
プロダクトへの熱が部署の壁を溶かす。2年で社員数7倍でも「ワンチーム」を実現する理由
- 2025.10.22
- REPORT
別荘を使いたい日数分だけオンラインで購入でき、資産として保有できる——そんな画期的なサービスを提供する、NOT A HOTEL。常識にとらわれない取り組みゆえに、世間の理解を得るのにも一定の時間がかかるかと思いきや、瞬く間に認知とブランド力を拡大。それにともなって、社員数もこの2年ほどで約7倍にも増えるなど、組織としても急成長している。
そんななかでも社員のエンゲージメントを保ち、ワンチームでいられるのはなぜなのか? 創業から約3年後の2023年、社員数50名ほどの頃にHR / PRとして入社し、組織拡大のキーパーソンとなった西丸亮氏を取材。
採用ブランディングの重要性や、「チームが目標達成したら全員昇給」という思い切った評価制度の裏側など、たっぷりと語ってもらった。
- 編集・インタビュー・リードテキスト:吉田薫
- テキスト:原里実
- 撮影:kazuo yoshida
メルカリからNOT A HOTELへ。転職の動機と新たな挑戦
—以前はメルカリでHRやPR領域を担当していたそうですが、NOT A HOTELに入社した個人的なモチベーションは何でしたか。
西丸:僕がメルカリに入社したのは、2018年7月。ちょうど同社が上場を果たしたタイミングでした。当時、社員は1,000人ほどでしたが、退職した2023年には2,000人まで増えていました。
最後の1年はエンプロイヤーブランディング(採用ブランディング)に特化したチームを一からつくることにたずさわり、新たな経験もたくさんさせてもらいました。
一方NOT A HOTELの場合、プロダクトやサービスのブランドは確立されつつあるものの、コーポレート、特に採用や組織におけるブランドはまだまだこれからという段階。社員も入社当時50名ほどだったので、そこからたずさわれることは、自分自身にとっても挑戦でしたし、強いモチベーションを感じて入社しました。

中央大学大学院公共政策研究科修了。スマイルズ、CINRAを経てメルカリへ入社。Employer Branding Teamのマネージャーを務める。2023年6月よりNOT A HOTEL参画。 HR / PRとしてブランディングや採用、組織作りに携わる
建築、ソフトウェア、ホテルマネジメントなどの「多面性」を伝える
—あらためて「ブランディング」をどのように捉えているのか、教えてください。
西丸:さまざまな定義があるなかで、あえてシンプルにいえば「誰に対してどのように思われたいか」を言語化し、現状との差分を埋めていく行為だと捉えています。NOT A HOTELなら、サービスの対象者は物件のオーナーですが、会社全体のステークホルダーとなると、社員やそのご家族、採用候補者、株主など多岐にわたります。
—なるほど。入社後はどのようなことからスタートしたのでしょうか?
西丸:入社して最初の1か月間は、経営陣はじめ30名くらいのメンバーにインタビューをしましたね。入社理由や会社の魅力や課題、なぜ働き続けるのかなど、さまざまな項目を洗い出し、言語化を重ね、それをアクションに落とし込みました。
常軌を逸するほどのこだわり。美しいプロダクトの裏に潜む泥臭い努力。そして、全員が心から「叶えたい」と思える壮大なビジョン。これらのキーワードを軸にしながら、外部メディアや採用サイト、note、採用説明会やイベント登壇など、場面や目的に応じて発信するメッセージをフォーカスしていきました。
また、NOT A HOTELには多様なタレントが集まっています。建築士だけでなく、ソフトウェアエンジニア、弁護士、宅建士、編集者、シェフ、ホテルスタッフなど、その顔ぶれは実に多彩です。
特定の誰かだけにスポットライトを当てるのではなく、多様な人々を次々と世の中へ出していく。NOT A HOTELという組織そのものを立体的に浮かび上がらせることにも力を注いできました。

