デザインの「いま」を知る。13人のクリエイターが繰り広げる貴重なトーク
- 2020/08/04
- REPORT
テーマは「最先端のテクノロジー」「海外で働くこと」「デザイン戦略」の3つ。毎回ひとつのテーマを取り上げ、世界の最前線で活躍するクエリエイターたちが、ものづくりの視点を交えながら貴重なトークセッションを展開しました。今回は、3日目の内容を中心にお届けします。
- 文:市場早紀子(CINRA)
最終日のテーマは「未来をつくる! 最先端のテクノロジーとクリエイターの探究力」
最先端のテクノロジーを用いたプロダクトやアプローチで、われわれに未来への想像力を喚起してくれるクリエイターたち。彼らのクリエイティブの土台には、一体何かあるのか? ものづくりの舞台裏を、日本と海外それぞれの視点からうかがいました。
スピーカーは、日本から1名と、SPACE10が展開する「Everyday Experiments」の参画企業から3名に登場いただきました。
・石黒猛さん
MoMAにも作品が収蔵されているTakeshi Ishiguro Creative Lab代表。
「Everyday Experiments」プロジェクト
IKEAが設立したデンマークのイノベーションラボ・SPACE10の最新プロジェクト。複数の企業が「Everyday Experiments」に参画しています。本イベントには以下の3名が参加。
・ブライアン・ルンド・ロウリッドセンさん
Set Snail(デンマーク)のクリエイティブディレクター。代表作は、現在3,000万以上ダウンロードされているモバイルゲーム『Daddy Long Legs』。
・グレゴール・フィンガーさん
Bakken & Bæck(ノルウェーほか)のXRスペシャリスト。XRインタラクションを専門とするテクノロジスト。
・アリス・ショーネシーさん
FIELD(イギリスほか)のプロデューサー。Nikeやトヨタ、IBMなどをクライアントに持つ注目のスタジオ。
モデレーターは、渋谷を拠点に活動するEDGEof InnovationのCEO、小田嶋Alex太輔さんが務めました。
クリエイティブはとても「人間らしい」活動
まず、石黒さんのライトニングトークから。テーマは、新しいものを生み出すときに、人間の頭のなかで起こる不思議な「力」について。
これまでの形状にとらわれない、新たな「急須」のデザインに石黒さんが挑戦したときのこと。100個以上の試作品をつくっても満足のいくものができず半ば諦めたとき、「従来の網状のフィルターを使用せずに、茶葉を透過しながら抽出する」というアイデアがふと浮かび、完成したのだと言います。
その経験から、新たなものを生み出すときに脳内で起こるフローを、ジェームズ・W・ヤング著『アイデアのつくり方』の内容になぞらえて解説しました。
人がアイデアを生み出すとき、さまざまな知識や情報から、「ひねり出そう」と意識して考えてしまうが、一旦考えることをやめて過ごしてみると、ふとした瞬間に良いアイデアが降りてくる。脳内でそういった「意識領域」と「無意識領域」を使い分けることが、良いアイデアを生み出す鍵なのです。
石黒さんは、「この思考プロセスは人間にしかできない。クリエイティブな活動は、ときに論理的に証明できないドラマが起こる不思議なものだ」と語ります。
パーツを組み立てるといったテクノロジー起点で生み出せるものがある一方、先述の急須のように「よりおいしいお茶を立てるために、新しい方法で抽出できないか」という人間のアイデアが起点となり生み出せるものもある。技術の進歩と人間の思考プロセスをうまく共存させることが、より良いクリエイティブにつながるのだと思います。
失敗はアイデアの分岐点。探究を止めないことが大事
今回登壇した海外の3名は、SPACE10(※IKEAが設立したデンマークのイノベーションラボ)の最新プロジェクト「Everyday Experiments」に携わっています。それぞれ手がけたプロジェクトが完成するまでのプロセスを紹介しながら、最先端のテクノロジーと、それに向き合うクリエイターの姿勢について語りました。
