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ウェブアクセシビリティをもっとかっこよく。デザインで情報格差をなくすためトルクがやっていること

株式会社トルク

株式会社トルク

「デザインの力で情報格差をなくす」。そんなミッションを掲げ、2020年に設立されたデザインテックカンパニーのトルク。代表の本田一幸さん、CDOの阪口卓也さん、CTOの堀江哲郎さんを中心に「ウェブアクセシビリティとデザイン性の両立」を目指して、日々さまざまなプロジェクトに取り組んでいます。

ウェブアクセシビリティとは、ウェブにおけるアクセシビリティのことです。利用者の障害などの有無やその度合い、年齢や利用環境にかかわらず、あらゆる人々がウェブサイトで提供されている情報やサービスを利用できること、またその到達度を意味します。近年では、デジタル庁が「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」を公開するなど、注目を集めています。

そんなウェブアクセシビリティをクリエイティブの軸として大切にしてきたトルクが考える「デザイン」とは何か? また、それを生み出すトルクとはどんな会社なのか? 取材では本田さんにお話を伺いつつ、阪口さんと堀江さんにも参加してもらいました。
  • 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
  • 撮影:丹野雄二
  • 編集:佐伯享介

デザインの力で情報格差をなくす

―トルクは「デザインの力で情報格差をなくす」をミッションに掲げ、ウェブアクセシビリティをデザインとエンジニアリングにおける重要事項に据えています。このウェブアクセシビリティとは、どのような考え方なのでしょうか?

本田:ウェブアクセシビリティは、障害を持つ人を含めたすべてのインターネットユーザーが必要な情報にアクセスできる手段や状態を提供することです。一般の方々の多くは「WEB上の情報は取得できて当たり前」と考えているかもしれません。しかし、たとえば目が不自由な方、手を動かすことができない方、高齢者や、怪我や病気などで一時的に身体が自由に使えない方などは、WEBを利用する際にさまざまな問題・制約が生じる可能性があります。そうした問題を取り払い、すべての人に対して情報にアクセスできる手段を提供する、つまりアクセシビリティを向上することが重要です。

たとえば、音声で読み上げるスクリーンリーダーを使った際の使い勝手を高めたり、カーソル移動で思い通りのページ遷移ができるように適切なフォーカス移動ができるようにしたり、あるいは色弱者でも見やすいように文字と背景のコントラスト比を4.5:1以上にするといった、さまざまな人々の特性に合わせた対応を行なっています。

本田一幸(ほんだ かずゆき)さん。新卒で入社したソフトバンクを経て、2006年前職のWEB制作会社取締役就任。数々の広告サイト、コーポレートサイト、採用サイトなどの制作プロジェクトを手掛けた後、2020年UI/UX、ウェブアクセシビリティ、サーバレスを専門とするデザインファーム株式会社トルクを設立。

―これまでWEB制作の業界では、あまりアクセシビリティに配慮されてこなかったのですか?

本田:ウェブアクセシビリティという考え自体は、「ウェブの父」として知られるティム・バーナーズ・リーの有名な言葉「WEBのパワーは、その普遍性にある。障害の有無に関係なく、誰もが使えることが本質である」にあるとおりlW3C(編注:World Wide Web Consortiumのこと。WWWを使用する際の技術の標準化を推進することを目的に設立された標準化団体)の発足に関連して宣言したされ、1990年代後半からありますので、WEBの始まりとともにあったといえます。WEBサイトをつくる際の品質基準の1つとして以前からずっと存在していました。そのため、HTMLのマークアップに真摯に取り組んでいるエンジニアの多くが大切にしていて、CTOの堀江もフロントエンジニアとしてウェブアクセシビリティ向上を重視して取り組んできた一人です。

社会全体でいうと、2024年4月に障害者差別解消法(編注:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)の改正施行され、民間にも「(障害を持つ人への)合理的配慮」の提供が義務化されることになります。合理的配慮とは障害者が何らかの対応を必要としていると意思を伝えられ時に、負担が重すぎない範囲で対応することです。これに関連してWEBサイトやWEBサービスにおけるアクセシビリティへの関心も少しずつ高まっていくと考えられますが、ウェブアクセシビリティそのものが義務化されるわけではありませんし、現時点ではクライアント側だけでなく、同業者も含めて理解が十分に進んでいる状態とは言えないと感じています。

