーシャルビジネスの分野で新しい市場を切り拓こうとする事業家が登壇。それぞれが取り組む事業の現在地やこれまでのチャレンジの過程、苦労話にいたるまで、リアルな内情がシェアされた。

新しいソーシャルビジネスを立ち上げ軌道に乗せるまで、3人はどんな壁にぶつかり、それをどう乗り越えてきたのか。モデレーターを務めた小田切香澄氏(上川町役場 東京事務所パブリックリレーションマネージャー)の問いに対し、10代のためのオンライン学習プログラム「Inspire High」を手がける杉浦太一氏は、これまでのチャレンジと現在進行形の苦労について語った

若いほど失敗のコストは小さく、リターンは大きくなる

以降もプログラムは順調に進行。イベントを締めくくるトークセッションのテーマは「資本主義の未来〜意義ある事業へのシフトとこれからのキャリア〜」。登壇者は、社会課題解決のトップランナー、キーマンたちだ。

田口一成氏(株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長)、深井龍之介氏(株式会社COTEN 代表取締役CEO)、山口周氏(株式会社ライプニッツ 代表取締役)という豪華なメンバーにモデレーターの篠田真貴子氏(エール株式会社 取締役)を加え、ビジネスを通じて社会課題解決に取り組んできた面々が、これからの資本主義やビジネスのあり方、ソーシャルキャリアの築き方について語り合った。

左から田口一成氏、深井龍之介氏、山口周氏、篠田真貴子氏

はじめにマイクをとったのは山口氏。電通やボストン・コンサルティンググループなどを経て現在は著作家、経営コンサルタントとして活動する山口氏からは、ソーシャルキャリアに関心を持ちつつも一歩目を踏み出せずにいる来場者に向けて、叱咤激励ともとれる言葉が送られた。

山口:私はよく「(ソーシャルな活動を)やったほうがいいですか?」と質問されますが、「人に聞くくらいならやめておいたほうがいい。必ず失敗するから」と言っています。また、「本業と副業(で行うソーシャル活動と)どうバランスを取ればいいか?」という質問に対しても、「バランスをコントロールできるくらいならやめたほうがいい」と答えます。

なぜなら、この手の活動(ソーシャルな活動やソーシャル・ビジネス)は、自分の内側から出てくるものに身を任せ、止むに止まれずはじめるものだから。人からいろいろなアドバイスをもらい、「正しいやり方」を学んで頭でっかちになると、せっかくのバイタリティをdisturb(妨害すること)してしまう。外側にばかり答えを求めず、自分の内側にある衝動を真ん中に置くということを、ぜひ大切にしてほしいと思います。

山口氏自身も30歳の時に広告最大手の電通を退職しているが、そこには何の計算もなかった。ただ自分の衝動に身を任せ、「いてもたってもいられず」に辞めたのだという。

山口:当時は親からも反対されたし、先輩からも「(お前みたいなやつを)たくさん見てきたけど、みんな不幸になってるぞ」と言われました。たしかに失敗するかもしれない。でも、まあ何とかなるだろうと。

山口氏は「失敗には『コストとリターン』がある」と語る。チャレンジが失敗することで、たとえば評判が落ちるかもしれない。それはコストだが、自分に向いていないことがわかったり、ダメなやり方を学べるという「リターン」もある。そして、なるべく早くチャレンジしたほうがコストは小さく、逆にリターンは大きくなるという。

山口:年をとるほど責任は大きくなり、ミスができなくなる。つまり、コストがどんどん大きくなる。リターンは逆で、若いときのほうが多くのことを学ぶ吸収力があるし、それを活かせる時間も長いです。失敗は確実にするものだから、それなら人生の早い段階でしておいたほうがいい。僕自身の人生だって10打数1安打くらいで、残りは凡打です。でも、1つ当てればそれでいい。失敗を怖がり判断を先送りにすると、チャレンジのROI(Return On Investment、投資利益率)はどんどん下がってしまいます。

