
19年越しの想いが結実——STUDIO4℃『ChaO』青木康浩監督が語る、動きで魅せるアニメーションへのこだわり
- 2025.09.08
- REPORT
『鉄コン筋クリート』や『海獣の子供』などエンターテイメント性と映像の芸術性を兼ね備えた作品を世に送り出してきたアニメスタジオ「STUDIO4℃」。そんな、老舗スタジオがこの夏、新作『ChaO』を発表した。
『ChaO』は人魚と人間が共存する世界を舞台にした、「人魚姫」の物語だ。監督を務めるのは本作が長編デビュー作となる青木康浩さん。「動きを重視したアニメーションに振り切った」と青木監督が話す通り、予測不能なキャラクターたちのコミカルな動き、独特なタッチの背景美術、水の表現の気持ちよさなど、STUDIO4℃ならではの映像的な快感にあふれた作品だ。
『アヌシー国際アニメーション映画祭2025』の長編コンペティション部門で審査員賞を受賞し話題を集める本作はどのようにして誕生したのか。映像的な気持ちよさの裏側にある、19年に及ぶ制作への想いとアニメーションへのこだわりについて、青木監督にお話しを聞いた。
- インタビュー・テキスト・編集:吉田薫
「人魚姫」という題材だからこそ動きを重視したアニメーションに振り切れた
ー企画が2016年にスタートしたと聞きました。企画スタートの経緯をお聞かせください。
青木:19年前にSTUDIO4℃が『Amazing Nuts!』というアニメーションと音楽がコラボレーションしたオムニバスアニメをつくった際に、倖田來未さんが音楽を担当した「たとえ君が世界中の敵になっても」という収録作の監督を担当しました。そのときから長編にしたいという願いがあって、15年前ほど前から、この作品をベースに物語を膨らませていこうという動きがありまして。
2016年になった頃に田中(栄子)さんから『ChaO』の原型になるプロットをいただいて、これは『Amazing Nuts!』の延長線上にあるものだと直感で感じすぐに引き受けました。僕の中ではつながっている企画なので、スタート当初から主題歌は倖田さんにお願いしたいと考えていました。倖田さんもオファーしたらすぐにご快諾くださって嬉しかったです。
ー本格的にスタートしたのは9年前ですが、監督としては19年に及ぶプロジェクトということですね。制作が長期になることでの難しさや困難はありましたか?
青木:どちらかというとプロデューサーの田中のほうが大変だったと思います。僕自身は、継続していく中で難しい面ももちろんありましたが、基本的には作品に没頭している時間がただただ楽しかったです。
周りのスタッフも『ChaO』は他ではやらないようなことをやってるということで、他の仕事のガス抜きとして楽しんでもらえるような感じでした。
ー今回は 童話『人魚姫』の物語が下敷きになっていますが、この題材をいま選んだ理由はありますか?
青木:あまり他のアニメスタジオがやっていないものを、というところは意識しましたが時代性などはあまり考えてないですね。
あと『人魚姫』をベースにした物語には、地上に上がってきて、異文化の中で困難を乗り越え成長していくというプロセスがどの作品にもあります。「人魚姫と言えばこれだ」というベースが多くの人の中にあるので説明セリフが必要ないし、物語がスピード感を持って回転してくれるんです。この題材だからこそ、動きを重視したアニメーションに振り切れたというのがあります。
ー確かに、セリフよりも動きで見せる作品だと感じました。
青木:説明セリフにしてしまうと、みんな飽きちゃうと思ってたので。『ChaO』の物語は静かに大人な演出をするという作品ではないなと思ったし、僕がやるんだったら動きの面白さで見せていきたいと思いました。
チャオとステファンの不器用さと優しさを、俳優2人が表現した
青木:『ChaO』は「こういう動きをしてほしい」と各アニメーターに指示しなかった、とても珍しい作品なんです。僕のコンテが8割だとしたら、2割はアニメーターたちがコンテから想像を膨らませてアドリブで描いてきてくれました。「この子はこう動くだろう」という正解がないタイプのキャラクターたちだったので、失敗というものがないんですよね。スタッフの皆んな、勘がとてもいいので、コンテから汲み取って何倍にも膨らませてくれました。
ー「正解がない」ということですが、チャオは非現実的なまでに純粋無垢で、一方のステファンは人間臭さのあるキャラクターでそれぞれ魅力的でした。どのように作りあげたのですか?
青木:チャオは一途であんまりごちゃごちゃ考えたり迷ったりせず、純粋でかわいい子なのかなぁと想像しながらキャラクターをつくっていきました。ステファンは迷ったり間違えたり、主人公らしく右往左往してもらって。
やっぱり共感はある程度してもらいたいので、最初はキャラクターの設定を練りましたけど彼らがどう動くかは計算しきれないんですよね。なので、最初の設定をきめたあとは、キャラクターが勝手に動き出すまで待ちました。
チャオもステファンも、間違えたり迷ったり戻ったりしながら、それでも前に進もうとする愛嬌のある人たちなんだなというのが自然に出てきましたね。
ー鈴鹿央士さんのステファンと山田杏奈さんのチャオもぴったりでしたね。声優ではなく俳優を起用した理由をおうかがいしてもいいですか?
