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「面白い」が日本を変える!「cakes」×「Sumally」対談

WEBサービスのスタートアップが続き、ユーザーを取り巻く環境が刻々と進化し続けている。そんななか、編集者が立ち上げた2つのサービスがこの業界に新しい風を吹き込んでいるのをご存知だろうか。クリエイターと読者をつなぐ定額課金サイト「cakes」と、モノ系ソーシャルネットワーキングサービス「Sumally」だ。「cakes」の加藤貞顕氏は『もしドラ』などを手掛けた編集者、「Sumally」の山本憲資氏は電通から雑誌『GQ JAPAN』の編集者に転身した経歴を持つ。先進的なサービスを運営している両氏に、日々大切にしている「仕事観」、そして、これからの人材に求められる「働き方」について話しを聞いた。

「紙」の世界からインターネットの荒野に

―お二人に共通するのは、もともと「紙」の編集者だったということです。なぜ、実績あるお二人が新しい「インターネット」の世界にチャレンジしたのか。まずはサービスを立ち上げた経緯から教えてください。

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加藤:僕はもともとアスキーという出版社にいて、コンピューターの雑誌を作っていました。当時はWindows95や98が発売されたばかりで、コンピューターの扱いに困っている人がたくさんいたんですね。だから、雑誌もよく売れました。しかし、その後インターネットが普及するに従って風向きが変わってきます。多少のことなら検索すれば、すぐに解決できてしまうようになった。そんななか、書籍の編集者をやってみたいという想いが昔からあったこともあり、ダイヤモンド社に転職してビジネス書の編集をするようになります。

―そこで、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』や『スタバではグランデを買え!』などを手掛けられた、と。

加藤:はい。書籍は雑誌と比べるとインターネットの影響がまだ少なかったのですが、それでもじわじわと業界全体の売上げは縮小していました。そして、iPhoneとiPadが発売され、2010年には「電子書籍元年」が訪れます。そんななか、僕はダイヤモンド社のプロジェクトチームに招集されて、電子書籍を作ることになったんですね。しかし、そこで電子書籍の難しさに直面します。

―それは、どういったことでしょうか?

加藤:まずは、既存の書籍を電子化すると、単純に読みにくくなってしまうこと。簡単に言うと、コンテンツが長過ぎるということです。もう一つは、「売り場」の市場が狭すぎるということです。App Storeなどでアプリとして売る場合、ランキングの上位に入らない限り、読者にリーチすることができないんですね。それで「こういう競争をしていると、どんどん単価が下がっていくだけだ」と危機感を覚えはじめたんですよ。ただ一方で、ネット業界全体は、ものすごい勢いで伸びているのも事実。そこで、WEBでコンテンツを売る仕組みとして「cakes」のアイディアを思い付き、ダイヤモンド社を辞めて起業するに至ったというわけです。

―なるほど。対する山本さんは、新卒で電通に入社されたということですが。

株式会社サマリー 代表取締役 山本憲資 一橋大学商学部でゲーム理論を専攻した後、大手広告代理店の電通に入社。その後、コンデナスト・ジャパン社に転職し、雑誌『GQ JAPAN』の編集者に。テック系からライフスタイル、ファッションまで幅広いジャンルの企画を担当。2011年4月にSumallyをローンチ。 http://sumally.com/

山本:二年はいたんですけど、特にたいした実績はなくて(笑)。今思うと当たり前のことなんですが、華やかと思われがちな広告代理店には面白くない仕事もたくさんあるんです。おそらく、面白い仕事は1%くらい。仕事自体は楽しかったし、尊敬できる人ともいっぱい出会えたけど、僕にはその1%に辿り着くほどの才能がないだろうなと思ったのと、もともと学生の頃から雑誌の編集者になりたかったんですよ。それでコンデナスト・ジャパンに転職し、雑誌『GQ JAPAN』の編集者になりました。転職後は、ほんと水を得た魚のように仕事をして。会いたい人に会えて、行きたいところに自由に行ける。最高の仕事だなぁ、って(笑)。

―でもなぜ、編集の仕事を辞めてしまったのですか?

