
【あかしゆかの働き方ルックバック④】2店目の本屋をはじめた理由、「自分のため」のその先へ
- 2025.06.24
- SERIES
編集者・ライターとして働きながら2021年に岡山で本屋「aru」をオープンさせた、あかしゆかさん。本連載では、あかしさんにこれまでの働き方について振り返っていただきます。第4回は図らずも2店舗目の本屋をオープンした経緯や思いについて。
- テキスト:あかしゆか
- 編集:吉田薫
- 撮影:タケシタトモヒロ
Profile
あかしゆか
1992年生まれ。2015年に新卒でサイボウズ株式会社へ入社、5年間ブランディング部での企画・編集を経て独立。現在はウェブ・紙問わず、フリーランスの編集者・ライターとして活動をしている。2020年から東京と岡山の2拠点生活をスタート。2021年4月、岡山で本屋「aru」を開業。2025年4月、同じく岡山にて2店目となる「aru鷲羽山店」をオープン。
2025年。
2015年に大学を卒業して社会に出た私にとって、今年は社会人になってからちょうど10年が経過した節目の年である。私は東京のIT企業の会社員としてキャリアをスタートし、今では東京と岡山の二拠点生活をしながら、東京ではフリーランスの編集者・ライターとして、岡山では「aru」という小さな本屋の店主として仕事をしている。2025年4月には、2店目となる「aru 鷲羽山店」をオープンした。
思い返してみるとこの10年間は、自分自身と、そして共に生きていきたい他者との対話を重ね、働き方や生き方を模索しながら変化を続けてきた10年間だった。
自身の働き方を振り返る連載「働き方ルックバック」。第4回目の今回は、2店目の本屋をはじめることになった経緯や、運営が始まった中で感じている率直な気持ちを書きたいと思う。
「属人化」のよろこびと脆さ
会社員を辞めてフリーランスになり、自分自身の事業である本屋をはじめ、関わる人たちも増えていく中で、人生の幸福度は上がっていった。社会人になってすぐの頃は、これまで書いてきた通り、やりたい仕事に辿り着けていない葛藤や仕事に対する違和感も多かったけれど、その都度生まれる問いに向き合ってきた結果、自分自身の生き方や働き方に対する納得感は増えていき、どんどん生きやすくなっていった。
けれども、ひとつ解決したらまた新しい疑問が自分の頭に浮かんでくるもので、私は次はこんなことを考えるようになっていた。
「仕事が属人化しすぎていて、もし私に今後出産・育児・介護などのライフスタイルの変化があった場合、お店を続けられなくなってしまうのではないか?」
ふたつの拠点で家を借りながら、夫と月の半分を別々で暮らし、さらにはお店を営むという生活は、いろんな条件が揃わなければ成立しない。ある程度の固定費がかかるからそれを担うだけの仕事をコンスタントに請け続けなければいけないし、体力だって必要になる。夫との対話も欠かせないし、自身のメンタルを平穏に保つためのセルフケアもしなきゃいけない。心と身体、そして金銭面。どれもこれも、少なくないパワーが必要になる。
頑張れるうちはいいけれど、やはりこの生活を続けることには幸せと同じくらいの苦悩もたしかにあって、たまにドッと疲れてしまうことがあった。頻度は少ないものの、丸一日ベッドから動けなくなったり、急に不安で涙が出てきたり。属人的な仕事のあり方、そして止まると何かを失ってしまうという「走り続けなければいけない状況」は、幸せと同時に脆さも内包しているなと思うようになっていたのである。
自分のためではなく、本屋は続けたい
とはいえ本屋を営む中で、「この場所をできるだけ長く続けていきたい」という思いは確固たるものになっていった。しんどくなったからとか、自分のライフスタイルの変化が原因でやめるという選択肢は、なるべく取りたくない。
「海が見える本屋」という場所が生み出す価値は、私抜きにしても多くの人にとって必要なものなのではないか、と思うようになっていた。キャリアブレイクなど、じっくり腰を据えて自分と向き合うために訪れてくれる人、子育てや仕事の合間に心を落ち着ける場所として訪れてくれる人、この場所があることで地元が誇りに思えるようになったと言ってくれる人、この場所での出会いがきっかけとなって人生が動き出したと伝えてくれる人──。涙を流しながら、この場所があることへの感謝を伝えてくれる人もいる。
海を見つめながら、本と自分と静かに、時にたのしく向き合える場所。「私のための場所」としてはじめたこの店は、営む数年間のなかで「誰かの場所」にもなっていった。
この場所を必要としてくれる人のために、大好きなこの地域のために、店を続けていきたい。人生で最も辛い時期を支えてくれたこの場所のおかげで自分が満たされてきたいま、他者、しいては地域、しいては社会に対してもっと自分にできることがあるのではないだろうかと、そう思い始めていたからこそ、私のライフスタイルの変化にも寄り添いながら長く続けられる形を模索したいという思いはどんどん強くなっていたのだった。
やってきた2店目のお誘い
考えたり悩んだりしていると不思議とご縁があるもので、去年の秋ごろ、aruをはじめるきっかけをくれた、岡山の児島でゲストハウスを営む会社の友人たちに、2号店の話を持ちかけられた。
aruは「王子が岳」という山のふもとに位置しているのだが、児島のまちを挟んで反対側──「鷲羽山」という山の中腹にあるレストハウスの運営を、倉敷市の指定管理業者として彼らが受けることになったという。そしてその一画に、テナントとして2店目を作らないか?と言うのである。