続けて山口氏は「失敗をどう捉えるか」というマインドセットについても言及。「年収が下がる、社会的地位が得られないというだけで、その人生は果たして失敗なのか?」という言葉に、深くうなずく参加者も多く見られた。

山口:「人生の勝ち負け」や「この時代にどう生き残るか」などと言ったところで、人間は必ず死にます。生き残れる人はいないし、誰もが最終的には必ず「負ける」んです。だったら安定はしていなくても、自分の人生をどんどん不確実にして、最後に「ああ、面白かったな」って死ねたら、それはそれでWinnerと言えるんじゃないかと思います。

社会を知ると自分の「お役目」がわかってくる

続いての話題は、登壇者たちの「ソーシャルビジネスに対する向き合い方」。深井氏が代表取締役を務めるCOTENは「メタ認知のきっかけを提供する」ことを掲げ、世界史データベースの開発や人気Podcast番組『COTEN RADIO』の運営を行なっている。

深井氏は、自身が「人文知と社会の架け橋」になることを目指す事業を手がける理由について、次のように語る。

深井:COTENという会社はソーシャルど真ん中という感じではないけど、抽象的に全部のソーシャルに関わっているような、不思議な事業をしています。この関わり方は自分にとってすごく心地よく、社会の役に立っている感覚もある。ただ、それをWant(やりたい)やMust(やらなければ)でやっている感覚はありません。Mustではないけど、それが自分の「ライトなお役目」と(捉えて)やっているような感じですね。

深井氏はその「お役目」に行き着くまでに、可能な限り社会のことを勉強し、ソーシャルに対する解像度を上げたという。社会を知ったうえで「自分の現在のポジションで何をするのか」「何をすれば、自分も含めた色々な人が幸せになるのか」。そう考えた結果、自然と自分がやるべきことが見えてきたと語る。

深井:そもそも、「自分がやりたいこと」なんて探す必要はない。なぜなら、誰も自分の系譜は選べないから。はじめから、そんなオプションはないんです。でも社会を知ると、いまの社会の状況と自分が生きてきた系譜から「これをやったほうがいい」というものが弾き出される。それって、自分が選んでいるようで選んでいませんよね。僕も、いま楽しく仕事ができているのは自分がそれを選んだわけでも、すごく努力したわけでもなく「ただの運」です。ただし、その運や縁を「見つけられる場所にいる」ということは、大事だと思います。

一方、世界13か国で51のソーシャルビジネスの事業創出や起業支援を手がける田口一成氏は、25歳でボーダレス・ジャパンを立ち上げた当時の状況を、次のように振り返る。

田口:日本でソーシャルビジネスという言葉が使われはじめたのは15年くらい前だと思いますが、当時は「ビジネスにおける社会貢献は『お金を稼いで納税すること』だから、そういうの(ソーシャルな活動)はNPOでやりなさい」と言われてしまうような状況でした。ただ、僕は実際にいろんなことが起こっている現場を見ていくうちに、ビジネスというフレームワークを使うことで解決できる社会課題がたくさんあると感じましたし、この15年、「ビジネスが社会的に及ぼす価値」をイメージしながらリデザインしていくことが大切だと言い続けてきました。

そうした啓蒙の甲斐もあって、いまではソーシャルビジネスに関心を持つ人や企業が増え、国内でも多くの社会起業家が生まれた。田口氏にとっても望ましい状況かと思いきや、ここへきて「ソーシャルビジネス」という言葉そのものに対する自身の向き合い方が変化してきているという。

田口:最近は「ソーシャルビジネスをやっている人は偉い」「やっていない人は資本主義に加担している」といった、ある種の分断が起きているように感じます。僕は、社会を良くしたくてソーシャルビジネスと言い続けてきたのであって、分断を生みたかったわけではありません。それに素直に乗っかれない人たちを置いてけぼりにして大きな溝が広がり始める前に、ボーダレス・ジャパンとしても「ソーシャルビジネス」という言い方をやめるべきなのではないかと自問自答しています。

