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なぜアクセシビリティの仕事はクレジットに載らないのか?バリアフリー上映の質向上を考えるシンポジウムをレポート

映画を観終えたあと、エンドロールで流れるたくさんの名前を眺めながら、「こんな仕事まで映画を支えているのか」と驚いたことはないだろうか。監督、脚本、撮影、録音、美術、衣装、編集、配給、宣伝——。では、視覚や聴覚に障害のある観客が映画を楽しむためのオーディオ・ディスクリプションやバリアフリー字幕をつくり、その質を支えてきた人々の名前は、はたしてどれだけ記されているだろうか?

隣国、韓国のエンドロールではバリアフリー上映版の制作に関わる人々の名前が載る一方で、日本ではそうした人々の多くがクレジットされていないという現状がある。

一般社団法人Japanese Film Project(JFP)が開催したシンポジウム『映画の「アクセシビリティ」、誰が質を守るのか 〜障害当事者の声から考える〜』では、JFPが実施した『バリアフリー上映に関するアンケート2026』の結果をもとに、日本のバリアフリー上映の現在地、情報保障制作に関わる人々の不可視化、韓国における実践、そして質の向上に向けた課題が議論された。

本稿では、登壇者たちの言葉をたどりながら、映画のアクセシビリティをめぐる現在地と、これから必要とされる視点をレポートする。

  • テキスト:ISO
  • 編集:吉田薫

不可視化されるバリアフリー字幕・オーディオディスクリプション制作者たち

シンポジウムは、司会進行を務めるJFP代表理事・歌川達人による『バリアフリー上映に関するアンケート2026』の結果報告から始まった。

2025年に実施された『日本映画業界におけるユニバーサル上映実態調査2025年春』では、日本の映画上映において情報保障がどこまで広がっているのかがデータによって可視化されたが、今回のアンケートで焦点が当てられたのは、その「量」の先にある「質」の問題である。歌川は、寄せられた回答をもとに、日本のバリアフリー上映の現在地と情報保障制作をめぐる課題を解説していった。

アンケートでは、障害当事者や関係者、観客から、バリアフリー上映をめぐるさまざまな声が寄せられた。以下資料では、それらの声が「評価する意見」と「課題」に分けて整理されている。

大手映画会社の作品を中心に字幕やオーディオ・ディスクリプション(以下、AD)※が付与される機会が増えつつあること、配信作品における情報保障の広がりを評価する声がある一方で、字幕や音声ガイドの品質や外国語映画における情報保障の少なさなど、具体的な課題も数多く指摘された。

※オーディオ・ディスクリプション:視覚障害者や視力が低下した人が映画を楽しめるように、映画等の映像作品に付与される音声による描写。アメリカでは主に Audio Description と言われるが、日本では音声ガイドと呼ばれることが多い。

歌川達人:映像作家・東京大学大学院学際情報学府 文化人間情報学コースM2・JFP代表理事
大学卒業後、フリーランスとしてNHK番組やCM、映画制作の現場、ミニシアター等で働く。短編『時と場の彫刻』がロッテルダム国際映画祭2020などで上映。最新監督作に長編ドキュメンタリー映画『浦安魚市場のこと』がある。地方での映画上映企画にも関わる。2021-2023年にトヨタ財団研究助成に採択され、映画業界の労働環境やジェンダー格差等に関する調査を実施。

字幕や音声ガイドの質を高めるうえで欠かせないのが、障害当事者によるクオリティチェックだ。しかし今回のアンケートによって、「情報保障の制作に関わる障害当事者がクレジットされない傾向にあり、その存在や専門性が不可視化されてきた」という実態が浮かびあがった。

この点について、本シンポジウムのファシリテーターを務めた飯野由里子は、クレジットの不在が単なる表記上の問題にとどまらないことを指摘した。

飯野「そこには二つの課題があると考えています。一つは、当事者の経験や専門性が過小評価され、適切に評価されていないということです。つまり、映画という仕組みのなかで、障害当事者はつねに周縁に置かれてきたのではないか。

そしてもう一つは、字幕やADがいまだに『余裕があればやるもの』として扱われているのではないか、ということ。あるいは、アクセシビリティに関する法律ができたことで、『やらなければいけないから』やっている。しかし、日本の法律は『ここまでやればOK』という上限を示すものになりがちで、アリバイづくりに使われやすい。その構造を変えなければ、映画のバリアフリー化は進んでいかないと考えます」

