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建築業界で、「女性でも楽しく働く」ために

企画から、設計、運営までをトータルに手がけ、幅広い空間づくりを行うUDS株式会社で、企画とインテリアデザインを担当する菓子麻奈美さん。言葉の端々に現れる「女性と一緒に働きたい」という言葉の裏には、男性社会だった建築業界に、「ちょっと革新を起こす」という気概が見え隠れする。といっても、「アンチ男性社会」ではなく「女性がいて、多様性がある空間」を生み出したいのだという。その真意を伺った。

Profile

菓子 麻奈美

東京理科大学卒業後、東京藝術大学大学院にて建築を学ぶ。学生時代に、さまざまな設計会社 / 建築事務所にてアルバイトを経験し、卒業後は長谷川逸子・建築計画工房にて建築設計の仕事に携わる。主な担当物件は、中国無錫の大規模開発プロジェクトの高級ヴィラ、商業施設、ランドスケープ。同設計事務所を退社後、現在のUDS株式会社に就職。主にホテルなどのインテリアデザインと、さまざまなプロジェクトの企画業務を行う。

おもしろい人たちがいる場所に、自分もいたい

―大学時代から一貫して、建築関係のフィールドにいらっしゃる菓子さん。小さい頃からの夢だったのでしょうか?

菓子:きっかけはずいぶん小さい頃に遡ります。子どもの頃、家族ぐるみで仲のいい家族がいて、そのお父さんがすごく絵の上手な、おもしろい方だったんです。私が小学2年生のときに軽井沢に別荘を建てることになり、その方が設計してくれて、初めて「建築家」という仕事を知りました。たまたま芸大の建築科を出た方だったので、そこに行けばおもしろい人がたくさんいるはずだと、自分も芸大を目指すようになったんです。

―小学生の頃から芸大! すごいですね……。でもその後大学に入り、仕事の具体像も見えてきて、憧れとのギャップもあったのでは?

菓子 麻奈美

菓子:学んでみて、建築には体力が必要だと分かりました。建築業界に女性が少ないのも頷けるし、在学中に途中で辞めてしまう人も多かった。建築家はいいものをつくるために追求するし、決して諦めない。そういうプロフェッショナルの仕事を知って、相当な覚悟がないと建築家にはなれないんだと実感しました。

—進路への迷いもあったんでしょうか?

菓子:末っ子で甘やかされて育ったし、迷いましたよ(笑)。それでも結局覚悟した理由は、建築の現場が魅力的だったし、携わる人がみんなすてきだったから。そこに自分も居続けたかったんでしょうね。

—小さい頃からの夢を、簡単には諦められない、と。

菓子:はい。それに、私の研究室の教授だった建築家・六角鬼丈さんの言葉も大きかったですね。「大変な職業なのに、どうして楽しくやり続けられるんですか」って聞いたら、「味をしめることだよ」って言われたことがあって。自分が設計した建物ができあがった瞬間にすごく嬉しくて、大変だったことが全部ふっとぶ喜びがあるよ、と。私も一度はその喜びを味わってみたいと、強く思ったんです。

—新卒時の就職先はどうやって選んだのですか?

菓子:日本の建築史の中で、現在70代くらいの、当時ちょっと変わった建築をたくさん作っていた「野武士世代」と呼ばれる建築家たちが好きなんです。私自身、「ちょっとだけ革新を起こしたい」という想いをずっと持っているので、強く共感する部分もあって。恩師の六角さんもその世代を代表する一人だし、就職先も野武士の系譜で進みたいと思い、女性建築家だということもあって長谷川逸子さんの建築事務所を選びました。

—建築事務所に入社して、具体的にはどんな仕事をしていましたか?

菓子:中国・上海から車で3時間くらい行ったところに、大規模開発をしているリゾート地があって、そこの設計を担当していました。高層マンションが10棟に、ヴィラと呼ばれる別荘が77戸。私はそのヴィラ部分の設計の一員でした。出張では、1ヵ月くらい現地に滞在することが多かったです。日本とやり方が違うところも多くなるので、実際に現場でヘルメットをかぶって「ここが違う」と指示を出したりして。

男社会な建築業界だからこそ、女性と一緒に働きたい

―その後2年半働いて退職されたそうですが、どんな心境の変化があったのでしょう?

