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「好きになってほしい」この一冊を特別な風景の傍らに

「書物を通して、人は自分の中へ帰って行く」「本棚を見ればその人が分かる」というように、本には人をつくり、人を物語り、そして人を虜にする、不思議な力がある。読書好きなら経験があると思うが、昔読んでいた本のページをめくっていると、かつてその本を手にしていたときの風景がよみがえる。あるいは、そこに綴られた言葉を読むたびに、自分を取り戻したり、新たな発見をすることもあるだろう。
「自分が心を寄せてきた、いつも枕元に置いておきたくなるような本をつくりたい」マーブルトロンで活躍する三橋リョウコさんは、そんな思いで書籍編集者になった。彼女の編集への熱く強い想いは、ものづくりに関わるすべての人に、大きな頷きと小さな驚きを与えてくれることだろう。
  • インタビュー・テキスト:森オウジ
  • 撮影:すがわらよしみ

Profile

三橋リョウコ

1980年生まれ。学生時代から雑誌の編集に興味を持ち、卒業後は㈱JTBに入社。ツアーのプロモーションをWeb・紙媒体などで企画し、独学で制作する。同社を1年で退社後、編集プロダクションへ入社。マガジンハウスの各種媒体編集に関わった後、フリーの常駐編集者・社員としてソニー・マガジンズ、タワーレコードでキャリアを積む。2010年マーブルトロン入社。主な仕事に桜井 誠(Dragon Ash)著『桜井食堂』、服部みれい著『ストロベリー・ジュース・フォーエバー』などがある。音楽とお酒と写真が好き。

ずっと枕元に置いておきたくなる本を目指して

―いま所属されているマーブルトロンというのはどんな出版社なのでしょうか?

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三橋:出版を中心に、カフェ、音楽、雑貨販売といった事業を行っています。心に触れるものすべてのコンテンツを制作したい、と考えている会社なんです。第一次カフェブーム直前にできた高円寺のカフェ「HERE WE ARE marble」は、ハナレグミのPVでロケ地としても使っていただきましたが、地元の音楽好き、本好きの人のための空間として街になじんでいるタイプのカフェですね。音楽事業としては、Polarisや湯川潮音さんのマネージメント業務、音源制作を行っていたこともあります。雑貨販売は「r.o.m.o.」というWEBサイトで。フランスのアンティーク雑貨や作家ものを販売したり、弊社のベストセラー『まこという名の不思議顔の猫』のオリジナルグッズを制作・販売しています。そして、私の所属している出版部門「マーブルブックス」は、「みんなの本棚をかわいくしたい」という想いから生まれたレーベル。だから、ただ本をつくるというよりも、雑貨をつくるような感覚で、ずっと手元に置いておきたいと思ってもらえるような本づくりを意識しています。

—なぜマーブルトロンで書籍の編集者になったのでしょう?

三橋:以前は雑誌の編集をしていたのですが、あるとき、雑誌はその号が終わったらもう本屋さんには置かれなくなってしまうのがちょっとさみしいな、と思ったんですね。雑誌ももちろん大好きでしたが、自分自身親しんできた本は、寝る前にお気に入りのページをめくるような、ずっと枕元にあるようなものだったりして。たとえば恋人とふたりの休日に、おいしいコーヒーを飲みながらゆっくり読めるような、そんなシチュエーションの似合う、長く深くつきあえる本がつくりたい。そう思ったことが、書籍の編集者になるきっかけでした。そんなときマーブルトロンの本と出会って、これだ、と感じたんです。いつも傍らに置いておきたくなるような佇まいと、読む前と後では何かが変わっているような感覚。カフェや音楽事業も行っているところから、カルチャーやライフスタイルを豊かにしていこう、という意志も感じて。私もこんな本をつくりたい、そう思って志望しました。

一途な想いと努力でつかんだ、編集者への夢

―編集者になった経緯を教えていただけますか? 三橋さんは新卒でJTBに入られていますよね。これはどういう選択だったんですか?