飯野由里子:東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任教員
フェミニズム研究を専門としつつ、2006年からバリアフリー研究の領域に足を踏み入れ、フェミニズム同様、社会変革を目指す活動として取り組んでいる。一般社団法人ふぇみ・ゼミ&カフェ(https://femizemi.org/)運営委員。主な著書に『「社会」を扱う新たなモードー「障害の社会モデル」の使い方』(生活書院、2022年;共著)や『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(有斐閣、2022年;共著)など。

視覚障害者の立場からADのクオリティチェックに携わる石井健介は、自身の経験をもとに、当事者が「モニター」としてではなく、表現をともにつくる専門職として関わることの重要性を語った。

石井「最初はライターの方が書いた映画のADが『わかるか / わからないか』をフィードバックするモニターとして呼ばれていたんです。仕事をするうちに『もっとこういう言葉のほうがいいのではないか』というように、一緒に表現をつくり出していく役割を担っていったんですが、それでも作品づくりに携わるスタッフとしては認められない。ある検討会では、監督や配給会社の方が立ち会っているにもかかわらず『その人たちとは話さないでください』と言われたこともありました」

石井健介
1979 年生まれ。文化服装学院卒業。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして失明。2021 年より見える世界と見えない世界をつなぐ仲介者、ブラインド・コミュニケーターとしての活動をスタート。ワークショップや企業研修プログラムの開発 /ファシリテーターや講演、企業と協業したインクルーシブデザイン製品の開発、映画や舞台演劇作品のオーディオディスクリプション制作などに関わっている。パーソナリティを務めたTBS Podcast「見えないわたしの、聞けば見えてくるラジオ」は第五回 Japan Podcast Awardノミネート。著書に「見えない世界で見えてきたこと」(光文社)がある。毎日新聞主催「ビジョンコンソーシアム」 アドバイザー
https://kensukeishii.com/

そうした経験を通じて石井が出会ったのが、アメリカで使われている「クオリティチェック」という考え方である。

石井「『こちらはクリエイターとして参加しているのに、なぜ認められないのか』と考えるなかで、アメリカでその役割を担う人は<クオリティチェック>という役職で関わっていることを知りました。目が見えない人が利用するADのクオリティコントロールを当事者が担うのは当然のこと。それで僕もクオリティチェックとして仕事をするようになったんです。

僕は中途視覚障害者として、映像を知っている立場から作業をしています。であれば中途視覚障害者と、映像を知らない視覚障害者の両者によるクオリティチェックを行えば、より伝わるADができるかもしれない。ただ、こうした状況を変えていくには、当事者の意識も変えていかなければなりません。

モニターとして『わかるか/わからないか』をフィードバックするだけではなく、『プロフェッショナルとして一緒にクリエイティブに関わっている』という意識が必要です。そのために語彙力をはじめとする技術も磨いていくのがプロとしてあるべき姿ですよね。僕ら当事者がその姿勢でなければ、現状は変わっていかないと考えます」

クレジットが表記されない理由の一つに、情報保障(※)の制作が「エンドロールを含む映画制作が完全に終わってから」行われることがあげられる。既に完成したエンドロールにクレジットを追加することは難しいというのだ。一方、これまで石井が関わった作品のうち、二作品で「クオリティチェック」としてクレジットされたことがあるという。その理由について、石井はこう語る。

石井「これまで二つの作品でクレジットされましたが、それらの作品がほかと異なるのは、制作段階でアクセシビリティをつけることが決まっていたということ。監督、もしくはプロデューサーが最初からつけると決めていればこの問題は解決できるのではないかと思います」

※イベントや映像、印刷物やウェブサイトの制作において、障害のある人や高齢者など、あらゆる人が年齢や心身の状態に関わらず、同等の情報にアクセスできるようにサポートを行う制作業務全般を指す。

韓国映画のクレジットから浮かび上がる「バリアフリー上映」に対する認識

日本において、情報保障制作に関わる人々の名前が十分に記録されてこなかった現状に対し、韓国の事例は大きな対照をなすものだった。例としてあげられた韓国映画では、バリアフリー版の制作に携わった人々の名前が、ほかのスタッフ同様に事細かくクレジットされていた。

