CINRA

アーティストとお客さんの感動をつくる、縁の下の力持ち

CDの売り上げが伸びないと言われて久しい昨今、音楽業界に元気がなくなっているとの見方も強い。だが一方で、コンサートの観客動員数は年々増加していると言われ、FUJI ROCK FESTIVALやROCK IN JAPAN FESTIVALに代表されるような野外フェスは、毎年多くの観客を動員している。ネットで簡単にライブを見ることができてしまう時代だからこそ、「生でしか得られないもの」に価値を見いだす人も多い。
今回お話を伺った伊井俊晴さんは、ライブやコンサートの企画・制作を行うホットスタッフ・プロモーションに入社して今年で4年目。それまでにイベント運営専門の関連会社で働いた経験もあり、9年にわたってライブの仕事に携わっている。CDセルからダウンロードの時代への過渡期ともいえる数年を体験している伊井さんが見た、「リアルな場」の価値とは?
  • インタビュー・テキスト:栗本千尋+プレスラボ
  • 撮影:すがわらよしみ

Profile

伊井 俊晴

1980年生まれ。静岡県藤枝市出身。2003年3月立正大学 文学部 社会学科 卒業。リフォーム会社に新卒で入社し、半年で退社。株式会社アポロ・ブラザーズでアルバイトを経験したのちに契約社員となる。2008年に関連会社である株式会社ホットスタッフ・プロモーションへ正社員入社。担当アーティストは、AI、HOME MADE 家族、ZEEBRA、MAY’S、lecca、ソナーポケット、C&K 、GRANRODEO 、CLIFF EDGE、茅原実里、など。

害虫駆除から、音楽業界へ?

—伊井さんは現在、コンサートやライブに携わるお仕事をされていますが、学生時代からこの業界を目指していたのでしょうか?

伊井:音楽やライブは昔から好きだったんですけど、大学のときは音楽の仕事に携わりたいなんて考えてもいませんでしたね。やりたいことがはっきりとは決まっていなくて、就職活動も広告代理店やクリエイターのマネジメントをしているような会社を受けていました。それでことごとく落とされ、結局入ったのがリフォーム会社。シロアリやネズミを駆除するような仕事でした。

—その会社は、どのくらいの期間働いたのですか?

伊井 俊晴

伊井:半年でギブアップでしたね(笑)。最初は営業だったんですけど営業成績が悪く施工にまわされて、辞める前2ヵ月くらいは屋根裏か床下に潜っていました。それで、せめて地上で仕事したいなと思って(笑)。そのとき自分に与えられていた車で、当時はiPodもないのでMDかCDプレイヤーでいつも好きな音楽をかけていました。「海に行ったらこれをかけよう」、「ドライブに行ったら……」、というのはみんなあるじゃないですか。そんな音楽へのこだわりが徐々に強くなっていって。車のスピーカーもグレードアップしたりと。ほんと当時気晴らしになるのは、飲みにいくか音楽を聞くか、くらいだったので。

―すこしづつ、好きな音楽の仕事に携わりたい! と思ったんですね。

伊井:いやいや、そんなはっきりとした意志はなかったですよ。自分に特別な知識があったり、音楽をやっていたわけでもなかったので。ただ、ライブが好きだという気持ちはありましたね。それでいざ辞めてフリーターになったときに、音楽に関わる仕事がいいなと思って。アポロ・ブラザーズという会社でアルバイトをして、いわゆるチケットもぎだとか、チラシ折り込みなど、コンサート当日の運営を経験しました。

―初めての現場はどこだったんですか?

伊井:アルバイトの一番最初の現場は長渕剛さんの武道館コンサートだったんですが、さっきまで何もなかった場所に7〜8時間でステージが組まれていくんですよ。ステージは最初からあるものだとばかり思っていたので、当日に1から作っていることにまず衝撃を受けました。こんな数時間で大勢の人達がひとつのものを作り上げるんだ、って知れた瞬間は感動しましたね。

―その後、しばらくアルバイトを続けたのですか?

伊井:1年ほど経ってから、契約社員になりました。フリーターだったこともあり日程を気にせず現場に入れましたし、アルバイトのときから「名刺がほしい」って自分でも言っていたことが大きかったんだと思います。

―アポロ・ブラザーズは、現在お勤めのホットスタッフ・プロモーションの関連会社だと伺いました。どういった経緯で異動されたのでしょうか?

伊井 俊晴

伊井:ライブ運営のためには、事前の打ち合わせやいろんな手配や準備がいっぱいあって、関東全域を担当していたので本当にハードなスケジュールでした。2年くらい続けたのですが音をあげてしまい、辞めようと思ったらちょうどホットスタッフへの異動が決まり、正社員として入社できたんです。僕は稀なパターンだと思いますよ。

―心機一転ですね。

伊井:そうですね。入社して直属になった上司が、R&Bやヒップホップなど新たなジャンルを会社に取り入れた人だったんです。ライブに対する考え方やアーティストとの関わり方に共感できたので、ここでもっと頑張ろうと思いましたね。

この2時間のために、1年以上前から計画している。

―コンサートやライブの制作って、具体的にどんなお仕事なんですか?

