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インタウンデザイナーを体感する白熱のワークショップキャンプをレポ。12名が長野県富士見町で共創

「地域のインタウンデザイナーとして、自分ならどんな関わり方ができるのだろう?」
地域に密着してデザイン活動に取り組む、インタウンデザイナーという働き方。その活動に興味を持っていたとしても、解像度の低さゆえに行動に移すことは難しいと感じているクリエイターは少なくないかもしれません。

そこで、インタウンデザイナーとしての可能性を探る1泊2日のイベント『インタウンデザイン キャンプ~地域とデザイナーの新たな関係を考える~』が、長野県諏訪郡富士見町で2024年3月15日と16日に開催されました。

都心部の企業で働くインハウスデザイナー、他地域のインタウンデザイナーや行政従事者計12名が参加し、富士見町の魅力や課題を発信することをテーマにしたワークショップを実施。最終的にプロモートのためのアイデアを提案しました。この2日間を通して、どのような気づきが生まれたのでしょうか?
  • 取材・文:宇治田エリ
  • 撮影:タケシタトモヒロ
  • 編集:佐伯享介
  • Sponsored by:経済産業省

地域とデザイナーの新たな関係を考える。2日間の「インタウンデザイン キャンプ」開催

新宿から電車でおよそ2時間15分、長野県の南端にあり、八ヶ岳連峰と南アルプスの麓に位置する高原の町、長野県富士見町。車で15分程度あれば町内を巡ることができるほどコンパクトな町に、13,035人(2023年10月現在)が暮らしています。また、本州の中心にあるこのエリアは、黒曜石など資源が豊富だったことから縄文時代は首都のような場所として栄え、いまもたくさんの遺跡や土器が遺されています。

豊かな自然に囲まれている長野県富士見町

豊かな自然に囲まれている富士見は、春から秋にかけては登山やマウンテンバイク(MTB)、夏は避暑、冬にはウインタースポーツを楽しむ人たちが訪れています。冷涼で湿度が低く日照時間も長いことから、農業が盛んに行なわれ、レタスやワイン用のブドウ、イチゴ、ルバーブなど、さまざまな高原野菜が収穫されます。特に2019年4月にオープンした「カゴメ野菜生活ファーム富士見」は、富士見の新たなランドマークとして浸透しつつあります。

また、精密機械工業に強みがあり、「東洋のスイス」と名を馳せるほど。さらに、日本三大奇祭のひとつに挙げられる「御柱祭」も、この地に住む人々の誇りとなっています。

諏訪地方観光連盟による御柱祭のプロモーション動画。7年に1度、諏訪地方で開催される御柱祭は、大きな柱を曳く御柱曳行で有名な祭り。柱を担当する各地区の氏子だけが参加可能で、一般参加はできない。

近年は2地域居住や移住が盛んで、自然豊かな新天地を求めて富士見町にやってきた人材が、街の活性化に寄与しているといいます。

そんな富士見の町を舞台に、経済産業省主催(共催:富士見町)のイベント『インタウンデザイン キャンプ~地域とデザイナーの新たな関係を考える~』が、2日間にわたって開催されました。この2日間で参加者が取り組むのは、デザイナーとしてどのように富士見という街を国内外にプロモートすることが可能なのか、街のことを知り、他者との共創ワークショップを通して考えていくというもの。

具体的には、観光県として国内外から人気の高い長野県にあり、「八ヶ岳」というブランド力の高い山岳エリアの麓に位置しており、そして観光や移住先としてのポテンシャルが高いながらも、観光エリアとしてのアピール力がほかの地域よりも劣る現状を踏まえ、観光エリアとしてより多くの人を集めるための長期的なブランドコミュニケーションのコンセプトと、その戦略や施策案を考えていきます。

今回の参加者の多くは、2023年10月に経済産業省が公表した『デザインがわかる、地域がかわる インタウンデザイナー活用ガイド』に興味を持ち、インタウンデザイナーの要素となる「地域に密着してデザイン活動に取り組む」ということが具体的にどのようなものなのか、そしてデザイナーはどのように社会に貢献していくことができるのか、そのヒントを探りに来たといいます。

