
新卒から25年間勤めたTOMORROWLANDを離れ、ヘラルボニーに転職した大平稔さん。転職の決め手は、重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいる代表松田の「障害のある人を『異質なもの』として捉える社会の方を変えられる」という思想だった。自身にも障害のある姉がおり、それを「家族の問題」として捉えてきた大平さんにとって、この考え方は衝撃的だったという。
現在はリテールディレクターとして「作家ファースト」のプロダクト開発や、ヘラルボニー初の都内の常設店舗「HERALBONY LABORATORY GINZA」の店舗づくりに取り組む。「出会った回数が障害に対する物差しを変える」と語る大平さんに店舗づくりから目指す未来までを聞いた。
- 取材・テキスト:吉田薫
- 撮影:kazuo yoshida
Profile
大平稔おおひら・みのる
HERALBONY リテールディレクター/2000年、アパレルメーカー小売のトゥモローランドに新卒入社。24年間にわたり、店舗運営、レディース・メンズ商品部、リテール百貨店営業、フランチャイズ部など、アパレル小売業の幅広い業務を経験。2024年10月、へラルボニーへ入社。リテールディレクターとして、プロダクト開発や実店舗運営を担当している。
転職決意の裏側。松田兄弟が変えた「障害」への向き合い方
―前職は、新卒の頃から25年もお勤めされていたとうかがっております。転職は大きな決断だったと思うのですが、理由は何だったのでしょうか?
大平:前職時代からポップアップイベントをご一緒したり、ヘラルボニーがリテール強化をするタイミングでアドバイザー的に会議に参加するなど、お手伝いをさせていただいていたのですが、正直、TOMORROWLANDを辞める気は全然なかったんです。なので、実は松田からのお誘いを何回かお断りをしていて。
―そうだったのですね。では、何がきっかけで気持ちが変わったのでしょうか?
大平:きっかけとなったのは、去年の1月31日に開催された『HERALBONY Art Prize』のメディア発表イベントの後、松田兄弟がわざわざ会いにきてくれたことです。「今こういう発表をしてきました」「実店舗もつくろうと思ってます」「フランスに拠点をつくります」といったアイデアや夢をお話ししてくださって。内容もそうですが、お話をされる時の2人の表情に、気持ちが動かされたのが一つですね。
あと、松田たちには翔太さんという重度の知的障害を伴う自閉症のあるお兄さんがいらっしゃるのですが、僕にも姉がいて、生まれつき脳性小児麻痺という障害がありました。僕は姉のことを人に話したり、家に友達を呼んだりすることを避けてきたところがあったんです。改めて考えてみると、「姉のことは家族の問題」として捉えていたのだと思います。
でも松田たちは、「障害のある人たちが『異質なもの』として捉えられる社会の方が変わるべきなんじゃないか」という考えで。自分としては、すごく衝撃的でした。ヘラルボニーは社会の障害に対する捉え方を変えることを目指している会社ですが、身をもって体験できたのは転職の決め手になりました。

松田社長の兄・翔太さんが幼い頃にノートに書き記した「ヘラルボニー」の文字。この言葉が社名の由来となった
「作家ファースト」で安売りしない 。プロダクトの哲学
―入社後はリテールディレクターとして活躍されていらっしゃいますが、具体的にはどういったお仕事をされているのでしょうか?
大平:一つは、アパレルメーカーでいうMD(マーチャンダイザー)と呼ばれる「商品をいつ、どこで、誰に、どういったものを、どれぐらいの量で、いくらで売るか」ということを考える役割です。加えて店舗づくりですね。店舗づくりはVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)の役割で、どの商品をどこにどのように陳列するか、といったことを考えます。
なので、まとめるとヘラルボニーの小売に関する「見え方」全てに責任を負うということです。MD / VMDではなく「リテールディレクター」という肩書きなのは、そのためだと思っています。
―リテールに幅広く携わられてきた大平さんだからこそできるお仕事ですね。まずはプロダクト開発について詳しくお聞きしたいのですが、開発する際に特に大切にされていること / 意識されていることはありますか?