グレゴールさんは、VR(仮想現実)で家具がデザインできるアプリケーション『Techno Carpenter』の制作に携わりました。慣れない機械学習を用いて何度も実験を重ねた制作プロセスを振り返り、「技術に対する知識はトライアンドエラーによって得られるので、失敗を恐れず楽しむことが大切。失敗もまた新しいアイデアにつながる分岐点だ」と語ります。
今回登壇したスピーカーの皆さんは、もとからAR(拡張現実)・VR技術を使いこなせたわけではなく、実験と失敗を繰り返しながら、プロトタイプを制作する過程で技術を学んでいったそう。最先端のテクノロジーは、これまでにないものやサービスを実現可能にするだけでなく、クリエイターの創造性や探究心を加速させる、起爆剤のようなものかもしれません。
続いてのクロストークで話題になったのは、難しい技術を使う過程で大事にしていることについて。
アリスさんの所属するFIELDは、アウトプットのビジュアルクオリティーを重視しているので、使用する技術の選定にはとくに気をつけていると語ります。今回の「Everyday Experiments」では、開発中、チームメンバーに子どもが生まれたことがきっかけとなり、子どもにも親しめるような楽しさや、柔らかさを再現できる技術を使い、作品を展開したそうです。
また、ゲーム開発を手がけるブライアンさんによると、「われわれのゴールは、技術を使ってかたちをつくることではなく、ユーザーに価値のある体験を提供することだ」と言います。また、「これからもっとAR・VRを使った面白いゲームを生み出したいが、そのためには、ユーザー側にも『この技術でどんなことができるのか?』など、技術に対する理解を浸透させていく必要がある」と語りました。
一方で、デジタルな「技術」より、お湯を落としてお茶を淹れるなど、リアルな空間に起こる「現象」を相手にしたクリエイティブが多い石黒さん。「『現象』は、AR・VRのように、イメージを確実にかたちにできるものではないため、つねに失敗と隣り合わせ。そのなかで確実性を高めるために、地味に検証を積み重ねなければならない」という苦労を明かしました。
日本と海外に共通する、クリエイターの思考とは?
最後は、スピーカーから視聴しているクリエイターたちへ、創作活動における姿勢のアドバイス。
ブライアンさんは、「技術を突き詰めることも大切だが、一番大切なのは、クリエイター自身が好奇心を持って楽しむことだ」と語りました。
アリスさんは、「自分と違う意見も積極的に取り入れて視野を広げることが必要。また、失敗が別のプロジェクトにつながることもあるので、プロセスはしっかり記録してナレッジを貯めておくとよいでしょう」と、プロデューサーの立場ならではの見解が。
また、グレゴールさんは、「良いアイデアを生み出すためには、何もしない暇な時間をつくることが必要です」と、石黒さんの「無意識領域」の話にもつながるアドバイスをいただきました。
今回の4人のお話を通して、テクノロジーを扱う際の思考プロセスは、日本も海外も共通だということがわかりました。
新たなチャレンジに失敗や困難はつきものです。失敗を恐れるより、学びに変えるような高いモチベーションを持つほうが大事なのではないでしょうか。なぜなら、テクノロジーの価値は、「人々の生活をもっと豊かにしたい」「心が温かくなるような体験をしてほしい」といった、クリエイターの思いから湧き上がるあくなき探究心によって最大化されるものだからです。
国境を越える営み。人も社会も動かす「クリエイティブの力」
最終日だけでなく、初日、2日目ともに、さまざまなクリエイターから貴重なお話がうかがえました。
初日のテーマは「海外で働く! 渋⾕とデンマークのクリエイティブな現場から」。デンマークで働くことを選んだ日本人クリエイターと、外国での経験を活かして渋谷で働くクリエイター。彼らがその土地で働く理由と、リアルな現場の声を聞きました。