無料でダウンロードできるガイドブック『デザインがわかる、地域がかわる インタウンデザイナー活用ガイド』

参加者は計12名。インハウスデザイナーは、オムロンヘルスケア株式会社の田邊友香さん、富士通株式会社の稲垣潤さん、三菱電機株式会社の福高新作さん、キヤノン株式会社の市川祐司さんら、運営を担当したCINRA, Inc.からは野中愛さんが参加。また、インタウンデザイナーとして、千葉と神奈川の2拠点で会社員・個人として活動する合作株式会社の藤﨑梢さんらが加わりました。さらに、デザイナーの枠を越え、インハウスデザイナーが参画する「JEITA デザイン部会」の事務局を担う一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の飯野美生さん、埼玉県横瀬町役場の職員である田端将伸さんらも参加。

「これまでのキャリアを活かしながら、地域の課題にどのように向き合い、どのような価値を提供できるのか挑戦したい」といった意気込みで、みなさんこの日を楽しみにしてきたのだとか。

富士見町に集合した一行は、さっそく街の視察へ。富士見パノラマスキー場の山頂から富士見の街を見渡し地理的特徴を把握したほか、富士見駅前や富士見高原など、町の主要スポットを確認して回りました。

ロープウェイで富士見パノラマスキー場の山頂へ移動し、富士見町の地形を確認する参加者たち

「地域でどう活躍する?」インタウンデザイナーが集う富士見森のオフィスでワークショップスタート

視察を終えた一行は、ワークショップの会場である「富士見 森のオフィス」へ移動しました。

ここ森のオフィスは、もともと武蔵野大学の保養施設だったところを改修し、2015年にオープン。個室型オフィス 、コワーキングスペース、会議室、食堂を有する複合施設で、敷地内には宿泊施設やキャンプ場もあります。ドイツ・ベルリン発のコワーキングスペース専門メディア「Coworkies」による書籍『AROUND THE WORLD IN 250 COWORKING SPACES』で、世界のコワーキングスペース250選に選ばれるなど、国際的にも注目されているスペースです。

富士見 森のオフィスでは、2020年から自然環境にいい働き方の実現を目指して「GREEN COMMUNITY」プロジェクトを推進。ごみの削減や資源の分別、環境負荷の少ない設備や備品の導入、アップサイクルのワークショップなどに取り組んでいる。

開放的な空間には、普段からコワーキングスペースを活用する人々の姿が。ここで働いているのは、デザイナーやWEBディレクター、エンジニア、映像作家、マーケターといったIT業界のプレイヤーだけでなく、料理人、農業に携わる移住者、写真家など多種多様。森のオフィスで働くことで、地域の人やインタウンデザイナー同士の自然な交流が生まれ、仕事や活動に広がりが生まれたという人も少なくないそう。現在は、コワーキングスペースの会員登録者数の合計が1,600人以上となり、地域のにぎわいづくりに貢献しています。

施設見学を終えた後は、ワークショップに向け、「八ヶ岳の玄関口としての富士見町を国内外にプロモートするには?」というテーマの背景について、詳細が語られました。

登壇者は、富士見町役場総務課 企画統計係の雨宮陽一さん、Route Design代表として森のオフィスを運営し、富士見と神奈川の2拠点で活躍するインタウンデザイナーの津田賀央さん、富士見に拠点を置いてインタウンデザイナーとして活動するマツダショウジデザイン代表の松田裕多さんの3名。

富士見町役場総務課 企画統計係の雨宮陽一さんが登壇する様子

雨宮さんからは、富士見町についての概要や現在抱えている課題が伝えられるとともに、自治体の視点から「行政は仕組みづくりの役割を果たせるけれど、『こういう世の中になっていったらいいな』という理想を描くことは苦手。一方で、インタウンデザイナーの方には、行政や地域が理想の未来を目指す上で、迷わないようにコンセプトを立て、その道のりを描き、導いていただく力がある。地域が一丸となって変化していくためのガイドとなるような、重要な存在だと感じています」と、デザイナーに対する期待が語られました。

Route Design代表であり、富士見 森のオフィスを運営する津田賀央さん

続いて津田さんからは、富士見町に移住を決めた理由やインタウンデザイナーとして関わってきたプロジェクト、そして9年間にわたる森のオフィスの成長過程が紹介されました。これまでの施策の積み重ねから、大小さまざまな地域の取り組み(シビックアクティビティ)によって、地域住民・地域事業者同士のつながり(シビックコネクション)が育まれることが、地域住民に地域に対する愛着(シビックプライド)を醸成させ、結果として賑わいある地域へと発展していくことに気づいたといいます。