大平:マーケティングの観点で言えば、ヘラルボニーのことは知っているし商品を買いたいと思っているからこそ「日常的に使えるラインナップがもっとあれば嬉しい」という声もいただいています。そういうお客様にまだ十分にお応えしきれていない部分もあると思っていますので、日常的に使えるプロダクトを増やすというのが近々の目標です。
大平:ブランディングの観点で言うと、付加価値をつけることを何より大切にしています。ヘラルボニーはプロダクトにアートを起用しているのではなく、作品をプロダクトに落とし込んでいると考えています。つまり「作家ファースト」であることを大切にしている。プロダクトをつくる際も「このアートがもっとも美しく見えるものはどれか」「この作品を日常で使ってもらうことの意味は何か」ということを特に考えます。
ヘラルボニーは「アート」と「日常(プロダクト)」の接続を考え抜いてきたブランドです。考えてきた結果として素晴らしいプロダクトが生まれていると思うので、僕も開発の際はより魅力的な「接続」ができるように努めています。

ヘラルボニーの商品はオンラインストアでも販売中。
大平:あと「安売りしない」ということも同じくらい大切ですね。価格帯を見ていただくとわかると思うのですが、決して安くはないんです。僕たちは、作家の才能と作品が「スペシャルで他とは比べられないものである」ということをプロダクトを通して表現したいと考えています。なので、生地や縫製などのクオリティも重要視していて、それに見合った価格設定をしているんです。
作品を大切にしているのはもちろんですし、価格をしっかりつけることで作家さんにも還元できる。2つの意味で「安売りしないこと」はすごく重要です。
作家が主役の「実験室」 。 アクセシビリティも重視した店舗づくり
―今年3月にオープンした「HERALBONY LABORATORY GINZA」の立ち上げから店舗づくりにも携わられているとのことですが、こだわりはありますか?
大平:両代表からのオーダーとして、週末にはいつでも作家が来て創作活動ができる場をつくりたいということがありました。これは、ヘラルボニー全店の統一の価値にしていて、銀座 / 盛岡の両店に創作スペースがもうけられています。

店舗の一角にもうけられた創作スペース
―作家さんが活動できる場であることは、具体的に店舗設計にどのように影響したのでしょうか?
大平:「作家がいつ来てもいい環境」だったり、「ライブペインティングが突然始まってもいい環境」ということで、アパレルショップというよりは、自由に汚してもよくて経年劣化が味になっていくような、実験室のような雰囲気にしました。
また、あくまでも主役は作家とプロダクトなので、作り込みすぎないことも大切にしています。見てもらうとわかるのですが、床・壁・天井は剥がしたままを使ってる状態ですし、什器もシンプルかつ解体ができて柔軟に配置転換ができるようにしています。
今後、作家さんに壁に絵を書いてもらったり、什器に色を塗ってもらうのもいいかなとか、僕自身もいろいろと想像してワクワクしているところです。
大平:見た目以外で言うと、アクセシビリティにも配慮しました。古いビルなので、車椅子では入りづらい。なので大きいスロープを用意して車いすの方でも入りやすい環境にしたり、フィッティングルームも大きくして車椅子ごと入れるようにしたりしています。
―そういった知識は、もともとお持ちだったんですか?
大平:いや、全然知らなかったですね。「DIVERSESSION PROGRAM」というDE&I促進を目的とした企業向けプログラムの制作を担当している部署があるので、そういった社内の知見を借りながらつくり込んでいきました。
ただ、全部に対応できているわけではありません。まだまだ改善の余地があります。一気に対応するのは難しいので、一つずつアップデートしていきたいと思っています。
「出会った回数」が障害に対する物差しを変える
―「HERALBONY LABORATORY GINZA」は「アートを通じて社会の境界をなくす実験場」を掲げていますが、大平さんご自身は境界をなくすために必要なことは何だと思いますか?