2025年9月にキービジュアルを更新した採用サイト。メインビジュアルでは社員全員の写真がスクロールで表示されることで「多様なタレントが集まる場所」であることが表現されている
西丸:それから、「NOT A HOTEL=建築・不動産の会社」といった見方をされることが多く、これも一つの重要な課題ととらえていました。実際は、物件で使用するスマートホーム機能を自社開発していたり、あるいは現地での食事などを含めた体験にも非常に力を入れていたりと、「建築」に加え「ソフトウェア」「ホテルマネジメント」の2つも重要な柱になっています。そこで、建築以外のこうした要素をしっかりと伝えていくことにも意識的に取り組みました。
こうして会社としてのブランドを確立することは、採用ブランディングにもつながります。さまざまなプロフェッショナルがNOT A HOTELを支えているという実態がきちんと認識されることによって、未来の採用候補者に「自分もNOT A HOTELでできることがあるかもしれない」と感じてもらえる可能性は高まります。
2年で7倍成長でも「50人時代のカルチャー」を維持する秘訣
—実際に、この数年で社員数が大きく増えているそうですね。
西丸:そうですね。僕が入社した2023年6月の時点では50人ほどでしたが、いまでは386人(2025年10月)に。
—つまり、2年強で約7倍以上。かなり急成長の部類に入るかと思いますが、そんななかでも社員のエンゲージメントを保つにはどのような工夫をされているのでしょうか?
西丸:一般に、社内カルチャーの転換期として「50人の壁」「100人の壁」といった言い方をすることがありますよね。ただ、あくまで僕の肌感覚なのですが、NOT A HOTELは「50人くらいだった頃のカルチャーでここまで来ることができているな」という実感があるんです。
それを支えているのは、「超ワクワク」「超クリエイティブ」「超自律」という3つのバリュー。これに尽きるのではないかと。
というのも、これまで世の中になかったものを0から生み出すことを目指しているなかで、全社、そして部署ごとに、毎年かなり高い目標を掲げて取り組んでいます。するとそれを達成するためには必然的に、一人ひとりがこれまでの延長線で取り組むのではなく、常識を超えたアクションをとっていくことが求められる。ミッションに共感し、バリューに合った人材でなければ、フィットしない環境です。
だからこそ、NOT A HOTELには「ピープルマネジメント」という概念があまりないんです。まさに「超自律」で、「自分で自分をマネジメントする」という考え方。一般的な定期の個人評価もなく、代わりに「ワンチーム評価」という「チーム(会社)に与えられた目標を達成すれば、社員全員が一律で昇給する」という仕組みをとっています。人事評価に向き合う時間を、プロダクトやお客さまに向き合う時間に割けたほうが、組織としての成長スピードは高まるだろうと。これは創業当時から運用している評価制度です。

採用後ではなく、採用に至るまでに会話を重ねる
—たしかに理想的な人事制度に思えますが、そのぶん入社時のマッチングの見極めがかなり重要になりそうですね。
西丸:おっしゃるとおりで、採用の過程では「迷ったら採用しない」を徹底しています。そのぶん、納得できるまでとことん話し合う。面接というよりは対話に近いような「相互理解を深める場」というイメージで、個々と向き合います。
—面談ではどういったことを話すのですか?
西丸:先ほど触れた3つのバリューに合った人かどうかに着目しながら、「なぜNOT A HOTELで働きたいのか?」というど真ん中の問いを深掘りしています。
われわれはスタートアップですし、高い目標を達成するためにはタフなシーンも正直たくさんあります。乗り越えるべき壁も少なくありません。そういうときに、一般的には「ワークライフバランス」などとよくいいますが、「ワーク」と「ライフ」を完全に分離する考え方だと、どうしても難しい局面が出てきてしまうと思うんですよね。
NOT A HOTELのメンバーは基本的に、「ワークインライフ」つまり「人生を構成する大切な要素として仕事がある」という気持ちで、仕事に、人生に向き合っていると思います。そういう組織に迎え入れるにあたって、「その人が人生で本当にやりたいことはなんなのか?」を深く理解することを大切にしています。
—「採用後」よりも「採用に至るまで」を非常に重視されていることがよくわかりました。
西丸:そうですね。「採用まで」が大事、という考えは、先ほどお話ししたようなコーポレートブランディングの大切さにも通じます。
一般の企業では、ブランド理解を深めてもらうためのさまざまな施策を、入社後に行いますよね。もちろん、NOT A HOTELでも同様ですが、これに加えて「日々の発信が採用につながる」ことを強く意識しています。採用説明会やイベントなどはもちろん、自社のnoteやSNSなどによる発信、そしてテレビCMやプロダクトそのものも、すべてが潜在的な採用候補者に対する認知形成になります。
もっとも、プロダクトは「採用後」に社内のメンバーをまとめ上げる強力なツールにもなっています。入社後のオンボーディングでも、実際にNOT A HOTELの拠点を訪れ、プロダクトを自ら体験してもらうんです。
福利厚生は「旅行補助制度」の一つしかありませんが、グレードに応じて最大100万円まで補助が出て、すべてのNOT A HOTELへ宿泊することができます。これによって、本人のみならずご家族や大切なパートナーのみなさんも含め、プロダクトへの理解が着実に深まっていると感じています。