マツダショウジデザイン代表の松田裕多さん

松田さんからは、もともと東京でプロダクトデザイナーとして活動していたものの、地域を拠点に活動するようになってから、手がけるデザインの幅が大きく変化したという話が具体例とともに語られました。

インタウンデザイナーとして持つべき3つの心得として「費用感を抑える」「土地勘を持つ」「デザイナー同士、競合でなく共同体としての意識を持つ」を挙げた松田さんの話は、参加者の心に響いた様子。

その後、2つのチームに分かれ、各自テーマをもとに事前に練ってきたアイデアを持ち寄り、ブレインストーミングが1時間半ほど行なわれました。参加者たちは、町の視察や、町の人たちからのインプット、そしてほかのメンバーのアイデアやディスカッションから、考えが大きく飛躍したようで、「さまざまな視点から富士見町のことを考えることで、視野が広がったと感じた」という参加者もいました。

2チームに分かれて行なわれたワークショップの様子

ワークショップ後は夕食を兼ねた懇親会が開かれ、お互いのバックグラウンドを深掘りしながら、議論を深め、チームの団結が深まったところでワークショップの1日目が終了しました。

軽トラ活用やエクストリームな新スポーツも。ユニークな発想に驚く2チームの発表

2日目、森のオフィスでは各チームで早い時間から議論が行なわれていました。ワークショップがスタートする頃には、問いやアイデアを書いた付箋が初日の約3倍に。さらに提案の方向性を定めるため、各チームで森のオフィス運営担当者に話を聞いたり、たまたま訪れた移住希望者にインタビューしたり、森のオフィスのメンバーでもある「カゴメ野菜生活ファーム富士見」の仕掛け人との交流からインスピレーションを受けたりしながら、課題の精査と解決の糸口を探っていきました。

2日目のワークショップはチームごとに別の場所で実施。アイデアを案にまとめていく。

午前中のワークショップでアイデアをまとめあげ、2チームが最終発表を実施。その後、富士見町役場の名取俊典さんと雨宮さん、津田さん、松田さんによる講評が行なわれました。

最終発表の様子

最初に発表をしたのは、インハウスデザイナーとインタウンデザイナーで構成されるチーム1です。彼らはまず、富士見町の「いいところ」を洗い出し、「登山やロードバイクなどいろんな初めてを体験できる」「人が多すぎない穴場感」「いろんなチャレンジを許容してくれる心の広さ、多様性がある」といった点に注目。それに対し、「魅力的なコンテンツはたくさんあるけれど、それをつなげるためのユニークさが足りない」という点を課題として捉え、点在している場所と場所をつなぎ、地元民と移住者、観光客の精神的なつながりをつくるため、「山を楽しむ人を応援する町、富士見町」というコンセプトを提案しました。

そこから「ユニークなつながりをつくるには?」「登山者への応援を伝えるには?」「移動体験をつくるには?」といった問いを立て、それらを解決するさまざまな施策を提案。たとえば、「八ヶ岳の最高峰である赤岳に登るのに3,000kcal消費するのであれば、3,000kcal食べてプラスマイナスゼロにできる専用の弁当『山弁』をイベントバザールで販売し、空になったお弁当箱を持って帰ってくると登頂メダルをもらうことができる」といった案や、「登山に訪れた人が山で見た景色や楽しみを写真や絵で投稿し、富士見駅や街中のデジタルサイネージに投影することで、町の人と観光客のつながりを深めていく」といった案も。さらには、「町内にたくさんある休眠軽トラを活用し、キッチンカーやヒッチハイクサービス、フェスなどの施策を行ない、物理的にも人の心の距離もつないでいきたい」「有害鳥獣である鹿を移動手段として活用してみる」などといったユニークな案が発表されました。

講評を述べる富士見町役場 総務課専任課長の名取俊典さん

講評では、「地元の人で山を楽しむ人はじつはそれほど多くない」と指摘されつつも、「応援の気持ちを込めて手を振るなど、ポジティブなアクションは取り入れやすい」「デジタルサイネージで山を楽しむ観光客の姿を日常的に見るようになることで、町民も山を楽しめる町であることに誇りを持てるようになっていくのではないか」「軽トラが心の距離を近づけることに共感する」「山弁も、赤岳や阿弥陀岳などそれぞれ具材を変えた専用弁当にして、持ち運びしやすい形状で販売すると良さそう」とのコメントが。全体を通して、すぐにでも実行に移せる実用性の高いアイデアとして評価されました。

