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『転職ばっかりうまくなる』著者が語る、「働く」と「生きる」の関係。肩書きにとらわれない夫婦の対談

「社会人になる」ってどういうことだろう。上司や取引先の人と同じ目線で話せるようになること? 通勤時間を節約するために、会社の近くに住むこと? 学生のときに好きだった服をクローゼットにしまって、「社会人らしい」身なりをすること──? 一つひとつ考えていくと、自分の思う「自分らしい生き方」から、少しずつ離れていくような気持ちになる人もきっと少なくないだろう。

作家・ライターとして活躍の場を広げているひらいめぐみは、20代のころ6回も職を変えた。そして、その経験について綴ったエッセイ『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)を2023年12月に上梓。ひらいは同書のなかで、やわらかく平易な言葉を用いつつ、「辞めたくなったら辞める」「『圧倒的成長』をしたくない」と仕事に対する姿勢をきっぱりと語っている。

ときには軽やかに自分の居場所を変えながら、自分らしく生きることと、働いてお金を稼ぐことのふたつを両立させるにはどうすればいいのだろうか? この記事ではひらい本人と、その夫でありライター・編集者、そしてモデルとしても活躍する三浦希の対談を実施。二人に「生きることと働くこと」について聞いた。
  • インタビュー・テキスト:生湯葉シホ
  • 撮影:有本怜生
  • 編集:生駒奨

ひらいめぐみはパンクロック?「転職6回」の経験を本にした理由

―ひらいさんはこれまで、食べものをテーマにしたエッセイ集や日記本を発表してこられましたよね。今回どういった経緯で「転職」についての本を書くことになったのか、というところからお聞きできますか。

ひらい:北尾さん(版元である百万年書房の代表・北尾修一)と初めてお会いして雑談していたときに、私がこれまで6回転職しているという話をなにげなくしたら、「それを本に書こうと思ったことはなかったんですか?」と言われたんです。自分としては転職6回ってそこまで多いと思ったことがなかったんですけど、珍しいのかもしれないなって。

ひらいめぐみ
ライター、作家。1992年生まれ、茨城県出身。7歳からたまご(についている賞味期限が表示された)シールを集めている。2022年に私家版『おいしいが聞こえる』、2023年に『踊るように寝て、眠るように食べる』を刊行。

ひらい:たしかに、終身雇用はいまの社会ではもう成り立たないという認識が多くの人にあるはずなのに、転職回数が多いことって未だにネガティブにとらえられたりしますよね? でも、1社働いただけでは、そこが自分にとって働きやすい職場かどうかを見極めるのはなかなか難しいよなあと。

だから、もし私の経験があまり一般的でないとしたら、読者の皆さんにも「こんなふうに軽やかに転職していいんだ」と思ってもらえるかもしれない、と北尾さんと話しているうちに感じて、これまでの転職について書いてみようと思いました。

―パートナーである三浦さんは、本になる前からひらいさんの原稿を読んでいたのでしょうか? 率直にどんな感想を持ちましたか。

三浦:普段どおり「めぐちゃん」と呼ばせてもらいますね。めぐちゃんがこれまでに自分でつくった本に関しては、編集・校正をしてほしいという名目で声をかけてもらっていたから、2冊とも事前に読んでいて。でも『転職ばっかりうまくなる』に関しては初めて、ゲラもまったく読まなかった。そうだよね?

三浦希(みうら のぞむ)
フリーランスのライター・編集者。ファッション系の編集プロダクションでの勤務を経て、2020年に独立。ウェブメディア、雑誌等で執筆や編集を担当しながら、モデルとしても活動している。

ひらい:そうだね。希くんについて書いたところは確認してもらったけど、それ以外は本になって初めてだった。

三浦:読み終わったあと、「俺、こういうことしたかったな」って思ったな。僕は20代のころ、辞めるに辞められなくなってダラダラと1つの会社に居続けちゃったし、独立してすぐの全然仕事がなかった時期には、なんで自分にだけ仕事がこないんだよってずっとイライラしていた。

それに比べて、誰に対しても腹を立ててないめぐちゃんはすごいやつだなって。自分が気持ちよくないんだったらきっぱり辞めちゃおうって姿勢は、パンクロックっぽいなとも思った。

―パンクロックっぽい、というと?