山本:加藤さんと同じでインターネットの勢いを肌で感じていたので、雑誌の編集は楽しいけど、「この祭りは30年は続かない」という想いはあって。そんな折、ちょうど「Sumally」を着想したタイミングで早期退職の募集があったので、速攻で応募して(笑)。その退職金を軍資金の一部として、「Sumally」を立ち上げたんです。

編集者は「面白い」を選択する人種?

―それぞれの危機感が起業につながったということですね。

山本:そういうわけではないんです。どちらかというと、インターネットの波に乗りたいという気持ちのほうが強かったように思います。

加藤貞顕氏 × 山本憲資氏

加藤:そうそう。実際に、2013年の現在でも、まだまだ紙の本を作っていたほうが儲かりますし。いわゆる、起業してビッグになってイェーイ! みたいなつもりは全然ないです。

山本:僕もそうですね。雑誌の編集をしていたほうが安定したアウトプットを出し続けられるし、どちらかというと経済的にも安定していると思います。

―では、なぜ起業に踏み切ったのでしょうか?

山本:僕は編集者時代に出会った人達からの影響が大きいと思います。一緒に仕事をするフリーランスや取材対象の方の話しを聞くと、独立して勝負に出る人の思考構造って、結局「面白いほうを選ぶ」ということなんですよね。それまで独立というと、才能に恵まれた人たちの特権みたいなイメージがあった。でも、実際には単純に「どちらを選ぶか」という積み重ねに過ぎない。そして、「面白い」を選んだほうが楽しい人生を送れるということを、身をもって教えてもらって。僕はもともと石橋を叩いて渡るような性格だったんですけど、そういうステージで生きていきたいと無意識に思うようになったんですよ。

加藤:それはありますね。そもそも編集者なんて人間は、みんな面白いことをやりたがるものなんです。僕がインターネットの世界に挑戦してみたかったのだって、突き詰めれば「面白そうだから」に尽きます。あとは、シュリンクしている業界にいるより、拡大している業界でビジネスをしているほうが単純にテンションが上がる。減っていくパイを奪い合うのではなく、リスクはあっても成長している市場でのびのび仕事したい。そう思うと、今はインターネットで仕事をするのは面白いと思うんですよ。

いかにしてサービスは立ち上がる?

case 1.「cakes」の場合

―なるほど。さまざまな新サービスがスタートアップしている現状をみると、まさに「面白い」を選ぶ人が増えてきたのかもしれませんね。そんななか、「cakes」はどのような戦略を持って運営されているのでしょう?

2012年9月にローンチした『cakes』https://cakes.mu/

加藤:僕が実現したいと思っているのは、すごくシンプルなことなんです。今までプロのクリエイターさんがコンテンツを作って、マーケティングして売れていくという流れは、主に紙でしか実現できていなかったんですね。でも、それってどう考えてもネットと相性がいいはずなんですよ。だってマーケティングもしやすいし、写真の枚数は自由に使えて、動画まで投稿できる。じゃあ、なぜそれが実現できていないのかというと、単純にネットにはその市場がないからなんですよ。だから、その仕組みを構築することによって、クリエイターと読者をつなぐ市場をネットの中につくろうと思ったんです。

―「cakes」はライターやカメラマンなど、一つのコンテンツ制作に関わったクリエイターのギャラ分配率を事前に設定できることも特徴的ですよね。

加藤:そもそも、なるべくフェアにということを考えると、そうであるべきなんですけど、アナログの場合は細かく権利をわけにくいんですよね。だから、カメラマンさんが1日現場にいてくれたから○万円みたいなおおざっぱな計算になってしまう。でも、WEBなら貢献度に応じて分配率を設定することもできるし、どれだけ読まれたかによって制作チームのギャラを決めることもできるという、本来の美しい仕組みを作れるんです。マーケティングの仕方で言えば、「cakes」で人気があったコンテンツを書籍化したり、書籍化を前提として連載したり、さまざまな方法が考えられます。実際にベストセラーになった『統計学が最強の学問である』は「cakes」で連載していたものですし、最近では堀江貴文氏の単行本をミリオンセラーにしようというプロジェクトも進行しています。

山本:例えば、「cakes」自体が出版社になることはないんですか?