―そんななかで、トルクは会社設立当初からアクセシビリティを重視したクリエイティブに注力されています。

本田:設立当初は、CTOの堀江が当時の唯一のエンジニアでもあり、彼自身がこれまでウェブアクセシビリティを当たり前のものとして捉え取り組んできたおかげです。そこからさらに踏み込んで会社全体としての取り組みとするという意思決定に至るきっかけとして大きかったのは、SmartHRさんとのお仕事でした。

SmartHRさんは「働くすべての人を後押しするため」という思いを持って積極的にウェブアクセシビリティに取り組んでいる代表的企業の一つです。私たちがご一緒したプロジェクトも、ウェブアクセシビリティに求められるレベルはとても高いものでした。また、そのプロジェクトでご一緒したメンバーの一人ひとりがアクセシビリティに対する意識と優先度を高く設定していて、その価値観が会社の隅々にまで行き渡っていることを感じ、我々としても気持ちよく仕事ができましたし、多くの学びがありました。

これを一度きりの特別なプロジェクトとして終わらせるのではなく、すべてのお客様にもっと広げていくためには自分たちに何ができるんだろうか。そういった、ある種の使命感や私たちが取り組まなければならない社会課題の気づきのようなものが生まれました。そこでトルク全体の方針としてあらためてウェブアクセシビリティを通じてお客様とともに情報格差のない社会の実現を目指していく、という現在のミッションに通ずる意思決定を行ない、いまのトルクがあります。

ウェブアクセシビリティをもっとかっこいいものに

―ただ、法改正を受けてウェブアクセシビリティの重要性がさらに高まっていけば、先んじてこれに取り組んでいるトルクとしては大きな強みになりますね。

本田:多少の影響はあるかもしれませんね。しかし強調しておきたいのは法改正によってウェブアクセシビリティは義務化されたわけではありません。あくまで「合理的配慮」が民間にも義務化されたということになります。

しかしだからと言って、ウェブアクセシビリティの重要性が薄れることはないでしょう。特に、北米やヨーロッパでは法制化を含めた様々な枠組みや取り組みが進んでいて、民間企業に対しても半ばウェブアクセシビリティは義務化されていると言えるような状況も生まれつつあります。また、GoogleやMicrosoftなどをはじめとしたビッグテックや、日本でもソニーや花王などのグローバル企業はウェブアクセシビリティ向上にとても熱心に取り組んでいます。もちろんこれは海外での訴訟リスクのヘッジの意味合いもゼロではないでしょう。

しかし、これまでの歴史を振り返れば、同じ流れが、いずれ日本にも本格的にやってくるという可能性は決して低くはないでしょう。日本でもSaaS企業などWEBを主戦場としているテックカンパニーは、ウェブアクセシビリティへの意識がとても高く、これからのエンジニアやデザイナーにとって基本的なスキルセットとして、ウェブアクセシビリティの知識とスキルを備えていることが当たり前、という時代はもうすでに来つつあると感じています。そう考えると、これからデジタルのクリエイターがキャリア形成するうえでウェブアクセシビリティに対する正しい知識を持ち、実践で得た経験は非常に重要なものになってくると思います。

―逆に言えば、アクセシビリティを軽視しているWEBサイトは遅れている、ダサいくらいの感覚になっていくかもしれません。

本田:それはおっしゃる通りかもしれませんね。実際、僕らトルクのメンバーたちはすでにその感覚に近いものがあります。トルクでは「AAA11Y」という、ウェブアクセシビリティに配慮された素敵なデザインのWEBサイトを紹介するギャラリーサイトを運営していて、社内メンバーが持ち回りでそこに掲載するサイトをリサーチしているのですが、そういった目線で日頃から数多くのWEBサイトに触れていると、ウェブアクセシビリティの水準を満たしていないサイトはイケてないというか、せっかく美しいデザインなのに「惜しいな」という感覚が芽生えてくるんです。

この感覚をクリエイターだけでなく、クライアントの方や多くのインターネットユーザーに広げていくことが大切ですし、今後はその感覚が当たり前になっていくだろうという実感がありますね。

