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「推しが負けても満足できる映画にしたかった」特撮の辻本貴則が映画『ヒプマイ』の監督に抜擢された理由

「音楽原作キャラクターラッププロジェクト」として人気を博す『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』(以下ヒプマイ)の映画版が話題だ。なんと、48通りの展開と7つのエンディングが、映画館での観客投票によって分岐する「インタラクティブ映画」なのだ。各種レビューサイトでも高評価を獲得しており、それぞれの劇場で異なる結末を堪能できるという、極めて珍しい映画の形として注目されている。

本作の監督に挑んだのは、ウルトラマンシリーズなどで知られる辻本貴則氏(※辻=いってんしんにょう)。異例の映画化作品を成立させるために、どんな点にこだわったのか、話を聞いた。

  • 取材・テキスト:杉本穂高
  • 編集:吉田薫

特撮監督が『ヒプマイ』監督に抜擢された理由

―辻本監督は『ウルトラマン』シリーズなど実写特撮の監督として知られている一方で、3DCGアニメ―ション作品もいくつか監督されています。どういった経緯で本作の監督をすることになったのですか。

辻本:『バイオハザード: ヴェンデッタ』という3DCG作品が僕にとっての初アニメ作品で、その後『モンスターストライク(以下モンスト)』のCGアニメも監督しました。それらの経験で、アニメーションには実写作りでは得られない喜びがあるので是非続けたいなと思っていたんです。でも、実写の監督をわざわざ呼ぼうという企画も少ないですし、実写畑の人間が、実写の合間にアニメをやりたいですと営業かけるのもいかがなものかと思っていたので、ひたすら待つしかありませんでした。

そんな中、『モンスト』で知り合ったスタッフが、ポリゴン・ピクチュアズの方に紹介したいと言ってくださり、それが『ヒプマイ』の案件だったんです。さらに、それとは別に、僕が一緒に仕事をしてきたチュウチュウという絵コンテなどプリプロダクションを担うチームも僕を監督として推薦してくれていたようなんです。

本作は映画上映前に専用アプリ「Ctrl Movie」をダウンロード。映画上映中に投票タイムがあり、その投票結果によって、勝ち進むチームが決まる

―どういう理由でチュウチュウさんが辻本監督を推薦したのか、お聞きになっていますか。

辻本:いえ、ちゃんとした理由は聞けていないんです。ですが、ちょっと自己分析をすると、監督としてやりたいことも提示しつつ、いざとなったら予算や条件にはめられる、クライアントの要望に応えられるみたいなバランスを取れるからじゃないかなと。プロデューサーの中岡さんも“バランス感覚”と言ってくれてましたし、たくさんIPものの企画をやってきたので、いけると思われたのだと思います。

―では、辻本監督は『ヒプマイ』についてお詳しかったというわけではないんですか。

辻本:申し訳ないことに、タイトルを知っている程度でした。そういう企画が僕のところに来るのも驚きでしたが、インタラクティブ映画という新しいものに挑戦することには謎の自信があったので、『ヒプマイ』についても猛勉強すれば何とかなるだろうと思って引き受けました。これまで『ウルトラマン』のほか、『THE NEXT GENERATION パトレイバー』や『HiGH&LOW season2』もやりましたし、既存のIPを理解してその世界観に合わせて演出することに慣れていますので、怖気づくことはなかったですね。

―実際『ヒプマイ』の世界観についてどう思われましたか。

辻本:やんちゃな男たちがバトルを繰り広げるという点では、僕が経験した作品の中では『HiGH&LOW』に近いかなと。あと、マイクを起動させると巨大なスピーカーが出てくるのは、僕の好きな『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドっぽいですし、古くは『ウルトラセブン』のカプセル怪獣の要素も感じられたりする。自分が慣れ親しんだ要素を結構感じて、そういう意味では入りやすかったです。

大事なのはキャラクター全員に熱心なファンがついていて、みんな主役級ということだと理解しました。そこを大事にして制作に臨んでいます。

負けた側の描写にはこだわった

―おっしゃる通り『ヒプマイ』のキャラクターは、みんな誰かにとっての主役です。こうした映画は、一般的な映画とは構成も作り方も異なると思うのですが、どんな点に難しさがありましたか。

辻本:全員にスポットを当てないといけないので均等に台詞を割り振っていくんですが、1、2戦が過ぎると、なんとなく構成がわかってしまい、途中で飽きられてしまわないかと最初は心配しました。でも『ヒプマイ』は約8年続いているわけで、こうした均等な関係性のあり方や描写も含めて、ファンの方たちはちゃんと理解していて、全てひっくるめて好きなんだろうと思ったので、そこはもう迷わないことにしました。

―なるほど。しかし、今回の作品は観客投票によって勝ち上がるディビジョンが変わるので、推しているキャラクターがすぐに負けることもあり得るわけですよね。それでも、観客に損した気分にさせてはいけないと思うのですが、その点で何か工夫したことはありますか。

辻本:僕もこれまでの人生でいろいろな推しのキャラがいましたけど、推しが画面に美しく映っているだけで嬉しいみたいな感覚ってあると思うんです。もちろん推しが優勝する瞬間を一番見たいと思っているはずですけれど、負けた時にも推しのキャラクターが自分の思い描いている、もしくはそれ以上のリアクションやお芝居を見せてくれれば、それもファンにとっては喜びになると考えました。なので、負けたあとの芝居は結構丁寧に作り込んだつもりです。

