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仕事を中断しても、意見しなきゃいけないときがある。ハリウッドの歴史的ストライキを振り返る

エンタメやクリエイティブ業界で働くことを考えるうえで、対岸の火事で済ませてはいけない出来事が2023年に起きました。映画産業の中心地・ハリウッドで巻き起こった脚本家と俳優のダブルストライキです。

世界のエンタメ界の中心地といってもいいハリウッドで起こったこの出来事は、一体なぜ発生し、どのように落ち着いたのか。そして、60億ドル以上ともいわれる超巨大な経済損失があったダブルストライキは、市民からどのように受け止められたのか? 和を重んじてか、契約内容に異議を唱えることに高いハードルがある日本のエンタメ・クリエイティブ業界の被雇用者にとっても、学ぶべき点がありそうです。 LA在住のジャーナリスト・猿渡由紀さんにレポートしてもらいました。
  • 文:猿渡由紀
  • 編集:佐伯享介

あのトム・クルーズも。莫大な経済的損失をもたらした歴史的ダブルストライキ

2023年、エンタメ界最大のニュースの1つは、間違いなく全米脚本家組合(WGA)と全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキだった。この2つの組合が同時にストライキを起こしたのは、1960年以来、初めてのこと。今回のダブルストライキが全米の経済に与えたダメージは60億ドル以上(日本円で約9,000億円)といわれる(※1)。

トム・クルーズの来日が急遽中止になったこともあり、SAG-AFTRAのストライキについては、日本でも当初かなり話題になった。

だが俳優たち、また、その2か月半前にストライキを始めていた脚本家たちは、唐突に立ち上がったわけではない。彼らにとっての雇用主にあたるスタジオとの定期的な契約更新にあたり、交渉の末、納得する条件を得られなかったことから、ストライキという最終手段に出たものだ。

ストライキ前に撮影されたトム・クルーズのコメント映像

「安定した収入」を勝ち取ってきた過去。しかし時代は変わった

全米脚本家組合(WGA)、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)、監督組合(DGA)、それぞれの組合は、メジャースタジオや大手配信会社を代表する全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)と、3年ごとに労働契約を結ぶ。2023年はその3年目にあたる年で、WGAは5月1日、SAG-AFTRAは6月30日が現行の契約の失効日だった。彼らが結ぶ契約には、最低賃金の規定やAMPTPからの健康保険、年金への貢献、「レジデュアル」と呼ばれる過去にかかわった作品が再利用される際の印税など、細かいことまでしっかりと書かれている。

今回の契約更新で大きな争点となった1つは、このレジデュアルだった。

そもそもレジデュアルは、過去の契約更新で、脚本家や俳優たちが勝ち取ってきたものだ。その昔、映画は劇場でしか見られなかった。しかしテレビが発明され、その後ホームビデオが出てくると、自分たちが過去に貢献した作品が別の形で収益を上げるなら、自分たちにもおこぼれがないのはおかしいと、彼らはその都度声を上げたのだ。

そうやって手に入れたレジデュアル収入は、仕事が不定期になりがちな俳優や脚本家という職業にとって、貴重な収入源となった。

だが時代はまた流れ、今度は配信という、それまでの流れになかったものが入ってきたのである。それどころか、配信はいつのまにかメジャーネットワークやメジャースタジオよりもずっと多い数の作品をつくるようになった。配信オリジナル作品は、1つのプラットホームを出ることがないので、従来のモデルにもとづくレジデュアルは発生しない。一応、先に決められた一定額をレジデュアルとして払ってはくれるが、それっきりだ。その作品がどれだけヒットしたところで、額が増えることはない。

そのことにずっと不満を募らせていた脚本家と俳優にとっては、契約を更新するいまこそ不満を解消しなければタイミングだった。本来なら3年前にも持ち出したかった事柄だが、2020年は新型コロナウイルス感染症のパンデミックで映画やテレビの撮影が完全にストップしたため、そういう状況ではなかったという事情もある。

しかし、劇場用映画の興行収入が公表されるのと違い、Netflix、Amazon、Appleなど配信会社はそもそも視聴時間データを秘密にしていた。俳優と脚本家が望むように、成功に応じてレジデュアルを払うとなれば、データを公表しなければならない。そこが、この件で合意にたどりつく上での最大のハードルだった。

2023年7月20日、ロサンゼルスで行なわれたストライキ。俳優のジェーン・フォンダとジューン・ダイアン・ラファエルも参加した。

AIや最低賃金、自撮りオーディションのルール……ストライキの争点と、手にした「成果」

争点はレジデュアルだけではなかった。最低賃金をどれだけ引き上げるのかでも揉めた。物価が上昇するなか、最低賃金もそれに見合うように上げていかないと、同じ仕事をしていても生活が苦しくなる。SAG-AFTRAは当初、初年度に15%のアップを要求したが、AMPTPは5%でも寛大だと主張し、開きは大きかった。

AIの使用をどこまで許すのかも複雑で、最後までまとまらなかった課題だ。さらに、SAG-AFTRAは、自録り映像によるオーディションのやり方について新しいルールも要求していた。

そうして、WGAの場合は148日、SAG-AFTRAの場合は111日、自分たちの権利のために戦った末、ようやく納得できる契約を手にしたのである。妥協はあったが、交渉とはそういうものなのだ。

たとえば、AIについて。SAG-AFTRAとAMPTPは、俳優のデジタルレプリカをつくる場合、必ず本人の了解を得ること、またデジタルレプリカを使う場合は、それが本人だったら撮影にかかったであろう日数分のギャラを払うことなどで合意した。WGAは、AIに脚本を書かせたり、書き直しをさせたりすることを禁止するということで合意した。

