Interview 私としごと

アートがより楽しめる社会作りを目指して

株式会社モーフィング
小松健太郎(ディレクター)

仕事における1つの節目として、3年を目処に転職する人は多い。今回ご登場いただく小松さんもそんな考えを抱いていた1人だった。しかし、新卒で入社したデザイン会社は半年で退職に至る。それは貫きたいアートへの思いと、「これをやったら楽しそう」という欲求への素直な答えだったという。期間限定アートショップ『POMY』での店長経験を経て、株式会社モーフィングに入社、現在は「クリエイターと社会をアートで繋ぐ」仕事をしている小松さん。その気になる仕事内容と、彼の原点とは?

プロフィール

小松健太郎

1985年生まれ。茨城県出身。2009年3月 武蔵野美術大学 基礎デザイン学科卒業。広告制作会社に新卒で入社後、代官山期間限定アートショップ『POMY』の店長を経て、2010年4月に株式会社モーフィングに入社。美大生、若手クリエイターと共に、百貨店のアートプロデュースや、デザイン制作を行う。通称・モーフィングの松潤。

インタビュー・テキスト:栗本千尋+プレスラボ 撮影:すがわらよしみ(2012/2/24)

恋人もいない、部活も補欠…平凡な高校生が美大を目指した理由

―小松さんは、武蔵野美術大学を卒業されていますよね。美大に進学を決めたのは、いつ頃だったのでしょうか?

小松:高校生のときです。当時は恋人もいなければバスケ部も補欠で、得意なことがない、超・平凡な高校生活を送っていたんですが…。姉が水戸芸術館のボランティアスタッフをしていて、その影響で美術館に顔を出すようになって。そのときに行われていた、『高校生ウィーク』と『カフェイン水戸』というイベントが、自分の中でアートに興味を持つきっかけになりました。

—それは、どのようなイベントだったのですか?

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小松:『高校生ウィーク』では、放課後に水戸美術館に高校生が集まって、部活動のようなことをしていました。カフェスペースに本やミシンが置いてあって、アーティストを招いたワークショップを行ったり、お茶をしたり、宇宙について語ったりと…(笑)。そこで出会った人には影響を受けましたね。

もうひとつの『カフェイン水戸』は、「美術館に来てもらう」のではなく、「美術館が町へ出て行こう」というコンセプトで、「アートを介して町と人を繋げる」プロジェクトでした。商店街のフラッグがアートになったり、銀行の封筒がアーティストによって作られていたりと、町全体がアート化していく。僕はそんな体験を通じて、アートって気軽で楽しく、ユーモアがあるものなんだと思ったんです。こういう世界には、絶対おもしろい人がたくさんいると思い、美大を目指しはじめました。

―なるほど、それで武蔵野美術大学に進学したんですね。

小松:実は正確に言うと、武蔵野美術大学に入学する前に、京都造形芸術大学に通っていました。でも、地元の水戸で一緒に活動していた仲間たちが、東京で活動していたこともあり、都会への憧れが拭いきれなかったんです。そして当時、武蔵野美術大学の基礎デザイン学科では、原研哉さん、深澤直人さんなど第一線で活躍しているデザイナーが教授として教えはじめていることも知って。ちょうど自分がアーティスティックな感じよりは、デザインを根本から考えていくようなところに魅力を感じ始めたこともあり、1年から入り直しました。

―そうだったんですね。満を持して東京に出てきてみて、大学生活はいかがでしたか?

小松:学科の特性もあり、「モノが溢れる中で、どういったデザインが世の中には必要なんだろう?」とか「自分の問題意識はどこにあるんだろう?」というような考えを掘り下げた4年間でした。特に働き方研究家・西村佳哲さんの授業から、さまざまな人の働き方を教わったことが印象的で。仕事とは、自分と社会を繋げるものであるということや、自分のあり方や他者との繋がり方を学んだことが、その後の指針となる大きな収穫になりました。また学外でも、東京への思いをバネに、アートプロジェクトなどにも積極的に参加していましたね。

自分が目指していた延長線上にある会社って、果たして存在するのか?

―その後、就職活動はどのように進めましたか?

小松:大学4年になって就活と卒制がはじまり、かなり悩みました。自分のやりたい方向性はわかるけれど、どの会社に行ったら実現できるのか。そもそも、そんな会社はあるのか…?といったように、自分と社会との関係性について色々と考え込みましたね。結局10社ほど受けて、デザイン会社に内定が決まって。そのときは、自分の方向性に迷いながらも、まずは社会に出てみようと入社しました。

—そこでデザイナーとして働いて、辞めるきっかけになったのは何だったのでしょうか?