三浦:スリーコードさえ弾ければそれだけで1曲できる、みたいな。転職という一見難しそうなテーマに対して、難しい言葉は全然使わずに簡潔に書いている。わかりやすく怒っているパンクじゃなくて、円くて柔らかく見せかけたパンクロックだと感じました。

それに、昔の自分が読んだらさぞ羨ましがって、「こいつ嫌いだ」って思うだろうなって。

ひらい:(笑)。

三浦:僕もこれぐらい身軽になれていたらよかったんだろうな、って感じた。

取材は二人にとって思い入れのある場所だという三軒茶屋の書店「twililight」で実施された。

ひらい:私たちはお互いが書いた文章が公開されたり本になったりしたら、いつも感想を聞き合うようにしていて。私は自分にできない複雑な表現をしている文章を格好いいと思うけど、「スリーコードだけでできた1曲って格好いいんだよ」っていうのはたしかに前にも言ってくれていたよね?

三浦:うん。弾けないコードは諦めるっていう姿勢がすごくいいなと思う。仕事に関してもまさにそうで、「できないんだったらやめちゃおう」とスパッと思えるのがめぐちゃんで、だからこそすごく綺麗なCとかAのコードを自然に弾けるんだろうなって僕は感じたな。Cコードの達人、みたいな。

「3年は辞めるな」にとらわれなかった理由。ひらいのキャリアに影響した死生観とは

―弾けないコードを諦める潔さがひらいさんにあるというのは、たしかにとてもしっくりきます。ひらいさんにはこれまで、辞めたい気持ちを抱えながらもズルズルと仕事を続けてしまった……という経験はありますか?

ひらい:うーん……ないですね。

三浦:(笑)。そうだよね。ないって言えるだろうな。仕事よりも自分を大事にするってことが『転職ばっかりうまくなる』にもずっと書かれていたもんね。

─違和感を見逃さずに環境をきちんと変える、という姿勢を貫くのはなかなか難しいことではないかと思うのですが、ひらいさんはなぜ「辞めたくなったら辞める」ことができるのですか?

ひらい:身近な人を亡くす経験が、小さいころから何度かあったことが影響しているのかもしれません。まだ小さい友達や知り合いの子が亡くなったとき、周りの大人から「あの子のぶんまで長生きして、あの子ができなかったことを代わりにしてあげてね」みたいなことを言われることがあったんですけど、私はその言葉にすごく腹が立って……。

ひらい:その子の人生はその子にしか生きられなかったのだから、その子のぶんまで押しつけるのは、その子に対しても、私に対しても、失礼だろうって感じたんです。

三浦:うん、うん。

ひらい:そういうことが何度か重なるうちに、自分の人生って自分にしか生きられないんだって実感するようになった。だったらやりたくないことをやるなんてもったいないし、やりたいことをやらないのも違うなって。

もう少し大人になって就職することになったときも、「最初の3年は我慢しなきゃ」みたいなことは全然思わなかったし、辞めたいときに辞めようって素直に思えたんじゃないかな。

三浦:いま話してくれたこと、初めて聞いたな。THE BLUE HEARTSのマーシー(現 ザ・クロマニヨンズの真島昌利)が“ブルースをけとばせ”という曲で<やりたくねえ事 やってる暇はねえ>って歌ってるんだけどさ、いや地でマーシーじゃん、ってびっくりした。やっぱりパンクロックじゃん。まるっきり、マーシーだよ。

ひらい:そんな大御所(笑)。でも本当に、身近な人の亡くなった顔を見ると、自分もいつか死ぬんだ、だったらやりたいことをやらなきゃ、って感覚が真に迫ってきたんだよね。

「報酬は大事。でも……」ひらい・三浦が語る、仕事を受ける基準の大切さ

―お互いの文章をいつも読み合っているという話も出ましたが、お二人はふだん、お互いの仕事や文章について話すことはよくあるんですか?

ひらい:会話の7割ぐらいはそうかも。言葉とか文章については、よく話すよね。それに、もっと直接的な仕事の話もたまにします。お互いフリーランスだから、どんな仕事なら請けたい? って相談とか。

三浦:お互いにこういう仕事がきたらおもしろそうだね、って話もよくするし、僕が書いた原稿は、めぐちゃんにまず読んでもらうことが多いよね。めぐちゃんの書き方とか読み方を信頼しているから、僕にとって最初の想定読者がめぐちゃんかも。

―フリーランスの場合、どんな仕事を請けるかで迷うことは多いと思いますが、お互いの仕事に対する姿勢は似ていますか?

