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すべての仕事に「自分がやる意味」を見出す。クリエイティブ集団301の哲学

株式会社301

グラフィックや空間デザイン、イベントの企画運営など、さまざまなクリエイティブ事業を手がける株式会社301。そのルーツは、代表の大谷省悟さんが仲間とシェアしていたスペース「301号室」にある。そこは各々がアイデアを持ち寄り、自らがやりたいことをかたちにする場所だった。 それはやがて会社へと形態を変え、さらに発展。プロジェクトの規模も大きくなっていったが、「やりたいことをやる」「自分のために仕事をする」という軸はいまもぶれていない。 一見、守り続けることが難しそうにも見えるこのポリシー。「仕事の8割がクライアントとともにつくる新規開発型プロジェクト」と語る同社が、いまもなおそれを大切にできている理由とは。大谷さんと、ビジュアル制作を統括するデザイナーの宮崎悠さんにお話を聞いた。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:豊島 望 編集:服部桃子(CINRA)(2019/05/15)

多くの新規開発型プロジェクトを手がける301ならではのワークスタイル

—現在、301では具体的にどのような仕事をされているのでしょうか?

大谷:8割が、クライアントとともに物事をゼロから設計していく新規開発型プロジェクトです。グラフィックや空間、イベントだけではなく、事業やブランド、組織の意思決定プロセスなど、すべての物事が立ち上がっていく過程をデザインしています。

CEO / プランナー / ディレクターの大谷省悟さん

CEO / プランナー / ディレクターの大谷省悟さん

—一方で、自社プロジェクトも行っていると聞きました。これまで手がけてきたなかで、代表例を教えてください。

大谷:渋谷のFabCafe Tokyoと一緒に立ち上げた『THE OYATSU』というプロジェクトです。テーマに沿ったオリジナルのOYATSU(コンセプトフード)を気鋭のシェフたちに発表してもらい、その発想法や創作プロセスなどをトークセッションで解き明かしていくというもの。2016年から1年間にわたり、マンスリーのイベントとして開催しました。飲食をグルメではなくものづくりの文脈から捉えなおすことで、食への関心を深めたいという狙いがあったんです。

ブラックベリーやチーズでつくられたソースをメレンゲで包んだ『THE OYATSU』オリジナルのメニュー

ブラックベリーやチーズでつくられたソースをメレンゲで包んだ『THE OYATSU』オリジナルのメニュー

FabCafeで開催されたトークセッション

FabCafeで開催されたトークセッション

—宮崎さんは、このプロジェクトでどんな関わり方を?

宮崎:ぼくはビジュアル制作を担当しました。シェフのインタビューをまとめたタブロイドから始まり、本格的な日本酒のカルテをつくるなど、回を重ねるごとに力が入っていきましたね。自社プロジェクトなので、自由なものづくりができる。やりたいことをそのまま出せる。グラフィックをつくる面白さを追求できる喜びがありました。

CCO / グラフィックデザイナーの宮崎悠さん

CCO / グラフィックデザイナーの宮崎悠さん

代官山蔦屋書店で開催された『THE OYATSU』フェアに向けてつくられたオリジナル書籍

代官山蔦屋書店で開催された『THE OYATSU』フェアに向けてつくられたオリジナル書籍

—お二人にとって思い入れの深いプロジェクトだったのですね。これ以降、一気に飲食関係の案件が増えたとか。

大谷:仕事の半分以上が飲食関連の案件になりました。イベントだけでなく、ポップアップショップや雑誌へのコンテンツ提供など、さまざまな仕事へと派生していったんです。また、それによって、飲食業界で活躍するシェフたちと関係をつくることができたのも大きかったですね。

自分たちが面白いと思うプロジェクトを立ち上げ、そこでコミュニティーをつくり、そこからまた仕事の幅を広げていく。このようなスタイルは、301ならではといえます。

301の新拠点が今夏、始動。そこに込められた思いとは

—夏には301のオフィスを兼ねた新拠点もオープンするそうですね。

大谷:単なるオフィスではなく、誰もが訪れることができるコミュニティースペースをイメージしています。かつての301号室のように何かをやりたい人たちが集まり、食べたり飲んだりしながら語り合い、つながっていく。仕事やプロジェクトを、「出会いの地点からつくる」というのがコンセプトです。