加藤:やりたかったら、取次(出版社と書店の間をつなぐ流通業者)に交渉して口座を開けばなれますけど、それはしないつもりです。

山本:と、いうのは? やっぱりリスクがあるからでしょうか。

加藤:本を売るのは、僕らよりも既存の出版社のほうが得意ですよね。僕らのミッションは、ネット上でクリエイターと読者をつなぐことなので。だから、本については出版社に売ってもらえばいいと思っているし、出版社と競合するつもりも全くないですね。

case 2.「Sumally」の場合

―対する「Sumally」はどうですか?

2011年9月にローンチした『sumally』http://sumally.com/

山本:「Sumally」は、僕がモノを好きだったことから着想したサービスです。ある時、気がついたのは、ナイキが今まで発売した靴をすべて見られる場所がパブリックにはないということ。それは、カメラも家具もオーディオも鞄も一緒です。あらゆるモノが整理されている百科事典のようなサービスがないのはもったいない、と思ったんですね。そして、2010年代の百科事典を考えたときに、モノが単純に表示されているだけではなく、誰がそれをほしくて、誰が持っていて、誰が売っているのかと、いう情報を内包しているほうがいいに決まっていると思ったんです。例えば、Facebookも人物名鑑のような要素を持っていますが、ただ写真と名前が並んでいるだけでは面白くなく、そこでコミュニケーションが起こるからこそ面白い。だから、「Sumally」ではユーザー同士でコミュニケーションできる場でもありますし、実際にモノを購入できる仕組みも一部導入しています。

―SNSの要素を取り入れたことが、既存のECサイトと大きく異なりますね。

山本:そうですね。ただ、既存のECと違う要素は他にもあります。これ、僕がよくする質問なんですが、ある本がAmazonのマーケットプレイスで1800円、ネットオークションでは1000円で売っていたとしたら、どちらを購入しますか?

―んん……確実に手に入ることを考えたら、マーケットプレイスですね。

山本:そうなんです。学生に聞いても8割くらいがマーケットプレイスと回答します。この世の中において、2倍近い価格差があるのに高いほうを買うなんて、ある意味、異常行動なんですよ。では、なんでそうなってしまうのか。それは、Amazonのほうが手続きや操作が楽だからということもありますが、一番大きいのは売っているものがしっかりと整理されているからです。どういうことかというと、Amazonにはまず本がリストとして並んでいて、その上で売買が行われている。そしてAmazonの在庫の有無を問わず、そこに世界中の古本屋が売りにくるんです。これは、売る・買うという行動を大きく変化させた素晴らしい仕組みですよね。でも、Amazonでこの仕組みが実現できているのは本とCDだけです。

―なるほど。だから「Sumally」はモノの百科事典を目指そうと。

山本:はい。そこに、「have it(持っている)」「want it(欲しい)」という情報を加えることで、さらに購買行動を進化させることができる。例えば、レディー・ガガが「have it」をつけたスニーカーに20万人が「want it」したら、メーカーが20万人に向けて売るなんて企画が立ち上がるかもしれない。さらに、30万円のプレミアがついたフィギュアに5000人が「want it」したら、世界中のオモチャ屋が動き出すでしょう。

加藤:それって、面白い仕組みですよね。単純なようで、そういう立ち位置のサービスはどこにもなかった。

山本:そうなんですよ。だからその仕組みを作ることで、世の中の購買行動が変わるんじゃないかなって思っています。

必要なのは、「データ」と「勘」?

―では、実際にサービスをはじめて「紙」の仕事と違う魅力はありますか?

山本:僕はやっぱりWEBの方が面白いと思いますね。解析を通せば、どのユーザーがどのページにどの順番で入って、どれくらい滞在したかまで全部分かりますから。そういう意味で、雑誌とは真逆なんです。テレビだと、物理的にはできるのですが、雑誌ってトラッキングが全くできない。コンテンツもデジタルになると、マーケティングが一番変わるんです。そういう意味でWEBの世界に入って、初めてマーケティングの意味を知りました。

加藤:まさに。紙の本は、ほとんど勘で作ってますからね。「たぶんこれが売れるだろう!」みたいな(笑)。

加藤貞顕氏 × 山本憲資氏

山本:そうですよね(笑)。WEBの凄いところは、雑誌なら表紙に使うモデルの写真を決めるときに、手を顎につけているほうがほうがいいか、下ろしているほうがいいか、編集長が最後に悩んで決めるんですね。でも、WEBなら常にデータから仮説を立てて、毎日改善をすることができる。ただ、難しいのは、そうやって出てくるデータがすべてを決めるわけではない。やっぱりそれをやりすぎるとつまらなくなってしまう。

