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11ヶ月働いて1ヶ月休む会社

もし1ヶ月間仕事を休めたら、何をする?
そんな夢のような話しが現実になったら……。きっと色々と想像してニヤけてしまうに違いない。しかし、それを夢で終わらせない「11ヶ月働いて1ヶ月休む会社」が実際にあると聞いた。しかも、誰もが知るビッグクライアントとも仕事をするデザインスタジオが、である。ワヴデザイン株式会社によるこの挑戦は「より良いデザインは、より充実した人生から」との信念から生まれた。大胆な長期休暇でメンバーの成長を促すと共に、会社のアイデンティティを示す試みでもあるこのプロジェクト。その真意を松本龍彦さんと中村和貴さんに聞いた。

1ヶ月休めるって本当ですか?

ひと月の休暇を「インプット期間」に

ワヴデザインは2006年設立。WEB、印刷物からモーショングラフィックまで幅広い制作を少数精鋭(現在12名)で手掛けるデザインスタジオだ。「デザインは時代と共にあるべき。だからフィールドは特定せず、課題に合ったデザインができる存在でありたい」。かつてアパレル企業の一員としてカタログやロゴを手がけてきた松本さんに独立を決意させたこの想いは、そのままワヴデザインの哲学として実践に移された。扱ってきたジャンルは音楽、映画、ファッションなど多岐にわたり、そのためのメディアもWEB、紙モノ、映像まで多彩な広がりを見せる。近年はローソンの世界展開を支える「LAWSON GLOBAL SITE」や、渋谷最大のライヴ&サウンドスペース「SOUND MUSEUM VISION」のVIデザインなど、そのスケールも広がっている。

今回注目したいのは、その「デザインする姿勢」が成果物のみでなく、働き方の探求にも傾けられてきたことだ。2012年、ワヴデザインは「11ヶ月働いて1ヶ月休む会社」と銘打ったプロジェクトをスタートさせた。多忙な制作の日々を送るデザインスタジオとしては無謀とも思える、この冒険に踏み切った理由とは?

ワヴデザイン株式会社 代表取締役 松本龍彦さん

ワヴデザイン株式会社 代表取締役 松本龍彦さん

松本:僕らはもちろんこの仕事が好きです。でも「やっぱデザイン面白いよね!」と夢中になる日があれば、告白すれば「今日は部屋でごろごろしながらマンガとコーラで1日過ごしたい……」という日もある(笑)。矛盾とも言えますが、それは制作に追われる中で、良いアウトプットにもつながる「より良いインプット(経験)」をする時間が充分とりづらいジレンマでもある。その解決にはどういう形があり得るか、議論したのがきっかけです。

起業以来、作るものも働き方も既存の価値観にこだわらず、自分たちのやり方を探り続けてきた。その想いは、共に歩んできた中村さんも同様だ。同社への合流前には3Dグラフィックを学び、ゲーム業界で活躍をしていたこともある。その落ち着いた話し振りには、先入観に捕われない働き方についての思考法が垣間見える。

取締役 中村 和貴さん

取締役 中村 和貴さん

中村:インプットが変わればデザインの質や幅も変わるという実感は、二人とも共有していました。それで、実はその前年に社員の夏休みを試験的に2週間に拡大したんです。で、これが意外とすんなり実現できてしまった(笑)。翌年には社員から「もし今年も2週間休めるなら短期留学したい」などの声も上がってきて。そこで松本と僕で「今年はどうする?」「1ヶ月でもいけるんじゃない?」という流れでした。もちろん全員同時に休むわけにはいきませんが、各々が仕事を分担整理した上で、年間を通して自分に合う時期を選べれば可能なのかな、と。

つまり「何もしない休み」をとろうというのではない。一人一人が、何かを自分のためにインプットする1ヶ月だ。メンバーはこの休暇を申請する際、得られる時間をいかに使うかを全スタッフの前でプレゼンする。「それはどうかなぁ」というプランは却下されることもあるという。もちろん残りの11か月にも、通常通り休みはある。加えて、2012年の年末休みは15日だったというから、一般企業に比べても明らかに「休み」=「インプット」に対しての意識の違いが感じられる。

30日間で世界一周?

