Interview 私としごと

伊勢谷友介のマネージャーが語る、俳優と生きる覚悟

株式会社カクトエンタテインメント
濱野幸雄(チーフマネージャー)

俳優や映画監督として活躍しながら、社会課題を解決するためのクリエイティブワークを手がけるリバースプロジェクト代表という一面も持つ伊勢谷友介。そんな彼のマネージャーとして働くのがカクトエンタテイメントの濱野幸雄さんだ。「俳優活動のサポートを行うことは、人生をサポートすること」と語る濱野さんのマネジメントに懸ける想いを伺った。

プロフィール

濱野幸雄

1975年大阪府生まれ。同志社大学経済学部卒業。フリーター生活の後、2001年に上京。芸能プロダクションであるオフィスマイティーやエイベックスマネジメントを経て、リバースプロジェクトへ入社。その後、分社化によりカクトエンタテイメントを設立し、現在に至る。

取材・文:西丸亮 撮影:きくちよしみ(2017/6/16)

興味の原点はドラマに映画、ドキュメンタリー

—濱野さんが芸能界に関心を持ったきっかけを教えてください。

濱野:僕は大阪のニュータウンで育ったのですが、今思うと毎日が学校に行って、遊びに行って、テレビを見ての繰り返しだったんですよ。なかでもテレビの影響は大きく受けていたと思います。当時、テレビ局に勤めるADたちの仕事と恋愛模様を描いた『ADブギ』というドラマがありました。それを見て「番組の裏側ってこうなってるんだ!」と思ったのが最初のきっかけですね。いつかこんな仕事ができたらいいなと、心のどこかで思っていたのかもしれません。あとは高校生になってから、ドキュメンタリー番組をよく見ていました。

—高校生でドキュメンタリー、ですか。

濱野:学校って社会の現実を教えてくれないじゃないですか? 学問としてではなくて、実際に世の中で起きているリアルなことを、包み隠さず教えてくれる場所が僕にとってドキュメンタリーだったんです。その影響もあってか、いろいろなことに疑問を抱く学生でしたね。高校時代はずっと大学に行く理由がわからず、ひとりで悩んでいました。とはいえ答えが見つかるわけでもなく……。これもまたドラマの影響なんですが、『スクール・ウォーズ』というドラマのモデルになった人がどうやら同志社大学出身らしいというだけで進学先を決めました(笑)。

取材場所:<a href="http://www.prbar.jp/"  target="_blank">PRBAR</a>

取材場所:PRBAR

—テレビで得た知識が、様々な岐路での指針につながっていたんですね。

濱野:そうかもしれません。でも大学に入ってからは、テレビだけでなく映画にもどっぷり浸かっていきました。伊勢谷ともよく話すのですが、当時は雑誌『ぴあ』などで情報を集めて、映画館で観る映画を厳選していたんですよ。いかんせん貧乏学生だから値段にはシビアで、どの作品をレンタルビデオ屋のVHSで借りて、どの作品で映画館に行くのかはすごく迷いながら決めていましたね。その頃出会った作品の中では、『櫻の園』という映画に衝撃を受けました。

—どんな作品だったんですか?

濱野:1990年の日本映画だったんですが、特に派手な演出があるわけでもなく、淡々と物語が進んでいくんです。だけど、無意識に引き込まれていくような魅力があったんですよね。僕らが子供の頃ってハリウッド映画やアクション映画の全盛期で、映画は「かっこいいもの」とばかり思っていて。だから「こんな世界観があっていいのか」と新鮮に感じられたのかもしれません。

—そこまで影響を受けたら、映画会社やテレビ局に就職しようと思わなかったのですか?