青木:あんまりうますぎてハリがあると2人に合わないと思ったからですね。2人とも不器用な子ですから、不器用にならざるを得ないわけです。特にチャオは人魚ですからね。だから少しぐらい、微妙にぎこちないほうがよかったんです。
鈴鹿さんと山田さんを見つけるのに1か月程度かかったと記憶しています。決め手はやっぱり、どこか抜けてるところと、人の良さですね。そこはすごく大事にしました。
いざ決まって鈴鹿さんと山田さんに演じていただいたら、もうステファンとチャオにしか聞こえないぐらい馴染みました。声から滲み出る不器用さと人の良さが、より2人を共感できるキャラクターにしてくれたと思っています。
似ているようで全然違う。上海を舞台にした理由とは
ー上海を舞台のモデルにした理由についてもうかがいたいです。未来感と現実感のバランスが絶妙で、自然と物語世界に入っていくことができました。
青木:上海は同じアジアで、飛行機で2〜3時間という距離にあるのに、ものすごい未来感と昔ながらの古いものが混在しているコントラストが面白いと思いました。『ChaO』を作りはじめた頃は、中国が経済大国第2位になるぐらいの勢いがありました。街と人間の熱量が街をつくっていると思っていて、ロケハンに行った際、上海の熱量は『ChaO』にちょうどいいのではないかと思いました。
ーロケハンで印象的だったことはありますか?
青木:びっくりしたのは、銀座の真ん中みたいな煌びやかな繁華街で、夜8時からお母さんたちが安いラジカセを持って踊り出すんですよ。踊ってた方になんでやっているのか聞いたところ、交流と健康のためらしいんですけど。日本でやったら止められちゃうし、そもそもやろうと思わなそうですよね。
日本とは似ているところもあるけれど、体験すると全然違うという文化の差が、『ChaO』のちょっと外した面白さにつながったと思っています。
劇中に街中でチャオが踊るシーンがありますが、あれはギャグでも何でもなく、実際に上海の人たちは踊っているんですよね。僕らから見ると突飛だと思うような演出ですが、向こうの人が見たら「いつものことね」ってなるんじゃないでしょうか。あのシーンは舞台が上海だから生まれました。

チャオが街中で踊るシーン
ー上海という舞台に、独自の世界観を構築する美術監督・滝口比呂志さんのお仕事が合わさって、とても素晴らしかったです。
青木:滝口さんは『花とアリス殺人事件』を見て、この背景の方にいつかお願いしたいなと思っていたら、『ChaO』の企画がきたタイミングで声をかけることができました。
ー本作に関して、滝口さんは、キャラクター一人ひとりの細かい設定を考えながら美術を描いていると別のインタビューでお話しされていらっしゃいました。
青木:ステファンとチャオ以外にもいろんなキャラクターがいるでしょう。 僕もそうですけど、この人たちの人生を考えながら描くのが楽しいんです。脇役と言いますけど、全員が主役級のパンチのあるキャラクターです。描く描かないにかかわらず、そのキャラクターたちにもストーリーがないと、作品は面白くならないですよ。背景もそうなんだと思います。
エンターテイメントで空腹は満たされないけど、ないと困るもの
ー 今回『アヌシー国際アニメーション映画祭2025』で審査員賞を受賞されましたね。現地の反応などで印象的なものはありましたか?
青木:コメディ要素が非常に強い作品です。みんな笑うことは大好きなんでしょうけども、なかなか映画祭でこういう作品に賞をいただくのは難しいんですね。もっと思索的で社会的要素の強い作品が受賞することが多いですから。
『ChaO』という作品で、この賞をいただいたことに驚きと同時に嬉しかったです。『この世界の片隅に』の片渕(須直)監督の次に『ChaO』ということで、そのフランスの振り幅の広さに感銘を受けました。
ーたしかに、映画祭では社会的テーマが強く打ち出された作品が受賞する傾向があるように思います。分ける必要もないとは思いますが、青木監督は『ChaO』をエンターテイメントとしてつくりたいと考えていましたか?
青木:エンターテインメントを作りたいなと思ってました。制作を進める年月の中で、震災や災害、戦争などが起きました。アニメもドラマも映画も、あと音楽もそうですけども、そういう辛い現実から少しでも解放させるために存在していると思うんです。エンターテイメントで空腹は満たされませんけど、ないと困るんですよね。『ChaO』もそういう作品になってくれたら嬉しいな、という思いでつくっていました。
結果的に、わかりやすさやエンターテイメント性があったり、映像的には複雑だったりと、いろいろなギャップが混ざり合った、絶妙なバランスのアニメーション映画になったなと思います。
ーでは最後に これから見る方にメッセージをお願いします。
青木:スクリーンに映ってるものを「こういうことかな」と自由に見てもらってもいいし、「くだらないな」と思ってもらうのもいいですし、「笑えないな」と思うのもそれも自由だと思います。笑いというのが一番難しいですから、「滑ったな」ということもあると思うんですけども、まだまだ暑いですからね(笑)。涼んでもらってもいいのかな。そういう面白さがある作品として、見たまま楽しんでいただければ嬉しいです。