三浦:ちょうど昨日、蕎麦屋でそんな話をしたよね。ライターとして「報酬は高いけれどその会社のあり方やサービスに共感できない仕事」と「報酬は高くないけれどその会社のあり方やサービスに共感できる仕事」があったとして、それぞれ請けたいと思う? って。

三浦:フリーランスは報酬も含めていろんな変数を考えたうえで仕事を請けるか請けないかを決める必要があるけど、めぐちゃんは、もちろんお金も必要だと理解しつつ、自分の心に忠実だと言ってて。たとえば文字単価で報酬が提示される案件はよく見かけるけど、1文字1文字に金額をつけるのは違う気がするから請けない、と。それを聞いて、あらためて、すごく信頼できるなあと思いました。

ひらい:うん。ただ、そのつもりでいたんだけど、まだ完全にできてるわけじゃないなあとも思う。一度だけ、仕事を請けたあとで、その担当者は自社のサービスに愛着がないんだろうなと気づいてしまったことがあって。最初にその会社のホームページとか商品紹介ページを見たときに、少しだけ不安を感じたんだよね。

ひらい:文章のスキルで選ばれるのはうれしいことではあるけれど、それだけではなくて、その商品に本当に愛着を持っているライターとしてお仕事を請けたい。だから、企業の方がサービスに愛着を持っていて、それに私自身も共感できるかどうかを、はじめにきちんと確認してから、請けるかどうかを決めればよかったなと、いまは反省しています。

三浦:なるほどね。商品ページを読んでそこに愛を感じられるかどうか、って難しいと思うけど、めぐちゃんはきっとそれを的確に感じとっているんだろうな。

いま、大切なのはスキルの有無だけではなく、愛着があるかどうか、共感できるか否か、のような話が出たけど、まさに僕もめぐちゃんに同じことを感じるよ。悪く聞こえるかもしれないんだけど、僕は正直、めぐちゃんの文章って上手くはないと思うのね。

ひらい:(笑)。すごくまっすぐ言うんだね。

三浦:下手って意味ではなくて、技巧的に上手かっていうとそうではないのかなって。でも、自分が考えたことに愛着があるからこそ、めぐちゃんが書く文章はいいものになるんだろうな。だからこそ、読者として、僕らは共感できる。めぐちゃん自身、愛を持って書いているがゆえに。そして同時に、そうであるからこそ、めぐちゃん自身、愛のない文章には黄色信号が灯るんだと思うんだよ。ちょっと難しい話ではあるけどさ。

―三浦さんはフリーランスとして、ライターだけでなくモデルの仕事もされていますよね。ひらいさんから見て三浦さんの仕事への姿勢はいかがですか?

ひらい:いまの話にもあったように、どんな仕事をしたいか、という向き合い方に関しては一緒だなと思います。でも、仕事の仕方はけっこう違うかも。

ひらい:たとえば、私は心配性なので締め切りに間に合わせるために逆算して早めに仕事を終わらせるタイプ。でも、希くんはいい文章を書くために時間をかけるし、仮に納得がいかなかったら締め切りが過ぎてもきちんとやり続ける人で、それは私にはない部分だなって。

締め切りを守るのはもちろん大切なことだけれど、「いい文章を書くこと」が大前提にあるのを忘れずにいないといけないな、と思います。

二人の働き方のバックボーンとは?「文学界の鎮座DOPENESSになりたい」

―お二人の仕事観や文章観が、どんなふうに醸成されたものなのか気になります。それぞれ、影響を受けた人や目標にしている人はいますか?

ひらい:私は2人います。1人がさくらももこさん。本を全然読まなかった子どものころ、唯一読んでいたのがさくらももこさんのエッセイや漫画で、とくに『コジコジ』が大好きだったんです。

コジコジって性別もどんな生きものかもよくわからなくて、自分が自分であることだけで生きられている。それが、私にはアイデンティティの話に思えたんですよね。どんな生き方でもいいんだ、自分が自分だったらいいんだ、って感じられた。

さくらももこさんがエッセイで「悪いことをしているわけでもないのに、遊んで食べて寝てるだけでどうして怒られなきゃいけないんだ」みたいなことを書いていたんですが、たしかにそうだなって。そういう考え方は、いまの自分につながっていると思います。

ひらい:もう1人は、ラッパーの鎮座DOPENESSさん。前に同棲していた家で、希くんが夜になるとよくフリースタイルの動画を見てたんですけど、私はそのときヒップホップをまったく聞かなかったから……喧嘩してる音がいつも聞こえてきて嫌だな、ってちょっと思ってて。

三浦:(笑)。そうだったんだ。

ひらい:でもあるとき、ひとりだけ明らかに空気が違う人がいるなあと思って。言っていることも聞きとれるし、怖い言葉で相手を負かそうとするんじゃなくて、謎の空気で観客を巻き込んじゃうのがすごく格好いいなと。それが鎮座DOPENESSさんで、そのときに初めてヒップホップっておもしろいなと感じたんです。