受けた恩をまた次の挑戦者へ送る「恩送り」という考え方

いま、ソーシャルビジネスに注目が集まる背景の一つに、資本主義社会の行き詰まり感が挙げられる。本当に資本主義は限界なのか? そうだとすれば、これからのビジネスはどうあるべきなのか? イベント来場者の多くが持つ問いに、田口氏はこう回答する。

田口:現在の資本主義は投資家や資本家が富み続ける仕組みであり、結果的に格差を広げている。ビジネスそのものが悪いのではなく、この仕組みがダメなのではないかと。では、どうすればいいのか? 僕は、従来の(リターンを前提とした)投資という形以外で、新しい事業やチャレンジに関われるような仕組みをつくっていくことがポイントになるのではないかと思います。

実際、田口氏のボーダレス・ジャパンでは、従来の投資とは異なるやり方で新しいソーシャルベンチャーを生み出す取り組みを続けてきた。

田口:現在、僕らは13の国で51の事業をやっていますが、各社が売上の1%を拠出し合い、次の起業家の創業資金として提供しています。昨年度は総売上が約86億円でしたので、その1%にあたる8,600万円を使って新しい事業に邁進してもらおうと。そして、応援出資を受けた起業家は自身の事業が軌道に乗ったら、私たちに恩返しをするのではなく、今度は自分も売上を拠出する側として、次の挑戦者にお金をまわしていく。投資対リターンではなく、受けた恩を次に送る「恩送り」によって、チャレンジのためのお金の流れをみんなで大きくしていこうという考え方です。

この「恩送り」の良さは、誰もが気軽にソーシャルビジネスに関われること。たとえば、社会課題とは関係ない副業に従事する人が、売上の1%を社会起業家に寄付すれば、間接的に社会貢献を果たしたことになる。世界の問題や困っている人に対して何かしたいと思いつつ、日々の仕事や生活に追われ具体的なアクションが難しい人にとっては、こうした仕組みが「免罪符」になると田口氏は語る。

田口:具体的に行動はできていなくても、関心がないわけではなく、みんなが幸せな世界を望む人は多いはず。自分はいつもの場所で仕事を頑張りながらでも、世界を良くしていけるような仕組みをつくりたいと思っています。

「辞める理由」をハッキリ言う人が増えれば会社は変わる

ソーシャルビジネスは誰かに強要されるものではないし、田口氏が言うように「やっているから偉い」わけでもない。それでも社会の問題に無関心で、自社の利益追求のみに走る企業はいずれ働き手からも投資家からも見放され、立ち行かなくなるかもしれない。

その大きな節目になりそうなのが、2023年度から上場企業などを対象に「人的資本の情報開示」が義務化されたこと。山口氏は、このことが従来の企業経営や資本主義のあり方を大きく変える契機になると見ている。

山口:これまで上場企業は、財務諸表や知的財産に関する情報などを開示していればよかった。それが、(2023年度から)「従業員がどういう状況にあるか」ということを示さないといけなくなりました。単純に言うと「この会社で意欲的に働いている人がどれくらいいるか」ということを見られている。長期の業績を予測するうえで、従業員のやる気は最も説明力のある関数であり、このスコアが低ければ企業価値を下げてしまう。経営者が最も頑張らないといけないのはバランスシートを綺麗にすることではなく、やりがいを持って働く従業員を増やすこと。これが21世紀中盤から後半にかけて、企業経営の大きなアジェンダになっていくはずです。

この意見に、経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会」の委員でもあるモデレーターの篠田氏も賛同。このことにいち早く気づいた会社は、数年後に大きなアドバンテージを得るだろうと予測する。

篠田:すでに気づいて手を打っている会社もあります。3年から5年後にはその変化を従業員が実感するようになり、何も取り組んでいない会社との差が大きく広がるでしょう。

一方、深井氏は従業員の立場から「金儲け至上主義」に異議を唱え、企業や社会が変わるきっかけをつくる方法として、こんなアプローチを提唱する。

深井:転職活動をしている人が、いまの会社に「辞める理由」をちゃんと言うこと。たとえば会社員の1割が、「自分は(社会的に)意義のある事業をやりたいのに、上層部はずっと金儲けのことしか言わない。だから辞めます」とでも言えば、確実に会社は変わります。人的資本経営に取り組まないと生き残れないなか、そんな理由で人が辞めてしまうという事実を突きつけられたら、速攻で変わらざるを得ないですよね。

