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JAGDA新人賞2024を受賞した岡﨑真理子に聞いた、「編集的」なデザインのあり方

昨今において、「デザイン」の領域の広がりとともに、デザイナーの役割も拡張されいてる。平面をデザインするグラフィックデザインにはじまり、最近では「システムデザイン」といった人の活動をデザインすることもあるほどだ。

新連載『デザイナーに会いにいく』は、そんな拡張するデザインの現場の第一線で活躍する方に、キャリアとデザイン哲学についてお話しいただくインタビュー企画。デザイナーを目指す人にとってはキャリアのヒントになるような内容を目指すと同時に、本企画を通して「デザイン」の意味について改めて考えたい。

第1回目にご登場いただくのは『JAGDA新人賞2024』を受賞した岡﨑真理子さん。アート領域のデザインを数多く手がけている岡﨑さんのキャリアと、「編集的」なデザイン哲学について聞いた。

  • 吉田薫:取材・テキスト

大学時代に気づいた「コンセプト」をかたちにする面白さ

ー慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下、SFC)では建築を専攻されていたそうですね。その理由からおうかがいしてもよいでしょうか?

岡﨑:SFCは学科みたいなものがなく、学部のなかにいろんなジャンルの授業があって、それを自分で組み立ててカリキュラムをつくるシステムなんです。建築の授業もあって、段階的に取っていくと建築学科みたいなことができるという仕組みでした。

なので私も建築をやってみたり、メディアアートの研究室に入ってみたり、いろいろやった結果、卒業制作は建築でやろうと決めました。

岡﨑真理子さん。1984年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、オランダのヘリット・リート・フェルトアカデミーに入学。卒業後は、neucitora、village®を経て2018年に独立。2022年にREFLECTA, Inc.を設立
Photo: 三野新

ー自由度の高いカリキュラムだったんですね。大学の卒業制作の内容についてもおうかがいできますか?

岡﨑:卒業制作は銀座の雑居ビルをテーマにしました。雑居ビルって建物の三面が閉じていて表面だけが都市に開いているかたちでビルが密集して並んでいますよね。閉じている部分、つまりビルとビルが接している部分の壁を一部外して隣り合うビルを組み合わせて1区画を再構築し、そこに偶然生まれたズレを拾いだしていく、というコンセプトで制作していました。

でもその際、教授から「法律的にビル同士を全部つなげることはできない」「この壁を抜くと構造的に成り立たない」といった指導を受けて、建築は法律や構造など現実的な制約が多いと気づいたんです。私はコンセプトを考えてかたちにするのが好きなので、制約の多い建築は自分に合わないと感じました。

大学でいろいろと経験したことで自分が好きなことがわかってきて、卒業制作がうまくいかなかったことでさらに方向性が明確になった感じですね。

卒業制作と並行して本をつくったりグラフィックをつくったりするなかで、グラフィックを勉強しようと思うようになり、卒業後はオランダの大学でグラフィックデザインを専攻しました。

ーオランダのヘリット・リートフェルト・アカデミーに進学されています。このアカデミーは、コンセプチュアルで実験的な教育で知られている学校だそうですね。

岡﨑:そうですね。デザイン系の学科でもファインアート的な教育をする学校で、自分の得意なことややりたいことを突き詰めて考えさせるカリキュラムでした。ビデオをつくったり、本をつくったり、パフォーマンスをしたりと課題の自由度が高く、みんな自分の好きなものをつくっていました。ものをつくるときの発想力や考え方をここで学んだように思います。

オランダで学んだ「編集的」なデザインの方法

ー岡﨑さんのコンセプチュアルな制作の基礎はアカデミー時代に築かれているんだなと思いました。ちなみに、岡﨑さんは雑誌のインタビューでファインアートからの影響もお話しされていらっしゃいますが、学生時代に影響を受けた作品はありますか?

岡﨑:カミーユ・アンロというフランス人アーティストの『偉大なる疲労』です。この作品はスミソニアン博物館でのリサーチに基づいて制作されたもので、古今東西のイメージの断片を、現代のインターネットを思わせる情報の密度で編集した映像に、ラップの語りが組み合わされた作品でした。オランダにいたころ、『偉大なる疲労』のように既存のものを新たな文脈で組み合わせたり組み替えたりする、いわゆる編集的な作品がよくトピックになっていて、私も影響を受けました。

あと、学部長だったグラフィックデザイナーのリンダ・ファン・ドゥールセンは、イメージメイキングよりも既存のものを組み合わせて新しいものをつくることを重視していたんです。彼女の強いディレクションもあって、エディトリアルの授業が結構あった気がします。

私は絵を描くなどのイメージをつくる勉強をしていなかったので、そういう方法をまわりから吸収して編集的にものをつくる態度を身につけていきました。

ー「編集的なデザイン」をもう少し理解したいのですが、具体的な作品の制作について教えていただいてもよいでしょうか。

岡﨑:わかりやすいもので言うと、2020年に実施した展示『Syntactic Forest』でしょうか。「Syntactic」は言語学の「統語論」のことで、単語同士がどのような関係で組み合わさり一つの文が形成されるのかを研究する、というような学問なんですけど。部分と部分を統合するためのルールみたいなものに、すごく興味があったんですね。なので、この作品では、ネットワーク図的なもの……回路図だったり、組織図だったり、テキスタイルの構造だったりを大量に集めて、それをもとにグラフィックをつくっていきました。