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三橋:学生時代は暇があれば『relax』や『STUDIO VOICE』といったカルチャー誌を読んでいて、必ず編集者になる! と思っていました。でもいざ就活をしてみると、出版不況でマガジンハウスなどの受けたい出版社は、どこも新卒募集をしてなかった。それでも編集者になる夢は譲れなかったので、新卒では当時いちばん人気があって倍率も高かったJTBに入ってキャリアを積めば、転職するときに「社会人として人間力がある」と証明できるのでは、と思ったんです。それに旅行もエンタテインメントだし、おもしろいところを紹介するという意味では、雑誌の企画づくりにも近いかな、と思って。JTBに入ってからも、通常業務と平行して、支店独自のツアーを企画。そのWEBサイトを独学で学んでつくるなど、メディア寄りの仕事を自ら進んでやりました。同時に自分のサイトをつくり、そこで音楽や映画のレビューを書いたりもしてましたね。そうやって1年間やれることをやって仕事力をつけて、よし転職しよう、って。それでようやく、念願叶って、マガジンハウスのライターだった方が立ち上げた編プロに入社することができたんです。

—転職後は現場でどんどん活躍されるわけですが、編集者としての最初の仕事から、これまでのキャリアを簡単に教えていただけますか?

三橋:『FILT』というマガジンハウスが発行しているフリーペーパーで、矢野顕子さんの記事の編集させていただきました。入社試験の面接で、「文章いいね」と評価してくださったので、その号で初めての署名原稿も書かせていただいて。その編プロで1年半『FILT』をはじめ、いくつかの媒体の編集に携わりました。それからソニー・マガジンズで『WHAT’s IN? WEB』、TOWER RECORDSで『bounce.』や『NO MUSIC, NO LIFE. MAGAZINE』の立ち上げ。その後は音楽誌の不況もあって、もともと好きだった写真に関わりたいと思い、前職では『カメラ日和』(第一プログレス)の編集をしていました。

—マーブルトロンではそれまでの雑誌とは違って書籍の編集をされていくわけですが、仕事の仕方に変化はありましたか? また苦労されたことは?

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三橋:特集ごとに分担してつくることの多い雑誌とは違い、書籍は一冊を少人数でつくります。とくにマーブルトロンの場合は、“ひとり一冊”が基本。毎週企画を5本くらい出して、会議を重ねて編成を決めていきます。一冊あたりの制作期間はだいたい2~3か月なんですが、企画はもちろん、著者とのやりとり、構成・文章・デザインのディレクションなど、編集業務のすべてを担当します。当然ひとりにかかってくる責任も大きいのですが、何よりまず書籍ならではの、深くて厚みのある企画の考え方に悩まされました。「この企画は雑誌の8ページならおもしろいし売れるだろうけど、書籍になったらどうかな?」ということは、よく先輩にも言われて。雑誌はどうしても、コンテンツ自体が旬なことや、話題性を優先します。それに慣れてしまっていたので、最初はうまく書籍の温度感や切り口になじめなかったんですね。それでとにかく毎日本屋に通ったり、先輩の編集者に話を聞きに行ったりして、「売れている本とは何か」を足で学びながら、仕事をしていきました。
いまではこの“ひとり一冊”というのが、自分でターゲットを決めて、のめり込んでつくっていけるので、いいやり方だと思っています。

「好きになってほしい」。一冊にこめる、ひたむきな想い

—初めてつくられた本はどんな本だったんですか? また、そこから学んだことはありますか?

三橋:『murmur magazine』編集長・服部みれいさんの『ストロベリー・ジュース・フォーエバー』という、女の子のためのメッセージ本です。企画提案の際に、なぜみれいさんに依頼したのか、何を伝える本をつくりたいのか、どんな読者に届けたいのか、ということを熱心にお話したところ、すぐに引き受けてくださって。あとから「自分の都合はおくびにも出さず、本の企画と想いを一生懸命に話してくれた。打合せが終わると、“あとは社内で確認を取ります”って、すごい勢いで走って帰っていく姿が窓から見えたの。この人すっごくいい人なんだろうな、って感じたから、いっしょにつくろうと思った」と言っていただけたのが、とてもうれしかった。本の内容は、女の子の恋愛や生活などの悩みに答えながら、“甘くつよく生きる150の知恵”を届けるもの。私自身のプライベートな悩みを100個以上挙げて(笑)、みれいさんに答えていただくという方法でつくっていきました。書籍は一度取材したら終わりというわけではなく、ひとりの方と長い時間を共にします。当然ずっといっしょにいれば、調子の良い日もあれば悪い日もある。そんな著者との付き合い方も学ばせていただきました。

—編集者として、たいせつにしていることはありますか?