入社後もプロダクトへの理解を深めるために「社員遠足」と題した施策を実施。社員だけでなく、その家族やパートナーも参加し、NOT A HOTELを体感してもらう取り組み。
プロダクトへの熱が部署を超える組織をつくる
—プロダクトへの熱こそが、メンバー同士をつないでいると。
西丸:そうですね。象徴的だなと思うのが、セールスやコーポレートなど他部署のスタッフが、建築チームにフィードバックすること多いんですよ。「この物件は、ペットフレンドリーにすると、より魅力が高まると思います。」など。みんな自分たちのプロダクトが大好きで、だからこそ専門家ではなくても、意見を言ってよりよくしていきたいという気持ちになる。
僕自身、社内で新しい物件の準備が進んでいる様子を横目で見ながら並走していると、「この物件の開業に立ち会いたい」という強い思いが湧いてくるんですよ。
西丸さんInstagram。西丸さんは旅行補助制度を使って、毎年ご家族と一緒にNOT A HOTELを訪れるのを楽しみにしているそうです
—企業としてのミッションが、最近「日本の価値を上げる」というものに変わりましたね。これについてもうかがいたいです。
西丸:この言葉の背景にあるわれわれの原体験は、NOT A HOTELの第1号拠点となった宮崎県・青島の事例です。長らくマイナス成長だった地価が、2022年の開業を境に毎年連続でプラスに転じたという出来事でした。もちろんわれわれの取り組みだけではなく、さまざまな事業者さんや行政、地元住民のみなさんを巻き込んだ結果としてではありますが、もともと代表の濵渦のなかに「地元である宮崎を盛り上げたい」という強い思いがありました。
日本の各地には、青島のように美しい風景を保持しながらも、多くの人に知られることのない場所がたくさんあります。そんな場所に対して、われわれは「すでにある魅力をより届けたい」という気持ちで取り組んでいて。その姿勢は、土地を主役にした建築にもあらわれています。

AOSHIMA「CHILL」 Photo:KOZO TAKAYAMA
さらなる「ワンチーム」への挑戦へ
—これからさらに組織を成長させていくにあたって、HRとして感じている課題や挑戦はありますか。
西丸:2025年7月には沖縄県でNOT A HOTEL ISHIGAKI「EARTH」が開業し、8月には北海道で「NOT A HOTEL RUSUTSU」の販売が開始されました。まさに、北は北海道から南は沖縄まで拠点が広がっていきます。その中で、拠点や人数が増えていくほどに、物理的な距離を越えて「どこまでワンチームでいられるか」というのは大きな挑戦になると思います。
今の組織の密度を「維持する」というよりは、さらに大きな渦をつくりながら「育んでいく」ように、全員で組織をつくっていけたらと思っています。
—これからどんな組織に成長し、どんな価値を提供していけるのか、ワクワクしますね。
西丸:本当にそうなんです。いまNOT A HOTELに宿泊される方々の滞在日数がどんどん長期化しているなかで、モビリティや現地での体験をつくり上げることにも力を入れています。「ホテル単体ではなくエリア全体をどう盛り上げていくか」という、さらに一歩踏み込んだチャレンジをしていくフェーズに来ているんです。
これにともなって、地域の活性化に対して深い関心を持っている方や、さまざまなステークホルダーを巻き込む力を持った方など、さらに幅広い才能の活躍の場が広がっていると感じます。
2027年にオープンを予定している「JAPA VALLEY TOKYO」も、こうした試みの一つで、有楽町駅前の空き地を活用した期間限定のプロジェクトです。このように、これまではわざわざ訪れなければ触れられなかったNOT A HOTELのブランドに、街中で偶然に触れる機会は、ブランドをもう一段階、二段階と成長させるチャンスです。
NOT A HOTELが、街に、社会に、どんどんはみ出していく——その未来を一緒にかたちづくれることに、心からワクワクしています。そして、さまざまなバックグラウンドを持つ方々と肩を並べながら、その景色をともに見られることが、何より楽しみです。