可能な範囲でまず動く。一人ひとりの小さなアクションが社会を変える

トークセッションのクロージングでは、3名の登壇者が来場者に向けてメッセージを発信。まず、田口氏からはセッションのテーマである「資本主義の未来」に絡め、これからのビジネスの理想像が語られた。

田口:僕は「インパクトスタートアップ」というものに対し、何となくモヤモヤします。インパクトと言ってしまうと、従来の拡大思考に走りがちなビジネスと変わらないんじゃないかと。これからはインパクトや数値的な評価ではなく、小さくてもいいから本当に社会に必要なこと、取り残されている問題に、いろいろな人たちがどんどんタッチしていくことが大切です。小規模な事業なら、投資も必要ありません。

世界という大きな枠組みではなく「地域」という小さい単位でもいいので一人ひとりが社会に関心を持ち、そこにある問題に気づいた人が立ち上がる。田口氏が想像するのはそんな世界だ。最後は「より多くの人が立ち上がるために、どんな仕組みが必要なのか。僕自身も考えていきたいと思っています」という決意の言葉で締め括った。

また、深井氏は「最後は煽って終わりたいと思います」と冗談めかしつつ、変わろうとしない企業や経営者に向けてこんなメッセージを発した。

深井:人類史は争いの歴史であると同時に、「協力の歴史」でもある。協力することはホモ・サピエンスの基本的習性で、こんなに協力し合っている動物ってほかにはいません。いま、世界中で戦争や様々な問題が起こっていますが、僕ら全員が協力すればすべて解決することはわかりきっています。それにもかかわらず、自分の会社だけが勝てばいいと考えている企業もある。自社だけが勝ったって幸せになれないのは明確なのに。そんなやり方を、あと何年続けるのですか? と問いたいです。

一方で、こうした現状を少しでも変えるために個人が社会に対するアクションを起こすことは、まわりまわって社会全体への協力にもつながるとして、「みなさんが勇気を出してソーシャルビジネスに足を踏み入れてくれたら、僕としても嬉しく思います」と来場者に語りかけていた。

ラストは山口氏からのメッセージ。山口氏からは、これからの日本の未来にポジティブな期待を抱かせるような言葉が聞かれた。

山口:たしかダボス会議だったと思いますが、コロナの影響で世界の経済が停滞した際に交わされた議論がとても面白かった。「そもそも、経済成長しないことはそんなに問題なのか?」という問いから、「まるで経済成長していないのに、世界で最も寿命が長く、失業率は低く、健康保険が国民に行き渡り、電車は秒単位で運行しているような、ものすごく安定している国がある。それは日本だ」という話に展開していったわけです。実際の経済成長の是非や、そもそも何をもって成長とするかについては踏み込みませんが、長く経済成長してこなかった日本は、じつはどこかで裏返ってトップランナーになる可能性を秘めている。みなさんには、これを知っておいてほしいと思います。

その上で山口氏は、「日本発の新しいソーシャルアジェンダ」が生まれることに期待を寄せる。そして、最後は来場者に向けてこんなエールを送った。

山口:ここにいる皆さんにも考えてほしいのですが、日本的な「良い社会」のあり方を念頭に置くことで、欧米からの輸入ではないソーシャルビジネスが出てくる可能性があります。それは日本発の新しいソーシャルアジェンダとして、世界に提案できるようなものになるかもしれない。そのためにも一人ひとりが可能な範囲で、まず動くことが大切です。ぜひ、身近なところからソーシャルとは何かを考え、自分のリソースを少しずつそっちへ移していってください。これを1億人がやれば、社会は確実に動くはずですから。

トークセッションの模様はYouTubeでも配信されている。
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