
ネットの「疲れる感じ」に、Podcastという新たな選択肢を。野村高文に聞く音声の可能性
- 2025.12.22
- REPORT
いま、その賑わいが増しているPodcast界隈。タレントや芸人をはじめ、企業、そして個人でも番組をつくる人が増えている。日本で「月に1回以上Podcastを聴く人」の割合は2020年の14.2%から、2025年には17.2%まで伸びていた(※)。さらに盛り上げたいと、この秋に出版された『プロ目線のPodcastのつくり方』(株式会社クロスメディア・パブリッシング発行)。執筆したのは、Podcastプロデューサーで編集者の野村高文だ。
出版社やコンサルティング会社、WEBメディアを経て、2022年にPodcastレーベル「Podcast Studio Chronicle」を立ち上げた野村。著書には、Podcast番組を制作・運営するためのノウハウがこれでもかと凝縮されていて、これから始める人も、いま取り組んでいる人も、あたたかく業界に迎えるような内容となっている。
本稿は、Podcast番組「聞くCINRA」に、ゲストとして野村を迎えた回から、Podcast制作のノウハウやそれに対する野村の思いに焦点を当ててレポート。なぜいまPodcastが伸びているのか? リスナーに聞いてもらうためには何をすべきか? そして、聞くCINRAスタッフが番組を運営するうえで気になっていたポイントも聞いてみた。
※株式会社オトナルと株式会社朝日新聞社が共同で行っている「PODCAST REPORT IN JAPAN ポッドキャスト国内利用実態調査」より。野村高文さんをゲストに迎えたPodcast「聞くCINRA」はこちらから
- インタビュー:生田綾
- インタビュー:南麻理江
- テキスト・撮影:今川彩香
なぜいま、Podcastが伸びているのか?
—「聞くCINRA」を始めてもうすぐ3年になります。そのときは「いまさらPodcast?」と言われることもあったのですが、振り返ってみるとこの3年間くらいでPodcastに勢いがついているように感じます。なぜこんなに伸びているのでしょうか?
野村:理由は複合的なものだと思うのですが、特に今年は「この人も始めたんだ」と感じる人が顕著に増えました。また、ランキングを見ていると、お笑いコンテンツが上位に入っている。深夜ラジオで芸人さんの裏話を聞くという行動が、Web空間に染み出てきたのだと思います。
あとは、インターネット空間にはやっぱり「疲れる」感じがありますよね。つねに誰かが喧嘩をしている。感情を煽る文言が飛び交う。ちょっと疲れる……一方で、完全に情報を遮断するかというと、それはそれで違う。では、心穏やかでいられる情報やインプットって何だろうと思ったとき、耳から聞くのが結構いいよね、というふうになっている可能性もあるのかな、と。

野村高文(のむら たかふみ)
Podcastプロデューサー・編集者。愛知県知立市出身。東京大学文学部卒。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、ニューズピックスを経て、2022年にPodcast Studio Chronicleを設立。制作した音声番組「a scope」「経営中毒」で、JAPAN PODCAST AWARDS ベストナレッジ賞を2年連続受賞。そのほかの制作番組に「News Connect」「みんなのメンタールーム」など多数。TBS Podcast「東京ビジネスハブ」メインMC。著書に『視点という教養』(深井龍之介氏との共著)、『地域が動く経営戦略』(土屋有氏、藏本龍介氏、矢田明子氏との共著)。『プロ目線のPodcastのつくり方』を10月31日刊行。旅と柴犬とプロ野球が好き。
—ユーザーの可処分時間が、音声の出現によって再配分されているんでしょうか。芸人さんなどの番組がきっかけで「音声メディア」の魅力を知っていく人が増えている感じもします。
野村:その通りだと思います。音声って、聞く人は聞くけれど、聞かない人はまだまったく生活のなかにない。はっきりわかれるんですよね。
芸人さんの番組が最初のきっかけとなるのは推測できるところですよね。そのまま芸人さんの番組を追っていく人もいれば、「この空間、意外にいいじゃん」と、生活のなかで例えば歩きながらなど、耳に当てる時間が増えていく人も。そうすると、仕事にも活用できたり、私生活における何らかのテーマ——育児もそうかもしれませんね——そういう話を聞くのもいいかも、というふうになっていく可能性はありますよね。
「ながら聴き」と多様性
—野村さんはご自身のnoteで、Podcastに注目する理由の一つとして「ながら聴取とダイバーシティ」と書かれていました。子育てをしている方やドライバーの方ら——手が離せない状態が長い人でも情報を取りやすいメディアだから、じつは多様な人が親しみやすいのではないかと。音声って、ケアをしている側の人に寄り添ってくれるメディアなのかなとも思います。野村さんがつくっている番組で、前職などでアプローチしていた人とは違う層の人とつながれている感じはありますか?
野村:Podcast Studio Chronicleのレーベルを聞いてくださっているリスナー像は、私の前職であるNewsPicks(※)の読者像と比べて、違いを感じています。まず大きく違うのが男女比で、当時のNewsPicksは8対2ぐらいでしたが、Chronicleのリスナーさんはほぼ半々くらい。私が手がける番組の多くは分野がビジネス・経済なので堅いテーマをやっているつもりなんですが、男女それぞれのリスナーさんがいるのは、うれしいことだと感じています。
さらに、お便りを受け取る番組をつくっているのですが、現場職の方からのお便りを数多くいただきます。例えば介護の現場で働かれている方、運送業に関わっていらっしゃる方、ケアの領域でいうと保育士さんも。そういった方々から声をいただくので、やっぱり耳でのインプットだからこそなんだろうなと、あらためて思ったところですね。
※NewsPicksは、経済などのニュース記事を発信しているWEBメディア。ビジネスパーソンや就活生を主なターゲットとして発信している。