私の本に感想をくださる読者のなかには、「普段は本をあまり読まないんですけど」って書いてくださる人が多くて。もともと本を読まなかった人間としてそれはすごくうれしいし、本に苦手意識がある方にも楽しんでもらえるような書き手になりたいって思っているから、私は文学界の鎮座DOPENESSになりたい、って最近は心のなかで思っています。

三浦:めぐちゃん、文学界の鎮座DOPENESSになりたいんだ。知らなかった(笑)。でもいいじゃん、最高だね。

三浦:僕にはそういう人があんまりいなくて。尊敬できる人はたくさんいるんだけど、自分の生き方や仕事に影響を与えた人っていう意味で考えると、お父さんかなと思う。僕のお父さんは自販機にジュースを補充したり、外部に営業しに行ったりする仕事をしてたんだけど、働き方がちょっと変わってたんだよね。

月の初めだけものすごく頑張って、あとは家で寝るかドラクエやってる、みたいな。頑張るときは頑張る、頑張らないときは頑張らないっていうのをすごくきっぱりと分けていた。僕たちは家にいるときしか見てないから、大丈夫か? って正直思ったりもしていたんだけど、地元の北海道で売り上げ1位になって賞状をもらってきたりしたこともあって、僕はその姿勢を尊敬していた。

やるときはやる、やらないときはやらないというのは僕もまさにそうなので、お父さんは目標にしています。

あらためて振り返る二人のキャリア。「圧倒的成長をしたくない」の真意とは?

―やりがいや職場環境、通勤時間、収入など、私たちが働いていくうえで大事にしたい条件はたくさんあるけれど、完璧に自分の希望を満たしてくれる仕事はおそらくないですよね。お二人の場合はその優先順位をどのように意識しつつ、折り合いをつけながらこれまでの仕事や職場を選んできましたか?

ひらい:収入ももちろん無視はできないですよね。でも、私がいちばん大事なのは「一緒に仕事をする人」かもしれないです。同じ職場で働く人もそうだし、フリーランスになったいまは、仕事をお願いしてくれる人もそうだし。

―ひらいさんは本のなかで、大事にしたい条件として「職場の近くに川がある」「オフィスに窓がある」といったことを挙げられています。読んでいて共感したのですが、一方でそういったことは、一般的には「些細なこと」と片づけられてしまいがちな現状がありますよね。

ひらい:そうですね。私も初めて会社に入って会社員らしい働き方を求められたときに、社会人になるって「頭で考える」のを強いられることなんだな、と感じました。

効率よく仕事をするために分刻みでカレンダーにスケジュールを入れろとか、通勤時間をできるだけ短くするために会社の近くに住めとか、私も最初はそういうことを鵜呑みにして実行していたけど、それを続けていくとたしかに、窓や川があるかどうかはどうでもよくなってしまいそうになるというか。

私もその環境に適応し続けていたら、いまとは全然違う人間になっていたかもしれないし、この『転職ばっかりうまくなる』を一読者として読んだとしても、「なんでもっと効率よく年収を上げるための転職活動をしないんだろう?」って思ったかもしれない。窓から夕焼けを見て「綺麗だな」とか思うのって、会社で効率よく仕事を回していくうえでは不純な気持ちだから、そう考えながら会社員として働くのはたぶんしんどいことだろうなって。

三浦:うん、すごく納得する。めぐちゃんは、頭で考えることを強いられる状況を「洗脳だ」とか、悪いようには言わないよね。

本のなかにあった「圧倒的成長をしたくない」というのも、僕はどちらかといえば成長はしたいと思うタイプだけど、めぐちゃんはあくまで自分の心に従って「自由だし、自分はしない」って言ってるわけだよね。だからいまの話にも共感したし、こういう人間もいるんだなって思った。この人が同じ家にいるって幸せなことだなと僕は思ってる。

ひらい:ありがとう。

三浦:……みたいな感じで締めるのは、どうっすか(笑)。

ひらい:(笑)。でも、私も希くんと出会ってなかったらこんなふうに自分で文章を書いていなかったと思うから、本当にありがたいなって思ってるよ。

書籍情報

『転職ばっかりうまくなる』

著者:ひらいめぐみ
出版社:百万年書房
価格:1,760円(税込)

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プロフィール

ひらいめぐみ
ライター、作家。1992年生まれ、茨城県出身。7歳からたまご(についている賞味期限が表示された)シールを集めている。2022年に私家版『おいしいが聞こえる』、2023年に『踊るように寝て、眠るように食べる』を刊行。

三浦希(みうら のぞむ)
フリーランスのライター・編集者。ファッション系の編集プロダクションでの勤務を経て、2020年に独立。ウェブメディア、雑誌等で執筆や編集を担当しながら、モデルとしても活動している。

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