HP内のブログにて、旅の日記が綴られている http://onemonth.wab.cc/最初に挑戦したのは代表の松本さん。30日間での世界一周旅行に出かけた。ニューヨークで活躍する日本人デザイナーとの出会いを皮切りに、メキシコの古代遺跡を訪ね、ロンドンで現代アートにふれ、はたまたアムステルダムでは名物レコード屋を覗いてみたり……。3日に一度は移動しながら、30日間で8ヶ国を回った。その過程での思考や感動の数々は、帰国後、同プロジェクトサイトのブログに綴られている。

松本:先陣を切ったのは「まず社長がやらなきゃ、みんな休みづらいでしょ」との気持ちもわかるから(笑)。結局8ヶ国を回ったのですが、じっくり見て回るというより、世界一周という「移動」を実体験したい気持ちが大きかったんです。地図上でイメージしてきた世界を、短期間とはいえ実際に一周する。その経験は、出発前はもちろん、帰ってきた今でも僕をワクワクさせてくれます。また、各都市での経験やつながりも今後の自分に活かせると思っています。

続いて中村さんが、別ルートでの世界一周を体験。アートディレクター兼デザイナーの彼は、マチュピチュ遺跡やモン・サン=ミッシェルなど、世界遺産を多く巡った。さらに3人目のスタッフは地中海・マルタ島での英語留学を選んだという。

11ヶ月働いて1ヶ月休む会社 ワヴデザイン株式会社

松本:ちょうど数日前から4人目のスタッフが、1ヶ月休みを取ってフィリピンのセブ島に行っています。エンジニアの彼は英語でのコミュニケーション力を高めるため、ひと月10万円で語学留学ができるセブ島行きのプランを提案し、認められました。

中村:このあいだ、セブ島でもLINE通じるかなって試したらつながって、少し話しましたよ。「どう、楽しい?」って聞いたら、「Sure!」って答えてきて、ちょっと調子にのってましたね(苦笑)。ちょうどクラスメイトの誕生会の最中だったらしくて、楽しんでるみたいですよ。でも、「セブ島」と「LINE」って凄い今の時代を感じることですよね。そんなことも俯瞰しながら体感できるのが、このプロジェクトの醍醐味の1つだと思ってます。

距離を越えても仕事が出来る時代

各人の休暇プランに必要な費用は、会社が用意するわけではないが、その期間も通常通り1か月分の給料は支払われる。休暇を終えると順次ブログ等でその経験を紹介するが、それ以上に何かを提出する義務もない。強いて言えば、できるだけ休暇中にも会社に写真を送ってもらうようにしているとか。

中村:会社に残るメンバーにもリアルタイムでそういう共有感があると良い刺激になるし、毎月誰かが出発すればそれが1年中続くわけで、これは楽しいはずだと思ったんです。

『LAWSONグローバルサイト』

松本:僕は1人目だったこともあり、楽しい旅の写真を仕事中のみんなに日々送って良いのか悩みましたけどね(苦笑)。だって、いくらプロジェクトといっても、始めは罪悪感もありましたから……(笑)。でも僕の場合はまったく仕事をしないわけでもなく、毎日午前中にメールとスカイプで最低限の要件はこなしていました。イギリスで飛行機待ちの時間に、日本からお仕事依頼の電話を頂いたこともあり、距離を超えた働き方ができる時代だと実感できた旅でもありました。
 
つまり、プレゼン時点で全社員が納得できる=本人と会社のためになる休暇プランであればいい。彼らが何を持ち帰って来れたのかは、その後の行動と結果で示すのみ。経営陣としてはこの試みに限らず、会社とスタッフの間には依存関係でなく共存関係を育みたいという。

松本:だから「この休暇制度、来年も続くんですか?」と問われたら、「みんな次第だ!」って答えてます(笑)。会社側としてはメンバーの力になれて、それが共存共栄につながる事なら積極的に試していきたいんです。

「働き方」は企業アイデンティティ

バラバラ名刺も1ヶ月休暇も、理念の実践

一方で、「11ヶ月働いて1ヶ月休む」アイデアの実践は、設立8年目を迎えたワヴデザインが「自分たちらしさ」を改めて考える動きともシンクロしていたという。

松本:世の中にいいデザイン会社は本当にたくさんあります。作るものが良いのはもはや当たり前で、会社を区別するのはそれ以外の要素が大きかったりする。そのひとつが「自分たちらしさ」だと考えます。ならばワヴデザインらしさとは何なのか。これを見つめ直していたちょうど同じ時期に1ヶ月休暇の話もあって、その根底にある「働き方」への姿勢も自分たちらしさではと気付いたんです。

名刺プロジェクトの詳細もHP内に綴られている http://www.wab.cc/project/02_business_card/

働き方と言えば、彼らの名刺にもその思想は端的に現れている。「一人一人異なる個性と役割を持ったメンバーには、それぞれに最適な名刺があるはず」との想いから、そのデザインはまさに十人十色。黄金比による数学的な美を取り入れたテクニカルディレクターがいるかと思えば、写植時代の名フォントと活版印刷による温かな一枚に仕上げたデザイナーもいる。あるデベロッパーは、JavaScriptのデータ記述方式で名刺情報を記すこだわりぶり! 松本さんも、今では日本に数台しかない和文タイプライターで1枚ずつ打文したこだわりの名刺を持っている。