濱野:就活中にテレビ業界とは関係のない企業から内定をもらえたのですが、「自分の人生をこんな簡単に決めていいのか?」と思って辞退しました。当時から「人生=仕事」と考えていたので、行きたくない会社で働くくらいなら就職せずに生きていこうと。テレビから遠くない業界と思って視聴率調査で有名な会社のバイトをしたものの、嗜好品のアンケート結果を延々とまとめ続けるだけ。半年も続かずに辞めた後は、少しだけ将来を現実的に考えて車のディーラーに就職しました。

「お金はある。芸能の仕事は東京にある。これはもう、東京に行くしかない。」

―車のディーラーとはまた、意外です。実際に働いてみていかがでしたか?

濱野:やりたくない仕事なのでフラストレーションがどんどん溜まっていって……(苦笑)。そのとき、「好きなことを仕事にしないとこんなに後悔するのか」と痛感しましたね。1年半ほどは続けたのですが、ふと気付いた時にはかなり貯金がたまっていたんです。今の自分にお金はある。芸能の仕事は東京にある。これはもう、東京に行くしかない、と。思い立ったが吉日、そのまま夜行バスで東京に行って、家を決めて、大阪に戻って仕事を辞めると宣言する、というのをたった1日で敢行しました。

―たった1日で……!? 就職先の目処は立っていたんですか?

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濱野:いえいえ。上京後は貯金を切り崩しながら転職活動をしていました。テレビ業界を受けていましたが、未経験だしなかなか仕事も見つからないんですよね。そこで、ドラマをつくることもいいけれど、同じくらい俳優をサポートするお仕事もやりがいがあるかもしれないと視野を広げることにして。当時からファンだった俳優の鶴田真由さんが所属するオフィスマイティーという芸能事務所を受けたんです。面接ではとにかく大好きなドラマについて熱く語りましたね。それでなんとか無事に内定をもらうことができて、「ようやくスタートが切れる」とホッとしたことを覚えています。

―こうして念願の芸能業界の仕事を手に入れることができたのですね。実際に働いてみて、いかがでしたか?

濱野:まず、マネージャーである前に、社会人としての心得を一から叩き込まれました。特に社長からは、すべての仕事に「目的」や「意味」があるということを学びましたね。たとえば、俳優を車で撮影現場まで送る際、僕が片手運転をしていたんですよ。今考えると絶対にありえないですが、当時の僕は俳優を無事に送り届けるという「目的」や、命を預かって運転しているという「意味」を軽く認識していたんです。そんな感覚ですべての仕事をしていたので、ミスも多くて。入社1年目は、ほぼ毎日怒られていました。ここでの経験がなければ、今の自分はいないと思います。本当に感謝しかないですね。

―マネージャーの職務って多岐にわたると思うのですが、具体的にはどのようなことを?

濱野:俳優のマネジメントだけではなくて、発掘、育成、営業など実は幅広くて。なかでも育成はとても長い時間を費やす場合が多いですね。たとえば、俳優志望であれば、まずお芝居の勉強をさせて、オーディションを受けさせ、仕事の実績を積ませます。そのなかで一緒に課題を見つけ、解決策を考え、実行する。その繰り返しなんです。マネージャーにとって俳優はいわば商品。車を売っているときには「車」はしゃべらないけど、役者は人だから感情があります。だから良い悪いも人によっていろいろあるし、一人ひとりの気持ちを理解できるかどうか。コミュニケーションが何よりも大事な仕事ですね。

―これまで濱野さんが担当した俳優のなかで、特に印象に残っている方はいますか?

濱野:前職のエイベックスマネジメント時代に担当していた、山根和馬という俳優がいるのですが、彼との仕事は楽しかったですね。彼は見るからに悪そうな顔をしていたので(笑)、なかなかオファーをもらえない時期に、それを活かそうととにかく悪い役をやって認知度を上げていこうと話し合ったんです。地道に経験を重ねていった結果、ドラマでも主役級の役をいただけるなど、どんどん活躍するようになっていって。また、他の俳優ですが、僕が営業して出演を決めた作品で、共演した相手と結婚したなんて人もいました。仕事を通して、誰かの人生を変えるきっかけになるんだと感じましたね。

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