— 『プロ目線のPodcastの作り方』を読んで思ったのは、「自分もできるかも」ということでした。自分の成長やスキルアップが、制作を始める動機としてあってもいいといったことも書いてありましたね。一方で、聞いてもらうPodcastにするためには、めちゃくちゃ頑張らなきゃいけない、技術がしっかり必要だということも。著書の帯には塩野誠さんから「こんなに公開して良いのかと心配です。ノウハウの全てが詰まっています」と寄せられていましたね。
野村:私が培ってきたノウハウも、どなたかから教えてもらった集合体なんですよね。もちろん自分で試してみて、失敗して、学んだものもありますが、先人たちから教えてもらったものもあるので、自分で止めずに世の中に還流しようという気持ちがまず一つあります。
もう一つは、Podcastの聴取人口をいまの倍ぐらいにしなければと思っているんです。興味を持ったリスナーさんたちが「この空間、面白いものいっぱいあるね」というふうに、あるコンテンツをきっかけにPodcastを聞き始めるということが起きてほしいと思っているんです。
だから、とりあえずノウハウは出すので、皆さんも自由につくっていただいて、という。プレイヤーが増えて、もっと盛り上がると楽しいし、うれしいし、と考えています。もちろん、打算的な思いもあります(笑)
面白いPodcastの「4つの条件」
—野村さんは本のなかで、面白いPodcastの条件として、「発見」「理解」「共感」「空間設計」という4つのポイントを挙げられています。最初の3つは、あらゆる企画で重要視される要素だと思いますが、「空間設計」は音声ならではだと感じました。あらためて教えてもらえますか?
野村:まず発見は、知らないことを教えてくれること。理解は、わからないことを理解させてくれること。ニュースや人文学の解説などがそれにあたります。共感は、思わず「あるある」と頷いてしまうもので、お悩み系や雑談系には、この価値が高い番組はたくさんあると思います。
最後の空間設計は、話者同士の空間に、リスナーとしてずっと浸っていたい、そう思ってもらえるかということ。一番大きい要因になっているのは関係性ですね。話者の関係性、この2人ないし3人が喋っているノリ・対話がいいよね、と思ってもらうことが重要なんです。
何がそれを構成するかというと、まず例えば話者同士、MC同士が信頼し合っているとか、友達同士であるとか。つまり、初めましてではなくて、何かしらの背景があって、お互いがぽろっと言ったことにちゃんと突っ込める、茶々を入れる——そういったものがあるといいと思います。先輩後輩でも、同業者でもいい。
例えば同業者って「ここまでは一般的に知られていて、こっから先は専門的だから知らていない」という共通認識があるじゃないですか。その同業者のなかでも少しポジションが違ったりすると、より良い……みたいなところもあるんです。「そっちはそうなの?」みたいな話が盛り上がっていく。
あとは編集段階で、テンポよく編集していったり、音質などを収録および編集でこだわっていったり。そういった要素で、「良い空間」が構成されていきますね。