大平:一つは単純に「出会った回数」だと思うんですよね。例えば日本における障害者の割合は人口の7%以上と言われているんです。でも出会ったことがないという方が結構いるんですね。
電車の中で急に大きい声を出す人がいるとびっくりされる方が多いじゃないですか。でも、身内に障害がある人間としてはそこまで驚かないんですね。それは物差しの幅が違うからだと僕は考えています。あえてカテゴライズすると、身内に障害者がいることで、健常者に囲まれてきた人より、人に対する物差しが少しだけ広くなっている感覚です。
障害のある方との接触や知る機会があることで、「そういう人もいるんだ」っていう認知が広がると思うんですよね。その回数が増えることで一人ひとりの物差しが自然と変化して、最終的には「障害」という言葉がなくなる未来が来るんじゃないかと思っています。
大平:ヘラルボニーって「障害」と書くとき「害」の漢字を使うんです。この言葉については多様な価値観があります。もちろんいろんな価値観があるのは大前提として、ヘラルボニーとしては、「心身に制約のある個人ではなく社会の方に障害がある」という考えに基づいて漢字表記をしています。
例えば、車椅子の人が店や施設に入る際、段差があると入れないですよね。でもスロープさえあれば、それはもう障害ではなくなるわけで。「障害」を個人ではなく社会モデルから捉えようという提起として、あえて「害」を使用しているんです。
障害者に対する認識を広げることで、障害のない社会モデルが実現できるかもしれません。
審美眼とビジネス感覚の両立
―「HERALBONY LABORATORY GINZA」では、スタッフも募集中だとうかがいました。最後にどういった方と働きたいかお聞かせください。
大平:もちろんヘラルボニーの作品が好きという方とも働きたいですし、あと僕自身がアパレルのキャリアが長いのもあって、アパレル業界を経験してきた方とも一緒に働けたら嬉しいです。
アパレルの人たちって、審美眼を養っていて、自分なりの美の価値観を生活に落とし込むのがすごく上手だなって思うんですよね。先ほどヘラルボニーは「アートと日常を接続してきたブランド」とお話ししましたが、アパレルで培ったそういうセンスを存分に発揮できる場所だと思います。
また、僕たちは社会的に意義のあることをやっていると自負していますが、慈善事業や福祉団体ではないので、作品が世の中に広まったかどうかの物差しの一つとして「売れる」ことは大事にしています。そこもきちんと楽しめたりチャレンジできたりする人だとより嬉しいです。
店舗作りもプロダクトもこれからどんどん広がっていくので、いろいろな人と一緒に走っていきたいと思っています。
Profile

ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる異彩作家とともに、新しい文化をつくるアートエージェンシーです。
国内外の主に知的障害のある作家の描く2,000点以上のアートデータのライセンスを管理し、さまざまなビジネスへ展開しています。支援ではなく対等なビジネスパートナーとして、作家の意思を尊重しながらプロジェクトを進行し、正当なロイヤリティを支払う仕組みを構築しています。
アートを纏い社会に変革をもたらすブランド「HERALBONY」のほか、商品や空間の企画プロデュース、取り組みを正しく届けるクリエイティブ制作や社員研修プログラムなどを通じて企業のDE&I推進に伴走するアカウント事業、あたらしい"常識"に挑戦する盛岡のアートギャラリー「HERALBONY GALLERY」の運営を行うアート事業など、多角的に事業を展開。さまざまな形で「異彩」を社会に送り届けることで、「障害」のイメージを変え、80億人の異彩がありのままに生きる社会の実現を目指しています。
■ ヘラルボニー「異採用」スペシャルムービー
https://youtu.be/Fox7tmZld3g?si=xhPptOlwUjZtJErf