声優の方たちも負けた時の悔しい芝居をすごくしっかりやってくれたんです。そうするとその声に、アニメーションの芝居がついてこれていないところも出てくるので、さらにアニメーションを良くしていく。そういう細部をちゃんと作り込むことで、負けたディビジョンを推していた方にも満足してもらえるんじゃないかと考えました。

―優勝するのは1つのディビジョンだけなので負けるディビジョンのほうが多いですから、実は悔しい思いをする観客のほうが多いかもしれないですよね。でも、本当に大部分の観客がただ損した気分になっていたら、各種レビューサイトでこれだけの高得点を記録できないですよね。

辻本:ありがとうございます。ラストにオールディビジョンの楽曲を持ってくる構成が素晴らしかった。それとエンドクレジット後に、これまでの因縁だった関係性を現在の心境で見せる情景を丁寧に入れたのも効果的だったかと思います。僕の方で提案したところ、キングレコードさんからも了承いただき、さらに因縁のある組み合わせのアイデアもいただいて、最後の最後でベストな絵を見せられたかと思います。ここではあえて音楽を入れず、観客の気持ちになって歓声と拍手だけで美麗な一枚絵をじっくり見てもらう演出にしました。そのあたりの工夫で、「負けてしまったけれど良いものが見れたな」という風に感じてもらえていれば、とても嬉しいですね。

実写で培った「芝居を作ること」をアニメーションに持ち込んだ

―本作は3DCGアニメですが、どの程度モーションキャプチャを使っているのですか。

辻本:基本的に歌唱シーンにはモーションキャプチャを使っています。タイトル前のドラマや楽曲の合間に挟まるドラマパートと、オープニングタイトルの楽曲は手付けのアニメーションで、手描きアニメのようにあえてパースを崩してケレン味をつけるなどアニメーターのこだわりが詰まっています。Second Stageのミュージックビデオ的なシーンは、手付けとモーションキャプチャが半分くらいですね。手付けのアニメーションとモーションキャプチャの良さを、上手い具合に取り込めていると思います。

監督として、ポリゴン・ピクチュアズの優秀なアニメーターたちをどう導くのが正解なのかを常に考えてました。「もっと髪の毛を揺らしてください」とか、「声に負けない表情をください」など、思ったことは全てリクエストをして、遠慮なくギリギリまで突き詰めさせてもらいました。

―特撮などで培った監督としての経験は3DCGアニメーションで活かせるものですか。

辻本:今でこそ特撮の人みたいになっていますが、元々ジョン・ウー作品のようなガンアクション映画が好きで、自主映画を作ったところからスタートしているんです。アクション映画ってアクション描写だけが突出していても面白くはならないんですよね。アクションに至るまでのドラマが重要で、実写の監督を続ける中で、俳優と向きあって芝居を作ることの奥深さや楽しさに目覚めていくようになりました。

アニメーション作品って演出側で意識しないと、自然と表情変化が乏しくなるんです。会話する場面でも、話す人物だけではなく、聞いているほうにもちょっとした表情変化があり、実写であればそこをしっかりカメラで捉えているはず。その感覚をアニメにも持ち込んでいます。キャラが固まって動かないのは芝居をしていないということなので、リアクションの表情だけでなく、軽く頷くとか、足を組み替えるとか、とにかく細かい芝居も大事にしました。

映画館で実際にライブが行われているというリアルさを追求したコンセプトなので、キャラクターの芝居に嘘っぽさが残ってはいけない。その上で日本のアニメが追求してきたケレン味もしっかり表現するという感じです。アニメーターさんたちは本当に大変だったと思います。

インタラクティブ映画の成功は『ヒプマイ』だからこそ

―このインタラクティブなシステムは、映画監督として将来性を感じましたか。

辻本:いろいろな可能性を秘めていると思います。でも、ほかの作品でこれを成立させるのはなかなか難しいと思うし、現状で一番適しているのはおそらく『ヒプマイ』だったんだろうと思います。新しい企画の作品でこのやり方をするのはかなりの賭けだろうと思います。

―このやり方が上手くいくための条件があるとすれば、なんでしょう。

辻本:『ストーリーもの』よりは『バトルもの』の方が相性が良いと思ってます。そして新規の作品ではなく、すでにたくさんのファンが付いている作品ということと、その作品内でキャラクターの人気が集中していないことですかね。誰が勝ち残っても納得できる展開が望ましいので、多くのキャラクターがいて、その人気が拮抗しているべきだと思います。そう考えると、どうしても主人公に人気が集中する作品が多いですから難しいですよね。ヒーローと怪獣の対決だったら、大多数はヒーローが勝つところを見たいでしょうし。

―最後に、辻本監督が今後挑戦したいことはありますか。

辻本:巨大ヒーローのバトルとか、ラップでのバトルについては、ありがたいことにたっぷりやれて、それはそれで嬉しいんですが、等身大の人間による純粋なアクション映画からは、今離れちゃっているんですよね。そういう自分の原点もやっぱり大事にしたいので、『ミッション・インポッシブル』みたいな作品を実写やアニメーションで作れたらいいなと思います。

タイトル:映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』
監督:辻本貴則 ※「辻󠄀󠄀」はいってんしんにょう
公開表記:2月21日(金)全国ロードショー
配給:TOHO NEXT
コピーライト:©ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie

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