—「聞くCINRA」はゲストをお呼びする番組なので、初めましての方と3人で良い空間をつくっていくことに難しい面も感じているんですが、何かコツはありますか。
野村:まず、お2人(生田と南)が仲が良いのはOKだし、雑談から始まっている。あれ、いいと思うんですよ。よそ行きの服を着てるんじゃなくて普段着で喋ってますよ、というのがPodcastでは大事だと思うんです。「よそ行きの服」を着る企画はおそらく動画のほうが向いていて。視聴者からすると、スクリーンの向こうにいるプロの会話を見るという感じですから。Podcastの場合は、リスナーさんもこの空間に入ってきて、横で耳をそばだている、そんな違いがあるんです。
ゲストとはたしかに、最初はなじみづらいんですよね。収録が始まる前に少し温めてもいいかもしれない。例えば、とりあえず、どうとでもなるような雑談を最初5分ぐらい取っておいて、あとから全カットするとか。意味がない会話を最初に展開して、トークが面白かったら使うし、そうじゃなかったらもう全カット、そんなことをやってもいいかもしれません。
— なるほど。一方で、ある程度の緊張感がある番組があってもいいんじゃないか、そんなことも思うのですが、それはどうでしょうか?
野村:ありだと思いますよ。それはそれで成立すると思っています。親密さと緊張感ってバランスが難しくて、馴れ合いになるのもちょっと違うんですよね。馴れ合いになると、その場では楽しいのですが、リスナー目線では「内輪のノリだな」って、少し引いちゃう。あくまでもリスナーを尊重して一定のフォーマル感は持ちつつも、おそらく動画よりももう少し親密さを出した方がいいのかな。バランスが難しいですよね、その辺りは。
— そのバランス感覚はどうやって磨いてきたのでしょうか。
野村:いろんなものを聞いてますね。「これはゆるすぎるな」というのと、「これはかっちり進行してるんだけど、堅すぎるな」というのを、自分のなかでいろいろ蓄積しています。あとは、自分がまだ駆け出しの頃につくったものを聞いて「ダメダメだ」みたいな、振り返りも(笑)。いまはもうあまり聞かないけれど、だんだんと良い塩梅が生まれていった、そんな感じだと思いますね。

新人時代、企画力をどう磨いた?
—野村さんが企画の種をたくさん持っているのは、おそらく膨大なインプットをしてきたからではないかと思うんです。そのあたりはどうやって培ったんですか?
野村:どうやって培ったんですかね。いまでもそんなにシャープな企画が出せるとは思ってないんですけど……。
あるとしたら、さきほど「発見」「理解」「共感」「空間設計」という話をしましたが、私が一番快感に感じるのは「発見」なんですよね。つまり、コンテンツを通じて、知らなかった世界を見せてくれたものは、受け手として面白かったと思うんです。だから、そういうコンテンツを趣味でいろいろ見て——それは趣味なので別に教訓を得なくてもいいんですけど——頭のなかで何となく「こういうやり方があるのかな」みたいに、頭の片隅にストックしておいて、ふとした瞬間に引き出しから出す、そんな感じですかね。
いまはこんなこと言ってますけど、たぶん20代の頃まではもっと偏差値教育に染まっていて(笑)。だから、編集者として、「死ぬまでに見たい映画100」みたいな記事に掲載されている作品は見とかなきゃいけない、年間ベストセラーに入った本は読まないといけない、などとと思っていました。雑誌編集部時代は、2〜3年分のバックナンバーを書庫から引っ張ってきて、全著者をエクセルに入力してたんですよね。
—すごいですね。
野村:入力して、その著者がどういうプロフィールで、どういったことを書いているのかを一覧化して、自分の頭のなかに雑誌の「見取り図」をつくっていったわけなんです。「どうもこんな論客がいるらしい」と整理して、やっと先輩と会話ができるようになった、そういう時期がありました。途中からは、どちらかというと「自分が何を面白いと思うか」というふうに変わっていったかな。

—「見取り図」という言葉が印象的です。そのつくり方を20代で経験されているから、新しいことをやろうと思った際も、その領域の「見取り図」を最短でつくることができるのではないでしょうか。企画のツボや聞きどころ、切り口は? といった発想が、高速で浮かぶようになっていってるのかな、と想像します。
野村:たぶん、そうだと思います。あんまり意識はしてなかったですけど。強いていうなら、特定の新しい領域を見なければいけないときには、まずは中心で何を言われているのかということを押さえるようにしています。ニッチはニッチで楽しいんですが、中心を押さえないと、そのニッチが何でユニークなのかがわからない、そんな感じがするんですよね。
それこそ、私が毎朝配信するPodcast番組「ニュースコネクト」でニュースを選定するときも近い感覚でいて、「ど真ん中のテーマ」というものが、世界に5〜10個ぐらいあるんじゃないかと思っているんですよ。
たとえばトランプ大統領の動向は、確実にそのうちの一つ。ウクライナ情勢も中国の動向もそう。そうなったとき、その太い幹になるものは一旦押さえておいて、さらに歴史的経緯はどうで、直近では何が起きてるか、といったことを見取り図として持っておきつつ、新しい事象がどうつながっていくのか……そんなことを、無意識のうちに考えているんだと思います。
「遅い」コンテンツの価値とは?
—著書のなかで「遅いコンテンツ」の価値についても触れられていました。それについてもぜひ聞きたいです。
野村:マーク・グラノヴェッター(※)という社会学者がいるんですが、その人の言葉が、初めて聞いたときから十数年経ったいまでも強く記憶に残っていて。それは「弱いつながりが変化をもたらす」という話でした。
つまりは、家族や職場の同僚、恋人、パートナーは「強いつながり」の人。「弱いつながり」は、例えばその場でたまたま知り合った人、イベント会場などでちょっと雑談した人とか、会社が同じでも部署が違うとか、そういう感じの人ですね。
強いつながりの人は、自分に似ている。基本的には同質性が高くて、そうすると、その人々が生きている世界や課題も自分と似ているから、そこから新しい情報はあまり運ばれてこない。一方で、弱いつながりの人は、自分とまったく違う世界を生きているから、ぽろっと聞いた話が、じつは自分の人生を変えてくれるんだ——ということを言っているんですよね。
※マーク・グラノヴェッター (1943年10月20日〜) は、アメリカの社会学者。スタンフォード大学社会学部教授で、現代の社会学に大きな影響を与えた。