アクセシビリティとデザイン性を、当たり前に両立させる

―良識あるクリエイターがアクセシビリティを大事にしてきた一方で、現状はインパクトのあるデザインやコンバージョンなどを優先するあまり、アクセスのしやすさが無視されているケースもありそうです。

本田:トルクの使命は、アクセシビリティと見た目の美しさや楽しさ、そしてクライアントが望む成果を両立することだと考えています。当たり前ですが、クライアントがトルクにWEBサイトの制作をご依頼いただくのは、そこに売上の向上、ブランディング、人材採用といった何らかの達成したい目的があるからです。

ですから、僕らがまず果たすべきなのはその目的を達成できるよう努めること。ただ、それとアクセシビリティは決して二者択一ではなく、ちゃんと両立できることを証明して、クライアントへの理解を広げていきたいと考えています。

―デザイナーの阪口さんにお伺いしたいのですが、WEBアクセシビリティとデザイン性を両立させるにあたっては、どんな難しさがあるのでしょうか?

阪口:一番は「色のコントロール」です。たとえば、文字と背景に別々の色を使う場合、コントラスト比が足りないと色弱の方が読みづらくなってしまいます。

企業やブランドのWEBサイトの場合、コーポレートカラーや商品のイメージカラーなどをそのままサイトのキーカラーに使うことが多いのですが、そうなると組み合わせる色に制約が出てきます。企業やブランドのイメージとデザインとしての美しさ、そしてウェブアクセシビリティ、すべてを成立させるために文字色と背景色のコントラストを保ちながらデザインすることはつねに意識しています。

阪口卓也(さかぐち たくや)さん。プロダクション数社にて、ウェブサイト/アプリ/サイネージ/AR・VR などデジタル領域のデザインとアートディレクションに携わる。2020年、代表の本田とともに株式会社トルクを設立し取締役就任。ウェブアクセシビリティに配慮したデザイン制作に注力している。

阪口:また、あまりにもトリッキーなレイアウトにすると、音声読み上げ機能に対応することが難しくなります。それでも、無難でありきたりなものにならないよう、エンジニアと連携しながら音声読み上げへの配慮と見た目の良さ、新しさを両立させることにも挑戦しています。

―デザイナーとして、そうした制約を煩わしく感じることはありませんか?

阪口:完全に自由な状態ではないからこそ工夫のしがいがありますし、デザイナーの腕の見せどころです。トルクがやっているのは、かっこいいWEBサイトのあり方を再定義することでもあるのかなと思っていて。

近年は特に、インタラクションでかっこよく見せたり、モーショングラフィックス的な手法を用いることが表現の主流になっていますが、我々が考える素敵なデザインの定義は、かっこよさとウェブアクセシビリティ向上を両立できていること。先ほど本田が申し上げた通り、世界ではすでにその考え方が広く浸透しつつありますし、日本のWEB業界もあらためてそこにフォーカスするべきタイミングにきていると思っています。

―WEBアクセシビリティとデザインの両立を実現した、具体的な仕事の事例を挙げていただけますか?

堀江:最近の事例だと、SmartHRさんの採用サイトですね。パッと見は攻めたデザインで、アクセシビリティに配慮されたサイトだとは誰も気づかないと思います。高い基準のアクセシビリティをクリアしつつデザイン的に映える表現もできるという、わかりやすい事例になっているのではないでしょうか。

堀江哲郎(ほりえ てつろう)さん。2012年より、フロントエンドエンジニアとして活動を開始。Webプロダクション2社で、コーポレートサイト、メディアサイトなどの大規模サイト制作およびCMS製品開発を経験。2021年、株式会社トルクに入社し、2022年、取締役CTOに就任。ウェブアクセシビリティに配慮したJamstack・サーバレスアーキテクチャのWebサイト構築プロジェクトを中心に多数のプロジェクトを手掛けている。

堀江:また、同じSmartHRさんが運営する『SmartHR Mag.』というオウンドメディアのリニューアルをトルクが担当したのですが、こちらは2023年に開催された『第11回Webグランプリ』の「アクセシビリティ賞(企業グランプリ部門)」で優秀賞を受賞しています。

リニューアルにあたっては、リードの獲得をはじめ、オウンドメディアに求められる成果が細かく設定されていました。トルクのエンジニアが持つ最新の技術を実装しながら、それらにきっちりと対応できるよう設計しつつ、高い水準でウェブアクセシビリティにも配慮しています。