2020年に開催された展覧会『Syntactic Forest』より

岡﨑:展示作品の1つとして制作したこのグラフィック(下写真)は、電話会議の回路図をもとにした作品です。いまみたいにインターネットがない時代に、電話会議を10人で実施する場合の回路を研究していた人が考えた図らしいんですけど。回路図を楽譜みたいなものとして構造だけを読み取り、それをもとに平面作品をつくるということをやってみようと思ってできた作品です。モチーフを古い電話にしたのはちょっとしたシャレで(笑)。古いオフィス電話機のみを扱っているリサイクルショップで大量に買ってきて、撮影してビジュアルをつくりました。

2020年に開催された展覧会『Syntactic Forest』より
自主制作 /アートディレクション、デザイン: 岡﨑真理子 (REFLECTA, Inc.)
/ 協力: Rondade

ー岡﨑さんの制作において、ものが持つ「構造」が大切なんですね。

岡﨑:そうですね。構造を元とは全然違うコンテクストに置いてみて新しいルールで統合する、みたいなことが面白いなと思っています。

アートの仕事が多いのは成り行き。日本のふたつのデザイン事務所で学んだこととは

ー大学院卒業後のキャリアについてもおうかがいしたいのですが、就職は日本でされたのですよね。

岡﨑:そうですね。一番最初はneucitoraという、建築やアート関連のデザインがメインの事務所に就職しました。そこでは、厳格な文字組のやり方があって、文字と文字の間を詰めていくカーニングの作業をとにかくずっとやっていましたね。日本語のタイポグラフィの基本的なことを教えていただけたな、と思います。

2024年『文學界』デザインリニューアル
クライアント:文藝春秋 / 表紙画:下山健太郎 / アートディレクション、デザイン: 岡﨑真理子 (REFLECTA, Inc.) / デザイン補助: 邵 琪(REFLECTA, Inc.)

岡﨑:neucitoraを退職後は、長嶋りかこさん主宰のvillage®に就職しました。学生時代も含めて、建築や美術など文化関連の世界のなかにいる期間が長すぎた感覚があって、それ以外の世界に、グラフィックデザインがどう関わることができるのかを見てみたくなったんです。

ーvillage®ではどんなお仕事を担当されたのですか?

岡﨑:造船会社のVIのリニューアルや大学関係のデザインなど、規模が大きくて長期にわたるプロジェクトを担当しました。長嶋さんはコミュニケーションが素晴らしいんです。自分と共通言語を持っていない人とも上手にコミュニケーションをとって、デザインのきっかけをつかんでいく方で。しかも発想力があり判断がスピーディー。そういう仕事に対する向き合い方を、長嶋さんからたくさん学ばせていただきました。

village®には2年ほど勤めました。そのあと、独立していまに至るという感じです。

ー岡﨑さんは、アート関連のプロジェクトに携わられていることが多いと思うのですが、独立後はどのようにお仕事を増やしていったのですか。

岡﨑:正直、なんのあてもなく独立しちゃって。最初の頃は主に友人からお仕事をいただいていました。建築家の友人の作品集を少部数つくったり、小さいイベントのポスターをつくったり。まわりにアートや建築関係の人が多かったので、自然とそういった方面のお仕事が増えました。

現代美術業界で名前を知っていただくきっかけになったのはピピロッティ・リスト(スイス出身の現代アーティスト)の個展『ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-』のグラフィックデザインです。京都国立近代美術館の学芸員の方が、私のデザインした写真集を見てくださって、依頼をいただきました。一足跳びに自分の好きなことができる感じで、すごく嬉しかったです。一所懸命に頑張ったかいもあって、この仕事をきっかけに現代美術業界からお仕事を多くいただくようになりました。

2021年に開催された展覧会『ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-』のポスター。制作の自由度が高く、アート展のビジュアルにおいてはNGなことが多い作品画像の切り抜きを行ないビジュアルを制作。不定形な切り抜きを立体的にコラージュし作家の特性をグラフィックに落とし込んでいる
クライアント:京都国立近代美術館、水戸芸術館現代美術センター / 作品画像:ピピロッティ・リスト / アートディレクション、デザイン: 岡﨑真理子 (REFLECTA, Inc.) / 作品画像クレジット:すべて部分《マーシー・ガーデン・ルトゥールトゥー/慈しみの庭へ帰る》2014/《(免罪)ピピロッティの過ち》1988/《不安はいつか消えて安らぐ》2014/《わたしの草地に分け入って》2000/《まぶたの裏側》2018/《4階から穏やかさへ向かって》2016 All images courtesy of the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine

「わかりやすくしすぎない」。アートをビジュアルにするときに大切にしていること

ー私も『ピピロッティ・リスト』の展示のビジュアル、すごく印象的で覚えています。アート展のビジュアルは、とっつきづらいアートを社会に開くものだと思っているのですが、岡﨑さんはアート展のビジュアルを制作される際に大切にしていることはありますか?