自録りのオーディションに関しては、提出の締切は最低でも土日祝日を除いて48時間以上先であること、またオーディションで演技をさせるのは脚本8ページ以下であることなどで合意がもたれた。

SAG-AFTRAの最低賃金アップ率は7%で、彼らが希望した15%より、AMPTPが主張した5%に近いところで落ち着いている。だが、もし戦わなかったら、5%だったのだ。

成功した配信作品にもっとレジデュアルを払うべきであるという要求に関しては、AMPTPも妥協した。WGA、SAG-AFTRAとも、配信開始から90日以内に、会員の20%以上が見た作品については、ボーナスが支払われるというのが新たなルールだ。

そのルールでは支払われる対象作品が限られるため、俳優、脚本家にとって完全に満足のいくルールではなかったかもしれないが、データをある程度公表することを配信会社が認めたというのは、大きな意味を持つ。

事実、ストライキが終わってそれほど経たない12月半ば、Netflixは突然、ほぼすべての作品の視聴時間データを公表したのだ(※2)。

What We Watched: A Netflix Engagement Report; Netflix Press Conference

このストライキを通じても、データを隠してきたせいでつくり手たちに信頼してもらえなくなったことをさらに体感した彼らは、これはもう避けられないことなのだと判断し、どうせ組合に対して中途半端に公表するのなら、いっそ全部見せようと思ったのではないか。これは組合員たちもおそらく予想していなかったに違いない、すばらしい展開だった。

つまり、ストライキをした甲斐は十分あったわけだ。しかしストライキで辛い思いをしたのは、脚本家と俳優だけではない。

超巨大な損失にもかかわらず、ストライキを支持したアメリカの大衆。根底にあるのは「怒り」

数か月にもわたって映画やテレビの撮影とプロモーション活動がストップした影響で、映画やテレビの製作に直接かかわるカメラマン、衣装デザイナー、メイクアップアーティスト、クルー、小道具レンタルショップ、ドライバーなどはもちろんのこと、周辺のレストラン、ホテルなど、あらゆる人たちが経済的な打撃を受けた。

一般人も、撮影がストップしたせいで秋に始まるはずだった好きなドラマの新シーズンが見られなかったり、たとえば『デューン 砂の惑星PART2』など、楽しみにしていた映画をもっと先まで待たなければならなくなったりしている。

映画『デューン 砂の惑星PART2』予告 2024年3月15日公開

経済的な損失を被り、楽しみが奪われたにもかかわらず、多くの人は文句を言わず、俳優や脚本家たちを支持した。ストライキ中、ストライキの相手であるスタジオや配信会社の前に集まり、デモ行進をする俳優と脚本家たちを見かけると、通りかかる車はこぞってクラクションを鳴らして支持を表明したものだ。

ロサンゼルスの外でも同様だ。SAG-AFTRAのストライキが始まって3か月が経った頃に『ロサンゼルス・タイムス』と統計会社レジャーが共同で行なった調査によると、俳優たちを支持すると答えた人は34%だったのに対し、スタジオ、配信会社側を支持すると答えた人はわずか7%だった(※3)。

これには、国全体の空気、動きも関係しているだろう。今年、アメリカでは、病院関係者、自動車工場の従業員、カリフォルニアのホテル従業員、アラスカの漁業関係者など、あらゆる業界でストライキが起きた。ギリギリで免れたものの、物流サービスの大手UPSも、ストライキの危機に直面している。企業のトップがますます儲けているのに、下々の従業員は一生懸命働いても生活に苦しむのはフェアでないという、業界の垣根を越えた怒りが全米中にあるのだ。

彼らが示したのは、いまの状況に不満ならば、自分たちで変えていかなければならないのだということ。黙っていても、雇用主のほうから、高い給料やより良い福利厚生が与えられるなどということは、期待できない。それに、悪質な環境で仕事をすることは、仕事の質にも影響してくる可能性もある。条件が悪ければ離職する人も増えるし、新しい人も入ってこない。その職業の将来のためにも良くないのである。

次代に対する危機感と責任意識がストライキを支えた

エンタメ業界の未来に対する危機感は、脚本家が強く感じていたことだ。配信オリジナルによってそれまでのビジネスモデルが崩れたせいで、より少ない数の脚本家が、より安いギャラで、短期間に限って働かされることが普通になってきた現在、脚本家たちは、新人がじっくりと経験を積み、将来ショーランナー(1つのドラマを製作するうえでのトップ)になれるようなキャリアを築いていく道が閉ざされるという不安を持つようになった。

また、AIは、脚本家と俳優に共通する脅威だ。テクノロジーはすごい速さで進んでいるのだから、じっとしていてはAIにとってかわられ、職業の存続にかかわると、彼らは本気で危機感を持ったのである。

脚本家と俳優にとって、この戦いは、自分たちだけのためではなく、次の世代の人たちのためでもあったのだ。将来、歴史を振り返って、俳優や脚本家は、このときにストライキをした人たちに感謝をすることだろう。とはいえ、時代はつねに変わり続けているし、3年後にはまた契約更新がある。そこはすんなりいったとしても、またその3年後がある。そうならないことを願うが、彼らがまた戦う日は、いつかやってくるのかもしれない。

<参考資料>

全米脚本家組合(WGA)の新たな協定

全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)の新たな協定

<注釈>

※1
Actors Strike: SAG-AFTRA Negotiations to Resume Tuesday – The Hollywood Reporter

※2
エンゲージメントレポートについて – About Netflix

※3
Americans support strikes by actors, writers, an L.A. Times poll finds – Los Angeles Times

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