韓国バリアフリー映画委員会の代表を務めるキム・スジョンは、その背景に、バリアフリー上映を「付加サービス」ではなく「共同創作」としてとらえる姿勢があると説明した。

スジョン「バリアフリー上映は、既存の映画に字幕や音声を追加するだけの付加サービスではありません。一つの完成された作品を、異なる感覚の言語へと再創造する、芸術的な翻訳であり共同創作のプロセスです。そのため、私たちバリアフリー映画委員会では、制作方式に応じて適切なクレジット表記の原則を誠実に守るよう努めています」

スジョン「私たちが自ら費用を負担してバリアフリー版を制作する場合は、制作プロセスの主体として、プロデューサー、演出、音声ガイド台本作家、バリアフリー字幕制作者、サウンドエンジニア、広報および配給スタッフに至るまで、一般の映画制作と同等の水準で、すべての参加者の名前をクレジットへ表記しています。それが共に作業したスタッフたちに対する最低限の敬意であり、責任だと考えているからです。

また、機関や制作会社から依頼を受けてバリアフリー版を制作する場合もあります。この際には通常、音声ガイドを担当したナレーション声優または俳優、音声ガイド台本作家、バリアフリー字幕制作者、そして主要な技術スタッフを中心にクレジット表記します」

映画のエンドクレジットに記載されたバリアフリー版制作スタッフたち

スジョンにとってクレジットは、単なる名義の表記ではない。それはバリアフリー版制作を映画のポストプロダクションの一部として位置づけ、その専門性を社会的に認めるための仕組みでもある。

スジョン「バリアフリー版の制作スタッフもまた、映画のポストプロダクションを担う一員として認識され、尊重されるべきだと考えています。カラーグレーディングやCGのスタッフの名前が映画のクレジットに載るように、視聴覚障害、あるいは視聴覚上のバリアを取り除き、映画の領域を広げるバリアフリー版制作スタッフたちの名前も、エンドロールに表記されるべきです。

そうしてこそこの分野の専門性が認められ、より力のある人材が流入し、結果として教育現場や劇場にも質の高いバリアフリーコンテンツが供給されるという好循環が生まれるからです

キム・スジョン:韓国バリアフリー映画委員会代表
東国大学大学院映画科卒業。韓国シネマテーク協議会、シネマデジタルソウルなどを経て、バリアフリー映画委員会創立メンバー。映画『母のノート』(2018) 製作。

この発表を受け、CINEMA Chupki TABATA代表の平塚千穂子は、自らもバリアフリー上映の制作に携わる立場から、韓国のクレジットに「バリアフリー版広報マーケティング」という役職が記されていたことに注目した。

平塚「エンドクレジットの充実ぶりに驚きました。バリアフリー版の演出やサウンド担当に加えて、広報マーケティングまでいる。そういった専門職は、日本でも必要だと感じました。

日本でもバリアフリー上映は少しずつ広がってきていますが、いざ上映しても人が来ない回が少なくありません。必要としている人に情報を届け、実際に観に来てもらうためにも、広報やマーケティングの役割はとても重要だと思います」

平塚千穂子:CINEMA Chupki TABATA 代表 / バリアフリー映画鑑賞推進団体 City Lights 代表
東京出身。早稲田大学教育学部教育学科卒業後、飲食店や映画館に勤務。チャップリンの『街の灯』を視覚障害者と共に観るバリアフリー上映の企画をきっかけに、2001年 ボランティア団体 City Lightsを設立し、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに取り組み続けている。2016年、日本初のユニバーサルシアターCINEMA Chupki TABATA を設立。その功績が讃えられ、第24回 ヘレンケラー・サリバン賞、2017年 日本映画ペンクラブ賞 特別奨励賞、2018年 バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者 内閣府特命担当大臣表彰 優良賞受賞。2021年『こころの通訳者たち』を製作し、2022年度 山路ふみ子映画賞 福祉賞、文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)受賞。2023年 第21回 読売福祉文化賞受賞。

ろう者当事者たちから見る映画クレジットの課題

続いて、制作に関わる障害当事者のクレジットなどをめぐり、ろう者の登壇者たちがそれぞれの経験をもとに意見を交わした。

スジョンからは、バリアフリー版の制作スタッフが詳細にクレジットされている事例が紹介された一方で、配信映画やドラマなどで字幕監修や手話監修を担ってきたチェ・ハヌルの経験は、必ずしも同じものではなかった。