岡﨑:一番大切だと思っているのは「良い翻訳者であること」です。自分が大切に思う外国語の本の良さを伝えるために、丁寧に日本語に翻訳するという感覚に近いです。

アート展にお仕事で関わるときは、キュレーターからコンセプトテキストをいただくのですが、結構内容が難しいんですよね。広報の方からは「キャッチーにしてほしい」というオーダーをいただくことも多いんですけど、作品の持つ複雑さや意味の奥行き、難しさというかエッセンスを損なわずビジュアルに変換したいと思っていて。わかりやすくしすぎないことも大切にしています。

2023年に開催された森美術館開館20周年記念展『私たちのエコロジー 地球という惑星を生きるために』グラフィックデザイン
クライアント:森美術館 / アートディレクション、デザイン: 岡﨑真理子 (REFLECTA, Inc.) / デザイン補助:田岡美紗子、田中ヴェートリ美南海 (REFLECTA, Inc.) / 作品画像:マルタ・アティエンサ《漁民の日 2022》2022年

ーわかりやすさのバランスは、デザインに限らず制作現場において非常に重要なテーマですよね。最近のお仕事で、このバランスが難しかったものはありますか?

岡﨑:『第8回横浜トリエンナーレ』(以下、横トリ)はまさにそういったお仕事でした。今回は中国人の美術史家・アーティストの2人がキュレーターで、魯迅の散文詩集『野草』をもとにしたコンセプトだったんですけど。

ー国民党の独裁が強まっていた1924年から1926年に書かれた作品だそうですね。

岡﨑:そうそう、辛亥革命後も国は変わらず、その絶望をベースとしてどう生きていくかみたいな内容で、全体的に暗い雰囲気が漂っている詩集です。でも、横トリの広報の方としては「市民に開かれた現代アート入門編のような芸術祭になりたい」とおっしゃっていて。子どもなど、普段アートに触れ合わない人が来ることを想定しているんです。コンセプトの重厚さとPRの目指したいところが離れていたので、最初はどうしたらいいのだろうかと。

キュレーターからもディレクションがあって、リファレンスとして左翼系の本屋さんやアングラ系のデザインを持ってきてくださいました。すごく簡単に言うと「強い者からのさまざまな圧力に対する市民の草の根的な対峙の姿勢」みたいなものが今回の重要なテーマの1つだったんですね。それをビジュアルに翻訳するために、この展示のための「文字」をつくりました。

文字はつくるのが大変なこともあって、基本的には中央集権的なトップダウンの構造を持っているものなんです。昔で言うと活版印刷も権力と結びついていることがありました。一方で、グラフィティやプロテストの看板、八百屋の手書き看板など市民が使ってきた文字もありますよね。そこで、今回は現代における中央集権的な文字に市民の文字をぶつけて、かたちが崩れるようにしました。大国の大企業がつくって市民に配布する形式をとっている「the 標準」的なフォントに、市民の手書き文字をぶつけて、グラデーション状に混ぜ合わせることで、標準の形を多様な形に崩していったんです。

2023年に開催された『第8回横浜トリエンナーレ』のために制作された文字

ー普段触れている文字が権力的なものである、という視点がすごく面白いです。市民の文字はどのように集めたのですが?

岡﨑:横トリに関わっている市役所の方にご協力いただいたり、市民コンサートに出向いてお客さんにその場で紙に文字を書いていただいたりしました。
トリエンナーレのコンセプトを表現しつつ、見た目には親しみやすい、かわいい感じになることを目指してつくりました。

2024年3月から6月まで開催された『第8回横浜トリエンナーレ』のメインビジュアルのメインビジュアル
クライアント:横浜トリエンナーレ組織委員会 / アートディレクション、デザイン: 岡﨑真理子 (REFLECTA, Inc.) / デザイン補助:田岡美紗子、田中ヴェートリ美南海 (REFLECTA, Inc.)

ーでは、最後に今後チャレンジしたいことがあればおうかがいしたいです。先日SNSで「商業的なデザインもチャレンジしていきたい」とお話しされていましたよね。

岡﨑:そうですね、アート系のお仕事が多いのはありがたくはありつつ、別のジャンルもチャレンジしていきたいですね。いま、ジュエリーブランドのアートディレクションを担当しているんです。ブックやビジュアルをつくっているんですけど、撮影ディレクションといった素材から自分でディレクションするビジュアルづくりは私がやってきたこととまったく違うので、新鮮です。

こういうイメージメイキングみたいなことも、今後は挑戦してみたいなと思っています。

ー岡崎さんの作品の幅がさらに広がりそうで楽しみです。

岡﨑:ありがとうございます。頑張ります。

「2024 JAGDA 亀倉雄策賞・新人賞展」開催概要

Photo: 竹久直樹

2024年7月22日(月)~8月24日(土)11:00~19:00
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル
休館日:日曜・祝日
入館料:無料

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