—生きていくと、実感しますよね。
野村:本当に。コンテンツも同じだと思っていて、目的があって何かを調べるときって、それまでの自分の範囲から出ていないんですよね。いまの仕事における生産性を上げたり、老後が不安だから資産運用したり、いまの自分の世界から出ていない。
一方で、偶然ぽろっと聞いた話っていうのは、思いもよらぬ出会いを与えてくれて「なんなんだ、この世界は」という発見をもたらしてくれる。それがこれまでは、読んだ本の1行であるとか、映画のワンシーンであるとか、おそらくそういうものだった。
ただ、我々はこのショート動画時代において、どんどん集中力がなくなっている。つまり、短いものは見られるんだけど、長いものを見たときに「自分と関係ないな」って、ついスクロールしたくなってしまう。このジレンマをどう解くか考えたとき、Podcastだけは比較的、無理なく長い時間、人の話に浸れるんですよね。なぜかというと、スクリーンを見てないから。
スクリーンを見ていると、どうしてもほかのものが気になっちゃうんですよ。例えばNetflixの動画って高精度で、集中力を乱さないようにつくられていますが、それでも見ているうちにどこかで手が伸びちゃう。スマホによって我々の集中力が低減されているなかで、Podcastは長い時間浸れて、しかもそこは偶然性に溢れている。だから、それがじつは人生を変化させてくれる——少なくとも、自分のこれまでの枠の外に出してくれるものなんじゃないかなと、思っていますね。
—面白いですね。速い / 遅いというテンポ感を表すだけでなくて、自分の予期している範囲内なのか、そこから出られる偶発性の出会いがあるのか、そんな軸も引けるんですね。
野村:もちろん速い / 遅いも大事ですが、おそらく遅いほうが内省する時間があるんです。同じ情報を受け取ったとしても、それを自分の人生に照らし合わせるとどうなんだろうと一度くぐらせて、「これやってみようかな」「ここ行ってみようかな」となる可能性があると思うんです。
すごく早いものばかりインプットしていると、何か知った気にはなるんですけど、おそらく記憶にはあまり残らなくて。記憶に残らないと自分の行動は変わらないんですよね。だから、早い遅いの「遅いほうの価値」も感じるところはありますね。
—たしかにショート動画を見ても、全然記憶に残ってない……。
あなたのなかには、あなたしか喋れないことが眠っている
—野村さんの話をうかがっていると「思い」と「テクニック」、必ず2軸の両方を大事にする方なんだなと感じます。
野村:テクニック論だけで伝えるというのは、あまり良しとしてないんです。そもそも何のためにあるのかとか、構造上の課題があって、ただうまくやるためのテクニックはいくつかあるので、つねにそういったものとセットで話をするようにはしてますかね。

—今回、「思い」の部分と、「技術」をどう高めるかというところを軸にお話を聞きました。著書にはさらに凝縮されていて、なかでも特に「あなたのなかにはあなたしか喋れないことが眠っています」という言葉にグッときたんです。そんなことを言ってくれた人、いままでいませんでした。それはたしかに、誰にでも絶対あるものですよね。
野村:ありますよ、絶対。より普遍性の高いテーマのほうが多くの人に届くという面はありますが、おそらくPodcastの価値はそれよりも、自分にしかできない話をする、というところかなと思っていて。自分にしかできない話は絶対にあるんです。なぜかというと、自分の人生は自分にしか語れないから。
だから、それをまず紐解いてもらう——そして、そこからは何らかの抽象化ができると思っていて。何でもいいんです。就職活動のときでも、仕事で何か大変な目にあったときでも、ある具体のシーンがあったときに、「困難の乗り越え方」や「時間がないなかでどういうふうにやっていったか」といった抽象化ができるかもしれない。そういうふうにやっていくと、自分の人生って、多くの人に役に立つコンテンツになる、そんなことを思いますね。