—場づくりには、『THE OYATSU』に参画したシェフたちも巻き込んだとか。

大谷:彼らはぼくらがやりたいことに共感してくれて、仕事としてではなく仲間として参加してくれています。それはこれまでの活動を通じ、お金では買えない関係性をつくってきたから。そういう意味では、新拠点はこれまでの301の集大成といえます。

新しいスペースは、シェフたちのクリエイティビティーを世に発信し、文化として高めていく場所にもしていきたい。ぼくらが持つクリエイティブの力を使って、飲食業界のユニークな仲間たちと新しいコンテンツを開発していきたいと考えています。

マンションの一室から生まれた、個人の「やりたいこと」を叶えるコミュニティー

—「301」という会社名は、かつて大谷さんが運営していたコミュニティーが由来になっているそうですね。

大谷:広告制作プロダクションでCMなどを制作していた会社員時代に、ルームシェアしていたマンションの部屋が301号室でした。

そこには、業界関係なくさまざまなバックグラウンドの人たちが集まっていて、自分たちがチャレンジしたいこと、面白いと思うことを話していると、興味を持った仲間が集まり、プロジェクトが立ち上がって実現する。それが話題になり、仲間が増え、また新しいプロジェクトが生まれる。301号室はそんな場所でした。

そんなことを繰り返していくうちに、いつしか301号室は単なるマンションの一室から「チーム」「コミュニティー」という存在になり、総じて「301」と呼ばれるようになりました。

—宮崎さんも301号室に出入りする仲間の一人だったとか。

宮崎:2011年に大谷が『MIDNIGHT RUNNERS TOKYO』というイベントを立ち上げる際に、デザイナーとしてロゴをつくってほしいと声をかけられたのがきっかけです。

イベントは、深夜0時から渋谷や六本木を走るというもので、大谷の「夜中に走るカルチャーをつくりたい」という言葉が印象的でした。それまではカルチャーを「つくる」という発想がなかったので、これは面白そうだなと。

大谷:当時はランニングブームで、そこに対するカウンターとしてやってみたいなと。健康のためとかタイムを競うとかではなく、「ただ深夜に走る」ことを軸に、人々が集うようなコミュニティーをつくりたいと思ったんです。

宮崎:始める前は正直、終電がなくなってから走る人なんて、そんなにいないだろうと思っていました。でも、大谷は当初から100人集めたいと言っていて、実際に第一回のイベントから1年後には150人が参加し、そのさらに1年後に鹿児島で開催したときには400人にもなった。

個人の思いを起点にしたプロジェクトでこれほどの人を集められるのは面白いと思いましたし、可能性を感じました。以来、ぼく自身も徐々に301での活動に注力していくようになったんです。

—当時はお二人とも会社勤めをしながら、土日などを使って301の活動を行っていたということですが、仕事とは違う充実感や楽しさがあったのでしょうか?

大谷:301から生まれるプロジェクトはすべて、自分たちが「やりたいこと」「発信したいこと」「変えたいこと」が起点になっていました。そのため、上下関係などのしがらみがなく「やりたいことに対してピュアな人たち」がつながっていく。その感覚がとても気持ちよかったし、面白かったし、未来があると思ったんです。徐々に301の活動が盛り上がっていったこともあり、勢いで会社を辞めて301を法人化しました。

—法人化することで、個人がやりたいことを組織的にサポートする仕組みをつくったのですね。ちなみに、大谷さん自身の「やりたいこと」は、場づくりや人をつなげることですか?

大谷:昔から人が交差する場をつくることが好きだったので、そうなのかもしれません。ただ、やりたいことを実現するためには仲間がいるし、そのためには人を集める場が必要だった、というほうが順番的には正しい気がします。

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「『クライアント』という言葉は使いたくない」

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