加藤:そうなんですよね。結局、最後は「勘」が重要になる時もたくさんあります。

山本:クリエイティブのコアはアナログということですよね。モデルのポーズは売れる確率で決めてもいいけど、コーディネートは人間のセンスで決めるべきですし。データに頼らないヴィジョンも、僕は雑誌とWEBにも同様に重要になってくるとも思います。

加藤:逆に、サイト上にある購読ボタンの色なんかは確率で決めていいとも言える。山本さんの仰る通り、どこまでをデジタルで、どこまでをアナログでやるかの線引きこそが重要だと思っています。統計学は最強の学問ではあるけれど(笑)、もちろんそれだけではない。

山本:まさに、デジタルとアナログの両方の感覚が、今のWEBサービスには重要になってるということですよね。

編集者はみな起業するべき?

—お二人とも、編集者的センスはお持ちだったと思うのですが、編集者から社長となると、色々とご苦労もありましたか?

加藤:もちろん初心者なのでいろいろ大変なんですけど、社長業って書籍編集と似ているところがあります。企画考えて、予算立ててプロジェクト管理して、ヴィジョンを立ててって。だから、規模は変わりましたけど、そういう1つの「本」=「事業」を作る、って意識はそんなに変わってないですね。

山本憲資氏

山本:僕もその「事業」を作る、っていうことの大切さは感じてますね。あとはやっぱり採用は凄く大きい仕事になりました。以前もそうだけど、いかに面白い情報や人を寄せ集めて書面に落とし込むかが、雑誌編集者の仕事なわけです。だから今は、会社の方向性に沿って、チームをベストキャスティングすることが、僕の大切な仕事だと思っています。

加藤:あーたしかに、社員のキャスティングは社長の重要な仕事ですね。編集者は、著者さん以外にもデザイナーとかカメラマンとか、いろんなキャスティングをする仕事なんです。だからわりとそれにも慣れているし、編集者はみんな起業したらいいんじゃないですかね(笑)。社長はやっぱり面白いですよ。いいことも悪いことも、全部自分のせいなのが気持ちいいですし。

仕事って、めっちゃ面白いもの!

―では、お二人は、これからはどのような人材が必要とされると思いますか?

山本:最近では、良い大学を出て大企業に勤めても、どんどん環境が悪くなってきているし、給料も伸び悩んでいるので、まず「雇ってもらっている」という発想を捨てたほうがいいと思いますね。何かあったときに、「じゃあ辞めます」と言える人かどうかは重要だと思います。

加藤:その会社でのみ通用するスキルしかない人は、会社にしがみつかなければいけなくなってしまいますよね。例えば、「ここだけやっておけばいいから」みたいなことをこなすだけでは、その会社特有の文脈でしか通用しない力しかつきません。

山本:どこでも通用する一般化された力をつけるって重要ですよね。まずそこそこ言われたことができて、年収800万円みたいな人材が日本には多すぎると思うんですよ。エンジニアやデザイナーの人材流動性が高いのは、スキルが一般化しやすいからなんでしょう。

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加藤:そうそう。会社の単位ではなく、社会に開けた一般に通用する実力の付け方をしないと、これから先はより厳しくなっていくと思います。はじめの話しに戻ると、そういう開けた働き方を面白がって、没頭できる人が一番強いんじゃないかな。

山本:個人的には、起業することが素晴らしいのではなくて、自分で事業をつくっていくプロセスが、仕事の醍醐味だと思っています。自分の好きなものを見つけて、チャレンジしていく。大学でもそういう教育をもっとしたらいいんじゃないかって思います。0から1を考えるってこと。自分が仕事を作っているっていう「当事者意識」を持って働くと、仕事ってどんどん面白くなっていきますし。

加藤:「当事者意識」は大切ですね。やっぱり仕事って辛いこととして捉えられていることが多いんですけど、僕は仕事ってめっちゃ面白いって思うんですよ。例えば、途上国の人が活気あるのって、みんな昨日より今日が良い日になるって、希望に溢れて働いているからだと思うんです。だから僕らも「面白い」って感覚をもってフィールドを広げて仕事をしていくことが大切なんじゃないかな、って思います。

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