楽しければオールOK。漫画『路傍のフジイ』が教えてくれる、気楽な挑戦のススメ
- 2024/12/17
- SERIES
ニッポン放送のアナウンサーであり『マンガ大賞』発起人でもある吉田尚記さんによる新連載「吉田尚記の漫画カウンセリング! 働く悩みを鑑賞する」。本連載は、読者から寄せられたお悩みに対して、吉田さんが見解を展開するとともに、悩みにちょっと効くかもしれない漫画を紹介するコーナーです。
第1回目の悩みは「年を重ねるにつれて、失敗することのリスクばかり考えてしまい挑戦を避けるようになってしまった」。吉田さんがこの悩みに対する考えと、相談者におすすめの漫画『路傍のフジイ』について語ります。
※本記事はCINRA JOBにて制作・配信されています
- 編集 / テキスト:吉田薫
Profile
吉田 尚記よしだ ひさのり
ニッポン放送アナウンサー。アナウンサーとして多数のラジオ番組、Podcast番組を担当し、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。『マンガ大賞』の立ち上げ・運営、V Tuber「一翔剣」の「上司」でもある。2025年4月から東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程・社会情報学コースに入学予定。主な著書に『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)、『没頭力「なんかつまらない」を解決する技術』(太田出版)など多数。
二村ヒトシさんというAV監督で、いまは恋愛論の教祖のようになっている方の言葉に、「すべての悩みは『作品』である」というものがあります。悩みはその人の人生観や生き方が滲み出ているという意味だと思うのですが、私はこの言葉がすごく好きなんです。この言葉に則するならば、「作品」である人間の悩みは、解決するものじゃなく鑑賞するものであるとも言えますよね。
なのでこの連載では、悩みは相談者がつくり上げた「たった一つの作品である」ととらえて、私独自の見方で鑑賞することで、相談者の方とは違った視点から「悩み」を考えてみたいと思います。
お悩み相談のコーナーって原理的には、ちゃんとした回答ができないと思うんですよね。なぜならその人の状況が、テキストだけでは詳細にはわからないから。なので私の回答は的外れかもしれないですが、できる限りで相談者の悩みに込められた意味や状況を想像して、視点を変えて鑑賞し、最後に薬になるかどうかはわからないけれども、相談者にぜひ読んでいただきたい漫画を紹介していきます。
悩んでいるというのは決めてないだけ。挑戦できない理由を斜めから考える
今回の悩みは「年を重ねるにつれて、失敗することのリスクばかり考えてしまい挑戦を避けるようになってしまった」です。
アドラー心理学の岸見一郎先生にお会いしたとき、「悩んでいるというのは決めてないということだ」とおっしゃっていたんですね。今回の悩みもその言葉に照らし合わせると、「決められていない」ということが、根っこにはあるのではないかと思います。
例えば「会社を辞めて世界一周旅行に行きたいけど、どうしようかな」だと悩んでいますが、「会社を休んで世界一周旅行に行く。お金はどうしようかな」は悩んでいるのではなく、困りごとが発生しているだけです。困りごとには感情が伴わないのが特徴です。
ちなみに私は、「やりたいことはやる」というスタンスなので、「時間がない」「人手が足りない」などの困りごとは山ほどあるけれど、悩みはまったくありません。なので、悩み相談を受ける人材として適切なのだろうか……と戸惑っているところもあるのですが(笑)。
話がそれましたが、今回の悩みに対しては「リスクを恐れてしまうことに対する解決策」を提示するというよりは、「決めていない / 動いてないからその思考になってしまうのではないか」というのが、ちょっと乱暴ですが回答になるかと思います。
ちなみに予防医学の石川善樹先生のお父さんで医師の雄一さんは、何十年も前、それこそウェルビーイングなんて言葉ができる前から「人を元気にするとはどういうことか」を研究をされている方ですが、雄一さんが言うには、「人間にとって、すべてのものは見たり聞いたりするよりやるほうが面白い」とのことなんです。
それに「小人閑居して不善をなす」とまでは言わないですけど、人間は暇だとろくなことをしない。とにかく動いたほうが楽しいし面白いということですね。
「挑戦」はかっこいいものでなくても構わない。『路傍のフジイ』が教えてくれる生き方
以上の私の考えを踏まえて、今回、相談者の方におすすめしたいのが『路傍のフジイ』です。
主人公はごく普通のサラリーマンで、歳は40。同僚からは「将来あんなふうになりたくない」とまで言われている、いわゆる冴えない人です。家庭もなく、やりがいのある仕事をやっているわけでもない。リア充の価値観の真逆をいく主人公ですね。
でもそのフジイさんは、「自分の楽しいことに邁進する」という意味では、鉄のメンタルを持っているんです。休日に興味のある博物館に行って親子連れにまじって真剣に鑑賞したり、ギターを弾いてみたり、陶芸をしたり。
フジイさんの趣味を楽しむときのポイントは、誰の評価も気にしていないということです。作中で、同僚がたまたま家に来たとき、部屋にあるギターをみて「弾いてくださいよ」と言われ、彼は迷うことなく披露します。そのとき同僚に「下手くそだ…」と心の中で思われているんです。あのシーン、抜群ですよね。人に堂々と披露するけれど、別に上手じゃない。彼にとって他人からの評価は関係ない、自分が楽しければオールOKということです。
相談者からの悩みに、「リスクを考えてしまう」とありましたが、挑戦を壮大なもの / かっこいいものととらえてしまっている、もしくは「価値ある挑戦」をしようとしてしまっているのではないでしょうか。「挑戦」って別にチョコボールでエンゼルを100個出すとかでもいいんですよ。
さらに言うと、その「挑戦」を貫く必要もない。フジイさんなんて、赴くままに色々やっているけれど、何の専門家にもなっていなければ人並み以上に上手いわけでもない。貫けている / 突き抜けているかと言ったら違います。フジイさんは、「日々何かをやってみる」という、言葉にすると簡単だけど、自分でやろうとすると難しいことを見せてくれているんです。フジイさんは、ウェルビーイングを地でいく人とも言えますね。
相談者の方は、ぜひこの『路傍のフジイ』を読んで、些細だけど自分を楽しませる「挑戦」をはじめるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
※吉田尚記さんによるPodcast番組『マンガのラジオ』にて、『路傍のフジイ』の作者・鍋倉夫さんとの対談を配信中