続いて、インハウスデザイナーと他地域のインタウンデザイナー、行政職員らで構成されるチーム2が発表しました。

初日は、「八ヶ岳の玄関口」をプロモートするとあるが、そもそもPRするポイントは八ヶ岳でいいのか? と、課題を問い直すところで足踏みしてしまったといいます。しかし、富士見町で体験した山から街を見下ろす体験に圧倒されたことを思い出し、あらためて八ヶ岳を中心に据えたブランドコミュニケーションを考案。富士見にある2つのスキー場に加え、特徴的なアセットとして「カゴメ野菜生活ファーム富士見」にも着目しました。それらの共通項として「健康」というキーワードが浮かび上がり、山のスポーツと食を堪能して健康になるという、「富士見町ヘルスツーリズム」という提案に結びつきました。

「食」の観点からは、ファームを活用することを前提に、収穫体験や種植え体験、地元野菜だけでなく空気を食べ、その旅を通してどれだけ健康になれたかをチェックできるといった、富士見町に再び訪れたくなる仕掛けを含んだアクティビティを提案。スポーツの観点からは登山だけでなく、MTBやスキー、スノーボードなど急斜面を駆け降りるスポーツを楽しむ人が多く訪れることに着目し、1200年続く伝統文化「御柱祭」と紐付けた、新しいエクストリームスポーツの提案が会場を沸かせました。

講評では、「長野県は全国的に見ても健康寿命が長く、富士見町は特に介護にかかる方が少ない。今後も健康寿命を伸ばすための施策は必要だし、観光の観点からも、町外の人にも食を通して伝えていくことは重要だと思う」「実際に町民も、富士見の野菜と運動の掛け合わせで健康になっている」「自作の乗り物をつくり、御柱のように坂道を駆け降りる競技をつくり、大会イベントを開くのも面白そう」「御柱祭に参加できない町外の人も、その熱さやスリルを味わうきっかけになりそう」「エクストリームというキーワードから、『富士見ってヤバい』と思える、インパクトのあるプロモーションが生み出せそう」と、想像が膨らんだ様子でした。

講評を述べる富士見町のインタウンデザイナー・松田裕多さん

講評を述べる富士見町のインタウンデザイナー・津田賀央さん

大切なのは、関係性を構築していくこと。参加者が発見したインタウンデザイナーとしての関わり方

「八ヶ岳の玄関口としての富士見町を国内外にプロモートするには?」というテーマに対し、1日半というタイトなスケジュールで生まれた、新たなアイデア。ここで生まれた提案は、今後実現に向けて走り出す可能性もあるのだとか。

今回のワークショップを通して、インハウスデザイナーからは「インハウスだと、同じ領域に対して仕事をすることが多くマインドが固まりがちなので、いろいろな人に出会えたことがすごく良かった。一人ひとりの想いに触れられた」「短い時間だったけれど、普段の仕事では得られない経験ができた」「ここで終わりにするのではなく、実際にプロトタイプをつくってみたいと思った」「体験した人とアイデアを出しあうことは、自分一人で作業する情報量と全然違うと思った」「自分の思いを伝えていくと、人がついてくるのだと感じることができた。もっと発信していきたい」といった感想が。

また、ほかの地域で活動するインタウンデザイナーからは、「自分の活動する地域を愛着のある場所にどうやって変えることができるか、今後も考えていきたいと思えた」「暮らし、住む人に触れられたことが面白かったし、また富士見町に来たくなった。このキャンプ自体、コンテンツとして面白い。こういった取り組みから生まれたつながりが、今後も続いていったら嬉しい」という声も。

ほかの地域でまちづくりに関わる担当者からは、「いままで地域に引きこもりすぎていたと実感できた。外部と積極的に関わることの大切さを感じた」「やはりまちづくりにはデザインが必要だと実感した。自分たちももっと地域とデザインの関わり方を学んでいきたいという気持ちになった」と、それぞれの視点から感想が寄せられ、インタウンデザイナー像の解像度が上がったようでした。

総評を述べる経済産業省デザイン政策室の三浦敏郎さん

地域と密接に関わりながら、丁寧にデザイン活動を続けていくことで、その地域ならではのデザインが生まれ、温かみのある経済圏が生まれていくのかもしれない。そんな手応えと可能性が感じられた2日間となりました。

デザイナーが、デザインが、必要とされるのは決して都会だけではありません。この記事を読んだあなたも、地域へ一歩足を踏み入れてみてはいかがでしょうか?

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