中村:制作費は特に上限を設けず、常識的な範囲で会社が用意します。名刺作りは、WEB制作とはまた異なる様々な印刷技術を試せる機会でもある。各アイデアを印刷に詳しいデザイナーがヒアリングして作っていますが、そういう、一人では難しい実験もここでは比較的やりやすい利点もあります。何事も僕らはまずやってみてから考えることも多いのですが、それも含め、この規模の会社だからこその柔軟性であるとも思っています。

人生における「働く場所」と「働く仲間」

会社に毎日出社せずに働くメンバーがいるのもまた、その柔軟性のひとつかもしれない。主力デザイナーとして働くスタッフの一人が、今そういう勤務スタイルをとっているという。

11ヶ月働いて1ヶ月休む会社 ワヴデザイン株式会社

松本:もちろん、実力も信頼関係もある人だからできたことです。約1年間の会社勤務を経て、自宅がこのオフィスからはやや遠いので「もし家で働いて良いなら、通勤時間分も含めより仕事に打ち込める」と提案され、試してみることになりました。週に1、2回は来ますし、今のところ順調です。家族みたいなもので、距離を置くと互いの良さもわかるものですね(笑)。

中村:むしろ勤務スタイルを変えたことで、そのメンバーは会社の今後を一層考えてくれるようになりました。社内のワークショップをより積極的に引っ張ってくれるし、普段僕らが見逃しがちな情報を提供してくれることも多くて、良い循環が生まれていると思っています。

誰にとっても人生における「働く時間」の存在は大きい。だからこそ、その時間を有意義に過ごすにはどうすべきか。これは松本さんや中村さんが同社の設立当時から話し合い続けてきたことだという。その思考の継続が今、こうした具体的な試みとなって現れつつある。

中村:例えば建築の動線づくりもデザインのひとつで、その設計次第で人の動きが変わりますよね。コミュニケーションもそうで、わかりやすいキャッチコピーから始まる説明は伝わりやすい、これも国語の勉強というよりデザイン的要素が大きい。より広くとらえれば、より良い仕事をするための働き方もデザインのひとつだし、会社経営にも根本的には同じことが言えると考えています。

Wab Design INC. HeadOffice(サブオフィスであるANNEXは、ここから徒歩1分)

Wab Design INC. HeadOffice
サブオフィスであるANNEXは、ここから徒歩1分程にある

松本:僕は会社と個々のメンバーの関係を、恋愛のようにとらえてみることがあります。前職場が元彼氏で、現職場が今彼氏とか(笑)。恋愛も、すごく仲良く見えても依存し始めるとダメですよね。お互い必要としつつ、フィフティ・フィフティでありたい。「一緒にいると楽ができるから」ではなく「好きだからもっと頑張れる」。そんな事も含めて、こういう価値観の会社があってもいいんだよという存在になれたら嬉しいです。

ちなみに、松本さんの世界一周報告ブログには、旅の直前に届いた1通のメールにまつわる回がある。それは同時期にワヴデザインを退職し、フリーのイラストレーターとして旅出ったスタッフからの「ごあいさつ」。これを見ると、上述の松本さんたちの考え方がどう実践されているのかを伺い知ることができる。去りゆく者とのやりとりにこそ、会社と個人の付き合い方は鮮やかに現れるのかもしれない。

「より良きもの」を求めるプロ意識

誤解なきよう付け加えると、彼らは単に「面白そうなこと」を基準に働き方の実験を続けているのではない。例えば、社内共有の勤務管理システム画面には、スタッフに求める「5ヶ条」-「能動性」「コミュニケーション力」「整理整頓」「論理的思考」、そして「向上心」を彼ら流に表現したものが添えてある。ユニークな実験の陰には、常にプロフェッショナルとして生きる気概を共有しようとする厳しさもあった。ただしこの5ヶ条も、ついクスリと笑ってしまう言い回しなのは彼ららしい(社外秘により紹介できないけれど)。
 
今後も「もっとたくさんの面白い人、才能ある人と働きたいし、そこで生み出すものに自分自身がビックリしたい」と語る松本さん。そのためには、一芸のみに優れた人より、広い視野を持つジェネラリストにして特技も持つ、そんな人と共に働きたいという。将来的にはメンバーの国籍も多彩にし、より様々な価値観があふれる会社にしたい、とも語ってくれた。

11ヶ月働いて1ヶ月休む会社 ワヴデザイン株式会社

松本:この人数だからできることを、という考え方もありますが、柔軟性をキープできるなら、より規模を拡大してもいい。もちろん実際には無理のないスピードで、着実に広がる「年輪経営」の形をとると思います。いずれにせよ、一人一人が「自分の成長のためにここで働く」というモチベーションを持てる場でありたい。そうでなければ続かないでしょうし、僕もそんな彼らの人生と向き合いながら共に変化していきたいんです。

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