菓子:待遇面では不満はありませんでした。一流建築家の近くで仕事をしていて、学ぶこともとても多かった。デザイン、建築観、人間性どれをとっても長谷川さんはすばらしい人だったんです。だけど、クライアントが彼女に求めるのは「作品」で、建てるものは彼女の世界観を体現したもの。この先、私自身が歩む道を考えると、もう少し広く、一般の人が好むような空間をつくりたいという気持ちが芽生えてきました。あとは、建築の世界にどっぷりはまって、建築事務所にいる女性って少なくて。だから、できれば女性がいる環境で仕事をしたいという想いも強くありました。

―女性と働きたいのはなぜですか?

菓子:一番の理由は、共感してくれる人がほしいからですね。建築事務所には同世代の男性もいて仲も良かったけれど、どうしても間に一線がある。その線を自然に越えられる同性の存在がほしかったんです。それと、男社会の中に女性が1人だけだと、自分の意見=女性みんなの意見と捉えられてしまうことも多い。けれど、意見って共感なり反論なり、別の意見が加わって初めてアイデアとして膨らむし、多様性が生まれると思うんです。

―設計をする上でも、女性の視点が重要だ、と。そんな「働く軸」を見つけてから、転職活動はスムーズに?

菓子:建築関係の就活といえば、ポートフォリオを持って建築事務所を回るのが普通。でもそれでは自分が求めている職場にはたどり着かないから、求人サイトに登録しました。ただ、そこでオファーがくるのは、これまでやってきた仕事の延長のような設計か、かけ離れている不動産業界のお仕事など二極化していて、どれもピンと来なくて。真ん中くらいがいいんだけどな、と思っていましたね。そこで、知ったのがUDSの求人の話だったんです。会社自体のことは知らなかったんですが、例えば学生時代にオープンしたホテル・CLASKAなどは建築界ではセンセーショナルな事件だったので、UDSが手がけた空間は知っていました。それで興味がわいて、求人に応募して。

―UDSへの転職の決め手は何でしたか?

菓子 麻奈美

菓子:女性と働きたいという気持ちが強かったから、面接をして下さった人事の女性のパワフルさに、まずは惹かれました。結果的に数人と面接したのですが、みなさんが自分の仕事の話を楽しそうにしているのも、魅力でしたね。それから設計はもちろん、完成したあとも自分たちで運営もするというスタンスにもすごく関心があって、やってみたいと思えたんです。

―UDSでは、実際にどんなお仕事を?

菓子:一番最初は、グランドプリンスホテル広島のインテリアの仕事に、コンペで参加しました。上司がついていたとはいえ、インテリアデザインの仕事は初めての体験。その上司がすごくおもしろい人だったので、未知の領域に突入しているわりに、すごくいいものができそうだと確信していて。

―インテリアのコンペというのは、具体的にどんなことをするんですか?

菓子:コンセプトと見取り図などの書類だけでなく、どこでどんな布を使うのかという素材を貼付けたマテリアルボードなんかも提出します。そういう世界観や完成図を丁寧にプレゼンしたら、コンペにも勝つことができて、完成まで辿り着きました。しかも広島市郊外に建っているリゾート型のホテルだったので、夢があって楽しかったです。

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ラジオDJから、ヒカリエでのイベント主催まで。「良い循環」をつくるために

ラジオDJから、ヒカリエでのイベント主催まで。「良い循環」をつくるために

—菓子さんはUDSに入ってから、ずっとインテリア担当ですか?

菓子:主はインテリアですね。ただ、途中から、志願して企画もやるようになりました。普通はインテリアと企画の担当が別々なんですけれど、両方やった方が、世界観がちゃんとつくれると思っていて。UDSはそれが実際に融合できる数少ない場のような気がします。企画を担当した最初の仕事は、JALの工場内にあるミュージアム部分。実際に、どうやって何を展示するのかという企画をしました。最近はクライアントのニーズにも変化があって、自社のブランディングとしてロゴやデザインだけでなく、空間やそこにあるコンテンツも重要だという流れになってきています。

—仕事をされる上で大事にしていることはありますか?

菓子 麻奈美

菓子:どんな仕事でもエンドユーザーの目線を大切にするということですね。クライアントではなく、ホテルだったら宿泊客、オフィスだったら働く人の満足を一番に考えています。だから、オフィスで企画レビューやデザインレビューが行われるんですが、プロジェクトの担当じゃない人も参加して、「私はこれは嫌だな」とユーザー目線で言っている光景は、日常茶飯事です。しかもオフィスを、会議スペースの前を通らないと席につけない設計に意図的にしていて(笑)、通りがかりつつ口出しすることも多くて。オフィスのデザインが変わるだけでこんなにコミュニケーションが変わるんだと、最近実感しています。

—設計や企画のみならずラジオのDJもしているんだとか?