伊井:ワンマンコンサートの場合、まず「このアーティストのライブをしたい」という話をプロダクションからいただいて、打ち合わせをします。「どういうキャパでできるのか」、「どういう風に見せたいのか」のやり取りをして、会場を仮押さえします。そのあと予算感やチケットの販売のスケジュール感を打ち合わせて、ライブの日取りが決まったら情報をかためていきます。日程、場所、開場時間、チケット代、立ち見なのか椅子なのか、年齢制限は設けるか、情報公開日と発売日、どこで販売をするのかなどなど、細かく決めていきます。チケット販売はチケットぴあやイープラスをはじめとするプレイガイドさんにお願いすることが多いですが、どういう宣伝活動をするかの戦略は自分たちで考えます。会場の規模によって、ライブハウスでも1年前くらいから、もっと大きいものだと1年半くらい前から計画していきますね。

—その1日のために、ずいぶん前から計画しているんですね。

伊井:ライブ自体は2時間から2時間半くらいが多いんですが、その瞬間に向かって、長い準備期間を費やします。アーティストも、お客さんも、それぞれの思いがあってライブにくる。制作側の段取りが悪いことで、不快な思いはさせたくないですからね。

ツアー中に出産の知らせが……。忘れられない出来事。

—いままで、特に思い出深かったライブはありますか?

伊井 俊晴

伊井:2008年にHOME MADE家族の担当になって、一緒にツアーをまわらせてもらったんですが、ツアー中に僕の子どもが生まれたんですよ。彼らの地元である名古屋公演2デイズの真っ最中に、嫁から「破水した」というメールが来ました。当然、スタッフが現場を離れるなんてありえないのが普通なんですが、メンバーと現場にいたスタッフに報告したら「行けよ」と皆が背中を押してくれて。すぐに空港から、嫁の実家がある沖縄まで飛びました。病院から、「無事に生まれました」と写真を撮って報告したら、その日のライブで、曲の締めくくりにその写真をステージ映像で使ってくれたんです。そんな事も知らず、後になってライブDVDを見たときは、もう本当に感動しましたね……。自分は現場にはいなかったけど、あんなに印象に残るライブはないです。

アナログに作る、“ライブ”の価値

—伊井さんはCDが売れていた時代から、ダウンロード配信への過渡期を経験していますよね。その間、ライブの側でも変化はあったのでしょうか?

伊井:そうですね。例えば、それまではたいていイントロが流れると「ワーッ」と歓声があがったものですが、今はサビでいきなり盛り上がるケースがあるような気がします。一曲ずつダウンロードするスタイルになったことにより、知らない曲やサビだけ知っている曲が増えたことで、ライブ全体の盛り上がりは変わりませんが、盛り上がる「ポイント」が変わったというのはあるかもしれません。

—なるほど。今はインターネット上で、ライブが手軽に見られてしまう時代ですが、リアルな場の価値ってどんなところでしょうか?

伊井:やっぱり音楽と会場の雰囲気やアーティストとの距離を肌で感じれることだと思います。知らない人たちがいっぱい集まるのに、みんなが同じように手を上げたりクラップしたり、歌ってという一体感、その繋がっている感じが生の場だからこそ生まれる価値なのではないかと。

—その場を他人と共有できるというのは一番の魅力かもしれませんね。

伊井 俊晴

伊井:そうですね。ライブに行くと、その繋がりを感じることができて、より感動が広まる。手を繋いだり、同じ動きをしたり。何よりも、体を動かしてやったということが思い出になって残りやすいと思います。現場はあくまでもアナログです。そこにしかないもの、ありきたりだけどそれに尽きると思う。会って、見て、聴いて、ノって、歌って、泣いて……。ネット上のコミュニケーションが普通になった時代だからこそ、やっぱり生で感じることって大切だと思います。だから制作側としては、コンサートの演出とライブ感が気持ちよく決まって、アーティストの気持ちが会場内に伝わって、そのときのお客さんの感動した顔を見たときにはすごく嬉しいですね。

—毎日、いろいろな現場で感動を作っているんですね。それでは最後に、今後の目標を教えてください。

伊井:まずプライベートでは、子どもと過ごす時間がもっと欲しいというところですね(笑)。仕事については、手伝っているアーティストはよりいろんな人に知ってもらいたいし、ステップアップするためのフォローをしていきたい。アーティスト側からは、お願いしてよかったって言ってもらいたいです。そしてお客さんにも感動して帰ってもらいたい。「これからどう成長していきたい」ということはそんなに考えてはいませんが、いままで以上にいいライブをつくり上げていきたいですね。

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携帯電話

凄いベタで申し訳ないのですが、携帯電話です(笑)。電話で交渉や提案などもしますし、僕の場合、現場作業も多いので、まず携帯がないことには仕事になりません。まぁ、仕事してる人なら誰しもそうでしょうけど(笑)。ライブ現場での記念写真や、愛する子どもの写真も入っていて、僕にとって大切なアイテムの1つです。
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