スピーカーは、MOK Architects(デンマーク)建築家の森田美紀さん、Henrik Innovation(デンマーク)環境設備エンジニアの蒔田智則さん、渋谷で独立系ゲームクリエイターのサポートを行うasobuの曹政(チャオ・ゼン)さんの3名。モデレーターは、デンマークと日本の企業コンサルティングを行うAyanomimi代表の岡村彩さんを招いてお届けしました。
日本での勤務経験もある森田さん。日本でのデザイン業務は、ビジュアルに関わる部分がメインだったのに対し、デンマークでは、デザイナーひとりが戦略や仕様の設計といった、UI / UXの領域まで担当するのが当たり前。そんな、日本とデンマークのデザインに対する意識の差に驚いたそうです。
また蒔田さんからは、デンマークの国全体が環境問題に対して高い意識を持っていることなどが語られ、クリエイティブ業界の事情から国民性まで、日本とのさまざまな違いが明らかになりました。
一方、曹さんから語られたのは渋谷の良さについて。渋谷はイノベーティブな企業が集まっているが、街の様子に目を向けると、犯罪や格差など、社会の「闇」も存在する混沌さがうかがえる。しかし、その「混沌」こそが、クリエイターたちの視野を広げ、インスピレーションの源となるのではないかと語ります。
また、コロナ禍でオンライン会議の文化が日本にも広まり、日本と海外企業の物理的な距離の隔たりや、働き方に対する意識の差も埋まりつつあると、登壇者の皆さん全員が実感していました。今後は互いの国のエッセンスをうまく融合させた取り組みが、クリエイティブ業界を軸に生まれてくるかもしれません。
また、2日目のテーマは「社会を動かす! 世界に拠点を持つデザイン戦略ファーム」。世界を股にかけて活動するデザイン戦略ファームが、どんな視点からクリエイティブを手がけ、どんな未来を見据えているのかをうかがいました。
スピーカーは、Kontrapunkt(デンマーク)の東京オフィスからエミール・ソレンセンさん、Designit(デンマーク)東京支社代表のヘクター・ノーヴァルさん、東京・ロンドン・ニューヨークを拠点に活動するTakramからコンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんの3名。モデレーターに、株式会社メンバーズ「UX MILK」プロデューサーの三瓶亮さんを招いてお届けしました。
エミールさんからは、デンマークの電力会社Orstedのリブランディングについてが語られました。Orstedが「グリーンエネルギーにシフトした自社の価値を、社内だけでなく世間にもうまく広められていない」という課題を持っていることに対し、社員を巻き込んだビジョン策定や、ロゴのリデザインだけでなく、取り組みを知ってもらうためのリアルな場をつくるなど、体験も含めたデザインのアプローチで解決をしたそう。
また渡邉さんは、クリエイターではない人々が創造性を発揮できるようサポートする「コンテクストデザイン」という新たな概念についてお話ししました。複数のエピソードを通して、人の思いを言語化したり目に見えるかたちにすることで起きる変化、デザインの影響力について考えさせられました。
そしてヘクターさんも、これからデザイナーは、柔軟に進化する必要があると語ります。これまでのやり方が通用しなくなったとき、デザイナーは、広い視野を持ち、多くの意見をつなぎ合わせる「媒介」としての役割が求められることでしょう。
いまは日本だけでなく、世界中が混乱するなかで未来の予測が難しい時代。クリエイターたちは「企業や人にとって持続可能な未来をつくれるか?」という目線を持って課題を解決していくことが求められているのかもしれません。
3日間にわたり、13人のスピーカーとモデレーターの貴重なセッションを聞くことができた『シブヤクリエイティブトーク』。渋谷と海外、それぞれの視点からクリエイティブ業界をのぞくと、これからの「クリエイティブのあり方」が断片的ではありますが、わかってきました。
クリエイティブな営みは、単なる「ビジュアル」や「テクノロジー」の域を飛び越え、わたしたちの人生、そして周りの社会までも動かすエネルギーであることを、あらためて気づかせてくれるイベントとなりました。