実際にレストハウスに連れていってもらって、まずは驚く。建物の広さがとんでもないし、aruの場所として提案された空間も、1店目の広さの倍はあった。さらにはレストハウスという場所の特性上、不定期営業ではなく週5日以上の定期的な営業をしてほしいとのことだ。
話を聞いた時にまず感じたのは、「できるかな」という不安な気持ちだった。夫の仕事の都合でまだ岡山への移住は叶わないので、週5日の営業となると運営をある程度自分の手から放さなければいけないだろう。頼れるスタッフさんが見つかるかもわからないし、金銭面・時間面の不安もある。半年で、その準備ができるのだろうか──。
でも、少し考えてからすぐに、「これはきっと、今自分が向き合うべき新しい挑戦なのだ」と思った。自分の属人的な本屋から、まちの本屋へと変わっていくこと。信頼できる仲間を探してチームをつくること。これまで感覚的にやっていた部分をきちんとマニュアル化して、私がいなくても成り立つ仕組みをつくること。
2店目をはじめることは、仕事のベクトルを「自分のため」のその先に向かわせる、という私自身の挑戦でもあったのである。
誰かに任せること、チームを作る楽しさと難しさ
年末にSNSで採用の募集をかけて、2人の心強いスタッフさんと出会うことができた。岡山在住で車を所有していて、aruの両店舗に通うことが可能で本が好きで感覚が合う人。さらにはaruだけで生計を立てるほどの給料を払うことは難しいので、そういった面でも条件が合う、となるとなかなかマッチは難しいのでは?と思っていたのだけど、ありがたいことに素敵な人と出会うことができた。
準備期間は実質3ヶ月ほどだった。本の仕入れ、空間の準備、ロゴなどのデザインまわり、これまで自分がやってきたことのマニュアル化など、その3ヶ月は休みなしに働いて、なんとか開店に間に合わせることができた。もちろんスタッフさんの他にも、ボランティアの方や友人たちの多くの協力を得て「aru 鷲羽山店」はオープンした。
運営がはじまってからしばらくは、トライアンドエラーの繰り返しだ。シフトを組むことも、自分以外の人に売り場に立ってもらうことも初めてで、「誰かに任せる」ということの難しさをオープン当初はひしひしと感じていた。
自分がいない時に、自分の店が開いている。「大丈夫かな」というソワソワした気持ちが最初はどうしても拭えなかったし、特に私が東京に戻ってからのあいだは、トラブルが起きてもすぐに現場に駆けつけることができないので尚のことだった。店内に見守りカメラを設置して、リモートでスタッフさんとやりとりをする。売り場の写真を撮って送ってもらい、本棚の状況を把握して、電話をつなぎながら棚の並べ方を伝えていく。コミュニケーションをこまめに取りながら、何か働きづらいところはないか、困っているところはないかを掬い上げていく。
今まで自由気ままにひとりで働いていた分、チームを作ることによるプレッシャーや不安を感じることもある。仲間だけれど共同経営者ではないので、私がしっかりしなくてはと気負いすぎてしまうこともある。
でもその分、お店の売り上げやお客さんとのコミュニケーションで感じる幸せや悩みを共有できる「仲間」ができたことは、かけがえのないことだとも同時に感じている。スタッフさんと信頼関係を築きながら、いいお店を共に作れるように毎日試行錯誤を続けている。
まちにひらけた場所になる
まだまだ始まって数ヶ月なので、今の状況で語れることは少ないけれど、ひとつ大きく感じていることは、「出店する場所によるお客さんの違いのおもしろさ」である。
本店は小さな古民家で、知らなければまさかここが本屋だとは気づかないような場所にあるので、どちらかといえばaruを目的地として来てくださるお客さんが多い。
一方2店目はレストハウスという場所の特性上、多い日は200人もの人が訪れる。本に興味がある人もない人も、aruを知っている人も知らない人も、年配のお客さんから小さい子どもたちまで、訪れる人やその理由は多種多様だ。
もちろん、人が多いからいいというわけではなく、写真をただ撮るだけの人が多かったり、本が雑に扱われて折れてしまったりと、「開かれているから」こその難しさもある。注意書きを置いたり、観光客の方でも買いやすいガイドブックやビジュアルブック、文庫を増やしたりと、できるだけ買いたくなるような、この店を大切にしてもらえるような工夫を重ねながら、まだまだ「開かれた本屋」としての在り方は模索している最中だ。
お店はオープンしたけれど、たったの2ヶ月でそのお店を語ることはできない。お店はお客さんと共に育っていくものだ。生まれたての赤ちゃんのようなこのお店は、まちにひらかれたこの場所で、どのような道を歩んでいくのだろうか──。
地域に寄り添いながらも個性は忘れずに、仲間に頼りながら、チームを作りながら、きちんと利益を出すことを目標に。一歩ずつこの新しいキャリアを歩んでいきたい、と思っている。
さて、図らずとも私はいま、「フリーランスの編集者・ライターとして活動し、2拠点生活をしながら2つの本屋を営む」という、風変わりな現在地に立っている。「何をしているの?どうしてそうなったの?」と言われることも多いけれど、こうやって時系列で振り返ってみると突拍子のないことは何もなく、ただ目の前に広がる課題とチャンスに向き合った結果今があるのだな、とあらためて思う。
次回は最終回。
これまでの4回のコラムを振り返りながら、そしてこれからの未来を見据えながら、統括をしてみたい。