ハヌル「最近まで『自分の名前をクレジットしてほしい』という発想すらありませんでした。ある舞台公演にバリアフリー字幕監修者(クオリティチェック)として参加しました。その際、パンフレットに演出家、脚本家、手話通訳者などの名前が掲載されているにもかかわらず、自分の名前が掲載されていない問題に気がつきました。それで、映画でもクオリティチェックの名前をクレジットすべきではないか、と考えるようになりました」

チェ・ハヌル:バリアフリーモニター員 ・韓国手話講師
経歴:2014年 第4回ソウル・バリアフリー映画委員会 聴覚障害広報大使,2022年 バリアフリー映画委員会「バリアフリーフォーラム:バリアフリー字幕の現状と発展方案の議論」パネリスト,2022年 Netflix映画『Junge_E/ジョンイ 정이』ハングル字幕コンテンツモニタリング及び議論,2023年 Netflix映画『Junge_E/ジョンイ 정이』上映会鑑賞&映像インタビュー,2024年 Netflixハングル字幕聴覚障害者モニター要員3名との議論,2025年 Netflix バリアフリー関連白書インタビュー「beyond barriers」

映画監督の今村彩子は、自身の作品に字幕をつけてきた経験を持つ一方で、字幕の質を当事者の視点から確認する「クオリティチェック」という役割については、これまで知らなかったという。

今村「長さや台詞の多さにもよりますが、自分の映画の字幕は、だいたい1か月から2か月ほどでつくっています。

自分でできるのに、なぜほかの映画ではできないのだろう、という疑問は以前からありました。一方で、『クオリティチェック』という仕事があることは、これまで知りませんでした。

ただ以前、あるドキュメンタリー映画の監督から字幕のチェックをお願いされたことがあります。その時は、きちんと『日本語字幕監修』として名前を入れてくれました。クレジットされて嬉しかったと同時に、『きちんとやらなくては』という仕事に対する責任感も生まれたんです。そういう意味でも、名前が載ることは大切だと思います。役割がクレジットされることで、『そういう仕事をする人がいる』と知ってもらうきっかけになる。制作者側がそれを知識としてインプットする機会としても、クレジットされることは重要だと感じます」

今村 彩子(いまむら あやこ)/映像作家/名古屋出身/Studio AYA代表 ※ろう者
愛知教育大学卒業/カリフォルニア州立大学ノースリッジ校に留学し、映画制作を学ぶ。
現在は3歳の息子と父、チャ子(猫)と暮らしながら、ドキュメンタリー映画制作や上映、執筆活動をしている。主な映画『Start Line』(2016) 『友達やめた。』(2020) 『きこえなかったあの日』(2021) 中日新聞でコラム “『ものさし』を手放したら”を連載中。

東京大学でユーザーリサーチャーを務める牧野麻奈絵は、情報保障に関わる人の名前が可視化された象徴的な例として、近年日本で公開されたある海外作品を挙げた。

牧野「今年1月に日本で公開された『僕の名前はラワン』というイギリス映画があります。ろう者の少年の成長を描いた作品ですが、そのバリアフリー字幕を監修したろう者当事者の那須映里さんの名前が、公式サイトに小さいながらも掲載されていたんです。さらに、チラシやパンフレットにも名前が載っていただけでなく、映画の最後にも那須さんの名前が大きくクレジットされていました。これは大きな一歩になったのではないかと思います」

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言語や国籍が違っても「共通点」でつながれる。ドキュメンタリー『ぼくの名前はラワン』が教えてくれること

牧野麻奈絵:東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究分野熊谷研究室 ユーザーリサーチャー
東京大学 先端科学技術研究センター 学術専門職員(ユーザーリサーチャー)。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻 博士後期課程学生。生まれつきのろう者で、家族全員がろう・難聴者であるデフファミリーで育つ。手話が第一言語である。アメリカに留学し、ろう者学とアメリカ手話を学び、ろう教育資格を取得した。現在、日本手話、日本語、アメリカ手話、英語の4言語を駆使して東京大学先端科学技術研究センターで当事者の困りごとについて研究するユーザーリサーチャー、かつ博士後期課程学生として在籍している。ろう・難聴者の研究活動におけるアクセス保障の強化をテーマに研究中である。