―デザイン性やクライアントの要求をクリアしつつ、当たり前にアクセシビリティの基準を満たす。それがトルクのクリエイティブの基本であると。

堀江:そうですね。たとえば、クロスブラウザテストはどの開発チームもやると思いますが、トルクではそれと同じように音声読み上げソフトを使用してみて、問題点があれば修正するなど、アクセシビリティ関連のチェックにかなりの手間をかけています。

失敗したら「おめでとう」。どんどんチャレンジできる環境

―トルクのメンバーや会社の雰囲気などについてもお伺いしたいです。まず、社員の方々の職種や年齢層はいかがでしょうか?

本田:メンバーは現時点で15名。職種はプロジェクトマネージャーやプロデューサー、ディレクターの役割を担う人間が私を含めて3名。デザイナーがアートディレクターの阪口を含めて5名。UXデザイナーが1名。エンジニアが堀江を含めて6名です。年齢層は、20代から30代前半が中心ですね。

トルクのオフィスでは、和やかな雰囲気ながらも集中して作業に取り組むメンバーの様子が見られた

―ちなみに、残業時間を含む労働環境はどうでしょうか。WEB制作の現場は、どうしてもハードワークという印象もありますが。

本田:残業は月平均で20時間を切るくらい。年度末などの繁忙期は40時間を超える人もいますが、基本的に定時の19時で上がる人が多いです。パフォーマンスを維持するためには7時間以上の睡眠がマストだと考えていて、社員にも推奨しています。

―若いメンバーが残業中の上司に遠慮して帰れない、みたいなこともないと。

本田:みんな普通に帰っていくので、それはないですね。私を含め、年齢やポジションが上のメンバーは特に、つねに機嫌が良くいようと努めることを徹底していて、ピリピリした話しかけにくさみたいなものもないのかなと思います。

社員に対しても、折りに触れて「楽しく仕事しよう」というメッセージは伝えています。楽しくといっても、それは決して「何も考えずに楽観的でいよう」ということではありません。うまくいかないことがあってもなるべく前向きに受け止めて、楽しい方向に持っていけるよう努めよう。嫌なことを我慢するのではなく、楽しく受け止めることができる角度を探し自ら動こう、ということですね。簡単なことではありませんが、だからこそやりきろうと。これは会社のカルチャーとして大切にしています。

―となると、これから一緒に働きたい方も、そうしたカルチャーに共感してくれる人になりますか。

本田:そうですね。一番大事なのは「誰にでも優しくありたい」と思えるかどうか。アクセシビリティってベースにそういうマインドがないとなかなか難しいので、家族や身近な人だけでなく一緒に働くメンバー、そのほかたとえばコンビニの店員さん、タクシーの運転手さんなど、すべての人に優しくできる人。少なくとも、そうありたいという気持ちを持っている人は、トルクという会社にすごくフィットするんじゃないかと思います。

もう一つは、何かしらの目標があったり、これからのキャリアに活かせるスキルや知見を身に付けたいと思っている人。そういう人にとって、うちほどエキサイティングな職場はないんじゃないかと思います。ウェブアクセシビリティという、今後必須になるであろうテーマに向き合っているということもありますし、技術面でもつねに最先端のものを追いかけて、新しいことにチャレンジし続けていますから。

僕らのバリューの一つに「失敗したらおめでとう」という言葉があります。成功と失敗は二者択一ではなく、つねに失敗の積み重ねの先にしかないと考えているからです。考え抜きチャレンジしたうえでの失敗はとても推奨しています。ですから、新しいことを面白がり、楽しみながらチャレンジしたい人に、ぜひ応募していただきたいですね。

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株式会社トルク

株式会社トルクは、「デザインの力で情報格差をなくす」をミッションに掲げるデザインファームです。表層的なビジュアルだけをデザインと捉えず、意志、意図、言葉、体験、プログラム、システム、動きなど、人の営みを豊かにする創造のすべてをデザインの対象と捉えています。

美しく使いやすいだけでなく、障害者を含めたすべての人々がインターネットやデジタルの恩恵を享受できる社会を実現するために、ウェブアクセシビリティをデザインと技術の最重要要素の一つと捉え、「世界から情報格差をなくす」ことを目的に活動しています。

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