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小松:半年ほど勤めてみて、大学で学んだことや大切に思っていたことが活かされていないことが本当に悩ましかった。常に目の前にある仕事に手一杯で、考える余裕もないというか。「仕事ってそういうものかもしれない」というリアルな部分と、「夢や理想」との葛藤がありましたね。入社当初は、まず3年間は勤めようと思っていましたが、ある日、上司を見た時に自分の10年後というものが、ちょっと想像できちゃったんですよね…。それが辛かった。

—自分の将来が見えてしまった事に、逆に危機感を抱いたと。

小松:はい。そんなとき、大学のクラスメイトだったTYMOTEというクリエイティブチームのメンバーに「代官山で期間限定のアーティストショップを作るから、店長をやらないか?」と誘われたんです。もう「冒険に行くぞ!」ってルフィに誘われたように、今までくすぶっていたものが発火して(笑)。当時リーマンショックだったこともあり、会社では希望退職者を募るという話も出ていたので、「エイヤ!」と出航しましたね。

—(笑)。それで、期間限定のショップで店長をすることを引き受けたんですね。

小松:オリジナルワークのアクセサリーや、雑貨、家具、絵画作品が集まって、50人ほどの若手作家が結集しました。通称『POMY』で、『パイレーツ・オブ・ミセデス・ヤン』というめちゃめちゃイケてる名前でした(笑)。同世代の作家が表現を発する場で、クリエイターさんが来てくれるのと並んで、通りすがりの普通の女の子がアート作品を買ってくれたりして。そこでの出会いや体験は本当に貴重でしたし、毎日が輝いていた。今思うと、この時の体験が今の仕事へのモチベーションに繋がっていったと思います。

—期間が限定されているお店だったわけですが、その後の自分の身の置き方については考えていましたか?

小松:店長をしていくうちに「こういう仕事やってみない?」という話もいくつかいただいたので、ゆっくり構えながらいろんな人に会って、色々な会社を見てみたいと思っていました。その中で、自分の目指しているところや共感しているところが一緒だった今の代表と意気投合して。それでもうここで働くしかない!と思ったんです。自分は家にいると、ずっとネットゲームとかをやっちゃうタイプなので…(笑)、まずは外に出るきっかけをつくろうと、藁にもすがる想いで、「会社の机を1個貸してくれ!」とお願いしました。通う場所だけをもらって、最初はフリーランスとして仕事をしつつ、平行して会社のお手伝いもして、3~4ヵ月後には正社員になりました。

アートで人と社会を結びつける

—それでは、モーフィングに入社してからの仕事内容を教えてください。

小松:肩書きはディレクターです。仕事内容は主に、商業施設や百貨店、不動産の物件、パブリックスペースなどで、企画に合わせて展示やイベントをしたり、空間全体のアートプロデュースを手がけたりしています。例えば、クライアントさんが「クリスマスに向けて館内を盛り上げたい」といったら、こんなアーティストさんや美大生がいて、こんな面白いことをしませんか?と提案する。だからオファー段階ではまだ何をするか決まっていないことが多く、冊子にすることもあれば、作品展示や空間演出、編集、ときには漫画を出すこともあったり、媒体を問わずさまざまな形の活動をしています。

—なかでも、特に印象深かったお仕事は何ですか?

小松:古い団地をリノベーションしたシェア物件で、美大生が実際に暮らしながら創作活動を行い、自身の部屋で作品展示を行うというプロジェクト『ARTIST IN DANCHI』ですね。自分も一緒に作品を作っている気持ちで、1週間団地に泊まりこんで作業をしました。人と人が生活・交流していく中で、ものづくりをし、その過程をシェアしながら、アート作品を展示していくという実践型なクリエイティブプログラム企画です。結果、美大生とシェアハウスの魅力、両方を伝えられる良い仕事だったと思います。

—普段アートを見る美術館やギャラリーではなく、団地でのプロジェクトだったんですね。

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小松:自分もそうだったんですが、美大生って「自分の表現って何?」と悩んでいると思うんです。そんな時に、社会と関わる場が増えて、見てくれる人がもっといるってことがわかったら、本人もモチベーションがあがるはず。僕がしていることは、アートをより多くの人に身近に感じてもらうための仕組み作りだと思っていて、そこの『繋ぎ役』を担っている部分が凄く素敵だと思うし、価値を感じますね。

—では最後に、今後の目標を教えてください。

小松:いつかは、高校生の時に体験したワークショップのような、自分がアートに興味を持つ『原体験』となった場所や空間を、今度は人に提供していきたいと思ってます。まだまだ未熟さを感じながらも、今の仕事に関しては徐々に自分のものになってきてて、最近は「俺がやらなきゃ誰がやるんだ!?」という思いが芽生えだした所です。

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