字幕が全然伝わらない?バリアフリー上映のクオリティを上げるために

そこから議論は、情報保障のクオリティをどのように高めていくのかという問いへと移っていった。牧野は「ある歌舞伎映画のバリアフリー字幕で音楽の説明がなかったこと」を例に挙げ、クオリティの向上に必要なことをハヌルと今村に訊ねた。

ハヌル「字幕のクオリティを上げるために、モニターとしてまず要望しているのは、できるだけ短い言葉で表現してもらうことです。ただ最初は短くても難しい単語が並んでしまうことがありました。そこで今は、単に短くするのではなく『短く、かつわかりやすい言葉』で表現してもらうように伝えています。

また韓国では、お国柄なのか、感情に触れる言葉が少ないと感じることがあります。たとえば『嬉しい』『悲しい』という気持ちに、字幕や手話が十分に触れられていない。だからこそ、感情まで伝わる手話や字幕を見たいというろう者の声は多いですし、私自身も、そうした表現に取り組んでいきたいと思っています」

今村「大切なのはクオリティチェックの人材を育てること。専門的な育成講座があれば、たくさんの人が情報共有をしながらレベルアップしていけると思います。多くの人が長きにわたりボランティアで情報保障に携わってきましたが、その実績と経験に対価を払う環境にすること、クレジットに表記することもクオリティの向上につながるのではないかと思います」

情報保障のクオリティをめぐっては、日本特有の課題もある。劇場公開時に制作されたバリアフリー字幕やADを、著作権上の制約から配信や二次流通などにそのまま展開できないという問題だ。

その結果、配信時には情報保障が用意されなかったり、劇場公開時とは異なるクオリティの低い別バージョンが付けられたりすることがある。韓国では、配信や二次流通では劇場公開時と同じ素材が使用されるという。この点についても、複数の登壇者から意見が出た。

今村「せっかく上映時につくっているのに、もったいないですよね。当事者が観る機会を奪われることになりますし、改めてつくるのは二度手間です」

牧野「最初につくったものを展開できないという点では、航空機内で流れる映画も同じ問題を抱えていますよね。字幕を付けるとなると、航空会社が改めてつくり直さないといけません」

石井「上映時のADは、監督やプロデューサー、配給の方などが立ち会ってつくられることが多いです。一方で、配信や二次流通用として別につくられる場合、そこには作り手はもちろん、監修やクオリティチェックもおそらく入っていません。いわば“劣化版”のADがわざわざ配信用につくられている。それは無駄でしかない。

ADが誰のためにあるのかを考えれば、当然ユーザーのためにクオリティを第一に考えなければいけない。であれば、監修が入ったものを使うのがベストアンサーです。それをつくり直すことは、権利を優先して、当事者を置いてけぼりにすることにほかならないと思います」

平塚「最初につくったものは、作り手の監修やクオリティチェックが入った、どこに出しても問題のない“お墨付き”のものです。それにもかかわらず二次流通時には、それが使われないどころか、別の業者がつくっていたりする。それは上映や配信、テレビ放映など、媒体によって変わる権利の問題だと思うので、業界全体で『情報保障をどう扱っていくか』を考え、統一していく必要があるのではないでしょうか」

韓国では教育現場で「バリアフリー上映」に出会う

クレジット表記や制作体制の違いは、教育現場にも表れている。スジョンからは、韓国の義務教育課程において、バリアフリー映画がどのように扱われているかについても発表があった。

スジョン「韓国の正規教科書に『バリアフリー映画』という言葉が、独立した科目や学習目標として明記されているわけではありません。ただ、教育課程全体を貫く重要な価値である『人権』や『文化的多様性』と結びつく方ちで、バリアフリー映画は意味のある教材として紹介されています。たとえば小学校の社会科では、『私たちの社会の多様な暮らしの姿』や『人権尊重と公正な社会』といった授業のなかで扱われています。幼い頃から、映画にも「見ること」「聞くこと」をめぐるバリアが生じうることを学ぶことで、子どもたちは自然に障害への理解や社会的課題について考えていくのです」

また各地域の教育庁が制作する副教材にも、バリアフリー映画は取り入れられているという。

スジョン「代表的な例の一つが、民主市民教育の教材『メディアと出会う』です。そこでは、私たちバリアフリー映画委員会が制作した短編映画『きらきら、どきどき』が教材として採用されています。通常版とバリアフリー版を比較しながら鑑賞することで、生徒たちは、ADがどのような情報を補っているのか、字幕が背景音楽や効果音をどのように視覚化しているのかを具体的に学ぶことができます」