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三橋:本も、著者のことも、好きになってほしい。そのためにはまず、自分がその著者のことを好きになること。そんな「好き」という想いを、たいせつにしています。たとえばお話のなかから、著者が大事にしていることを引き出したり、いっしょに勉強をしたり、どうやって原稿にするかを考えたり、ときには新しい分野を共に模索したり……。著者の特別な知識や得意とすることはもちろん、気持ちや人間性まで汲み取ったうえで企画を立て、相談しながら構成を考えるようにしています。「取材に答えれば本になる」「依頼されたことをこなせば本になる」そんな当たり前のやりとりではなく、こちらの想いや意図をきちんと伝えて、著者の方にも一歩踏み込んでもらって「いっしょに考えて、気持ちを込めてつくろう」「深いものが書けるよう、私もがんばって勉強していいものにしよう」という気持ちになっていただくこと。そのために自分への課題として、本当に親身になって考えて、自分のことを好きになってもらうくらい必死で仕事をしよう、と考えています。そんな強い想いが、本の深みを生み出すんだと思います。

—では、書籍編集に求められる素質って何だと思いますか?

三橋:読み終わったときに「なんてすてきな本なんだろう」とか「こんなふうに考えて生きていけたらいいな」と、多くの人に思ってもらえる本をつくるには、やはり著者のことを好きになって、やりとりをどれだけできるか。そして自分で行う編集はもちろん、文章や写真にも常に厳しくあること。たとえば文章で言えば、ドラマチックに書く人もいれば、分析的な人もいる。どんなライターさんに頼むのかによって内容も大きく変わります。本気で好きになってもらう、という意識がないとそこまで気が回らなくなる。またつくるものに一切の妥協はせず、ダメなら何度でもやり直す。ときには著者の方へもきちんと意見する。想いだけではなくそんな厳しい姿勢もないと、読んだ人も書いた人も喜んでくれる一冊はつくれないと思うんです。

—5年後、10年後の自分は、どんな編集者になっていると思いますか?

三橋:本をつくるのは好きですし、ずっとつくっていたいと思います。でも、10年後に自分はこんな編集者でありたい、といったことは考えていません。遠い未来のことを、いま想像できる範囲で設定してしまいたくはないんですね。これから先つくりたいものを考えて、それに“最善を尽くしている”状態をずっと続けていれば、5年後も10年後も“最善ないま”があるはず、そう考えています。

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フィルムカメラ

デジタルも便利ですが、フィルムは物理的に焼き付けて撮るので消せないし、空気の質感や人との温度も写り込んでいるような気がします。そのときの気持ちをとじ込める、というか、いい意味で取り返しのつかないことをしている感覚が好きですね。それに、とくにフィルムカメラは個性も豊かなんですよ。オリンパス・ペンは“ハーフカメラ”と呼ばれていて、フィルム1コマに2枚の写真が撮れ、独特の写りをします。私はこの質感が大好きで自分の波長と合っている気がします。いわば気の合う親友ですね。日常の風景が違って見えるポラロイドカメラは、いっしょにいて普通の景色を特別に見せてくれる、すてきな恋人のよう。ニコンは機械式で電池もいらず雪山でも壊れない頑丈さが魅力。頼れる先輩ですかね。ナチュラはいつでも気軽に誘える同僚や友達のような存在。そしてチェキはみんなで遊ぶときの周りの盛り上げ役ですね。それぞれのカメラに応じて付き合い方があるというのも、写真の魅力のひとつです。
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