菓子:ラジオは、毎回「働き方」をテーマとして、会社が運営するコワーキングスペースLEAGUEの広報をするコンテンツなんです。建築というのは、完成したら終わりではなく、いかに使ってもらうかというのも重要なところ。たとえばコワーキングスペースだったら、こういう発信も「運営」の一つになります。クリエイティブな視点をもって、自分たちで企画してお呼びするゲストの方にインタビューするのですが、私を含めた4人の社員がDJに挑戦していて。建築の仕事ではなかなか接点のない人達に話を聞けるので、とても刺激になります。同世代の人にしっかり仕事のビジョンを聞けるのも活力になりますね。

—企画・設計だけでなく、運営までを手がけるUDSらしいですね。菓子さんは、会社外でも色々と自主企画イベントをしていると聞きました。

菓子:はい。去年は、『GOOD MONDAY ESPRESSO BAR』というイベントに参加しました。開くとエスプレッソバーになる大きなトランクを設計したんです。芸大の庭でみんなでトンカチでつくるという手作り感(笑)。でも、ずっとやってみたいと思っていたアイデアだったので、実現できて嬉しかったですね。自主企画は制約がない分、色んなことに挑戦できる貴重な機会になっています。

—建築の仕事にはない、イベントの醍醐味があるんでしょうか?

菓子:やっぱりイベントは、人に出会えるのが嬉しいんですよね。ラジオに出てもらった人にイベントに出展してもらったり、その逆もあります。気持ちのいい空間づくりをする点では建築もイベントもラジオも一緒ですから、良い循環で知り合う人が増えるというのは、設計の仕事にも活かされてきます。他にも、先日ヒカリエで『YUKATA DE MARCHE』というイベントを主催しました。若手女性クリエーターが浴衣に似合うモノ・コトを販売するというイベントなのですが、女の子が集まるイベントっていいな、と改めて思いました。

忙しくて辛い分、「うま味」は増す

—色々な人と知り合いながら設計に活かすというのは、「作品としての建築よりも、みんなが好きなものをつくりたい」という、菓子さんの転職理由のひとつがちゃんと昇華されているように思います。

菓子:はい。最近も、そうした声を活かしながら担当していた外資系のホテルのインテリアの仕事が完了しました。大体常に3つ以上のプロジェクトを並行して進めているんですが、このプロジェクトは2年半くらい、山あり谷ありだったもの。だから、できあがった時はいつも以上に嬉しくて。初めて自分がメイン担当となった大きなプロジェクトだったのですごく大変だったけど、おかげで成長もできたし、仕事に対する当事者意識が強くなりました。まさに、先生が昔言っていた「味をしめる」感覚を痛感した仕事でしたね。

—その仕事を経て、何か心境の変化はありましたか?

菓子 麻奈美

菓子:今後の目標や大事にしていることをはっきり言えるようになりました。これからやりたいことが3つあるんですが、1つめは、本当の意味でいろんな人が集える空間をつくること。その場合、一番弱い立場の人にフォーカスするのが大切なんです。例えばママと子ども、シニア世代がいっしょにいて、居心地いい場所を企画、デザインしていきたいですね。2つ目は「日本らしさ」を空間の中にどう落とし込むか、ということ。2020年の東京オリンピックに向けて、求められることも多いんです。

—最後は?

菓子:ひとりの女性として楽しく働くことを実践していきたい、ということですね。建築業界は今まで男の人たちがつくってきた業界だから、先輩や事例が少ないんです。それなら自分が先行事例になろう! と、最近思うようになりました。そのための環境づくりをして、少し下の世代の女の子にも伝えていけたらいいなって思っています。

—菓子さんは、仕事でも自主企画でも、「女性の魅力を伝えたり、引き出したりする空間づくり」を大切にしているような感じがしますね。

菓子:そうですね。空間の中にいい音楽があったり、いい香りがしたりするってすごく重要な要素だと思うんです。そのためにも空間や社会の中に女性がいることも、大事な要素のひとつです。そうした空間が、人が認め合う、多様性ある社会につながっていくはず。だから、色んな人がいてにぎやかな空間、みんなに心地いい空間を女性の視点からつくることが、私の仕事なんだと思っています。

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