반짝반짝 두근두근 _ 배리어프리버젼

そこから見えてきたのは、韓国においてバリアフリー映画が、単なる福祉的サービスではなく、人権教育やメディアリテラシー教育の一部として扱われているということだった。

こうした韓国の状況を踏まえ、実際に「ソウル・バリアフリー映画祭2025」を訪れた平塚と石井は、現地で体感した価値観も踏まえて次のように語った。

石井「教育現場の教材としてバリアフリー映画が使われているというのは、とてもいいことだと思います。僕も以前、中高生と一緒にADをつくる授業をしたことがあります。

もちろん最初は、彼らも何をどう説明すればいいのかわからず戸惑うんです。でも僕という当事者とコミュニケーションを取るなかで、『石井さんにこの映画を観てもらうためには、何を伝えればいいんだろう』と考え始める。そうやって、目の前にいる一人の人に届けるために表現を考えることが、とても大事なんだと思います。

韓国のように教育現場でバリアフリー映画に触れる機会が広がっていけば、子どもたちは障害や情報保障を抽象的な知識としてではなく、具体的な誰かとの関係のなかで考えられるようになる。自分もそういう関わり方を、もっとしていけたらと思いました」

第15回 ソウル・バリアフリー映画祭 開幕式の様子

平塚「韓国で話を聞いて驚いたのは、国がバリアフリー上映に出資しているだけでなく、手話つきの映画もつくっていることでした。日本で私が手話つきの映画を観たのは、東日本大震災を題材にしたドキュメンタリー映画『生きる』くらいです。CINEMA Chupki TABATAでもその作品を上映しましたが、たくさんのろう者の方が来てくれましたし、聴者の方から不満が出ることもありませんでした。日本でも、もっとつくられていいと思います。

韓国では教育現場にもバリアフリー上映が取り入れられているそうですが、それが社会に根づくためには、『いろいろな人が当たり前に一緒にいる』と実感できる場所が必要だと思います。CINEMA Chupki TABATAも、そういう場所を常設でつくりたいと思って続けています。映画は、見える / 見えない、聞こえる / 聞こえないに関係なく、人の心を結びつけるもの。だからアクセシビリティも、特別な対応としてではなく『この方が自然だよね』という感覚で広がっていけばいいなと思います」

終わりに

当日は登壇者による議論に加え、フロアからも積極的に質問が寄せられた。予定時間を超えるほどの盛況となり、映画のアクセシビリティをめぐる議論への関心の高さがうかがえる場となった。

今回のシンポジウムで繰り返し語られたのは、バリアフリー字幕やADは、単なる「サービス」や「付属品」ではないということ。それは、より多くの観客が映画を享受するために欠かせない創造的な仕事であり、映画を誰に、どのように届けるのかを問い直す営みでもある。

だからこそ、その仕事に関わる人々の名前が記録されることには大きな意味がある。アクセシビリティを特別な対応としてではなく、映画をつくり、届ける営みの一部として位置づけていくこと。これから映画を観るときには、作品そのものだけでなく、その作品を誰に届けるためにどんな人々が関わっているのかにも目を向けてみてほしい。

<シンポジウム【映画の「アクセシビリティ」、誰が質を守るのか 〜障害当事者の声から考える〜】>
主催:一般社団法人Japanese Film Project
共催:東京大学大学院教育学研究科バリアフリー教育開発センター
助成:公益財団法人東京都歴史財団 アーツカウンシル東京 [東京芸術文化創造発信助成 芸術創造環境の向上に資する事業]
実施日時:6/6(土) 13:30-17:00 / 13:00 開場(文字通訳・手話通訳有り)
会場:東京大学本郷キャンパス 情報学環・福武ホール 地下2階 福武ラーニングシアター

<調査資料【調査資料:バリアフリー上映に関するアンケートの結果と分析2026〜情報保障の映画賞をつくる〜】>
詳細:https://note.com/jpfilm_project/n/n4c989434d8b6
公開日:2026年6月
主催:一般社団法人Japanese Film Project
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京 [長期助成](東京芸術文化創造発信助成 芸術創造環境の向上に資する事業)

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